児童英語・図書出版社 創業者のこだわりブログ

30歳で独立、31歳で出版社(いずみ書房)を創業。 取次店⇒書店という既成の流通に頼ることなく独自の販売手法を確立。 ユニークな編集ノウハウと教育理念を、そして今を綴る。

子どもワールド図書館

前回(6/7号)に続き、25年ほど前に初版を刊行した「子どもワールド図書館」(38巻) 第29巻「南アメリカ」 の巻末解説と一部補足事項を記します。

「南アメリカ」 について

[ブラジル] ブラジルは1500年、ポルトガル人によって発見されました。一般に南アメリカの国々の歴史というと、先住者インディオによる何万年もの暮しがあったわけですが、明らかなのは大航海時代に発見されてからの400~500年です。その後320年間、ブラジルを植民地にしたポルトガル人は、インディオだけでなく、アフリカから黒人どれいを買って、労働力にしました。1889年に連邦共和国となったブラジルは、どれい制を廃止しましたが、かわりに広大な土地に必要な人口増加を、世界各地からの移民にたよってきました。面積は日本の23倍、人口は日本に近く、1億人を超えるにいたりました。気候・風土や人種はさまざまで、ブラジルには、たくさんのブラジルがあると語られる多様性を持っています。*[2005年現在人口1億8640万人、世界第5位]
いま、豊富な地下資源の開発を急ピッチで進めていて、南アメリカの工業先進国への道を歩んでいます。若々しい力のある「明日の大国」 として注目されている国です。
*現在、ロシア、インド、中国と並んで「BRICs」(ブリックス) とよばれる新興経済国群の一角にあげられています。

[パラグアイ] 内陸にあり、日本よりやや広いところに人口はわずか*[340万]、土地だけは豊富という国です。*[2004年現在620万人]
好戦的で、近隣3国を相手に敗れた三国戦争、傷み分けに終わったボリビアとのチャコ戦争などがあり、その結果、国は疲れ、万事にだいぶ遅れをみせています。国土は、大きく分けるとパラグアイ川を境に、肥えたテラ・ロッサの森林地帯とパンパです。いまは貧しくてもこの豊かな土地は、これからの発展を約束する力を持っています。すでにそのきざしが見えている国です。

[ウルグアイ] 面積が日本の半分、人口300万という小国ですが、世界で最もてっていした福祉国家であることは案外知られていません。大統領制まで廃止してしまった「民主主義の実験室」 とよばれるユニークな国です。牧畜業がさかんで、生産と輸出はすばらしく、国民の生活水準は南アメリカ一といわれています。美しい避暑地にも恵まれ、南米各地からも観光客が集まってきますが、カジノも国営という国です。

[アルゼンチン] 政治や経済が不安定な*[軍事政権の国]というのが近ごろのアルゼンチンのイメージです。ところが国民の表情は明るく、生活は落ち着いているといいます。理由のひとつに食料のたっぷりある国だということがあげられます。インフレといっても食料は安く、ゆったりした住居があり、加えて男女とも身だしなみのよいお国柄です。「衣食足りて……」ということでしょうか。*[1983年軍政から民政に変わりました]
この豊かさをもたらしたのは、アルゼンチンの心臓部パンパです。しかしパンパの歴史はそう古いものではありません。1856年にヨーロッパ移民の入植村が建設され、ブエノスアイレス港までの鉄道が敷かれてから100年あまりで、急激に発展したのです。いまパンパでの生産品は輸出高の90%をしめています。交通立地の上からも工業政策の重点地であるこのパンパにアルゼンチンの経済活動のほとんどが集められています。
アルゼンチンは南北にながい地形のため、気候・自然も多様な地域性を見せています。ことに国土の30%にあたるパタゴニア地方は、天然ガス・石油が産出するところから大いに期待されています。
教育水準も高く、おおらかな国民性、豊かな大地と資源を併せもったアルゼンチンは、南アメリカの大国です。

[チリ] チリは南北の長さが4200kmもありながら、東西は100~200kmしかないというおそろしく細長い国です。熱帯の砂漠から寒帯の氷河まであり、それにともない産業の発達もいろいろです。山国らしく資源も豊富にあるところから、国民の生活も豊かです。チリ硝石にかわって世界的な銅産国ですが、ありがたくないのが世界一の地震国という名まえです。アルゼンチン、ブラジルとともに、有力なABC3国のひとつに数えられています。

前回(6/5号)に続き、25年ほど前に初版を刊行した「子どもワールド図書館」(38巻) 第28巻「中央アメリカ」 の巻末解説を記します。
 
「中央アメリカ」について

中南米のことを世界の人びとは、ラテン・アメリカとよんでいます。この土地が、スペイン人やポルトガル人などのラテン民族によって開拓され、いまも、人びとの生活のなかに、ラテン民族の風俗習慣や文化が受けつがれているからです。この本で紹介したのは、そのラテン・アメリカのうち、メキシコを除く中央アメリカの国ぐに、カリブ海に弓なりにつらなる大小の島の国ぐに、それに、南アメリカ大陸北部、西部の国ぐにです。これらの国のラテン性を端的に示しているのは、多くの国の公用語がスペイン語だということです。英語国のジャマイカ、バハマ、バルバドス、トリニダード・トバゴ、グレナダ、ガイアナ、フランス語のハイチを除けば、運河の国パナマも、社会主義の国キューバも、インカ文明の国ペルーも、すべてスペイン語国です。英語、フランス語国はほとんどカリブ海の小国に限られており、全体的にいえば、スペイン語一色といってもよいほどです。多くの国がスペイン語であるというこの現実は、いうまでもなく、各国が、16世紀以来、およそ300年にわたってスペインの植民地であったことを物語るものです。

各国に原住民のインディオがいます。エクアドル、ボリビア、ペルーなどの国では、国民の約半数がそのインディオです。カリブ海の国ぐには、アフリカからつれてこられた黒人もいます。ハイチでは90%以上がその黒人です。しかし、多くの国で絶対数を占めているのは、メスティソとよばれるスペイン人とインディオとの混血です。もちろん、純粋の白人もいます。そして、それらの白人系の人びとが、すべて国の指導権をにぎり、スペイン語国を維持しているのです。ところで、スペイン語であることに問題はないとしても、ながいあいだの植民地政策が、いまもってわざわいをもたらしていることがあります。一つは、農業にみられる大地主制と農作物の単一栽培制、もう一つは、鉱業の開発にみられる外国資本制です。バナナ、コーヒー、さとう、綿花などは、世界でも有数の生産高を誇っています。しかし、多くの国では、いまだに白人の所有になる大地主制が存続し、農作物も、白人の利益中心に生産されているのです。バナナの生産高が高いのは、大農園でバナナだけを生産して輸出することが、白人にとって、もっとも効率のよい利益にむすびつくからです。農業でうるおうのは、大地主と大商人に限られ、農民たちは、必然的に苦しい生活をしいられているというのが現状です。

石油、石炭、金、銀、鉄などの産出量も世界有数です。しかし、これらの多くは、外国の資本によって開発されたため、いまだに、開発自国への原料供給的な性格を大にしています。とくに、このラテン・アメリカを自国の勢力下におこうとするアメリカ合衆国の資本投下が、大きな力を占めています。これでは、いかに地下資源が豊富であっても、それぞれの国は富みません。さいきんは、各国で、農業、工・鉱業の国営化がすすめられてはいます。しかし、やはり、資本と労働力の不足や科学技術のたちおくれが、支障になっています。

さいわいに、このラテン・アメリカの国ぐにでは、住民構成が複雑ではあっても、また、白人優位の社会ではあっても、意図的な人種差別はほとんどありません。*[南アフリカ共和国のような原住民べっ視]も、非常に少ないといわれています。白人、インディオ、黒人、そして日本人を含むさまざまな国からの移住者が協力しあい、各国とも、独立経済の独立国家へ、文盲者の少ない文明国家へと発展しつつあります。
*[1991年、南アフリカ共和国のデクラーク大統領は、原住民べっ視のアパルトヘイト全廃を宣言し、差別はほとんどなくなりました]

前回(6/1号)に続き、25年ほど前に初版を刊行した「子どもワールド図書館」(38巻) 第27巻「メキシコ」 の巻末解説と、その後の変化を記した補足事項を記します。

 「メキシコ」 について

「高原と太陽と花と砂ばくの国」 メキシコは、国土が日本の5倍半、人口は*[約1/2]です。国土の大部分が海抜1500m以上の高原にあり、高度によって気候にちがいがみられます。
*2005年現在の人口1億700万人ですから、日本の約4/5です。

メキシコはほとんど熱帯に位置するのですが、海岸部や低地では熱帯性気候、高地になるにしたがって、亜熱帯から温帯へと変化していくのです。都市の多くは、すごしやすい高地にひらけていて、首都メキシコシティも海抜2259mという高地にあります。そのため、ひざしは強くても気温の変化は少なく、1年中、春のような温暖な気候にめぐまれています。北部高原は、雨の少ないサボテンだらけの半砂漠地帯です。低地や海岸部には、熱帯地域のために、人の住めないところもあるくらいです。

メキシコは、スペイン人の侵入以来長い間スペインの植民地支配の下にありました。古代のころのメキシコは、すばらしい文明をもったインディオが国をつくり、大変栄えていましたが、1521年インディオ最後のアステカ王国が、コルテスの率いるスペイン軍に攻め落とされてから 300年間、人々はスペインの圧政と搾取に苦しんできたのです。銀を中心とする豊富な資源供給国にされ、過酷な税金が課せられました。「独立の父」 イダルゴを先頭にインディオ大衆がたちあがったのは、1810年のことです。この革命は失敗におわりましたが、1821年、ついにメキシコはスペインから独立をかち得たのです。苛酷な使役や迫害の中で、原住民インディオの数は減少し、いまだに最下層の生活に留めおかれています。6千数百万人のメキシコ人のうち、生粋のインディオは約300万人といわれ、大半がメスティソ (スペイン人とインディオの混血) です。スペインの影響は、生活と文化の中に流れていて、公用語はスペイン語、宗教も国民の大多数が熱心なカトリック信者です。建築もスペイン様式が数多く残り、闘牛はもちろんのこと、歌や踊りもスペイン風です。

ところで、現在のメキシコは、国民の半数以上が農民です。綿花、コーヒー、サイザル麻などは重要な輸出品です。銀をはじめとする鉱産資源も豊かで、世界有数の鉱産国です。最近、石油の大規模な埋蔵量が確認され、サウジアラビアにつぐ石油国になるだろうといわれています。メキシコは、長いスペインの支配下にあって、工業の発展がほとんどありませんでしたが、第2次世界大戦を境に、近代的な農工業国家へ変りつつあります。石油化学工業、繊維、食品加工の製造工業、自動車工業などが盛んになっています。しかし、工業資本の大部分は、アメリカを中心とする外国資本でした。したがって、一部の上流メキシコ人を除いて、国民全体の生活水準は低く、生活もあまり楽ではありません。貿易は、対アメリカが大部分で、アメリカに対する経済依存はきわめて強いものがあります。近年は、メキシコ独自の資本投入がふえて、外国資本をしめだす傾向にあります。1938年には、アメリカの石油資本をしめ出して、石油の国有化に成功しました。メキシコは、メキシコ人の手による国づくりを積極的におしすすめています。教育にも非常に力を入れて若い力を育て、インディオ文化をとり入れ生かしながら、着実に前進しているのです。

*補足事項
1994年、アメリカ、カナダ、メキシコ3国による北米自由貿易協定(NAFTA)をむすんだことにより、メキシコは安価な労働力を生かしてアメリカ、カナダ向けに家電製品などの輸出を活発に行なっています。ただし、アメリカへの依存度が高すぎるため、他国との経済提携を進め、2004年には日本と関税の廃止または低減を含む経済提携協定をむすび、貿易量を増やしています。

前日(5/30号)に続き、25年ほど前に初版を刊行した「子どもワールド図書館」(38巻) 第26巻「アメリカ(2)」 の巻末解説と、その後の変化を記した補足事項を記します。

「アメリカ (2)」 について

アメリカ合衆国は、本土の48州とアラスカ、ハワイの2州を加えた50州、それに首都地区 (コロンビア区) とプエルト・リコ、バージン諸島、グアム島などの海外領土から成る連邦共和国です。およそ936万平方キロメートルの国土に、*約2億3000万人の人びとが暮らしています。
*2006年10月、人口3億人を突破しました。

広大な国土と豊かな資源に恵まれているうえ、すぐれた科学技術をもつアメリカは、なんでも「世界一」が好きな国です。世界一の立体ハイウェー、世界一の屋内競技場、世界一の遊園地、世界一の超高層ビル……と、超大国を誇る世界一が、数かぎりなくあります。暮らしやすさも、世界一だといわれます。事実、世界の工業生産の60%近くを占めるアメリカは、資本主義の国ぐにの、豊かさのモデルになっています。とくに、第2次世界大戦後、アメリカの占領下に置かれた日本は、政治、経済、文化、教育のあらゆる面で、大きな影響を受け、生活様式が、がらりと変わりました。GI刈りや警察官のパトロール制度、セルフサービスシステム、ファッション、都市計画にいたるまで、戦後の日本には、アメリカの流行がいち早く伝えられ、よくも悪くも「いま、アメリカでは」を追いかけることによって、経済成長を続けてきました。テレビ、電気冷蔵庫、電気洗たく機、電気掃除機をはじめ、電機製品のめざましい普及も、生活の合理性を追求する、アメリカをみならってきたといえるでしょう。

しかし、その強大で恵まれたアメリカも、つぶさに見ると、数多くの問題をかかえています。その第1は、富める超大国であるはずのアメリカが、じつは世界でもっとも貧富の差が大きい国だということです。大都市のスラム街には、その日の生活に困る人たちが、たくさん住んでいますが、社会福祉の拡大には、国民のあいだに根強い反発があって、なかなか救済できずにいます。それは、金持ちは努力した結果であり、貧乏人は怠けて成功しなかった結果だという、アメリカ人の価値感に根ざしているといわれます。こうした価値感が、人の才能や勤勉さを、収入の多い少ないで判断する「金銭万能」の風潮を生みだしています。アメリカで、プロスポーツが盛んなのも、スター選手が英雄的なあつかいを受けるのも、才能イコール収入という価値感を端的に物語っているといえるでしょう。また、世界の指導国である自信に満ちたアメリカが、理想としてのデモクラシーを、世界じゅうに強制輸出しようとしたことも、アメリカの社会構造に、暗い影を落としました。

アメリカは、世界全体をアメリカ化する手段として、経済援助を惜しみませんでしたが、同時に軍事援助も半強制的におこなってきたのです。2000におよぶ軍事施設を海外へもち、60か国でCIA (中央情報局) に秘密活動をさせてきました。この力による平和達成が、アメリカをベトナム戦争へ介入させました。しかし、得るもののない、みじめな結果だけを残しました。アメリカの大学生の50%が、マリファナの経験者といわれるようになったのも、ヒッピーの出現も、若者たちが、ベトナム戦争で自国の進路に自信を失ったのと、技術文明に支えられた、没個性的社会への、反発のあらわれだといわれています。ケネディ大統領 (第35代) の暗殺を境に、アメリカは 「病める超大国」 といわれるようになりましたが、まだ、一般的には健康なエネルギーが存在しています。国民のあいだで、建国の原点へもどって、再出発しようという気運が急速に高まっていることが、それを如実に示しています。アメリカの若者たちは、きっと、21世紀の理想の社会づくりをめざしてがんばっていくでしょう。

補足事項
1991年のソ連の崩壊により、米ソ2大国による冷戦が終わり、アメリカは世界でただひとつの超大国になりました。その結果、「世界の警察」を自認するようになり、米軍を中心とした多国籍軍がイラクに大規模な航空攻撃を加えて始まった湾岸戦争など、各国の紛争や戦争に積極的に派兵しています。特に中東地区の紛争では、明らかにイスラエルに味方する戦術により、イスラム諸国から大きな反発をかってきました。
2001年9月11日、イスラム過激派による同時多発テロ事件がおきました。ハイジャックされた4機のジェット機が、ニューヨークのシンボルともいえる世界貿易センタービル(ツインタワー)やペンタゴン(アメリカ国防総省)などに意図的に激突し、約3000人もの犠牲者をだしました。過去の戦争において、アメリカ本土に攻撃を受けたことのない政府のショックは大きく、報復のためにアフガニスタンに侵攻したり、「テロ支援国家」としてイラク、イラン、北朝鮮を名指しで非難、2003年には大量破壊兵器を保有しているとしてアメリカ主導によるイラク戦争をおこしました。この戦争は、国連決議に反する強引な行為であったため、世界中で反米感情の高まりを引き起こしました。戦争は勝利宣言したものの、イラク国内は内戦状態・無政府状態にあり、アメリカ兵の死者が2006年10月までに2500人を超えたといわれ、アメリカ国内で政府非難の声が急速にあがりはじめました。

前回(5/14号)に続き、25年ほど前に初版を刊行した「子どもワールド図書館」(38巻) 第25巻「アメリカ(1)」の巻末解説を記します。 

「アメリカ (1)」 について

アメリカは広大な国です。*ソビエト、カナダ、中国についで世界第4位ですが、日本のざっと25倍もの広さがあります。ロッキー山脈だけで、日本列島がすっぽり入ってしまいますし、五大湖のひとつ、スペリオル湖が北海道とほぼ同じ大きさといえば、アメリカがいかに広大な国であるかがよくわかります。
*ロシア共和国

アメリカの北と南、東と西では、まったく気候風土がちがいます。北は北極圏のなかにあり、南は熱帯、内陸は砂漠気候といった具合です。おなじアメリカ国内でも最高7時間もの時差があります。空港に防寒服を着込んだスキー帰りの人がいるかとおもえば、ビーチスタイルの人もいるといった光景が見られるのも日本とちがうところです。

そのアメリカがイギリスの植民地から独立したのは、いまから、わずか200年前のことです。しかし、民主主義の成文憲法をもつ国では、世界でもっとも古い国です。フィラデルフィア憲法制定会議からつくりだされた新しい共和政治は、近代世界のモデルになっています。アメリカは自由と平等、個人の基本的人権を尊重する民主主義の国です。自由を愛する精神は、イギリス本国の迫害をのがれ、新大陸へわたって植民地をつくったピューリタンの影響を、今日にまで受け継いでいるからだといわれます。アメリカは、英語でユナイテッド (連合) ステーツ(州) といいます。つまり州の集合国ですが、日本の都道府県とアメリカの州の性格は、きわだったちがいがあります。アメリカでは州の自治がおもんじられ、国と州の役目がはっきりわかれています。州ごとの法律があって、教育制度にもちがいがあります。州兵という制度もあります。州兵は州知事のもとにあって、州の自治を守る役目をもっています。これは植民地時代に、それぞれの植民地が自分たちの政府と民兵をもっていた名残です。

浅い歴史のなかで、すばらしい発展をとげたアメリカですが、一朝一夕に超大国に成長したわけではありません。独立戦争や南北戦争、きびしい自然と闘いながらのたゆまぬ開拓など、多くの困難を不屈の精神で乗り越えてきたからです。また、第1次、第2次世界大戦で戦勝国になり、しかも自国が戦場にならなかったことも、アメリカ経済を飛躍的に発展させる要因になりました。

広大な国土と豊かな資源を背景に、新しい技術の開発と活用によって、発言力の強い超大国となったアメリカですが、公害をはじめとする発展のひずみや複雑で深刻な、さまざまな問題も数多くかかえ 「悩める大国」 の一面ももっています。皮ふの色の違いによる人種差別もそのひとつです。とくに黒人差別はひどく、黒人人権運動の指導者キング牧師の暗殺や暴動など、つねに大きな社会問題になっています。ウォーターゲート事件によってさらけ出された大統領の権力の肥大化も国民の危機感を強めています。悲惨だったベトナム戦争も、大統領の権力肥大化が大きな要因となったからです。ベトナム戦争もウォーターゲート事件も、大統領個人の失敗や悪事では片づけられない、アメリカそのものの悲劇となっています。黒人差別が自由と平等の国に存在しているところにも、アメリカの矛盾と悩みがあります。

18世紀末のアメリカには、すばらしい人類の夢と人間解放の理想がありましたが、いま大きな曲り角に立っています。政治、経済、文化のあらゆる面で反省の時代を迎えました。しかしアメリカの偉大なところは、民主主義が危機に直面したとき、国民が敢然と立ち上がることです。開拓精神は、いまもずっと生き続けています。

*その後の歩みにつきましては、次回「アメリカ(2)」の巻末にまとめて記載します。

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