児童英語・図書出版社 創業者のこだわりブログ

30歳で独立、31歳で出版社(いずみ書房)を創業。 取次店⇒書店という既成の流通に頼ることなく独自の販売手法を確立。 ユニークな編集ノウハウと教育理念を、そして今を綴る。

心の子育て論

こうすれば子どもはしっかり育つ「良い子の育てかた」 4

● 子どもの意思や主体性を尊重すること

「小学生になる前後」 (岡本夏木著・岩波書店刊) のなかに、5、6歳に対するしつけについての、すばらしい例がおさめられています。
ある家が遠くへ引っこしするとき、家で飼っていたイヌをどうするかが問題になりました。5歳になる男の子は、イヌもつれていくといいます。イヌと別れるくらいなら、ぼくはここに残ってひとりでくらすといいはります。でも、引っこし先は団地のアパートですから、イヌをつれていくことは、どうしてもできません。
さて、このとき、お母さんは、イヌをもらってくれる家へ、男の子にイヌを抱かせてつれていき、イヌを、男の子自身の手でむこうの人に手渡させました。もちろん、男の子は泣きどおしでした──というのです。
こんなとき、多くの親は、泣きわめく子どもからイヌをもぎとったり、子どものいないときに、こっそりイヌを他家へ渡してしまったりするのでしょうが、このお母さんは、子ども自身に、イヌに別れをつけさせたのです。
著者が、この例をあげたのは、「しつけにさいしては、親への服従をただ強いるのではなく、ひとりの人間としての子ども自身の誇りと自身を尊重してやる愛情こそ欠かせないものだ。強制的に、ひとつの行動を子どもに迫らねばならないときも、最後の一線では、子どもの最小限の意思とか主体性とかを尊重してやることがたいせつ」 という考えにもとづくものですが、ここには、しつけの基本が、きびしく語られています。
してはいけないこと・しなければいけないこと・たえなければいけないこと──などを、子ども自身に主体的に理解させていくことのたいせつさを、忘れてはならないようです。

こうすれば子どもはしっかり育つ「良い子の育てかた」 3

● 内容豊かな語りかけを心がける

子どもは、いっしょに道を歩いていると目に入ったいろいろなものを指して 「あれ、なぁに」 「あれ○○だね」 などといいます。また、虫を見つけると、しゃがみこんでしまいます。
さて、このとき、多くの親は 「あれは○○よ」 「そう、あれは○○だね」 と答えてやるだけで、口をつぐんでしまいます。どうかすると、答えてもやらないで 「よそ見するんじゃないの」 「ぐずぐずするんじゃないの」 と、声を荒げてしかる親もいます。こんな親の態度は、子どもにとって、なんと不幸なことでしょう。
たとえば、子どもが、野の枯れたすすきを見て 「あれは、すすきだよね」 といったとします。このとき、親が 「そう、すすきよ」 とだけ答えて口をとじれば、子どもは、たんに 「やっぱり、すすきである」 ことを確認したにとどまります。しかし、もし 「そう、すすきよ。枯れてしまって、かわいそうね。風に吹かれて、あんなにふるえて、さむそうだね」 と、語りかけてやったらどうでしょう。子どもは、すすきを 「生きているもの」 「生きていたもの」 としてとらえなおし、さらに、ものをあわれむ 「やさしい心」 を、しぜんに育むのではないでしょうか。
道にはっている虫を見つけて子どもが立ちどまったら、ほんの30秒でいいから、子どもにつきあってやって 「どこに行くのかしら。お友だちのところかな。お使いかな。まさか、おうちへ帰る道が、わからなくなったんじゃないでしょうねえ」 などと語ってやったらどうでしょう。子どもは、虫の心を、そっと考えてくれるのではないでしょうか。親の、ちょっとした心づかいが、子どもの心を豊かにするものです。

こうすれば子どもはしっかり育つ「良い子の育てかた」 2

● 子どもの友だちを親が選ばない

子どもが、思いがけないような友だちを、家につれてくることがあります。
そんなとき、その友だちがわが子よりも、服装のきたない子、ぎょうぎの悪い子、成績の悪そうな子だと、あとで、わが子に 「あんた、あんな子と遊んでるの?」 「あの子のうち、なにやってるの?」 「あの子、勉強はできるの?」 などと問いつめて、やはり、なんとなく気にくわない子だったら 「ダメよ、あんな子と、あまり仲よくしちゃ。もっと、ちゃんとした子がたくさんいるでしょ」 と注意する母親をよくみかけます。
また逆に、つれてきた友だちがいかにも良家の坊ちゃんらしい子、勉強のできそうな子だったら、あとで 「あの子、きっと、りっぱなお家に住んでるんでしょ」 「お父さん、会社でえらいんじゃない?」 などと言って、わが子が、その子と仲よしなことを自分のことのように喜ぶのも、根は同じです。
子どもはいつのまにか、服装で、勉強ができるかどうかで、家がお金もちかどうかで、父親がどんな職業かで、友だちを選ぶようになります。学校や外では、いろいろな友だちと遊んでいても、それを隠して、家には親の喜びそうな友だちだけをつれてくるようになってしまいます。また、よい友だち、悪い友だちを、心よりも、物と成績ではかるようになり、ひいては、自分よりも物的条件にめぐまれない子をけいべつするような、心の貧しい人間になってしまいます。
「友だち、みんないい子ね。どんな子とも同じように仲よくしようね」 などと、おおらかな態度で子どもに接してあげたいものです。

これまで15回にわたり、だれにもできる逆説的しつけ法「ダメな子の育てかた(●印))」と、努力を伴う期待型しつけ法「良い子の育てかた(○印)」を併記して連載してきましたが、どうも「ダメな子の育てかた」に違和感をおぼえる方が多くおられるようです。そこで、本日から、こうすれば子どもはしっかり育つ「良い子の育てかた」についての私見を綴ることにします。

● 親は、話をしている子どもの代弁をしない

「この子は、人まえにでると、だまりんこになってしまう。家では、よく、おしゃべりするのに、内気なのかしら」──こういって、なげかれる、お母さんが少なくありません。
ところが、こんな子どもの場合、そのほとんどは、内気などという性格からくるものではありません。多くは、子どもをとりまく状況が原因になっています。
たとえば、家庭のふんいきの明るさ暗さ、家族の会話の多さ少なさなどが、すくなからず影響しますが、原因としていちばん大きいのは、子どもが人まえで話をしようとしたとき、親が代弁してしまうことがよくあるからです。
子どもが、人まえで人に何かを聞かれて話をはじめます。ところが、まだ十分なことがいえません。お母さんからみれば、おかしなことばかりです。すると、これを見たお母さんは、子どもがいいかけたのをとりあげて、すっかり代弁してしまいますから、子どもは、横でだんまり──これが、よくないのです。
これでは、人から何かを聞かれたとき、何とかしてきちんと答えようとする訓練の場がその子には得られません。だから、いつまでたっても、人まえで、しっかりと話す力がつきません。つまり、なれないから、人まえで話ができないのです。
小さな子どもが、おかしな話しかできないのは、あたりまえです。その子になにかを問いかけたおとなも、子どもばなれした答えなど期待していません。したがって、たとえ、話がトンチンカンであろうと、子どもに、おしまいまで話をさせることです。子どもに自信がつけば、人まえでも、気おくれせず話ができるようになります。

だれにもできる逆説的しつけ法「ダメな子の育てかた(●印))」と、努力を伴う期待型しつけ法「良い子の育てかた(○印)」を考える連載「ダメな子・良い子の育てかた」第15回目。

● 困難からすぐに逃げだす子にしたいなら

子どもが困っている時は、どうしたら解決できるか、全部教えてやりましょう。また親がすぐ手を貸してあげて、さいごまで手伝ってあげます。友だちとの関係で悩んでいる時は、助言して自分で処理させるのでなく、親が中に入って解決してやることです。人の物をなくしたり、こわしてしまった時は、親が詫びたり、弁償をしてあげます。そうすると子どもは、困難にぶつかったら、すぐ逃げ出す子になってくれます。また、問題に責任を持とうとしない、心の弱い人間にもなってくれます。

○ 物欲に耐える心を育てたいなら

最近の子どもの多くは、親から物を豊かに与えられことになれすぎています。また、心をそそぐべき子どもへの愛を、物に肩がわりさせている親が多くなっています。「与えられすぎ」は、物の価値観を失わせ、我慢する心を失わせ、心を粗末にして物だけを大切にする心を植えつけ、心を楽しもうとせず物と遊ぶことだけを覚えさせます。「みんなが持つものは、必ず自分も持つ」という行為を続けていると、自分というものをも失わせることにもつながります。わが子可愛さに、人と同じものを持たせようとすることの是非を、今一度問い直してみてはいかがでしょう。自分が耐えることを知れば、耐えている者の心を理解するようになってくれます。ただ、子どもに耐えさせるには、親自身も耐えなくてはなりません。

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