児童英語・図書出版社 創業者のこだわりブログ

30歳で独立、31歳で出版社(いずみ書房)を創業。 取次店⇒書店という既成の流通に頼ることなく独自の販売手法を確立。 ユニークな編集ノウハウと教育理念を、そして今を綴る。

2019年版 こんな日

● 今日(12月9日)の主なできごと

1159年 平治の乱……この日、藤原信頼が、源義朝らの兵に後白河上皇の御所を襲撃させ、上皇と二条天皇を幽閉するという「平治の乱」が始った。当時、義朝らの源氏と、平清盛らの平氏という2大武士勢力が朝廷内で力を伸ばしていたが、信頼は清盛の留守をねらって政権を奪おうとしたが、清盛は急いで帰京すると、信頼の味方をするとみせかけて攻撃し、信頼を殺害した。清盛は、義朝も殺害し、その子頼朝を捕え、平氏隆盛のきっかけとした。

1945年 農地改革……連合国軍総司令部(GHQ)は、占領政策として経済構造の民主化をはかったが、そのひとつが、この日指令された「農地改革に関する覚書」だった。1947年から49年の間に、全国260万町歩の小作地のうち200万町歩が自作農に解放され、地主制はほぼ壊滅することになった。


● 今日の主な記念日・恒例日

障害者の日……国際障害者年の1981年のこの日、総理府(今の内閣府)主催の中心記念事業「広がる希望の集い」で制定された記念日。

国際腐敗防止デー……公務員等による贈収賄・横領などの汚職・腐敗行為の防止のための日として、2003年に制定された国際デーのひとつ。


● 今日生まれた人

1608年 ミルトン……イギリスの詩人。代表作『失楽園』『復楽園』など。

1618年 山崎闇斎……江戸時代前期の儒学者・神道家。「垂加神道」創始。

1842年 クロポトキン……ロシアの思想家・革命家。「無政府主義」提唱。

1868年 ハーバー……ドイツの物理化学者。「アンモニアの工業的合成法」開発。

1879年 スターリン……ソ連の政治家。レーニン没後に共産党書記長・首相となり、独裁権力をふるう。


● 今日亡くなった人

1641年 ヴァン・ダイク……フランドル出身イギリスの肖像画家。代表作『サムソンとゴリアテ』『英国王妃ヘンリエッタ・マリアの肖像』など。

1916年 夏目漱石……明治・大正期の小説家。代表作『坊ちゃん』『吾輩は猫である』『草枕』など。「近代日本文学界の巨星」

1945年 吉田栄三 (初代)……明治・大正・昭和期の文楽人形遣い。

1989年 開高健……昭和期の小説家。代表作『裸の王様』『日本三文オペラ』『玉、砕ける』など。

1994年 坂口謹一郎……昭和・平成期の農学者。発酵・醸造に関する世界的権威。代表作『古酒新酒』『愛酒楽酔』など。

1995年 鈴木竹雄……昭和・平成期の商法学者。代表作『会社法』『手形法・小切手法』『幾山河 - 商法学者の思い出』など。

2008年 中村保男……昭和・平成期の翻訳家。代表作『ブラウン神父シリーズ』『翻訳の技術』『翻訳の秘訣』など。

2015年 野坂昭如……昭和・平成期の作家・タレント。代表作『アメリカひじき』『火垂るの墓』など。


● 過去のマイブログ「12月9日」のテーマ

2015年  「文楽人形遣い名人」 吉田栄三
弁慶などの荒物から、他に追随を許さない内面的な演技まで、4世吉田文五郎と共に、文楽人形の全盛期を創りあげた吉田栄三(よしだ えいざ) が、1945年に亡くなった日です。1872年、今の大阪市南区に玩具の人形作りの子に生まれた吉田栄三(本名・柳本栄次郎)は、母方の叔母が女義太夫で、幼いころから義太夫節に親しみました。その叔母が人形遣いの吉田栄寿と結婚したことから、1883年にその紹介で……。

2014年 「アンモニア合成法」 のハーバー
空気中の窒素と水素を混ぜ合わせ、アンモニアを作ることに成功した物理化学者、電気化学者のハーバーが、1868年に生まれた日です。ドイツ(いまのポーランド・ブロツワフ)にユダヤ系染料商人の子に生まれたフリッツ・ハーバーは、ギムナジウム(中高一貫校)のころから、自宅を化学の実験室に使うほど化学に興味を示し、1886年からベルリン、ハイデルベルク、チューリッヒ各大学で本格的に化学を学び、1894年に南ドイツのカールスルーエ工科大学の助手となりました……。

2013年 尊王愛国を説いた山崎闇斎
江戸時代前期の儒学者・神道家で、幕末の志士たちに大きな影響を与えた山崎闇斎(やまざき あんさい)が、1619年に生まれた日です。鍼(はり)医の子として京都に生まれた山崎闇斎(名=敬義、闇斎=号)は、幼いころから比叡山延暦寺の稚児となり、1632年に京都・妙心寺に移って僧となりました。1936年には実力を評価されて土佐国(高知)・吸江寺に移り、土佐南学派の谷時中から朱子学の手ほどきを受け、同門の野中兼山らと交わるうちに儒学者として身を立てたいと……。

2011年 「おもしろ古典落語」52回目 『豆屋(まめや)』
「八百勝さん、2円借りてきました」「おお、元気にやってきたな、そうか、隠居のおじさんが貸してくれたんだな。ところでおまえさんは素人だ。表通りばかりを商いしてたんじゃいけないよ」「へぇ」「このマス一ぱいが一升だが、十三銭のものなら十八銭、十五銭のものは二十銭という、思いきった掛け値をいわなくちゃいけない。値切る客がいるもんだ。へたをすると損をすることがあるから気をつけて商いをするように、いいね」この前は売り物の名を忘れて失敗したが……。

2010年 『失楽園』 のミルトン
シェークスピアと並び称されるイギリスの大詩人ミルトンが、1608年に生まれた日です。ジョン・ミルトンは、裕福な公証人を父としてロンドンに生まれました。幼いころから英才教育を受け、父の影響から敬けんな清教徒として成長しました。ケンブリッジ大学在学中から、古典研究と詩作にふけり、気高い思想と韻律に満ちた詩集により、世間に認められましたが、卒業後は、政治に熱意をもつようになりました。当時イギリスでは、王党派が市民階級や清教徒を弾圧して……。

2009年 大文豪・夏目漱石
『坊ちゃん』『吾輩は猫である』『草枕』などの小説で、森鴎外と並び近代日本文学界の巨星といわれる夏目漱石が、1916年に亡くなった日です。夏目漱石は、東京の牛込(新宿区)に、1867年、8番目の子として望まれない生を受けました。そのため、生まれるとすぐに里子にだされるなど、愛情の薄い子ども時代をすごしました。そんな肉親の愛に恵まれなかった体験が、他人への愛に敏感な、内向的で非情な人間観が養われたといわれます。漢文の好きな少年時代をすごした後……。

2008年 柔道の父・嘉納治五郎
講道館柔道の創始者であり、日本のオリンピック初参加に尽力するなど、スポーツの海外への道を開いた嘉納治五郎(かのう じごろう)が、1860年に生まれた日(10.28説有)です。「敵をたおして勝つことだけが目的ではない。技をみがきながら、人間の心とからだをきたえるのが柔道だ」このように信じて講道館柔道をおこした嘉納治五郎は、摂津国(兵庫県)で生まれました。家は、大きな造り酒屋でした。8歳のときに明治時代を迎えた治五郎は……。

2005年 「育児・しつけ教室」(2歳まで) のねらい
「レディバード図書館」の別巻「お母さんお父さんのための育児・しつけ教室」5点は、監修者ウィングフィールド夫妻の代表作であり、本シリーズの本質が綴られているため、5回に分けて、夫妻のコメントを紹介する。「誕生から2歳まで」━━ 子どもは1歳近くなると、お母さんの絵本の読み聞かせに耳を傾け、簡単な言葉を理解できるようになります。しかし、それも5~6か月の頃から、赤ちゃんに本を読んだり見せたりして普段から親しませておかないと、必ずしも1歳になったからといって……。

● 今日(12月8日)の主なできごと

BC441年 シャカの悟り……仏教を開いたインドのシャカが、王宮の妻子の元を離れて6年目のこの日、悟りを開いたされる。

592年 推古天皇が初の女帝……敏達天皇の皇后だった額田部皇女(ぬかたべのひめみこ)が初の女性の天皇(第33代推古天皇)となった。

1941年 太平洋戦争勃発……日本の連合艦隊がハワイ・オワフ島の真珠湾に停泊中のアメリカ太平洋艦隊を奇襲して、この日から3年6か月余にもおよぶ太平洋戦争に突入した。


● 今日の主な記念日・恒例日

御事納め……その年の農事など雑事をしまう日。江戸時代には、里芋・こんにゃく・にんじん・小豆を入れた「御事汁」を食べる習慣があった。

針供養……関西地方ではこの日、裁縫を休んで、折れた針を集めて社寺に納めたり、豆腐等の柔らかいものに刺したりして供養をする日。なお、関東地方などでの針供養の日は「御事始め」の2月8日。


● 今日生まれた人

1658年 柳沢吉保……江戸時代前・中期の幕府老中・側用人。第5代将軍綱吉の寵愛を受け、元禄期には大老格として幕政を主導。

1861年 マイヨール……フランスの彫刻家・画家。代表作は『夜』など女性の裸体像。

1864年 津田梅子……明治・大正・昭和期の教育者。女子教育の先駆者。「津田英学塾」創立。

1865年 シベリウス……フィンランドの作曲家。代表作『フィンランディア』『カレリア』など。

1903年 嵐寛寿郎……昭和期の俳優。戦前期に活躍した時代劇スターで「アラカン」の愛称。


● 今日亡くなった人

1896年 エンゲル……ドイツの経済学者。家計の中でしめる食費の割合(エンゲル係数)が貧富の階層差に密接に関連することを指摘。

1903年 スペンサー……イギリスの哲学者・社会学者・倫理学者。

1924年 山村暮鳥……大正期の詩人・伝道師・児童文学作家。

1933年 山本権兵衛……明治・大正期の海軍軍人・政治家。第16・22代首相。

1978年 江口夜詩……大正・昭和期の作曲家。代表作『十九の春』『長崎のザボン売り』『あこがれのハワイ航路』『赤いランプの終列車』など。

1980年 ジョン・レノン……イギリスのミュージシャン。元「ビートルズ」の中心メンバー。熱狂的ファンが射殺。

1982年 諸橋轍次……大正・昭和期の漢学者・中国哲学者。『大漢和辞典』編纂。

1990年 土屋文明……大正・昭和期の歌人・国文学者。

1996年 柏戸剛(鏡山親方) ……昭和期の力士・47代横綱。大鵬とともに「柏鵬時代」と呼ばれ、高度経済成長期の相撲黄金時代を支えた。

2017年 野村沙知代……昭和・平成期のタレント。野村克也の妻で、『夫の転がし方』などの著書多数。 


● 過去のマイブログ「12月8日」のテーマ

2015年 「社会進化論」 のスペンサー
明治時代の「自由民権運動」に大きな影響を与えたイギリス在野の哲学者・社会学者のスペンサーが、1903年に亡くなった日です。1820年、イングランド中部の都市ダービーに、非英国教会の家庭に生まれたハーバート・スペンサーは、教師であった父の方針で学校教育を受けず、父と叔父を教師として、家庭で教育を受けました。16歳でロンドン・バーミンガム鉄道の鉄道技師として働きながら著作活動を行ない、1843年には経済誌「エコノミスト」記者になり、1848年には同誌の副編集長に……。

2014年 「のんびり詩集」 の山村暮鳥
伝道のかたわらこしらえた詩で知られる詩人・児童文学者の山村暮鳥(やまむら ぼちょう)が、1924年に亡くなった日です。1884年、現在の高崎市に農家の子として生まれた山村暮鳥(本名・土田八九十)は、父が事業に失敗するなど貧困の中で少年期を過ごしました。小学校を中退し苦労を重ねながらも1899年、尋常小学校の代用教員となり、夜は、前橋の聖マッテア教会の英語学校に通いました。1902年に同教会の信者となり……。

2011年 「短歌ひとすじ100年」 の土屋文明
歌人で国文学者の土屋文明(つちや ぶんめい)が、1990年に亡くなった日です。1890年、現在の高崎市の農家に生まれた土屋は、幼少期から教師だった伯父の家で育てられ、その影響で文学を志すようになり、旧制高崎中学在学中から俳句や短歌を『ホトトギス』へ投稿するようになりました。中学の国語教師である村上成之が歌人、俳人であることを知って村上に師事し、自然主義文学の目が開かれました。村上の紹介により伊藤左千夫を頼って上京した文明は……。

2010年 『フィンランディア』 のシベリウス
フィンランドを代表する作曲家シベリウスが、1865年に生まれた日です。首都ヘルシンキの北にあるハメーンリンナに医者の子として生まれたヤン・シベリウスでしたが、2歳の時に父が亡くなってしまいました。5歳のころからピアノに親しみはじめたところ、レッスンがきらいで、自由な即興演奏を好みました。10歳のころにはバイオリン演奏と作曲の才能を示し、独学でいくつかの室内楽曲を作曲するほど優れた音楽的な能力を発揮しました。ただし、当時のフィンランドでは……。

2009年 太平洋戦争のはじまり
日本の連合艦隊がハワイ・オワフ島の真珠湾に停泊中のアメリカ太平洋艦隊を奇襲して、この日から3年6か月余にもおよぶ太平洋戦争に突入した日です。1941年のことでした。この日の朝6時のラジオ放送は「(大本営陸海軍部発表)帝国陸海軍は、今8日未明西太平洋において、米英両軍と戦闘状態に入れリ」とさけびました。日本軍は、戦艦アリゾナをはじめ、アメリカの軍艦11隻を撃沈、航空機400機を壊滅させたのです。アメリカ軍の死者2000名、日本軍の死者100名足らず、損傷した飛行機も30機以下という成功を……。

2008年 本好きと本嫌いには 「心のあり方」 に大きな差
ある小学校の先生が、次のような話をしてくれました。担任のクラスの子どもは3年生38人、このうち、自分からすすんで童話や物語の本を読む子は、半数に満たない17人。残り21人は、学校での「読書の時間」には本を読んでも、ふだん、自分から読むことはほとんどしない。ひと言でいえば、本を読む子よりも読まない子のほうが多く、この傾向は、年ごとに進む。そこである日、読書についての実態を調べるついでに、38人に手をあげさせて、小学校へあがる前に、親から本の読み聞かせをしてもらった子がどれくらいいるかを調べてみた。すると、一つのことがはっきりした……。

2006年 いじめから自殺につながる悲劇
朝から晩までテレビの勧善懲悪ストーリーを見続け、やっつける疑似体験を何度もしているうち、これを試してみたくなります。学校へ行くようになり、ちょっとこいつは弱そうだなと思えば、手をだしてしまいます。幼児の頃に他の子どもと触れ合う体験をしていれば、やられた時の悔しさやイヤな気持ち、やっつけた時も快感ばかりでなく心の痛むことがあることを知っています。そんな体験をしていないまま、いじめた子が抵抗しなければ、これは面白いとばかりエスカレートしていきます……。

2005年 「レディバード図書館」の構成 2
1985年に刊行した「レディバード図書館」のタイトル、および、監修者ウィングフィールド夫妻のそれぞれのジャンルに対するコメントを掲げてみよう。「言葉の数をふやす本」(16)どうぶつ (17)あかちゃん (18)いえのなか (19)きるもの (20)ねむり━━ 子どもたちといっしょに、楽しみながら読めるように、英国初期幼児教育協会の指導と援助によって作られました。子どもと大人の会話を刺激し、さらに、将来著しく発達する読解力の基礎作りを提供することを目的にしています……。

● 今日(12月7日)の主なできごと

1867年 日本初の紡績工場……薩摩藩は、イギリスのプラット社から3600錘もの紡績機械を購入。技師をつきそわせて、この日にその荷が長崎へ到着した。それからまもなく薩摩藩は、家内工業的な機織にかわる近代的な「鹿児島紡績工場」を操業させた。


● 今日の主な記念日・恒例日

神戸開港記念日……1867年のこの日、神戸港が外国船の停泊地として開港したことを記念し、神戸市が制定。

クリスマスツリーの日……1886年のこの日、横浜・明治屋に日本初のクリスマスツリーが飾られたことにちなむ記念日。


● 今日生まれた人

1827年 西郷隆盛……幕末の薩摩(鹿児島県)藩士・政治家。大久保利通、木戸孝允と並び、徳川幕府を倒すために大きな功績のあった「維新の三傑」の一人。

1863年 マスカーニ……イタリアのオペラ作曲家。代表作『カバレリア・ルスティカーナ』『友人フリッツ』など。
 
1878年  与謝野晶子……明治・大正・昭和期の歌人・詩人・作家・思想家。


● 今日亡くなった人

1894年 レセップス……フランスの外交官・実業家。「スエズ運河」建設。

1902年 佐野常民……幕末の佐賀藩士・明治期の政治家。「日本赤十字社」創始。

1944年 井上哲次郎……明治・大正・昭和期の哲学者。日本人初となる東大哲学教授。

1958年 正岡容……昭和期の寄席芸能研究家。『明治東京風俗語事典』『寄席囃子 正岡容寄席随筆集』『定本日本浪曲史』など、2000年代になり、復刻出版。

1977年 金丸重嶺……昭和期の写真家。商業写真・広告写真分野の草分け。代表作『写真芸術』『写真芸術を語る』など。

1984年 大川橋蔵(2代目)……昭和期の俳優。『新吾十番勝負シリーズ』などの映画や舞台で活躍後、テレビドラマ『銭形平次シリーズ』では、18年間888回に主演。

2001年 小松崎茂……昭和・平成期のイラストレーター。空想科学イラスト・戦記物・プラモデルの箱絵などで幅広く活躍。

2013年 すまけい……昭和・平成期の俳優。『ゴドーを待ちながら』などの舞台、『キネマの天地』などの映画、『葵 徳川三代』などのテレビドラマで活躍。


● 過去のマイブログ「12月7日」のテーマ

2015年 「天皇制国家主義」 の井上哲次郎
西洋哲学、とくにドイツ哲学を日本に紹介し、東大の日本人初となる哲学教授に任ぜられた井上哲次郎(いのうえ てつじろう)が、1944年に亡くなった日です。1856年、筑前国(福岡県)太宰府に、医師船越俊達の三男として生まれた哲次郎は、中村徳山に儒教を学んだのち、1868年博多に出て英語を学び、1871年に長崎の広運館に入って西洋学を修めました。1875年には上京して開成学校に入学、1877年に東京大学の1期生として哲学を専攻、翌年、井上鉄英の養子となりました……。

2012年 「おもしろ古典落語」97回目 『うどん屋』
ある寒い夜、屋台の鍋焼きうどん屋が「なーべやーき、うどぉん」と流していると、酔っぱらいが「チリツン、チリツンツン ♪牡丹は持たねど 越後の獅子は……」「もしもし、そんなとこにつかまって、ゆすらないでください」「いいじゃねぇか。おれはどうも、この越後獅子っていうのは、長唄の中でも…まことにいいもんだな」「さようでございますね、にぎやかで…」「なんだい、にぎやかてぇのは縁日じゃねぇや、だんだん文句をたたんでって、こん小松のこかげで、松の葉のようにこん細やかに……。

2011年 「日本赤十字社」 と佐野常民
明治期の元老院議長で、日本赤十字社の創始者となった佐野常民(さの つねたみ)が、1902年に亡くなった日です。1823年、佐賀藩士下村家の子として現在の佐賀市に生まれた常民は、のちに藩医佐野家の養子となり、藩校の弘道館などで漢学・儒学・医学を学びました。当時佐賀藩は、オランダと中国とだけ交易を行う長崎の警備を命じられていました。若き藩主鍋島直正は、佐賀城下に反射炉を築き、日本初の鉄製大砲の鋳造を成功させ、長崎に砲台の築造を行うなど……。

2010年 「昭電事件」 と芦田均
1948年におきた贈収賄汚職事件「昭和電工事件」(昭電事件)によって、首相だった芦田均(あしだ ひとし)が、逮捕された日です。この事件は、戦後の復興資金として復興金融金庫からの融資を受けるため、大手化学工業会社の昭和電工社長による政府高官や政府金融機関幹部に対する贈収賄事件で、1948年6月に発覚、連合国最高司令部(GHQ)内の抗争も絡んだ事件でもありました。収賄側として、大蔵官僚で後に首相となる福田赳夫、民主自由党の大野伴睦の逮捕にはじまり……。

2009年 明治維新の立役者・西郷隆盛
大久保利通、木戸孝允 と並び、徳川幕府を倒すために大きな功績のあった「維新の三傑」の一人西郷隆盛が、1827年に生まれた日です。西郷は、薩摩藩(鹿児島県)の身分の低い武士の家に生まれました。当時の薩摩藩は、財政がとても苦しく、とくに身分の低い武士たちの暮らしは、3度の食事も満足にとれないほどでした。しかし、貧しくても武士の子である西郷は、6、7歳のころから藩の学校へかよって、武士として必要なことを学びました。やがて、藩の仕事にはげむうち、農政改革を……。

2007年 子どもの「科学的応用力」が著しく低下
先ごろ、経済協力開発機構(OECD) の加盟国日本を含む57の国と地域でおこなわれた2006年の「科学的応用力」「数学応用力」「読解力」調査結果が発表され、第1回の2000年ではトップクラスだったのが、第2回2003年、そして2006年と毎回低下していることや、「科学について学ぶことに興味がある」「理科の勉強は役立つ」という問いに対する回答では最低レベルという報告に、教育界は大きなショックを受けているようです。もともと、子どもたちは科学好きです……。

2006年 テレビがこれまでの生活習慣を変えた
今の親が生まれ育ったのは、昭和40年代のはじめから55年前後の15年間ほどです。それ以前に子ども時代を過ごした親たちと決定的に違うことがあります。それは、生まれたときから家にテレビがあり、そのテレビも草創期を終え、白黒からカラーになって視聴率競争が激化、そのあおりから子ども向け番組も、一部良質な番組はあるものの粗製乱造され、朝の時間帯から夕方の2~3時間は、子どもたちがテレビにかじりつくという習慣が身についてしまいました。これまでは、園や学校が終わると……。

2005年 「レディバード図書館」の構成 1
1985年に刊行した「レディバード図書館」のタイトル、および、監修者ウィングフィールド夫妻のそれぞれのジャンルに対するコメントを掲げてみよう。「生活絵本」(1)ぼくとわたしのいちにち (2)こいぬとこねこ(3)のりものえほん━━ 幼児の日常生活の中で、特に身近なものをテーマにした絵本たち。ひとつひとつの絵がシンプルで、やさしく語りかけるように、また話したくなるように工夫をこらしています。幼児に与える絵本で大切なことは、何といっても絵の輪郭がはっきりしていること……。

● 今日(12月6日)の主なできごと

694年 「藤原京」に遷都……この日、日本初の本格的中国式の新都「藤原京(今の橿原市~明日香村)」が完成し、持統天皇は、これまでの飛鳥浄御原宮から藤原京に都を移した。3代後の元明天皇まで、約20年間繁栄した。

1839年 水野忠邦が老中筆頭……江戸時代後期のこの日、浜松藩主だった水野忠邦が老中筆頭となり、11代将軍家斉が亡くなると、忠邦は幕政改革「天保の改革」を行なった。側近たちを退け、商業を独占する「株仲間」の解散、ぜいたくの禁止など、あまりに厳しい改革に民心は離れ、成功とはほど遠いものに終った。


● 今日の主な記念日・恒例日

姉の日……この日が、守護聖人聖ニコラウス(サンタクロースのモデルともいわれる)の祝日にまつわる三姉妹伝説があること、弟の日が3月6日・兄の日が6月6日・妹の日が9月6日に制定されていることから、漫画家で姉妹型研究家の畑田国男が1992年に提唱した記念日。

音の日……1877年のこの日、エジソンが自ら発明した蓄音機で音を録音・再生することに成功したことにちなみ、日本オーディオ協会が1994年に制定。

シンフォニー記念日……1914年のこの日、ベルリンから帰国した山田耕筰が、初の日本人の作曲による交響曲『勝どきと平和』を発表したことにちなんで制定。

ラジオアイソトープの日……1890年のこの日が、ラジオアイソトープの製造にも使われるサイクロトロンを開発した仁科芳雄博士の誕生日にちなんだ記念日。なお、ラジオアイソトープとは「放射性同位元素」のことで、医療・農業・工業など幅広い分野で利用されている。


● 今日生まれた人

1890年 仁科芳雄……大正・昭和期の物理学者。理化学研究所所長歴任。「日本現代物理学の父」

1896年 坂西志保……昭和期の評論家。

1897年 堀内敬三……昭和期の作曲家・作詞家・音楽評論家。NHKラジオ「音楽の泉」の司会進行役・解説者。

1900年 時枝誠記……昭和期の国語学者。「言語過程説」提唱。


● 今日亡くなった人

1700年 徳川光圀……江戸時代前・中期の政治家。徳川家康の孫で、「水戸黄門」の名でしたしまれた第2代水戸藩主。

1887年 島津久光……幕末期の薩摩藩指導者。

1922年 宮崎滔天……明治・大正期の革命家。「辛亥革命」を支援。

1975年 正木ひろし……昭和期の弁護士。反権力裁判・冤罪裁判に関与。「八海事件」に関する著書『裁判官』はベストセラーとなり、『真昼の暗黒』として映画化。

1987年 増谷文雄……昭和期の宗教学者・翻訳家。代表作「著作集(全12巻)」ほか、親鸞や道元研究で「正法眼蔵」訳注で知られる。

1998年 山下耕作……昭和・平成期の映画監督。代表作『関の弥太っぺ』『博奕打ち 総長賭博』『あゝ決戦航空隊』(映画)、『桃太郎侍』(テレビドラマ)など。

2008年 遠藤実……昭和・平成期の演歌作曲家。代表作『からたち日記』『おひまなら来てね』『高校三年生』『星影のワルツ』『こまっちゃうナ』『くちなしの花』 など。

2012年 佐藤允……昭和・平成期の俳優。『独立愚連隊』などの映画、『部長刑事』などのテレビドラマで活躍。

2015年 平良とみ……昭和・平成期の女優。『涙そうそう』などの映画、『ちゅらさんシリーズ』などのテレビドラマで活躍。

2017年 海老一染之助……昭和・平成期の曲芸師。兄の染太郎と共に50年近く活躍。


● 過去のマイブログ「12月6日」のテーマ

2013年 人権を守りぬいた正木ひろし
戦前から軍国主義批判をくりひろげ、戦後は多くの反権力裁判やえん罪裁判にかかわった弁護士の正木(まさき)ひろしが、1975年に亡くなった日です。1896年、現在の東京都墨田区に生まれた正木ひろしは、旧制八高(名古屋)、旧制七高(鹿児島)を経て、1920年に東京帝国大学法学部に入学しました。在学中から親の世話にならないようにと、特別な許可をえて千葉・佐倉中学や、長野・飯田中学の英語教員として勤務しながら大学を卒業すると、経済記者をへて……。

2012年  [おもしろ民話集 64] つぐみひげの王さま
むかし、ある国にとても美しい王女がいました。今日は、その王女の結婚相手を選ぶ日です。王女と結婚したいと思う王さま、王子、公爵、伯爵、男爵ら貴族たちが一列に並ぶと、王女は、それぞれの人の前に案内されました。ところが、どの人にも難くせをつけます。1人目はあんまり太っていたので「酒樽」と呼びました。つぎの人は背が高すぎると「ひょろひょろのっぽ」、3人目は背が低すぎて「ちびでぶ」、4人目は顔色が青いので「青びょうたんの死神」……。

2011年 日中友好の先達・宮崎滔天
中国の孫文らを支援して、「辛亥革命」を支えた革命家の宮崎滔天(みやざき とうてん)が、1922年に亡くなった日です。1871年、肥後国(現在の熊本県荒尾市)郷士の11人兄弟の末弟として生まれた滔天(本名・虎蔵)は、西郷に味方して西南戦争に敗死した民権論者だった長兄の志をつぎ、熊本で徳富蘇峰が主宰していた私塾「大江義塾」でキリスト教や自由主義思想を学びました。1886年15歳で上京……。

2010年 「日本現代物理学の父」 仁科芳雄
ノーベル賞を受賞した湯川秀樹や朝永振一郎らを育てた物理学者・仁科(にしな)芳雄が、1890年に生まれた日です。岡山県の漁港に生まれた仁科芳雄は、子どものころから優秀で、小・中・高校を主席で卒業後、東京帝国大学(現・東京大学)の電気工学科に入学しました。電気工学の基礎となる物理学に興味を持ち、卒業後は創立されたばかりの理化学研究所(理研)の研究生のかたわら、大学院工科で日本の原子物理学をひらいた長岡半太郎から物理学の指導を受けました……。

2007年 日本人の大好きな画家・フェルメール
17世紀の画家フェルメールが有名になったのは、わずか160年ほど前からのことです。1842年にフランスのある美術評論家が、フェルメールの描いた「デルフト眺望」に出会い、とても感激し吹聴したことで、200年間も埋もれていたフェルメールの芸術がヨーロッパで注目され、熱心に研究されるきっかけになりました。これほどすぐれた画家が200年ものあいだ、人々から忘れ去られていたということは、それだけフェルメールの絵が、時代を先取りした新しさに満ちていたということなのでしょう……。

2006年 短絡的な親が多すぎないか
これからしばらく、子育てはどうあるべきかについて考えてみることにします。というのも、最近、子どもの「いじめ」や「自殺」が社会問題になり、テレビや新聞をはじめ、マスコミには連日のように報道され、いろいろな分野の論者が意見を出しあっています。その傾向は歓迎してよいことでしょう。なぜなら、世の中はじゅんぐりだからです。20年後、30年後のわが国は、今の子どもたちが社会の中心となり、こんどは親としてわが子の子育てをしていかなくてはなりません……。

2005年 幼児期にできあがる知的能力の基礎
「レディバード図書館」の監修者であるウィングフィールド夫妻は、監修に当たって、「家庭でおこなう幼児教育」と題し、次のような文をよせてくれました。大脳生理学や発達心理学の最近の研究成果によると、人間形成の基礎は、小学校へあがるまでの幼児期に家庭でどのような育児、しつけを受けてきたかによって決定されるということが、立証されています。お母さんお父さんが家庭で行なう教育が……。

● 今日(12月5日)の主なできごと

1904年 日本軍が旅順203高地占領……日露戦争で日本軍は、ロシア軍の要塞があった旅順の203高地を3度目の総攻撃で占領に成功。戦局はいっきに日本軍が有利なものになっていった。


● 今日の主な記念日・恒例日

国際ボランティア・デー……世界の経済と社会開発の推進のため、ボランティア活動の貢献に対する認識を高める日として制定された国際デー。

バミューダトライアングルの日……1945年のこの日、大西洋上で米軍機が突然消息を絶ち、その救援機も行方不明になった。それ以前にも多くの船や飛行機が行方不明になっているといわれ、フロリダ・バミューダ・プエルトリコの3点を結ぶ三角形の海域を魔の三角海域「バミューダトライアングル」と呼ばれるようになった。


● 今日生まれた人

1842年 デ・レーケ……オランダの土木技術者。お雇い外国人として来日。「日本の砂防の父」

1891年 広津和郎……大正・昭和期の小説家・社会評論家。代表作『風雨強かるべし』『松川事件と裁判』など。

1901年 ディズニー……アメリカの漫画家・実業家。「ミッキー・マウス」を生みだし、「ウォルト・ディズニー・カンパニー」創業。

1907年 林彪……中国の軍人・政治家。毛沢東暗殺・クーデターなどを企てた(林彪事件)が、ソ連へ逃亡中に墜落死。

1912年 木下恵介……昭和・平成期の映画監督。代表作『カルメン故郷に帰る』『二十四の瞳』『喜びも悲しみも幾歳月』『楢山節考』など。


● 今日亡くなった人

1791年 モーツァルト……オーストリアの作曲家。ハイドンやベートーべンと並ぶウィーン古典派三大巨匠の一人。

1870年 デュマ(大デュマ)……フランスの小説家。代表作『三銃士』『モンテ・クリスト伯』など。

1893年 松平容保……江戸時代後期~明治初期の会津藩主。

1926年 モネ……フランスの画家。代表作『印象・日の出』『日傘を差す女』『草上の昼食』『睡蓮』の連作など。

1985年 太田典礼……昭和期の産婦人科医。産児制限と安楽死を説き、子宮内避妊器具の草分けのひとつである「太田リング」を考案するほか、優生保護法の制定に尽力。

1994年 荻村伊智朗……昭和期の卓球選手・指導者。50・60年代の現役時代は世界卓球選手権で12個の金メダをル獲得、日本卓球界の黄金期を代表する選手として活躍。

1999年 佐藤勝……昭和・平成期の作曲家。黒澤明作品の常連作曲家ほか、映画音楽専門の作曲家として生涯に300以上の作品に携わる。

2000年 鈴木その子……昭和・平成期の美容・料理研究家。1980年『やせたい人は食べなさい』がミリオンセラーとなった後は、白米食を中心としたダイエット法を提唱。

2008年 加藤周一……昭和・平成期の評論家・医師。代表作『日本文学史序説』『現代ヨーロッパの精神』『羊の歌―わが回想』『二十世紀の自画像』など。

2013年 マンデラ……南アフリカ黒人解放運動指導者。黒人初の大統領。


● 過去のマイブログ「12月5日」のテーマ

2014年 「不屈の闘士」 マンデラ
アパルトヘイト(有色人種差別政策)への反対運動に身を投じ、27年間投獄されながらもその撤廃に成功、南アフリカ共和国の大統領となったマンデラが、2013年に亡くなった日です。1918年、東ケープ州に生まれたネルソン・マンデラは、フォート・ヘア大学に在学中の1944年、黒人の権利拡大をめざすアフリカ民族会議(ANC)に入党しました。その青年同盟を創設し執行委員に就任して反アパルトヘイト運動に……。

2013年  [おもしろ民話集 106] ジャックと3人の巨人
ある村に、ジャックという名の貧しい農夫の息子がいました。とても元気でかしこいので、「知恵ものジャック」といわれていました。ある日、村の人たちがジャックのところにやってきて、こういいました。「むこうにみえる山の穴ぐらの住みかに、コーモランという背の高さが5メートルもある巨人がすんでいるのを知っているね。このごろ、あいつが、きゅうにあばれだして、村人や、牛やブタやヒツジを……。

2012年 「悲劇の大名」 松平容保
会津藩第9代藩主で、京都守護職として幕末の激動の6年間を京都の守護にあたるものの、王政復古後の「戊辰戦争」に敗れた松平容保(まつだいら かたもり)が、1893年に亡くなった日です。1836年、美濃国高須藩主の6男として江戸藩邸に生まれた容保は、1846年に叔父の会津藩8代藩主の養子となり、1852年に23万石の家督を継ぎました。ペリーが再度来航した年のことで、容保は開国やむなしときっぱり明言するほど……。

2011年 「松川事件」 と広津和郎
大正・昭和期の小説家、文芸評論家の広津和郎(ひろつ かずお)が、1891年に生まれた日です。作家の広津柳浪(りゅうろう)の次男として東京に生まれた和郎は、早稲田大学英文科に在学中から短編小説や翻訳を同人誌などに投稿したりしていましたが、卒業後に文芸評論家として活躍するようになります。1917年、雑誌『中央公論』に『神経病時代』を発表して文壇デビューをはたすと、芥川龍之介、菊池寛、佐藤春夫、久米正雄らと交わりながら……。

2008年 「足をあらう」 「水いらず」 「さばをよむ」
「足をあらう」 悪事から抜けだすこと、心機一転出なおすときに使いますが、インドの僧の行いから出た言葉のようです。一日中はだしで托鉢をしてまわった僧が、寺へ帰って、よごれた足を洗い清めるのがその日の日課の終わりでした。そんな、宗教上の行為が、汚れを落として出直すという意味に変わっていったと……。

2007年 自分が認められることの喜び
これは、ボランティアで子どもたちに「作文」を教えている先生から聞いた話です。ある日、陽子ちゃんという1年生の女の子が、新しく作文教室に入ってきました。20人ほどの集団にぽつんとひとり加わったのですから、少し不安な様子でした。「今までに作文を書いたことある?」 「書き方わかる?」 などと聞いても、返事をしません。そこで、作文教室に入ってすでに4か月になる五美ちゃんという2年生の女の子の横に座らせて、「五美ちゃん、陽子ちゃんに教えてあげてね。五美ちゃんなら、教えてあげられるでしょう」 と……。

2006年 「ゲーテ」 のこども時代
裕福な法律家の家に生れ、自分も法律家として進む道をさだめられていたゲーテは、小さいときから、おどろくほどよく勉強しました。先生は、厳格な父と家庭教師でした。このころにも、もちろん学校はありました。しかし、貴族や金持の家では子どもを学校には入れず、家庭教師などをやとって自宅で学ばせたのです。法律をはじめ文学、歴史、神学、語学、詩、乗馬、剣術──このなかで、いちばんとくいだったのは語学でした。自分の国のドイツ語のほか、イタリア語、ラテン語、ギリシア語……。

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