児童英語・図書出版社 創業者のこだわりブログ

30歳で独立、31歳で出版社(いずみ書房)を創業。 取次店⇒書店という既成の流通に頼ることなく独自の販売手法を確立。 ユニークな編集ノウハウと教育理念を、そして今を綴る。

おもしろ落語

「おもしろ古典落語」の123回目は、『天災(てんさい)』というお笑いの一席をお楽しみください。

「ご隠居、まっぴらごめんなせぇ」「だれだ、そうぞうしい、なんだ八公か。おめってやつは、どうしてものごとに乱暴なんだ。3日もあけず、親子げんかに夫婦げんか。人の家へ入ってくるなりあぐらをかく。いいか、『親しき仲にも礼儀あり』っていうだろ。ちゃんと座りなさい」「どうぞおかまいなく」「おかまいなくっていうやつがあるか。で、いったいなんの用があってきたんだ」「へぇ、すいませんが、ちょいと、離縁状を二本書いてくんなせぇ」「ばかやろう、女房はひとりだろ、1本で足りるはずだ」「もう1本は、うちのばばぁにやるんで」「あきれた野郎だな、ばばぁってぇのは、おまえのおふくろだろう」「そんな、おふくろなんてもんじゃねぇ」「それならいったいなんだ」「死んだおやじの、たぶん、かみさんでしょ」「それを、おふくろっていうんじゃねぇか」「そうなるんですかね。でも、あんなしわくちゃばばぁなんて、みっともないから、ないしょにしておくんなせぇ」「なにがみっともねぇだ。女が年をとりゃ、みんな、ばぁさんになるもんだ。その母親に離縁状を出すなんて、バチがあたるぞ。『孝行のしたいじぶんに親はなし』っていうだろ、できるうちに親孝行しなくちゃいけねぇ」「へぇ」

「じつはな、おまえのような気の荒い人間は、心学(しんがく)というのを聞くといいと思って、このあいだ、おれの知ってる先生に、おまえのことをよくたのんでおいたから、これからいって、いろいろ教えを受けておいで」「へぇ、ありがとうございます。けれど、ありゃ、胸がやけていけません」「胸がやける? なんのことだ」「でんがくでしょ。豆腐にみそをつけて焼いたの」「田楽じゃない、心学。おまえの心をおさめる学問だ。むこうへいけば、先生がおまえによくわかるように、説き明かしてくれる」「学問ていったって、あっしは読み書きはできねぇ」「いや、ただ耳で聞くだけでりっぱな学問になるんだ」「へぇ、そいつはいいや。いったらすぐにやってくれるんでしょうか」「まぁな。おまえが、生まれ変わったような人間になったら、あたしだって世話のしがいかあるってもんだ。ここに紹介状を書いておいたから、これを持って行っていきなさい」 「どこなんです?」「長谷川町の新道で、紅羅坊名丸(べにらぼうなまる)先生と聞けばすぐわかる。たばこ屋の裏だ」

八っつぁん、たばこ屋に着くと、いきなり「このへんに、べらぼうになまける、とかいうやつがいるだろ」「なまける者は、たくさんおりますが…、ひょっとして、紅羅坊名丸先生じゃありませんか?」「知ってやがるくせに、そらっとぼけやがって、この横着じじい」「なんとも乱暴な方だな。この裏を入って、つきあたった格子のはまった家ですよ」「格子の家ね。こんちはぁ、まっぴらごめんなせぇ…親方、大将…おーい、だれもいないのけぇ」「どなたか知らないが、だれもいないから、こっちへおはいり」「ごめんなせぇ」とあがった八っつぁん、紹介状をわたすと、先生はくすくす笑いながら、ひと通り読みました。

「おまえさんのことは、前からうかがっていましたが、手紙を読むと、おふくろさんと、しじゅうけんかをしてるそうだな。親は、だいじにしなくちゃいけませんよ」「そんなんじゃねぇやつを、やっておくんなさい。親孝行のことは、隠居に、一日3度くらいいわれて、もうあきあきしてますんで」「よく、けんかをするそうだが、けんかをすると、必ずおまえさんの身体に、損がいく」「冗談でしょ、損得を考えてけんかするやつはありゃしません。しゃくにさわりゃ、いますぐにでもけんかぁするんだ」「そんな大きな声出して、それじゃ、あたしとおまえさんがけんかをしてるようだ。まぁ、あたしのいうことを耳できくんじゃなく、腹でききなさい」「腹できくって、へその穴できくんですかい?」「しっかり、よく聞きなさいってことだ。『気に入らぬ風もあろうに柳かな』って、おわかりかな」「はぁ、どうも感心しました」「じゃ、おわかりだね」「いいえ、まるっきり」「柳という木は、やわらかなものだ。南風がふけば北へなびき、北風がふけば南へそよぐ。人もその通り、心をすなおにもてば、けんかもできないという理屈だな」「柳は川端にはえていて、風が吹いたって風のとおりにブラブラしてればいいけど、風が吹いてるとき、川端歩いてたら、川ん中へおっこっちゃう。人間にゃ虫のいどころの悪い時もあるんで、しゃくにさわりゃ、けんかもしまさぁ」「いや、それがいかんのだ。腹が立つとき、これをがまんするのが堪忍という。『堪忍の袋をつねに首へかけ、破れたらぬえ、破れたらぬえ』」「なむあみだぶつ、なむあみだぶつ」

「これこれ、お寺のお経とまちがえてはいかん。もっとわかりやすい話をしよう。たとえば、おまえさんがおもてを歩いているとする。どこかの店の小僧さんが道に水をまいて、その水がおまえさんの着物にかかったら、おまえさんはどうなさる」「けんかをします」「ちっちゃな小僧がしたことだ、けんかをするわけにはいくまい」「小僧とはできねぇが、小僧をその店に引っぱってって、なんだっててめぇんとこじゃこんな小僧を飼ってるやがるんだって、どなりこみます」「飼っとくてぇやつがあるか。それじゃぁ、風の吹く日に、せまい横町にはいったとする。ところが風のために、屋根から瓦が落ちてきて、おまえさんの頭に当たったとしたらどうだ、痛いだろう」「そりゃ、痛いでしょうね」「その瓦とけんかができるかな」「その瓦を持って、その家へねじこむ。てめぇんとこは、職人の手間代をおしむもんだから、ちっとばかり風が吹いても、瓦が落っこちるんだって、どなりこむね」

「それじゃ、人も家もいない、大きな原っぱをおまえさんが歩いているとしよう。いままで、雲ひとつない天気だったのが、突然のにわか雨、傘もないから、ぐっしょりぬれてしまう。さぁ、その時だ、だれを相手にけんかをなさる?」「へぇ、もうようがす。しょうがねぇ、相手がいなくちゃ、あきらめます」「どうあきらめる?」「人がふらしたわけじゃなく、天からふってきた雨だと思ってあきらめます」「それ、その理屈です。すべてのものごと、相手を人だと思わず、天だと思ってあきらめるんだ。天の災いと書いて天災という。なにごとも天災だとあきらめれば、腹を立てようと思っても腹が立つまい」

わかったのかわからないのか、ともかく八っつぁん、すっかり心服して、なるほどお天道さまがすると思えば腹も立たない、天災だ天災だと、すっかり人間が丸くなって家に帰ります。なにやら隣の熊さんの家でいい争っているので、どうしたのかと聞くと、まだ離縁の話がきまってないのか、前のかみさんがきて、かみさんの知らぬ間に女を連れこんだともめているといいます。ここぞと、心学の先生気どりで、熊さんの家に入った八っつぁん、「まあ落ち着け。ぶっちゃあいけねぇ。奈良の堪忍、駿河の堪忍」「なんだよ」「気に入らぬ風もあろうに蛙かな。ずた袋よ。破れたらぬうだろう」「だからなんでぇ」「原ん中で夕立にあって、びっしょり濡れたらどうする? 天災だろう」

「なぁに、先のかかぁだから。先妻だ」


「6月28日にあった主なできごと」

1491年 ヘンリー八世誕生…首長令を発布して「イングランド国教会」を始め、ローマ法王から独立して自ら首長となったヘンリー8世が生まれました。

1712年 ルソー誕生…フランス革命の理論的指導者といわれる思想家ルソーが生まれました。

1840年 アヘン戦争…当時イギリスは、中国(清)との貿易赤字を解消しようと、ケシから取れる麻薬アヘンをインドで栽培させ、大量に中国へ密輸しました。清がこれを本格的に取り締まりはじめたため、イギリスは清に戦争をしかけて、「アヘン戦争」が始まりました。

1914年 サラエボ事件…1908年からオーストリアに併合されていたボスニアの首都サラエボで、オーストリア皇太子夫妻が過激派に暗殺される事件がおこり、第一次世界大戦の引き金となりました。

1919年 ベルサイユ講和条約…第一次世界大戦の終結としてが結ばれた「ベルサイユ講和条約」でしたが、敗戦国ドイツに対しあまりに厳しい条件を課したことがナチスを台頭させ、第二次世界大戦の遠因となりました。

1951年 林芙美子死去…『放浪記』など、名もなく・貧しく・たくましく生きる庶民の暮らしを、みずからの体験をもとに描いた作品で名高い女流作家 林芙美子が亡くなりました。

「おもしろ古典落語」の122回目は、『開帳(かいちょう)の雪隠(せっちん)』というお笑いの一席をお楽しみください。

むかし、出開帳というのが流行ったことがありました。今のように便利な乗り物がなかったころですから、遠くにある有名な仏さまをおまいりするのはたいへんです。そこで仏さまのほうから、出張サービスをしました。そのころ、江戸の三開帳というのがありまして、京都の嵯峨(さが)のおしゃかさまが両国の回向院(えこういん)へ、成田の不動さまが深川の出張所へ、身延山のお祖師さまが深川の浄心寺へ、それぞれご出張されたわけです。

「吉っつぁん、聞いたか?」「なにを?」「こんど貧乏神が開帳するてぇんだ」「おふざけじゃねぇよ。貧乏神が開帳したって、だれもおまいりなんぞ行くもんか」「ところが、どうしてもおまいりに行かなきゃならねぇ張り紙があってな、『もし参詣なきときは、こちらよりおむかえにあがるゆえ、ご承知ください』てぇんだ」「そいつはおどろいたな。貧乏神なんぞが向こうからくる前に、こちらからでかけてやらぁ」てなわけで、みんなぞろぞろおまいりに行きます。出開帳は大はんじょうで、帰りに貧乏神のお札やお守りを買います。ある人が、こんなお札なんぞ買ったってなんにもなるもんじゃないと、鼻をかんだり、土足でふんずけてすててしまいました。ところがこの商売が当たって大金持ちになりました。よく聞いてみると、貧乏神のバチが当たったんだそうで、……なるほど、貧乏神のバチを受ければ金持ちになるかもしれませんね。

「どうだい、熊公、うめぇ金もうけがあるんだが、半口のらねぇか」「金がもうかるんなら、なんでも乗せてもらいてぇな。で、なにをするんだい?」「こんど、回向院の開帳があるのを知ってるだろ」「ああ、わかった。おまいりにいって、落っこちてるおさいせんをひろうんだな」「そんなケチな話じゃねぇ。雪隠(せっちん=トイレ)をこしらえて、四文ずつとって、貸そうってんだ」「なんでぇ、きたねぇ金もうけだな」「金はきたなくもうけろってんだ。開帳の場所には便所はねぇから、みんな困る。困ってるやつらに場所を貸してやろうってんだから、こりゃ、人助けってもんだ」と、相談がまとまりました。穴を掘って四斗樽をうめ、板を二枚わたし、しゃがめば用を足せるようにし、青竹を四方に立ててこもをかぶせて、中がみえないようにしてあるだけのものです。でもうまくもくろみが当たって、押すな押すなの大盛況。

「さあ、はばかりはこちら。ご用のお方は向こうでキップを買ってください。お一人普通席四文、特等八文。へーい、特等さんご案内っ!」「普通と特等はどこがちがうんだい?」「特等は高下駄をご用意しますから、しぶきがかかりません」くだらない特等があったもんですが、連日、大入りの大はんじょうとなりました。五、六日はこうして、ジャラジャラと銭がもうかかりましたが、急にぴたり客足が止まりました。

「変だな兄ぃ、これだけ人が出てるのに、おかしいじゃねぇか」「たしかにおかしい。ちょいとようすをみてくらぁ」とぶらりと出てみますと、お客がこないはずで、近くに新しい雪隠屋が開業していました。向こうの方は、屋根もあり、清潔な上に、線香をたいて臭気どめになっていますから、客が流れるのは当たり前です。「えっ、商売がたきができたのか。それじゃ、こっちは『元祖せっちん』って、でっかい看板を立てたらどうだろう」「だめだめ、いくら元祖って書いたって、むこうのほうが、ずっときれいなんだから、かなわねぇ。おんなじ四文なら、おれだってあっちにへぇるよ」「それじゃ、どうする?」「ようし、いい考えを思いついたぞ。おめぇ、一人で番をしていてくんねぇ」「どこへいくんだよ、兄ぃ」「まっ、いいから見てろよ」

しばらくすると、あら不思議、客がぞくぞく押し寄せます。熊公は、てんてこまいの忙しさ。うれしい悲鳴をあげながら、「はい、いらっしゃい、こっちが普通、向こうが特等。はい、切符はこちら。押さないで、押さないでぇ」と、大奮闘。銭はたまりましたが、くたびれ果てました。

夕方になって、兄き分が、ようやく帰ってきました。「なんでぇ兄ぃ、冗談じゃねぇぜ。おれひとりに店をまかせて、おれひとりで、てんてこ舞いしてたんだぞ」「まぁ、文句はいうな。おれが出てったら、客がうんときたろ」「きたなんてもんじゃねぇ、めちゃくちゃの大にぎわいだ」「お客がくるわけがあるんだよ」「どうして?」

「商売がたきの雪隠へいって、四文はらって、いままでずっとしゃがんでた」


「6月21日にあった主なできごと」

1793年 林子平死去…江戸幕府の鎖国政策に対して警告を発した海防学の先駆者 林子平が亡くなりました。

1852年 フレーベル死去…世界で初めて幼稚園をつくるなど、小学校就学前の子どもたちのための教育に一生を捧げたドイツの教育者フレーベルが亡くなりました。

「おもしろ古典落語」の121回目は、『泣(な)き塩(しお)』というお笑いの一席をお楽しみください。

「あのぅ、お武家さま、お武家さま」若侍が、往来でいきなり若い娘に声をかけられました。「せっ者に、なにかご用か?」「…はい、あのう、わたしはお花ともうしまして、いまこの江戸で奉公しております。母親が遠い田舎におりまして、さきほど、田舎から赤紙つきの手紙がまいったのでございます」赤紙つきというのは、急用の手紙のことで、いまの書留速達みたいなものです。「このあいだから、母は身体が悪いと聞いて、心配していたのでございます。あのー、わたしは、はずかしい話ですが、字というものが読めませんので、お武家さまに読んでいただけないかと……」「うむ、せっ者に、手紙を読めともうすか」

若侍、さっと手紙に目を通すと「あー、残念だ。手おくれであるぞ」「手、手おくれ? ああ、どうしましょう」「ああ、くやしい、残念じゃ。あきらめろ」いきなり泣き出したから、お花はびっくりぎょうてん。母親が死んだと思いこみ、こちらもわっと泣き出しました。

これを見ていた二人の町人。「おい、あそこで、若っけぇ女と侍が泣いてるね」「どうしたんだろう」「おれが思うに、あの二人はひとつ屋敷に奉公してたんだな」「へー、そうかね」「お屋敷ってぇところは、かた苦しいとこだ。片方は奥方づきのお女中、片方は、…そうだ、殿さまづきの若侍。二人は、人目をしのぶ仲になっちまったんだな」「ふーん」「それが、とうとうバレちまった。ほんとうなら、『不義はお家のご法度』てぇことで、お手打ちになるところだ。それを奥さまのお情けで、あの二人は永(なが)のおいとまということになって、裏門から、お屋敷を追い出されたんだな」「なーるほどね」「すると男は、『わしは、これから武士として身を立てねばならぬ、おまえは、どこへでも奉公してくれ』っていったんだな。それを聞いて女は、『わたしはもう、あなたの赤ちゃんをお腹に宿しております。あなたと別れるくらいなら、死んだほうがましです』…と泣いたんだ。そういわれて男も、『それなら、わたしもおまえと死のう』ってことになったんだ」「へーぇ、そうかね?」「じゃねぇかなって、……思うんだ」「感心して聞いてりゃ、いいかげんなこというな」

「えーっ、焼ーき塩ーっ!」天てんびん棒をかついだ、焼き塩売りのじいさんがやってきました。「もしもし、どうなすったんですか。若いお二人が、おたがいに泣いてるってのは。あなたもまだお若いお武家さま。あたくしにもあなたと同じくらいのせがれがおりますが、道楽者で、どこへいったかわかりません。そんなやつでも、親としては片時も忘れたことはありません。よろしかったら、おふたりで、手前の家にいらっしゃい。決して悪いようにはいたしません」

「おいおい、あそこで、こんどは塩屋のじいさんまで泣きだしちゃったぜ」「へぇー、あの場所は、人が泣きたくなる、泣き場所かねぇ」なんて、二人の町人が首をかしげているところへ、また一人の男がやってきました。「おい、おい、お花じゃないか? どうしたんだ、なに泣いてるんだ?」「あっ、おじさん、たいへんなことになっちゃったの」「たいへんって、どうしたんだ」「田舎から赤紙つきの手紙がきて、いま、このお武家さんに読んでいただいたら、残念ながら、手おくれだって、どうしたらいいんでしょう」「えっ、するとおまえのおっ母さんが? そりゃたいへんだ。お武家さま、ちょっと、その手紙を見せてくださいまし。うーん、おいおい、この手紙はなんだよ」「えっ、おっ母さんが死んだって書いてあるんじゃないの?」「冗談じゃない。おっ母の病気がよくなったって書いてある。おまえ、田舎に茂助さんっていう人がいるだろ」「え、ええ」「おまえのいいなずけだそうじゃないか」「は、はい」「その茂助さんが、年期明けで、のれんを分けてもらって商売をはじめるそうだ。お花を田舎に呼んで祝言したいという、めでたい手紙じゃないか」「わぁ、なんてうれしい知らせなんでしょ。じゃ、おじさん、わたしこれから髪結いさんへいってから、すぐに田舎に……」

「うん、いっておいで。うれしいだろうね。あっはっはは。よろこんで手紙持って、走っていっちまった。ところで、お武家さん、なんでまた、まだ泣いてるんです?」 「うーん、残念だ、手おくれだ」「なにが、残念の手おくれなんです?」「いや、せっ者は手紙のことを、残念、手おくれといったのではないのだ」「へっ、そうなんですかい」「それがしは生まれついての学問ぎらい。武芸は、剣術、柔術、槍術、馬術…なにひとつ習わぬものはなく、それで一人前の武士と思っておった。けれど、学問については思いをよせることなく、それがため、いまだに文字ひとつ読めぬ。あの娘に手紙をさしだされ、武士たる者が読めぬとは口に出すこともできぬ。けれど、今となっては、もはや手おくれ、残念だ、あきらめろ、とおのれにいいきかせ、われとわが身のなさけなさに、泣いておったのだ」

「あっ、そうでしたか。そいつをお花が、母親が死んだとまちがえて…、そいつは、しょうがないですなぁ。で、焼き塩屋のおじいさん、あんたまでが、まだ泣いてるのは、わからねぇな」「へへっへ。わたしはね、人さまのことでも、なにかあると、すぐ涙がでるたちなんでして」「ほうっ、そうかい」「へい、あたしの商売がそうなんです」肩に天びん棒を当てると……

「えーっ、泣ーき(焼き)塩ぉーっ」


「6月14日にあった主なできごと」

1571年 毛利元就死去…戦国時代に全中国地方と四国の一部を支配し、毛利家の最盛期をつくった毛利元就が亡くなりました。

1811年 ストー夫人誕生…キリスト教人道主義の立場から、黒人奴隷の悲惨な境遇に心を痛め『アンクル・トムの部屋』を著したアメリカの女流小説家ストー夫人が生まれました。同書刊行から9年後に南北戦争がおきたため[戦争を巻きおこした小説]といわれるほど人々の支持を受けました。

1910年 『遠野物語』発刊…古くから庶民のあいだに伝え受けつがれてきた民話、生活のすがたや文化などを研究する学問「民俗学」を日本に樹立した柳田国男が代表著作『遠野物語』を刊行しました。この本で、岩手県遠野地方に伝わる民話が全国的に広まりました。

「おもしろ古典落語」の120回目は、『館林(たてばやし)』というお笑いの一席をお楽しみください。

江戸時代も後半になりますと、町人でも職人でも、武芸の好きな連中は町道場に通いました。こういう道場には、自分は腕がたつとうぬぼれているのがいまして、町人の半さんもそんな一人です。

「先生、こんちは。きょうは先生に、相談があってまいりました」「おう、半さんか、あらたまって相談とは、なんだい」「ほかでもありませんが、剣術というのは、武者修行をして、他流試合をしないと、腕があがらないと聞いておりますが、ほんとうでしょうか」「その通りだな。わしも、若い時分はよくやったもんだ」「いかがでしょう。あたしも、武者修行にでかけて腕をあげたいんです。きっと先生にご恩がえしをいたしますから……」「それじゃ、商売をやめて、剣術つかいになろうというのかな」「そのように考えております」

「しかし、旅というのは、なかなか苦労が多いものじゃぞ。あたしが武者修行をしてたころの話じゃが、ある時、上州館林のご城下を歩いていた。すると、一軒の造り酒屋の前に人だかりがしていてな、なにやらワイワイ騒いでいる。聞いてみると、まだ宵の口だというのに、そこに泥棒が入り、そいつが抜き身を振りまわして店の者をおどしたあと、土蔵に入りこんだというんだ」「ずうずうしいやつがいたもんですね」「機転がきくものが、外からカギをかけて、中に閉じこめたんだな」「雪隠(せっちん)づめですね」「ところが泥棒は、入ってくる奴がいれば、斬り殺そうと待っている。だからだれも、召し捕ろうとする者がいないという」

見るに見かねて先生は、「しからば拙者がめしとってやろう」といいました。店の亭主にあったかい飯を運ばせ、飯6杯と味噌汁3杯と大福もちを6つ食って腹ごしらえした上、空き俵を二俵用意させ、左手で戸を開けると、右手で俵を中に放りこみました。向こうは腹が減って気が立っているから、俵にぱっと斬りつけたところを、腕をつかんで肩に担ぎ、えい、とばかりに表へ投げ飛ばしました。ただちにめしとって、役人へ引き渡しましたが、実は少しばかりこわかったといいます。

「それにしても先生は、たいした腕前なんですね」「いやいや、泥棒の腕がナマクラだったから幸いしたが、腕が立っていたらどうなったかわからない。おまえも、もう少し腕を磨いてからでないと、なかなか一人前の武芸者にはなれん」「それじゃ、もっとけいこを積まなくちゃ、武者修行は無理なんでしょうか」「うん、まだまだだな。時期がきたら、あたしが許すから、それまで待ちなさい」と、半さんに思い直すようとさとします。

しかし、未練たらたらな半さん、「盗賊を投げとばすなんて、かっこいいなぁ、おれもそういうやつを捕まえたいもんだ」とひとりごとをいいながら歩いていくと、ちょうど、居酒屋の前に人だかりがしています。聞いてみると、侍に酔っぱらいがからんでけんかを吹っかけた。斬るほどのこともないと侍は、峰打ちを食らわせましたが、酔っぱらいがまだしつこくむしゃぶりつく。侍は、めんどうくさいと居酒屋の土蔵に逃げ込んでしまったといいます。

さあ、ここが腕の見せどころ、と半さん。「あのお侍は悪くはないんだから、おまえが出て騒ぎを大きくすることはない」と止められても、聞く耳は持たず、先生の真似をして「しからば拙者が生け捕りにいたしてくれる」と、先生に聞いた通り、主人に炊き立ての飯を出させ、腹ごしらえまでそっくりまねて、いよいよ生け捕りにかかります。俵を持ってこさせると、土蔵の戸を左手で開け、右手で俵を放りこむ。向こうは血迷っているから、ぱっと斬りつけて……とくるはずですが、きません。もう一俵放りこんでも、静かです。「中でどうしているんだろう」といいながら首をにゅっと入れたとたん、侍は半さんのえりをとっつかまえると、肩にかついで、表にたたきつけました。半さん思わず……

「先生、うそばっかり」


「6月7日にあった主なできごと」

1848年 ゴーガン誕生…日本の浮世絵や印象派の絵画を推し進めるうち、西洋文化に幻滅して南太平洋のタヒチ島へ渡り『かぐわしき大地』『イヤ・オラナ・マリア』などの名画を描いたゴーガンが生まれました。

1863年 奇兵隊の結成…長州(山口県)藩士の高杉晋作は、農民、町民などによる「奇兵隊」という軍隊を結成しました。奇兵隊は後に、長州藩による討幕運動の中心となりました。

「おもしろ古典落語」の119回目は、『夢屋(ゆめや)』というお笑いの一席をお楽しみください。

世の中が進むにしたがいまして、いろいろと珍しいものが出てきました。新幹線やジェット機なんて、昔の人には想像がつかないものだったにちがいありません。テレビなんていうのも、家にいたままで、世界じゅうのできごとを見ることができるのですから、考えてみれば、不思議なことですね。これからお話しますのは、「夢屋」というなんとも不思議な商売が出てきまして、どんなことでも、望み通りの夢を見せてくれるといいます。これが評判になって、大繁盛となりました。

「こんちはぁ」「はい、いらっしゃいませ」「あっしは、友だちから聞いて来たんだが、好きな夢を売ってくれるそうだな」「さようでございます。どうぞ、おあがりください」「へぇ、りっぱな部屋だね。ここで夢を売るのかい?」「いえ、ここは応接間でして、お客さまのご注文をおうかがいいたします」「でも、枕がたくさん並んでいるじゃねぇか」「これは夢の見本でして……」「夢の見本?」「枕によって、みたい夢をお選びになることができます」「ふーん、ここに役者の紋がついてるのがあるね」「へぇ、それはお芝居の夢でございます」「なるほどな。こっちにある三味線のついてる枕は」「それは転び芸者の夢でございます」「ははは、しゃれてるね、…軍配のあるのは相撲の夢か」「その通りです。で、お客さまは、どんな夢をごらんになりたいんで?」

「うーん、ちょっときまりが悪いんだが、じつは、金持ちになりてぇんだ。間違えちゃこまるよ、おれは職人だ。金がほしいなんてケチな気持はもってねぇ。ぜんたい、世の中の金持ちを見てると、自分ばっかりぜいたくをしやがって、いばりちらしてる。貪乏人のことはいっこうにかまわねぇ。それがしゃくにさわってな。だから、おれは金持ちになって、貧乏人にほどこしてやって、世間の金持ちに、金はこうやって使うもんだって教えてやりてぇと思うんだ」「けっこうでございます」「決して、欲のためじゃないんだぜ」「よくわかりました。この枕をなさいますと、金持ちになる夢が見られます」「なるほど、聖徳太子の絵がかいてあるね」「それでは、夢見料をちょうだいいたします」「夢見料? 木戸銭を先に取るのか」「へぇ、木戸銭というのはおかしゅうございますが、先にいただいておきませんと、ほかの売りものと違いまして、品ものを取りかえるわけにもまいりません。お客さんのなかには、こんなつまらない夢はいらないとおっしゃる方がございますんで、前金をちょうだいしております」

「そうか、悪い奴がいるんだな。食い逃げじゃなくて、眠り逃げか。で、いくらだ」「三円いただきます」「三円? 安くないね。ちょいと夢を見るだけで三円か」「じつは、五円なんですけど、ただ今サービス期間中で、特別に割引しております」「割引いて三円か。いまさら帰ぇるわけにはいかねぇしな。ほら、三円」「では、こちらへお入りください」「へぇーっ! こりゃまた豪勢な寝屋だね。こんなきれいな寝台で寝りゃ、夢を見る前から、金持ちになった気になるなぁ」「では、ごゆっくり、お休みください。2時間たちましたら、おむかえにまいります」と、客ひとり残して、夢屋の店員は、部屋を出ていきました。

「ちょっと、あんた、あんた、起きておくれよ」「う、うっ、なんだ」「なんでもいいから起きておくれよ、たいへんなんだよ」「どうした? 火事でもはじまったか」「なにをいってるんだい、しっかりおしよ」「おまえのほうがしっかりしろってんだ。順序よく話せ」「あのさ、いま、庭の松の根もとをね、となりの犬が掘りっ返していたんだよ。すると、ワンワンほえ出したんだ」「それがどうかしたか」「あたしがいって見ると、たいへんなんだよ」「だから、なにがたいへんなんだ?」「なんでもいいから、ちょっと来てごらんよ」「いくよ、そう引っぱるない。どうしたってんだ。……や・や・や、こりゃたいへんだ。松の木の下から金貨や銀貨がポンポン飛び出してやがる。おれがあんまり金持ちになりたがったもんだから、神さまがあわれんで、さずけてくれたんだな。こいつはありがてぇ。さぁ、くわを持ってこい」こうして夫婦ふたりで、むちゅうになって、松の木の下を掘りおこします。

「こりゃどうでぇ、掘れば掘るほど金貨や銀貨、古金がいくらでも出てくるぜ。はやく入れものを持ってきな。ごみ箱でも、手おけでも、バケツでもなんでもかまわねぇ。なんでもつめるそばから家ん中にかつぎこんでくれ。……おいおい、まだ入れ物がたりねぇよ。台所の米びつでもいいよ。なに? 米びつ使っちゃ米いれるのにこまる? いいやな、米びつなんか金せぇありゃいくらでも買えるじゃないか。ああ、身体がヘトヘトになっちまった。このくらいにして、あとは、土をかぶせといて、またいるようになったら、掘り出すことにしよう。なにしろこう金が入っちゃ、こんなこきたねぇ家にも住んでいられねぇな。あしたにも、豪邸を買ってどっかへ引越そう。着るものもなんだ、デパートへ行って、すっかり買い占めてこよう。それから、毎日うめえもん食って、芝居だの寄席を遊んで歩こう。伊勢参宮から京大阪を見物するのもいいな……」

「ごめんください、ごめんください」「おい、なんだか、表で声がするぜ。出てみろ、おい、ひょこひょこ出るな。おまえは、もう金持ちの奥さんだ。ぐっと、貫禄をつけて出なくちゃいけないよ」「ちょっとあんた、いま孤児院の人が、寄付をいただきたいってきてるんだよ。どうする?」「なに、もう、うわさわ聞きつけて、やってきやがったか。寄付だと? 金なんてのは、いくらあっても足りるってもんじゃねぇ。そんなことに出す金はありませんって、追い返してこい」

「こめんください、もしもし、ごめんください」「あっ、またきやがったな。よし、こんどはおれが出る」「おう、なんか用か?」「いやぁ、私でごございます。まだ、お目ざめになりませんか? 夢屋の店員でございます」「なに、夢屋? あっ、あ、そうか。夢か。金持ちの夢を見にきてたんだっけ」「いかがでした? よろしいところをごらんになられましたか」「よろしいところ? あっ、しまった」「どうかなされましたか?」

「夢なら、少しは、寄付しておきゃぁよかった」


「5月31日にあった主なできごと」

1596年 デカルト誕生…西洋の近代思想のもとを築き、「コギト・エルゴ・スム」(われ思う、ゆえにわれあり)という独自の哲学で「哲学の父」とよばれたデカルトが生れました。

1809年 ハイドン死去…ソナタ形式の確立者として、モーツァルトやベートーベンに大きな影響力を与え、104もの交響曲を作ったことで知られる古典派初期の作曲家ハイドンが亡くなりました。

1902年 ボーア戦争終了…オランダ人の子孫ボーア人が植民地としていたダイヤモンドや金の豊富な南アフリカをめぐり、10数年も小競り合いをつづけてきたイギリスは、この地を奪い取ることに成功。8年後の1910年「南アフリカ連邦」を成立させました。

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