児童英語・図書出版社 創業者のこだわりブログ

30歳で独立、31歳で出版社(いずみ書房)を創業。 取次店⇒書店という既成の流通に頼ることなく独自の販売手法を確立。 ユニークな編集ノウハウと教育理念を、そして今を綴る。

おもしろ落語

「おもしろ古典落語」の3回目は、これまた人気の高い落語のひとつ『出来心(できごころ)』(または『花色木綿』)というばかばかしい「お笑い」を一席。

(親方から、てめぇは素質がないから廃業しろと宣告されたドジでまぬけな泥棒。心を入れかえて悪事に励むと誓ったものの、大きな土蔵の塀を切りやぶったら墓地だったとか、電話がひいてあるので入ったら交番だったなどと話すので、親分はあきれて、[空巣ねらい] でもやってみろといわれます)

「空巣って何です?」「何だ、泥棒のくせに空巣を知らねぇのか」「自慢じゃありませんが…」「そんなこと自慢になるか、人のいねぇ留守をねらって家へ入ぇることだ」「そいつは、たちがよくねぇ」「ばかっ、たちのいい泥棒なんているか。締まりをしねぇで、ちょっと出かけてるやつがいるから、そこをつけこんで入ぇるんだ」

「でも、ここの家は留守かそうじゃないか、わかりませんね」「うん、はじめっからはわからねぇ、表から当たりをつけるんだ」「提灯を持って」「何いってやがる、灯りじゃねぇ、当たり。ごめんくださいって、2,3度声をかけて、中で返事がなければ、戸を開けて中に入ぇって、また声をかける。返事がなくても安心するな、はばかり(便所)にいるともかぎらねぇ。おまけに、おめぇみたいなドジな野郎は捕まらないともかぎらねぇな」「そういうときはどうします?」「盗みをしてるところを見つかったんだからしかたねぇ、そんなときは、むやみに逃げたりしねぇで、あやまっちまう」「ごめんなさい、この次は見つからないようにしますからって?」

「ばかったれ、そういうときは [泣き落とし] という手を使うんだ…盗んだものをみんなそこに出して、まことに申しわけございません。職人のことで、親一人子ひとり、おふくろが3年越しでわずらっておりまして、このごろどうも様子が悪うございますから、もしも留守に間違いがあってはならねぇと、仕事も手につきません。仕事しねぇで家にいれば、だんだん食いこむばかりで、病人に薬を飲ませることもできません。ああ、これを質にでもおいて、おふくろに薬を飲ませたり、うまいものの一つを食べさせられると思いまして、ほんの出来心でございますと、涙のひとつをこぼしてみろ、『それはかわいそうに、出来心じゃしかたがない』と勘弁してくれらぁ、うまくいきゃ、小遣いの少しもくれて、逃がしてくれようって寸法だ、どうだ、わかったか」

(早速仕事に出かけたドジな泥棒、空き巣を試みますがなかなか成功しません。怪しまれて「さいご兵衛さんのお宅はどちらで?」としどろもどろで逃げだしたところ、次の家では、主人が2階にいるのも気づかずに、羊かんを盗み食いして見つかり、「さいご兵衛さんはどちらで?」「オレだよ」「えっ? その、もっといい男のさいご兵衛さんです」「何を?」「よろしく申してました」「誰が?」「あたしが」「この野郎っ」…あわてて逃げだします。[あんな間抜けな名前の野郎が本当にいるとは思わなかった] と、胸をなで下ろしながらたどり着いたのが、長屋の八五郎の家。畳はすり切れてボロボロ。土鍋の中におじやと、きたない褌(ふんどし)があるだけ。しかたなく、おじやを食って、褌を懐に入れたところ、八五郎が帰ってきたので、あわてて縁の下に隠れました。八五郎は、おじやが食われているのを見て、泥棒と見当をつけますが、家賃を盗まれたことにしようと、大家を呼びに行きます)

(家賃は待ってもらったものの、大家から、盗難届けを出さなくてはならないといわれた八五郎は褌と答えます。褌なぞどうでもいい、金目のものはないのかといわれて困ってしまい、苦し紛れに布団を盗られたといいます)

「どんな布団だ? 表の布地は何だ?」「大家さんとこに干してあるやつと同じなんで…」「あれは唐草だ。裏は?」「行きどまりです」「布団の裏だよ」「大家さんのは?」「丈夫であったかで寝冷えをしねぇとこで、花色木綿だ」「えぇ、あっしんとこも花色木綿」

(さらに八五郎は盗まれたものを次々にいい、黒羽二重も帯も蚊帳も刀も南部の鉄瓶もお札も、みんな裏が「花色木綿」と答えます。これを聞いて、縁の下の泥棒は、がまんができずに出てきます)

「やいっ、こん畜生っ、何をいいやがる。もう勘弁できねぇ、さっきから聞いてりゃばかばかしいったらありゃしない。何でも裏が花色木綿だってやがら…笑わせるない」「だれだ? おかしな野郎が縁の下からはいだしゃあがって。てめえは泥棒か?」「あはははは…冗談いっちゃいけねぇ、泥棒だって? おれは何にもとっちゃいねぇ、黒羽二重も先祖代々の刀もねぇもんだ、この家にゃ、きたねぇ褌くれぇで、腐った半てん1枚ねぇじゃねぇか」「何にも盗らなくったって、縁の下から出てきたお前さんは泥棒だろう。黙って人の家に入りゃ、それだけで盗っ人だ」

「へぇ、さようで、どうも申しわけござんせん。じつは職人のことで、親一人子ひとり、おふくろが3年越しでわずらっておりまして…これもほんの出来心でございまして…と涙のひとつもこぼし…」「何だ、素人の泥棒だな、まぁ、出来心というなら許してやってもいいが…わしも、この長屋から縄つきを出したくない、勘弁してやる。それにしても、八公の野郎、まるっきり形のねぇことをいいやがって…あれっ、どこへ行ったんだ、はあっこの野郎、お前が縁の下へ入ぇってどうするんだ? 何だっておれにこんなウソを書かせやがったんだ」

「へぇ、これもほんの出来心で……」


「1月21日にあった主なできごと」

1530年 上杉謙信誕生…戦国時代に武田信玄、北条氏康、織田信長らと合戦を繰りひろげた越後の武将 上杉謙信 が生まれました。

1793年 ルイ16世処刑…1774年にフランス国王となったルイ16世は、当初は人気がありましたが、1776年のアメリカ独立戦争を支援したことなどから財政が苦しくなって1789年にフランス革命を招き、前年に王権を停止され、この日ギロチンで処刑されました。 

1866年 薩長同盟…これまで抗争をくりかえしてきた薩摩藩と長州藩は、この日 坂本龍馬 や中岡慎太郎らの仲介により、薩摩の西郷隆盛らと長州の桂小五郎(のちの木戸孝允)が会談、協力して倒幕し、新国家建設を進めることを誓いました。

1924年 レーニン誕生…ロシアの革命家で、世界で初めて成功した社会主義革命「ロシア革命」を主導し、ソビエト連邦、ソビエト共産党の初代指導者となった レーニン が亡くなりました。

「おもしろ古典落語」の2回目は、これまた人気の高い落語のひとつ『時そば』というばかばかしい「お笑い」を一席。

「夜鷹そば」とも呼ばれた、屋台の二八そば屋へ、冬の寒い夜に飛びこんできた男がいます。「おうッ、何ができる? 花巻にしっぽく? しっぽく、ひとつこしらいてくんねえ。どうだい、寒いじゃねぇか」「今夜はたいへんお寒うございます」「どうでぇ商売は? いけねぇか? まあ、あきねぇってぐらいだから、飽きずにやんなきゃいけねぇ」「ありがとうございます。親方、うまいことおっしゃいますなぁ」

「おめぇんとこの看板がいいねぇ。的に矢が当たって[あたり屋]。縁起をかつぐわけじゃねぇが、おれぁこれから、友だち7,8人集まって、ガラッポーンっと、こんなことしようってんだ。その前に[あたり屋]へ出っくわしたなんざぁ、ありがたい。今夜おれぇ行って思い切り当っちゃおうと思ってね。そばが好きだから、この看板見たらまた来るぜ」「ありがとうございます。…親方、お待ちどうさま」

「よう、早ぇじゃねぇかそば屋さん、気がきいてるね。江戸っ子は気が短けぇからねぇ。出るのが遅ぇと、うめぇもんがまずくなる。しまいにゃ食いたくなくなっちまう。(箸を手にして) えらいっ、感心に割り箸を使ってる。割ってある箸は誰が使ったかわからなくって、心持ちが悪くっていけねぇ。(口にくわえてパチンと割って) いい丼[どんぶり]だね、世辞をいうわけじゃねぇが、ものは器で食わせるってねぇ、中味が少しっくらいまずくたって、入れ物がきれいなら、うまく食えるじゃねぇか…(つぅーと汁を飲んで) 鰹節をおごったねぇ、夜鷹そばってぇものぁ、塩っ辛ぇもんだが、なかなかこういうふうにね、だしをとるのがむずかしい。(そばをつまみあげて) そば屋さん、おめぇといきあいてぇな、太いそばなんざぁ、食いたくねぇや、めしの代わりにそばを食うんじゃねぇからね。そばは細いほうがいい、うっ、いいそばだね、腰が強くってぽきぽきしてやがらぁ、近頃ぁこのくらいのそばに出あわねぇな。うん、いいそばだ…。(竹輪をつまみあげて) 厚く切ったねぇ、竹輪を。薄い竹輪なんざ食った気がしねぇ、歯の間に入るとそれでおしまい。こう厚く切ってくれるとうれしいなぁ、うまい。(ふぅふぅ吹きながら、おいしそうに食べ、しまいに残った汁まで飲み干す) あ、うまかった。もう一杯お代わりといいてぇんだか、じつはよそで、まずいそば食っちまって、おめぇのを口直しにやったんだ、すまねぇ」「結構でございます」

「いくらだい?」「16文いただきます」「小銭だぁ、間違ぇるといけねぇな、勘定してやろう(懐に手を入れて) 手ぇ出してくんねぇ、一つ二つ三つ四つ五つ六つ七つ八つ、今、何どきだい? 」「へぇ、九つで」「十(とう)、11、12、13、14、15、16」と、勘定を払っていってしまいます。

(これを陰から見ていたのがボーっとした男。「あんちきしょう、よくしゃべりゃがったな。はなからしまいまで世辞ぃ使ってやがら。てやんでぇ。値段聞くこたぁねぇ、十六文と決まってるじゃねぇか。それにしても、変なところで時を聞きやがったな、あれじゃあ間違えちまう」と、何回も指を折って「七つ八つ、今、何どきだい? 七つ八つ、何どきだい? 九つ」とやったな。「ああ…、少なく間違ぇやがった。何どきだい? 九つ、ここで一文かすりゃあがったんだ。うーん、うめえことやったな」と自分もやってみたくなって、翌日早い時刻にそば屋をつかまえます)

「寒いねえ」「へえ、今夜はだいぶ暖かで」「ああ、そうだ。寒いのはゆんべだ。どうでぇ商売は? おかげさまで? 逆らうね。的に矢が…当たってねぇ。どうでもいいけど、そばが遅いねぇ。まあ、オレは気が長ぇからいいや。おっ、感心に割り箸を…割ってあるね。いい丼…まんべんなく欠けてるよ。これじゃのこぎりに使えらぁ。鰹節をおごって…ブァっ、塩っからい、湯うめてくれ。そばは…太いね。こりゃ、うどんかい? まあ、食いでがあっていいや。ずいぶんグチャグチャしてるね。こなれがよくっていいか。竹輪は厚くって…おめえんとこ、竹輪使ってあんの? 使ってます? ありゃ、薄いね、こりゃ。丼にひっついてわかんなかったよ。月が透けて見えらぁ。オレ、もうよすよ。いくらだい?」

「十六文で」「小銭だぁ、間違ぇるといけねぇ、手を出しねえ。それ、一つ二つ三つ四つ五つ六つ七つ八つ、今、何どきだい?」「四つで」

「五つ六つ七つ八つ……」


「注」……冬の夜の「九つ」は、午前0時~2時。江戸時代の時刻は夕方六ツから、およそ2時間ごとに五四九八七、あけ方から六五四九八七とくり返します。後のボーっとした男が現れたのは「四ツ」で、夜の10時~0時、4文も余計に払ったことになります。


「1月20日にあった主なできごと」

1875年 ミレー死去…『晩鐘』や『落ち穂ひろい』などの名画で、ふるくから日本人に親しまれているフランスの画家 ミレー が亡くなりました。

1926年 ダイヤル式自動電話の設置…日本で初めてダイヤル式自動電話機が、東京・京橋電話局に設置されました。それまでの電話は、電話交換手に相手先を伝えて、接続してもらっていました。

1936年 救急車登場…警視庁消防部が東京都内に救急車6台を配備して、救急業務を開始しました。呼び出しの119番もこの時から始まりました。

1947年 学校給食…太平洋戦争後の食糧難で栄養失調となる児童を救うため、アメリカの慈善団体ララ(アジア救済連盟)から贈られた脱脂粉乳などの物資をもとに、全国主要都市の小学生およそ300万人に学校給食がはじまりました。

「寿限無(じゅげむ)」と並んで、もっとも人気の高い落語のひとつ「饅頭(まんじゅう)怖い」というばかばかしい「お笑い」を一席。

(暇をもてあました若者数人が集まって、それぞれ嫌いなもの、怖いものをいいあっていきます。皆んなで、「青大将(ヘビ)」「クモ」「アリ」などといっている中にひとり、「いい若い者がくだらないものを怖がるとは情けない、世の中に怖いものなぞあるものか」とうそぶくのが、普段から、飲み屋の割り前は払わない、けんかは強いからかなわない、という嫌われ者の「松」)

「青大将が怖い? 笑わせやがら、おれなんざ、青大将をきゅっきゅっとしごいて、鉢巻してかっぽれ踊ってやらぁ。クモが怖いだぁ? 何をいってやがんでぇ、おれなんかクモを2,3びきつかまえてきて、納豆なんかにたたっこんで、かきまわしてみろ、納豆が糸ひいてうめぇのうまくねぇの。誰だ、アリが怖ぇっていったの? アリなんざ、赤飯を食うときにゴマの代わりにパラパラとかけて…、もっともアリがかけだして食いにくいが…」

「松、お前ぐらい世の中でつきあいのない奴はいねぇな、みんな怖いものがあるってんだから、たとえ怖いものがないにしろ、何かひとつ怖いものをいってみろよ」「無いよ、おらぁ」「わかったよ、おまえの強えってことは。そんなこといわねぇで、なんか考えてみねぇな」「考えたって、ねぇものはねぇ」「わからない男だな、なんか一つぐらい…」「無いったらねぇ、お前はしつこいからいやだよ。せっかくおれが思い出すめぇと、一生懸命骨おってるときに、しつこく聞きやがって…、ああとうとう思い出しちまった」

「何だ」「いや、これだけはいえねぇ、思い出すだけでゾッとする」「よせよ、なぁ、愛嬌じゃねぇか、みんなが怖いものをいったんだ、怖いのは何だ」「そりゃ、いってもいいけど、お前たちは笑うだろう?」「笑わないよ」「ほんとうに笑わねぇか? じゃいうけど、じつは、おれの怖いのは、饅頭っ」「まんじゅう? 中にアンの入った、むしゃむしゃ食う、あの饅頭かい? あれが? おまえが怖い? ハハハハ…」

「みろ、笑ったじゃねぇか」「へーえ、わからないもんだ、じゃ何かい? 往来なんか歩いていて、ぼっぽと湯気のたっている饅頭屋の前を通るときは、困るだろう」「困るのなんのって、もうたまらねえから、目つぶって逃げ出すんだ。よく法事で饅頭の配りもんなんかに出っくわすが、あのなかに饅頭が入っているなと思うだけでゾッとするね。ああ、話してるうちに、なんだか気持ちが悪くなって、寒気がしてきやがった、アア……」

「いけねぇ、顔色が悪くなってきたよ、医者呼んでこようか」「いや、それほどでもねぇ、ちょっと横になってりゃ大丈夫だ」「それじゃ、そっちの三畳間で少しの間、休んでいろよ。戸棚に布団があるから勝手に出してもらって、この唐紙を閉めておくが、気分が悪くなったら、遠慮なく声をかけておくれ」「ああ、ありがと、じゃそうさせてもらうよ」

(そこで一同、松をひどい目に会わせてやろうと、計略を練ります。話を聞いてさえあんなに震えるんだから、実物を見たらきっとひっくり返っちまうかもしれない、「アン殺」だというわけで、菓子屋から山のように饅頭を買って、松の枕元に置きました)

「松兄ぃ、おい松、起きねぇか」「うっ、あっあっー、あいよ。少しトロトロしたら、起こしやがったな…、あっ、うっうっ…ま、饅頭ぅ」「フッフッフ、あん畜生、泡吹いて怖がってら……」

「畜生、おれが怖がってる饅頭をこんなに買ってきやがったな…、ああ、葛・饅頭か、これは怖いや(とほおばる)、うう、怖い、唐・饅頭、うう怖い(と食べる) 、うう怖い、栗饅だ、怖い…」

「あれっ、饅頭食ってるぜ」「こん畜生、いっぺえ食わされた。懐ん中に入れたり、たもとへ入れたりしてやがる。この野郎、てめぇ饅頭食ってやがるじゃねぇか。お前ぇの本当に怖いのは何だ?」

「へへへ、あとは、熱いお茶が怖い」


「1月18日にあった主なできごと」

1467年 応仁の乱…室町幕府の執権を交代で行なっていた斯波、細川と並ぶ三管領の一つである畠山家では、政長と義就のふたりが跡目争いをしていました。この日、義就の軍が政長の軍を襲い、京の町を灰にした11年にも及ぶ「応仁の乱」のはじまりとなりました。将軍 足利義政 の弟義視と、子の義尚の相続争い、幕府の実権を握ろうとする細川勝元と山名宗全、それぞれを支援する全国の守護大名が入り乱れる内乱となっていきました。

1657年 明暦の大火…この日の大火事で、江戸城の天守閣をはじめ江戸市街の6割以上が焼け、10万8千人が焼死しました。本郷にある寺で振袖供養の最中に、振袖を火の中に投げこんだ瞬間におきた突風で火が広がったことから「振袖火事」ともいわれています。

1689年 モンテスキュー誕生…『法の精神』を著したフランスの法学者・啓蒙思想家で、司法・行政・立法という政治の三権分立をとなえ、アメリカ憲法や「フランス革命」に大きな影響を与えたモンテスキューが生まれました。

1882年 ミルン誕生…「くまのプーさん」シリーズを著したイギリスの童話作家・劇作家・エッセイストのミルンが生まれました。

1919年 パリ(ベルサイユ)講和会議…第1次世界大戦後の講和会議が、アメリカ、イギリス、フランス、イタリア、日本の5か国が参加してパリで開催されました。講和条約の調印式がベルサイユ宮殿で行われたことから、ベルサイユ会議とも呼ばれています。この条約により国際連盟が成立することになりました。また莫大な賠償金を強いられたドイツは経済破綻をおこし、ナチス党がおこるきっかけとなりました。

好評につき、続・小噺(こばなし)を紹介しましょう。

少しばかり頭の弱い親子の会話です。「兄さん、来年のお正月とお盆はどっちが先にくるの?」「そんなこと、来年にならなければ、わかるわけないよ」。それを聞いていた親父「さすがは兄貴だ、考えがしっかりしてる」

浅草の観音さまに泥棒が入って、おさい銭をぬすんだところ、表門で仁王(におう)に捕まりました。「おさい銭をぬすむなんて、とんでもない野郎だ」ぐーっと持ち上げて、落ちたところをふんずけました。泥棒は思わず、プーッと一発。「ううっ、このくせーもの」「へへへへ…、におうか」

「いわしーっ、いわしこ」と売り声をあげながら、魚屋が歩きます。そのあとへ、篩(ふる)いという、粉を選り分ける道具を売る篩屋が「ふるーい、ふるい」と続きます。魚屋が篩屋に「おれの魚が古いみたいじゃねぇーか」と文句をいってるところへ、古金屋がやってきて、私がそのあとに続ければ大丈夫だといいます。
「いわしーっ、いわしこ」「ふるーい、ふるい」「ふるかねー、ふるかね」

国際的な小噺です。「この帽子はドイツんだ」「オランダ」「でもイラン」

けちな男が、鰻屋のとなりに引っ越してきました。毎日毎日、鰻を焼くにおをかいでは、ごはんを食べていました。ところが、これまたけちな鰻屋は [においの嗅ぎ代、五百文] という勘定書きを、男に持っていきました。「なにっ、鰻のにおいをかぐだけで、金を取るってのか」「においをかいで、ごはんを食べてたのを知ってますよ」「よーし、わかった」男は財布から金を出して、手の中で、ジャラジャラ音を立てながら「さあ、この音をよく聞け。音だけだぞー」

「おーい、大変だぁ、大変だぁ」「おおい、どうした」「あ、兄ぃ、今、泥棒を追っかけてるんだ」「泥棒だと、 町内一のお前に追っかけられちゃ、泥棒も災難だな。で、泥棒はどっちへ逃げた」「今、後から来る」

「猫をもらってきたんだが、なにか、強そうな名前はねぇかな」「猫の仲間で一番強いのは、なんたって虎だ」「いや、昔から竜虎の争いといって、虎より竜の方が上だ」「いや、竜より雲の方が強い、竜は雲をつかんで空へのぼるってぇから」「いや、雲より風の方が強い、吹き飛ばしちゃう」「風より壁の方が強い、風を止めちゃう」「壁よりねずみの方が強い、かじって穴あけちまう」「ねずみより猫の方が強い、捕まえて食っちゃう」「じゃあ決まった、こいつの名前は、猫だぁ」

「富士の山へ行ってきました」「偉いですなぁ、お山は晴れてましたか」「すばらしい見はらしでした」「じゃ、うちの2階の物干しの浴衣が見えませんでしたか」「いや、駿河の山のてっぺんから、江戸の物干しは見えませんでした」「いやー、不思議ですねぇ、うちの物干しからは、富士の山はよく見えるんですけど」


「1月7日はこんな日」

「七草がゆ」を食べる日…[せり/なずな(ぺんぺんぐさ)/おぎょう(ははこぐさ)/はこべら(はこべ)/ほとけのざ(たびらこ)/すずな(かぶ)/すずしろ(だいこん)/春の七草] と歌われる7種類の草を入れたおかゆを食べれば、無病息災(病気にならず健康である)という風習です。平安時代以前に中国から伝わったといわれていますが、単なる迷信ではなく、ちょうど正月料理に飽きたころ、冬枯れの季節に青物を補給するという食生活上の効用が指摘されています。


「1月7日にあった主なできごと」

1490年 足利義政死去…室町幕府第8代将軍でありながら政治に興味がなく、11年も続く内乱「応仁の乱」をひきおこすきっかけをこしらえた 足利義政 が亡くなりました。しかし、銀閣寺を建てるなど、東山文化を遺した功績は評価されています。

1835年 前島密誕生…日本の近代郵便制度の創設者で「郵便」「切手」「葉書」という名称を定めた 前島密 が生まれました。

1868年 征討令…1月3日~6日の鳥羽・伏見の戦いに勝利した維新政府は、この日江戸城にこもった 徳川慶喜 に征討令を出し、同時に諸藩に対して上京を命じました。征討軍の総帥は 西郷隆盛。同年4月11日、徳川家の謝罪を条件に江戸城・明け渡し(無血開城)が行なわれました。

1932年 スティムソン・ドクトリン…アメリカの国務長官スティムソンは、この日「満州における日本軍の行動は、パリ不戦条約に違反するもので、これによって生ずる一切の状態を承認することはできない」との声明を発し、日本政府を弾劾しました。これが、太平洋戦争に至るアメリカの対日基本方針となりました。

1989年 昭和天皇崩御・・・前年から容態が危ぶまれていた昭和天皇が亡くなりました。皇太子明仁親王が天皇に即位し、昭和64年は平成元年となりました。昭和は日本の元号のなかでは最も長い62年と2週間でした。

落語に親しむには、いくつかの小噺(こばなし)を覚えるのが、いちばんよろしいようで。

「向かいの空き地に囲いが出来たって」「へぇー!」

「えェー、天国の小噺です」「あのヨォー」

「このねずみおっきぃね」「ちっちゃいよ」「大きいだろ」「ちっちゃい」。するとねずみが、「チュー」

「ぼくんち広くなったから、遊びにおいでよ」「引っ越したのか?」「父ちゃん、タンス売ったんだ」

「君の服にはいつも花があるね」「花なんてないよ」「だって、ボタンがあるだろ」

耳の遠い親子がありました。「おーい、せがれや。今そこを通ったのは、横町の山本さんじゃないかな」「何いってんだよ、おとっつぁん、横町の山本さんだよ」「ああ、そうかい、おれはてっきり、横町の山本さんかと思った」

「お兄ちゃん、背の高さ計ってあげる」「それじゃ、頼むよ」「ちょっとぉ、とどかないから、頭下げてくれない」

韓国や中国には、朴(ぼく)さんとか荘(そう)さんといった名前の方がいらっしゃいます。朴さんが、荘さんに電話をしました。「ぼく、ぼくですけど、そうさんいますか」「はい、そうです」

友だちが集まって、ふぐ汁を食べようということになりました。でも、当たると大変ということで、だれも先に手をつけません。「橋の下にいるこじきに食わせてやろう」「そいつはいい、あとで見にいって、あいつがまだ生きていたら、おれたちも、安心して食える」
ひどいやつらがあったもんです。こじきに一杯ふるまうと、時間を見計らって、のぞいてみましたが、ぴんぴんしています。みんなは安心してふぐ汁に舌鼓をうち、また橋の下にでかけて「ふぐ汁はうまかったな」と、こじきに声をかけました。すると「みなさん、お食べになったんで…、それじゃ大丈夫、私も食べることにいたしましょう」

「おい、このカメは長生きするだろうな」「カメは万年っていいますもんね」「ほんとに生きるのか」「ほんとですとも」。夜店でカメを買った男が朝起きると、カメが死んでいます。かんかんになった男は、夜店のおやじに文句をいいますと、すずしい顔で「そうですか、今朝が万年目だったんですなぁ」


「1月6日にあった主なできごと」

1215年 北条時政死去…鎌倉時代の初期、源頼朝の打ちたてた鎌倉幕府の実権を握り、北条氏の執権政治の基礎を築いた武将・北条時政 が亡くなりました。

1412年 ジャンヌ・ダルク誕生…「百年戦争」 でイギリス軍からフランスを救った少女 ジャンヌ・ダルク が生まれました。

1706年 フランクリン誕生…アメリカ独立に多大な貢献をした政治家、外交官、また著述家、物理学者、気象学者として多岐な分野で活躍した フランクリン が生まれました。

1822年 シュリーマン誕生…少年時代 「子ども世界史」 という本で読んだ伝説だというトロヤ戦争が、ほんとうにあったことだと信じ、トロヤの遺跡を掘りおこした シュリーマン が生まれました。

1831年 良寛死去…自然や子どもを愛しながら、歌人・詩人・書家として生きた僧侶 良寛 が亡くなりました。

1884年 メンデル死去…オーストリアの司祭で、植物学研究を行い、メンデルの法則と呼ばれる遺伝に関する法則を発見した メンデル が亡くなりました。

1887年 シャーロック・ホームズ登場…イギリスの推理作家コナン・ドイルは、『緋色の研究』の中で名探偵シャーロック・ホームズを初めて登場させました。

1912年 大陸移動説…ドイツの地理学者ウェゲナーは、地球上の大陸は一つの大きな大陸が分裂・移動して生まれたという「大陸移動説」を学会で発表。長い間否定されていましたが、1950年代の磁力計の進歩によって、現在は定説となっています。

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