児童英語・図書出版社 創業者のこだわりブログ

30歳で独立、31歳で出版社(いずみ書房)を創業。 取次店⇒書店という既成の流通に頼ることなく独自の販売手法を確立。 ユニークな編集ノウハウと教育理念を、そして今を綴る。

おもしろ落語

「おもしろ古典落語」の113回目は、『そばの殿(との)さま』というお笑いの一席をお楽しみください。

ある殿さまが、ご親戚にお呼ばれになりますと、そのご親戚では本膳のあと、座興として、そば職人にそばを打たせてごらんにいれました。そばを食べるのはかんたんなものですが、作るのはたいへんでして、そば粉を水でよく練り上げまして板にのせ、薄く延ばして、めん棒というのに巻きこみます。その棒をぬいておいて、うず巻きのようになったのを大きな包丁で切っていきます。同じ太さに切らなくてはなりません。こういうそばを作るのを「そばを打つ」といいます。この殿さまは、こういうのをはじめて見たからびっくりしました。そば粉をしっかりこね、切ってゆでて……という名人芸を目のあたりにしてすっかり感心したばかりか、さぁどうぞと出されたのを食べてみると、これがおいしいから二度びっくりです。

屋敷に帰ると、さっそく家来どもを集め、「これ、そのほうたち、そばは好きか、きらいか、遠慮なく申してみよ」「ははぁ」「ははぁではわからぬ、どうじゃ」いきなりこういわれて、うっかり好きと答えると、殿さまがきらいだった日には、みんなしかられます。「お殿さまは、いかがでござりましょう」「うん、余は大好物じゃ」「それでは、一同そろって、好きでございます」「さようか、しからば、そのほうたちに、そばを馳走(ちそう)してつかわそう」「これはありがたき幸せでござります。して、いずれよりとりよせられまするや?」「いや、余がじきじきに打ってとらする」「えっ、殿ご自身で?」「さようじゃ、これ、たれぞある。そばを打つ用意をいたせ」

鶴の一声ですから、すぐに山のようにそば粉が運ばれてまいります。小さな入れ物ではダメというので、馬の行水用のたらいを用意させました。こんな大きな入れ物では、上にのせる板がありませんから、玄関の杉戸をはずして持ってくる。練り棒の代わりは、番人の持ってる六尺棒。殿さまは、キリリと鉢巻きをしめ、さっそうとたすきを十字にかけるという出立ち。「……これ、粉を入れよ…水を入れよ……ううん、これはちと柔らかい。粉をくわえよ……少しかたすぎたな、水を加えよ。いやだめだ、粉を足せ。……ありゃ、今度はかたすぎる。水じゃ。あコレコレ、柔らかい。粉じゃ。固いぞ。水。柔らかい。粉。水、粉、水、粉粉・水水・粉粉・水水・粉……」いやはや、たいへんな騒ぎで、とうとう、馬だらいの中はそばの山盛りになってしまいました。

それを、杉戸の上にあげて、六尺棒で延ばしたり、巻いたりするのですが、素人にはうまくいくはずがありません。おまけに、殿さまは一生懸命ですから、汗はたらたら、水っぱなをたらしっぱなし。よだれまでたれる。それがぜんぶ馬だらいの「そば」の中に練りこまれるのですから、家来たちは気が気ではありません。殿さまのほうは、どうにかこうにか平たくしまして、これを切りましたが、薄いの、厚いの、かたいの、柔らかいの、ぐしゃぐしゃなの、なんとも珍妙なそばができあがりました。「早くうでろ」「はっ」「もう、うだっただろう」「まだ、少し早いようで」「かまわん、余が食するでない。家来たちが食すのじゃ」

いくら、家来が食べるのでも、生ゆではいけません。おつゆだけは料理人が作ってます。殿さまは、衣服をおめしかえまして、正面にどっかりお座りになって、「あー、一同のものに申しつける。本日は、余の馳走であるぞ。心おきなく、じゅうぶんに食せよ」「ははぁ、ありがたく、ちょうだいつかまつります」こんなものが、ありがたいわけはありませんが、殿さまの手づくりで、正面に見てるのですから、食べないわけにはまいりません。残すとしかられますから、ぐちゃぐちゃどろどろのそばを、懸命に食べますと、「それ、すぐにかわりをとらせよ!」

1杯でもじゅうぶんなところを、2杯、3杯と食べさせられ、その晩は、家来一同、腹痛をおこしてたいへんな騒ぎ。あくる朝になって、青ざめた顔をして、お城へやってまいります。「鈴木氏(うじ)、だいぶお顔の色が悪いようじゃな」「うん、帰宅いたして、かわや(便所)へかようこと、27回。ところで山田氏、貴公もだいぶおやつれじゃないか?」「はぁ、拙者も18回かよい申した…、おう、斎藤氏、本日はめずらしく遅いご出仕で…」「はぁ、拙者かわや通い32度目に夜が白々とあけ申して一睡もしてござらん。荒木老はいかがで」「拙者か、拙者はただのいっぺんじゃ」「これはご老体、ご壮健なことで」「いや、宵に入ったきり、ついさっきまで入りおり申した」「ご老体、なにやらふろしき包みをご持参のようでござるが…」「いや、老妻が心配つかまつって、おしめを用意いたしてくれ申した」

いやはや、たいへんな騒ぎでございます。そのうちに殿のお召しというので、一同のものが御前にずらりと並びました。「これ、一同の者、そのほうたちがそば好きじゃによって、本日は余が腕によりをかけてそばを打っておいたぞ、遠慮なく食せ」「殿、恐れながら申し上げます」「なんじゃ」

「おそばを下しおかれますなら、ひとおもいに、切腹をおおせつけられたく、願いあげたてまつる」


「4月5日にあった主なできごと」

1976年 四五天安門事件…中国の首都北京にある天安門広場で、1月に亡くなった周恩来をいたむためにささげられた花輪を撤去されたことに対し、民衆と警察が衝突、政府によって暴力的に鎮圧された「天安門事件」がおこりました。1989年6月4日に起きた「六四天安門事件」と区別するため、第1次天安門事件ともいいます。

1998年 明石海峡大橋…神戸と淡路島を結ぶ全長3911m、世界最長の吊り橋「明石海峡大橋」が開通、神戸~鳴門ルートの開通となりました。児島~坂出ルート(瀬戸大橋)と、1999年に開通する尾道~今治ルート(瀬戸内しまなみ海道)とともに、本州と四国を結ぶ3ルートの一つとなっています。

「おもしろ古典落語」の112回目は、『たらちね』というお笑いの一席をお楽しみください。

「大家さん、八五郎です。遅くなってすいません。少しかぜをひいて、仕事を休んでましたもんで。やはり、店賃の催促で?」「そうじゃない。おまえはこれまで、きちんと払ってきたんだ。少しくらい遅れても、催促なんぞしないよ。じつはな、おまえに相談があるんだ」「相談? たとえば、この長屋をあたしにくれるとか」「ばかばかしい。おまえもそろそろ、身を固めないかってことだ」「なんです、身を固めるって」「女房をもつ気はないかってことだよ」「だって大家さん、いま、一人でさえ貧乏してるんじゃありませんか。この上、かかぁなんぞ持った日にゃ、干ぼしになっちまいます」「そうじゃぁない。いいか、おまえは一人で暮してきたから、うちでおまんま食うのは面倒だってんで、ちょくちょく外で飯を食ってるな。洗濯ものなんかも、ひとに頼んでるだろ。これじゃ、ずいぶんむだな銭がかかってるわけだ」「そうですかね」

「昔からよくいうように、ひとり口は食えないが、ふたり口は食えるというだろ。飯を炊くのも、洗濯も、みんなかみさんがやってくれる。それだけでも、かみさんひとり分の食いぶちは出ようってもんだ。どうだ、もらう気はあるか?」「ないことはありませんが、あっしみたいな、なんにもねぇところに来るなんてのがありますかね」「それがあるから、世話をしようといってるんだ」「もの好きだね、どうも…。で、どんな女なんです?」「まあ、いい女だな。器量は十人並み以上、色白で小柄で…」「へぇ、女っぷりはいいんですか。で、年は?」「ばぁさんや、あの娘はいくつだったかな。えっ? 二十五になった? 聞いての通りだ」「なんかきみが悪いな。あっしんとこへこようってんじゃ、よっぽど暮らしに困ってるんだな」「そんなことはない。夏冬の道具ひとそろいくらいは持っておる」「夏冬? こないだ芳公んとこへきた嫁ね、夏冬の道具持ってきたってぇから、聞いてみたらこたつと、うちわだってぇからあきれたね」「そんなばかばかしいのじゃない、長持の二棹(さお)くらいはある」「なんか話がうますぎやしませんかね。どこかキズでもありゃしませんか?」

「ふっふっふ、痛いところをつかれたな。そりゃまぁ、ないこともない」「ほうらね、横っ腹にヒビが入って、水がもるとか」「水がめじゃあるまいし」「わかった、夜中になると、首が伸びてあんどんの油をなめるとか」「ばかなことをいいなさんな。もとは京都の名家の出で、長い間屋敷奉公していたために、言葉がていねいすぎるということなんだ」「冗談でしょ。大家さんはいつもあっしに、言葉が乱暴でいけねえって、文句をいってるじゃないですか。ていねいなら、キズっていうことはないでしょ」「そりゃそうだけどな、ただこの女は、ばかがつくくらいていねいなんだ。このあいだ、風が強い日に、表でであったらな、『今朝(こんちょう)は土風激しゅうして、小砂眼入す』といったな」「へぇー、たいしたもんですねぇ」「おまえにわかるか」「わかりませんが、そんなえれぇこというなぁ感心だ」「わからないで、感心するな。つまり、けさは、細かい砂が目に入って困ります、とあいさつしたわけだ」「なるほど」「あたしもそのときは、いってる意味がわからなかった。でもくやしいから『スタンブビョーでござる』といったんだ」「なんです、そのスタンブビョーってのは?」「ひょいと前の道具屋をみたら、タンスと屏風があったんで、これをさかさまにして、ごまかしたんだな。むこうもわからないから、変な顔してた」「へぇー、さすがは大家さんだ。ごまかすのもうめぇ」「へんなほめかたをするな。で、どうだ。もらうか? それともことわるか?」「大あり名古屋は金のシャチホコでさぁ、お願いします」

ということで、暦を見ると、あすもあさっても日がよくない。思い立ったが吉日ということで、その日の夕方、輿入れということになりました。ところが大家さんは、用事があるからといって、お嫁さんを連れてきただけですぐに帰ってしまいました。なるほど美人なので、八五郎は大喜びですが、いざ話をするとなると、ちんぷんかんぷん。名前をたずねると、「みずからの姓名は、父はもと京の産にして、姓は安藤名は慶三、あざなを五光。母は千代女と申せしが、三十三歳の折、ある夜丹頂の鶴の夢を見て、はらめるがゆえに、たらちねの胎内を出でしときは鶴女と申せしが、それは幼名、成長ののち、これを改め清女と申しはべるなり」「へぇー、それ、みんなおまえさんの名前かい? 弱ったなぁ、あした、大家さんに頼んで、ぶった切ってもらおう」てなことで、その夜は、そのまま床につきました。

さて、よく朝のこと。そこは女のたしなみで、朝、亭主に寝乱れ顔をみせるようなことなく、早起きして掃除をすませて、ご飯を炊こうとしましたが、米のある場所がわかりません。夫の枕元へ両手をついて、「あーらわが君、あーらわが君……」「へい、へい、へい、えーっ、もう起きちまったんですかい…、もっと寝坊しててもかまわねぇのに…えっ、なんだって? わが君? おい、わが君ってのはおれのことかい? うわぁ、こりゃおどろいたな。なにか用ですかい?」「白米(しらげ)のありかはいずこなりや?」「あっしは、ひとり者でも、ずいぶんまめなほうで、洗濯をよくしてるから、しらみなんざいねぇんで」「人食(は)む虫にあらず、米のこと」「ああ、米かい。そこのみかん箱の中にへえってるよ」

ご飯が炊きあがり、みそ汁をこしらえようとしましたが、汁の身がありません。どうしようかと思っているところへ、ねぎをかついだ八百屋がきました。「のうのう、これこれ、門前に市をなす、しずの男(おのこ)」「へぇ、あっしですかい?」「そのほうがたずさえたる白根草(しらねぐさ)なん文なるや」「白根草? ああ、根が白いからね、1わで三十二文だよ」「召すや召さぬや、わが君にうかがう間、門前にひかえておれ」「ははぁ、芝居だねぇこりゃ、それにしてもどぶくせぇ門前だよ」「あーらわが君」「おい、また起こすのかい。朝っぱらから八百屋なんかひやかしてちゃしょうがねぇなぁ…銭かい、その火鉢の引き出しに、こまけぇ銭がへぇってるから、いいかげんに買っといてくれ。それからね、その『わが君』ってぇのやめてくんねぇな、友だちに『わが君の八』なんていうあだ名がついちまうから」

すっかり食事のしたくができますと、夫の枕元にやってきて、ぴたりと両手をついて、「日も東天に出現ましまさば、うがい手水(ちょうず)に身を清め、神前仏前へ燈灯(みあかし)を備え、ご飯を召し上がってしかるべく存じたてまつる、恐惶謹言(きょうこうきんげん)」

「おい、おどかさないでおくれよ。飯を食うのが恐惶謹言なら、酒を飲むのはよ(酔っ)てくだんのごとしか」

* 「恐惶謹言」や「因(よ)って件(くだん)の如(ごと)し」は、ともに書状の終わりにつける言葉


「3月29日にあった主なできごと」

1683年 八百屋お七の刑死…江戸本郷の八百屋太郎兵衛の娘お七 (八百屋お七) が、放火の罪で、鈴ヶ森刑場で火あぶりの刑に処せられました。

1912年 スコット死去…南極点に到達するものの、アムンゼンに先をこされたイギリスの探検家スコットが遭難死しました。

1925年 普通選挙法成立…従来までは一定の税金を納めた者しか選挙権がなかったのに対し、25歳以上の男子に選挙権を与えるという「普通選挙法案」が議会を通りました。

「おもしろ古典落語」の111回目は、『そこつの使者(ししゃ)』というお笑いの一席をお楽しみください。

むかし、ある大名の家臣に、地武太治部右衛門(じぶたじぶえもん)という方がおりました。この人は、そそっかしいだけでなく、のんき者でした。そこが面白いというので殿さまの大のお気に入りです。

ある日、殿さまがご親類すじへ使者を出すことになり、この治部右衛門に申しつけました。治部右衛門は大張りきりで、玄関へ出ました。「ああ、こりゃ、べんとうはおらぬか?」「弁当? さっき、お食事をすませたばかりですが」「弁当ではない、馬に乗るから、べんとうを呼んでるのだ」「それは別当(べっとう・馬丁)で、あなたの前にひかえております」「そうか、馬を持て。これ別当、こんな小さな馬があるか?」「それは、犬でございます」「犬か、どうりで小さいと思った。では馬に乗るぞ。これ、別当、この馬には首がないぞ」「あべこべに乗ったのでございます。馬の首は、あなたのお尻のほうにございます」「さようか、では身どもが尻をちょっとあげるから、馬をくるりとひとまわりさせよ」「そんなことはできません」「ならば、馬の首をちょっん切って、前へ持ってまいれ」てなぐあいに、出発前から大騒ぎ。

それでも、なんとか先方に着きました。でむかえの者がひとり出てまいりまして、「はじめまして、てまえは当家の家臣、田中三太夫と申します」「てまえは、田中治部右衛門と申します」「おや、貴殿も同じ名前で?」「はっ? まちがえました。じぶた、地武太治部右衛門でござった。ははは」「……して、本日のご使者の口上(こうじょう)は?」「口上? ええーと、うむ…」「どうなされました?」「うーむ、腹を切らねばならぬことになりました」「これは、またご冗談を」「まことに面目しだいもござらぬが、使者の口上、とんと失念いたしました」

「えっ、そりゃ、一大事」 使者というのは、主人の代わりですから、これを忘れてしまっては、切腹ものです。「じつは、てまえ、恥をもうしあげまするが、生まれついてのそこつ者、ものを忘れるたびに、親が尻をつねってくれました」「お尻を?」「田中氏(うじ)、武士のなさけじゃ、せっしゃの尻をキュッとつねってくださらぬか」「尻をつねるくらいなら、たやすいご用じゃ、グーっとおつねりいたしましょう」「かたじけない。さぁっ、おつねりくだされ」「つねってるんですよ」「いっこうに通じませんな。もそっときつく願います」「それでは両手でまいりますぞ」「つねられた気すらいたしませぬ。幼少のころから、いくどとなくつねられてきたために、尻にタコができております。ご家中に、指に力のあるご仁はござらんか?」「いや、当家には剣術や柔術ならば、腕のたつものもたくさんおりますが、指というのは…さて? 家来どもにたずねてみますから、しばらくおひかえください」
 
三太夫が若侍たちにこの話をしますと、みんな腹をかかえて笑うだけで、名乗り出る者はありません。そのとき、ちょうどお屋敷に大工が入っていて、耳にしたのが、大工の留公です。そんなに固い尻なら、一つ釘抜きでひねってやろうと申し出ました。三太夫はわらにもすがる思いでやらせることにしましたが、大工を使ったとあっては当家の名にかかわります。そこで、留公を臨時の武士に仕立て、中田留太夫という名で、治部右衛門の前に連れていきました。

あいさつはていねいに、頭に「お」、しまいに「たてまつる」と付けるのだといい含められた留公、初めは「おわたくしが、おあなたさまのお尻さまをおひねりござりたてまつる」などとシャッチョコばっていましたが、治部右衛門と二人になると、「おれは侍じゃねぇ、留って大工だ。口上を思いださねぇと、切腹だっていうから、かわいそうに思ってやってきたんだ。さぁ、尻を出しな。汚ねえ尻だね。いいか、どんなことがあっても後ろを向くなよ。さもねえと張り倒すからな」えいとばかりに、釘抜きで尻をねじり上げます。「ウーン、痛たたた、思い出してござる」。これを聞いた三太夫、ふすまをサラリと開けて「して、使者の口上は?」

「屋敷を出るおり、聞かずにまいった」


「3月22日にあった主なできごと」

1832年 ゲーテ死去…「若きウェルテルの悩み」「ファウスト」など数多くの名作を生みだし、シラーと共にドイツ古典主義文学の全盛期を築いたゲーテが亡くなりました。

1925年 ラジオ放送…NHK東京放送局が、ラジオの仮放送を開始しました。NHKは、日本の放送のはじまりを記念して、1943年から「放送記念日」としています。

「おもしろ古典落語」の110回目は、『しめこみ』というお笑いの一席をお楽しみください。

「しめこみ」といっても、お相撲さんの「まわし」のことではありません。ちょっとまぬけな「空き巣ねらい」の泥棒の話です。「こんにちは、お留守ですか? えー、表があけっぱなしになって、ぶっそうですよ。ごめんください。あっ、火がおこって、お湯がチンチンわいてる。遠くへいったんじゃないよ、仕事をするなら今のうちだ」泥棒は、たんすの引き出しから風呂敷を出すと、中のものをそこへ包んでしょいだそうとすると、表で足音が近づいてきました。こいつはいけないと、裏に逃げようとしましたが、裏は行きどまり。しかたがないので、あわてて台所の羽目板をはずして、縁の下に隠れました。

亭主が帰ってきました。「なんだい、日の暮れに家を開けっぱなしにしやがって。おおかたそこらでおしゃべりでもしてんだろう。それにしてもずいぶんとちらかってやがる。暗いから明りでもつけてみよう。おやっ、ここに大きな風呂敷包みがあるぞ。どっかから預かったのかな。それにしても、この風呂敷には見覚えがあるな。中を調べてみるか。おぅ、こりゃおれの着物と羽織だ。こっちは、かかぁの晴着じゃねぇか。そうか、たんすのものを、すっかりくるみやがったな。すると、火事でもあったのかな、こいつをつつんで逃げようとしたら、うまい具合に火が消えた…? いやぁ、火事なら、近所じゅうがバタバタしてるはずだな。とすると、かかぁのやつ、男でもできて……、そういやぁ、このあいだ松公がおかしなこといってやがったな。『おい、気をつけなよ。おたげぇ、出商売で家にいねぇんだから…』って、別段気にも留めなかったが、それとなく教えてくれたんだな。そうか、男とこの包みを持ってずらかるところだったんだ、うーん、ちくしょうめ」

「あー、いいお湯だった……あら、お帰んなさい。早かったねぇ、お前さんも今のうちにお湯へいってきたらどぉ? 男湯はすいてたわよ。どうしたの? そんな、怖い顔してさ。ああ、あたしの帰りが遅いんで、怒ってんだね。女のお湯というのは、男とちがって長いんだよ。お湯やでお向かいのおかみさんといっしょになってね。背中を流してくれたから、あたしもお返しに背中を流してあげたのよ。そうしたら、お湯をくんでくれてね、あたしもくんであげたの。こんどは髪を洗うっていうでしょ…」「そんなこと聞いてるんじゃねぇ。これを見ろやいっ!」「あーら、大きな風呂敷包みだねぇ、火事でもあったのかい、それとも、どっかの預かりものかい?」「ごまかすな、こんちくしょう。聞きたいのはこっちのほうだ。やい、てめぇは、こんなものこしらえて、どこへ逃げようと思ったんだ」「えーっ、なんであたしが逃げなくちゃいけないんだい。ははぁ、わかった、逃げようと思ったのは、おまえさんだろ」「なにいってるか、この大荷物をおれのせいにするのか」「だって、あたしは知らないよ」「知らねぇことはねぇ」「しらねぇことはねぇったって、知らないんだよ」「このおたふく野郎、まだシラを切るのか」

「おたふくだって? いったわねぇ。ふん、おまえさん、あたしといっしょになったときのこと忘れたのかい?」「なんだ?」「あたしは、伊勢屋にいたんだよ」「ああ、たしかにおまえは伊勢屋の飯炊きをしてた」「はばかりさま! おっかさんにいわれて花嫁修業をしていたのでお給金は貰ってないんだよ。伊勢屋さんはしっかりしたお店だし、あそこなら、ごはんの炊きかたからもお裁縫も、行儀作法をおぼえるのにいちばんだ。それに、出入りの人も多いから、ひょっとすると、いいおむこさんの口もみつかるかもしれないって。なのにあんたは、台所で私の袖を引いたんじゃないか。『あの二人はおかしいといわれるから、本当にいっしょになってしまおう』っていったのはあんただよ。あのとき、うちのおとっつぁんと、おっかさんの前で『いっしょになったら、あっしがなんでもやります。朝だって早く起きてご飯を炊きます。洗濯もやります。こんなやさしい女はありません。もう、生きた弁天様です』といったじゃないか。それをおたふくだなんて」「やかましいわい、こんちくしょう」「あっ、ぶったわね」「あぁ、ぶったとも」「くやしいーっ、いくらでもぶちやがれ!」

夫婦げんかも、このくらいになってくるとすさまじいもので、亭主は沸騰しているやかんを、おかみさんにぶっつけます。おかみさんは、さっと体をかわす。やかんは台所の羽目板の上まで飛んでひっくりかえりました。煮えたぎったお湯が、縁の下の泥棒に、もろにかかってきました。驚いた泥棒は、飛び出してきて二人の仲裁をはじめます。

「あぶない、おかみさん、お逃げなさい。親方も、まぁまぁ……」「ややや、なんだ、あんまり見かけねぇ面だな、だれだ?」「えっへっへ、いえね、別に名乗るもんじゃありませんが、いま、前を通りますと、おふたりで喧嘩の真っ最中、思わず飛びこんできたようなわけで」「そうですかい、止め役はありがたいが、どうか手を引いておくんなさい。今夜という今夜は、勘弁できねぇんで」「親方、お腹立ちでしょうが、まぁ、あたしにおまかせください」「おまかせくださいって、このけんかの起こりを知ってんのか?」「へぇ、へぇ、そりゃわかってます。その風呂敷包みでしょ。その包みをだれがこさえたかわかれば、よろしいんでござんしょ」「うん、まぁ、そういうわけだ」

「では、お話をいたします。あれをこしらえたのは、親方でもなく、おかみさんでもありません」「二人が作らなくてどうしてできる?」「それは、つまりですね、お二人とも留守の時に、ぬーっと入ってきた男がいると思ってください。たんすの引き出しをあれこれ開けて、大きな包みをこしらえて、さて逃げようと思ったところへ、親方が帰っていらした。しかたがないから、その男は逃げるに逃げられず、縁の下に隠れていたら喧嘩がはじまった」「なるほど」「あげくのはてに、親方がやかんを放り投げました。それが台所へころがってきて、煮えたお湯があげ板の間からポタポタポタポタ、いゃぁ、熱いのなんの、とても我慢ができませんから、その男ぁ飛び出してきて、まぁまぁと、仲裁にはいったというようなわけで…」「その男ってぇのが、つまりおまえさんかい?」「ごめいとう!」「じゃぁ、おまえさんは泥棒だね」「早い話がそうです」

「それ見ろ、不用心にするから、どろ…泥棒さんが入るんだ。もし、この泥棒さんが出てきてくれなければ、おれたち夫婦別れしたかもしれねぇ」「泥棒さま、ほんとうによく出てきてくれました。ありがとうございます」「どういたしまして。まぁ、喧嘩も無事におさまって、ようございました。縁の下でうかがっていましたが、お宅さまは、喧嘩をするようなご夫婦じゃございません。仲が良すぎるくらいです。お二人のなれそめを聞いていましたが、おかみさんは、ほんとうに弁天様のようなお方ですね」「おい、よせやい」「これをご縁にちょくちょくと」「冗談じゃねぇ」

でも、まぁよかった、無事におさまったというので、のんきな人もあるもんで、「泥棒さん、今夜は忙しいのかい」「はぁ? いえ、なにもありません」「それでは一献差し上げよう」ということで、亭主が用意した酒肴で二人は酔いつぶれてしまいました。目を覚ました亭主が「泥棒さんはよく寝ているね。不用心にしていると泥棒が入るといけないから、心張り棒をしっかりかけておきな」「はい」

「ちょっと待て、泥棒は家ん中だ。外から心張り棒をかけておけ」


「3月15日にあった主なできごと」

BC44年 シーザー死去…古代ローマの政治家で終身執政官となるも、「ブルータス、お前もか!」という有名なセリフを残し、シーザー(カエサル)が暗殺されました。

1928年 3.15事件…日本共産党は、第1次世界大戦後に秘かに党を結成して、労働者の政治運動をさかんに行なっていました。そして、1928年2月の第1回普通選挙で、共産党を含む無産政党から8名の当選者を出しました。これに脅威を感じた田中義一内閣は、共産党を含む左翼団体の関係者千数百名を捕らえ、治安維持法違反の罪で処罰しました。これが「3.15事件」で、これ以降共産党や労農党は結社を禁止されました。この時逮捕された徳田球一や志賀義雄らは、1945年10月にGHQの指令で釈放されるまで18年間、獄中につながれたままでした。

「おもしろ古典落語」の109回目は、『笑(わら)い茸(だけ)』というお笑いの一席をお楽しみください。

生まれてから笑ったことのないという人がありました。仏具屋の頂兵衛、つめて「仏頂」さんという人で、年が四十五歳。無愛想な顔とか、ふくれっ面なんかを仏頂面(ぶっちょうづら)というのは、この人から始まったそうで……。おかみさんも、仏頂さんと連れ添って十五年になりますが、一度もご主人の笑い顔を見たことがないので、いろいろ心配しまして、横丁の寸白(すんぱく)先生という医者のところへ相談にいきました。

「笑わないというのは、やはり病気ではないでしょうか。なにかよい薬がありましたら、飲ませとうございます」「はぁ、それには良い薬がある。紅葉茸(もみじだけ)といって、紅葉の木の根っこへ生えるものじゃが、これを酒のなかへひたしておいて飲ませると、どんな笑わない者でも、自然と笑い出す。それでこれを『笑い茸』という。さいわい、ここにあるから、持っていって飲ましてやりなさい」

おかみさんは、よろこんで笑い茸を持ち帰り、さっそくお酒の中へひたしておいて、「もし、あなた。私たち夫婦になって十五年になりますねぇ」「そんなこと、おまえにいわれなくったってわかっとる」「ですけどあなた、この十五年の間、一度でも私の前でお笑いになったことがありますか?」「おれには、笑うほどおもしろいことがないのだ。世間の人が笑ってると、ばかばかしくてたまらん」「でも、それじゃ、つまりませんわ。わたし心配ですから、じつはさっき、横丁の寸白先生のところへいってきたんです。すると先生は、笑い茸というのをくださって、『これを飲ませると、どんな人でも、自然に笑い出す』とおっしゃるんです」「なんだい、亭主が笑わないからって、薬をもらってくるやつがあるか。おまえは、その医者にだまされたんだ」「でも、飲んでみなくちゃわかりませんよ。まぁ、ものはためしだから、飲んでごらんなさいよ」「そこまでいわれちゃ、飲まないわけにはいかぬな。ここへお出し」

「はい、これでございます」「これを飲めば、必ず笑うというんだな。こんなものを飲んだって、笑うわけがない。だまされたんだ、医者に。いや、飲みますよ。飲まないとはいわない。…うーむ、あまり、うまいものではないな、おかしな味がする。……さぁ、すっかり飲んじまったが、おかしくも何ともない」「いまにあなた、お薬がからだへまわると、自然に笑いだすようになりますよ」「なぁに、笑いません」「いいえ、あなたが強情をはっても、お薬がまわれば笑いますよ」「笑いません! よく考えてみなさい、おれの身体だよ、おれが笑うまいと思えば、どんな薬を飲んでも、おかしくなる道理がない。こうなるとおれも強情だから、生涯笑わないから、そう思いなさい」「そんなこといってもだめですよ」

「だめなもんか。なぜ、おまえ、そこでおかしな顔をして見せるんだ。おまえがそこで、笑っても、おれは笑わない。ふふ、おまえがそこで笑ってみたって、ははは、おれは笑いやしない」「あらっ、笑ったじゃありませんか」「ふふふ、なぁに、笑うもんか、はははは、ふふふふ」「笑いましたよ、それごらんなさい」「おまえの気のせいだ。薬を飲んだからいまに笑うだろう、笑うだろうと思っているから、笑うようにみえるんだ、ふふふ、ばかな話だ。はははは、ふふふふふ。いや、こいつはいけねぇ、あはははは、おい、どうも、こいつは変だ。おい、人間というのは、考えてみればおかしなもんだ。なぁ、あっはっはっは。おまえとおれは、もとは他人だ、他人どうしだ、あっはっはははは。その他人どうしが、ふっふっふ、夫婦になって、あっははは……、夫婦になったときは、と、年が一つ違いだったろ。はっははは、十五年前に一つ違いだったのが、あっはははは、いまだにひとつ違いだ、あっはっはっは」

おかしくもなんともない、当たり前のことをいって、仏頂さん、しきりに笑いころげています。ところが、不思議なもので、笑う門には福来る、とはよくいったもので、世間じゅうの金が仏頂さんのところへ集まってきて、たちまちの間に、仏頂さんは大金持ちになりました。その金をつみあげては、それをながめながら笑って暮らしていました。それにひきかえて天国では、お月さまをはじめたくさんのお星さまは、残らず貧乏になり、あわてて調べてみますと、下界に仏頂という笑ったことがない男がいて、笑い茸のおかげで笑いがとまらなくなった。そのために、金が仏頂のところへ集まってしまうということがわかりました。

それなら、こっちも負けないように笑ったら、その金が帰ってくるだろう、仏頂のところにいる金に聞こえるよう、大ぜいで笑いとばせということで、お星さまたちが残らず大声で、わははは、わはははと笑いたてると、仏頂さんのところにいた金が、その笑い声につられて、また出かけようとするので、仏頂さん、笑いながらこれを止めて、「おいおい、おまえがたは、どこへ行くんだい?」「へぇ、だんな、天国で、みんなが笑っておりますから、また、天国へまいります」「はははは、おまえがたは、天国へ行くにはおよばないよ」「へぇ、どういうわけで?」

「あれはみんな、空(そら)笑いだ」


「3月8日にあった主なできごと」

1917年 ロシア革命…1914年に第1次世界大戦が始まると、経済的な基盤の弱かったロシア帝国は、深刻な食糧危機に陥っていました。この日、首都ペトログラードで窮状に耐えかねた女性労働者たちのデモがストライキを敢行、兵士たちもこれを支持しました。事態を収拾できなくなったニコライ2世が退位して、ロシア帝国は崩壊。この「2月革命」により、新しく生まれた臨時政府と各地に設置されたソビエトが対立することになりました。こうして10月に、ソビエトが臨時政府を倒して政権を樹立し、世界で初めての社会主義国家が誕生しました。

1935年 忠犬ハチ公死去…飼い主が亡くなった後も、渋谷駅で主人の帰りを待ち続けたという「忠犬ハチ公」が死亡しました。渋谷駅前にあるハチ公の銅像前は、待ち合わせ場所としていまも有名です。

↑このページのトップヘ