児童英語・図書出版社 創業者のこだわりブログ

30歳で独立、31歳で出版社(いずみ書房)を創業。 取次店⇒書店という既成の流通に頼ることなく独自の販売手法を確立。 ユニークな編集ノウハウと教育理念を、そして今を綴る。

こども科学図書館

「童話」と「科学」は決して対立するものでなく、どちらも子どもたちの広い世界を知りたいという欲求を満足させるジャンルである。童話は [想像の世界] であり、科学は [現実の世界] である。車の両輪のようなもので、一方が欠けては成り立ち得ない人間の精神生活の2大支柱だといってよいだろう。この両者をバランスよく与えてこそ、子どもたちの健全な世界観がつちかわれる。

ところが「童話」はともかく、「科学」というと、多くの人は学者や専門家でなければよくわからないもの、という一種の恐怖感をいだきがちだ。特にお母さん方には、科学に弱いと自認している人が少なくない。おそらく学生時代に、よくわからないまま覚えさせられた法則とか定理とかいうものが頭にこびりついているせいなのだろう。

しかし本来、子どもは好奇心、探究心に満ちあふれた存在で、じっくり観察してみると、おとなが考えている以上に、子どもたちの日常生活には科学が精力的にとり入れられている。この「科学する心」を伸ばしてやれるかどうかは、まさに親の手ひとつにかかっているといっても過言ではない。

たとえば、ミミズを指でつまんで「ミミズって何を食べてるの?」という子どもの質問に対し、「まあ、きたない。早く捨てちゃいなさい」 と、ヒステリックにいうお母さんをよくみかける。

いっぽう「土を食べて土を糞にしているの。土の中にある枯れ葉や、ちっちゃな虫や、動物のたまごが栄養になっているのよ。ミミズがそうやって土をたがやしてくれるおかげで、野菜や作もつがよく育つの。ミミズってとても人間に役立つ生きものだから、だいじにしましょうね」(「かがくしっもんばこ」2-45 ページ )というお母さんと、子どもの将来に与える影響は、どんなに大きな差になってあらわれるか計りしれない。ぜひ、こういう母親をめざしてもらいたいものである。



科学きりん・象
こども科学図書館」の「かがくしつもんばこ」には、どんな質問が入っているのかという問い合わせをいただいた。主なものを掲げてみよう。













[1巻目]なぜ日にやけると黒くなるの?/しゃっくりはどうしてでるの?/お母さんはどうしてお風呂へいれたがるの?/タマネギを切るどうして涙がでるの?/どうして左ききの人がいるの?/人によって皮膚や髪の毛や目の色がちがうのはなぜ?/お母さんから生まれたのにどうしてお父さんに似ているの?/くしゃみや鼻水はどうしてでるの?/ウソをつくとどうしてウソ発見器でわかるの?/耳や目が2つあるのはなぜ?/おならやゲップがでるのはなぜ?/おなかがすくとグーグーなるのはなぜ? 等々…。



[2巻目]いぬはどうして電柱などにおしっこをかけて歩くの?/ねこはどうしてのどをゴロゴロならすの?/どうぶつは色がわかるのかな?/ねこはどうして夜も目がみえるの?/ぞうの鼻やキリンの首が長いのはなぜ?/動物も泣いたり笑ったり話したりできるの?/トカゲのしっぽは切れるとまたはえてくるの?/ナメクジに塩をかけるとどうして小さくなるの?/魚は水の中で苦しくないの?/鳥はどうして眠っていても木から落ちないの?/どうして渡り鳥はもどってこれるの?/オウムやインコはどうして人の言葉のまねができるの?/ダチョウはどうして飛べないの?/ライオンやトラが野菜をたべないのはなぜ?/ミミズって何を食べてるの?/秋になると葉が黄色や赤になって落ちてしまうのはなぜ? 等々…。



[3巻目]どうして氷は浮くの?/水の中の足はどうして曲がって見えるの?/お風呂のお湯はどうして上が熱いの?/1円玉はどうして浮くの?/どうして冷たいコップはあせをかくの?/山に登ると太陽に近づくのにどうして寒いの?/コマはどうしてまわっていられるの?/電車の中で飛び上がってもどうして同じところに落ちるの?/セーターをぬぐときパチパチいうのはどうして?/お風呂に入るとからだが軽くなるのはなぜ?/どうして風がふくの?/潮のみちひはなぜおこるの?  等々…。



[4巻目]どうして信号の赤はとまれなの?/虹はどうしてできるの?/夕焼けはどうして赤いの?/火はどうして燃えるの?/朝日や夕日はどうして大きいの?/地球は丸いのにどうして落ちないの?/地球の中ってどうなってるの?/サンタクロースっているの?/カミナリさまがおへそとるってほんと?/おばけっているの?/死んでしまったらどうなるの?/むかし話ってほんとうのことなの?/冷蔵庫はなぜ冷えるの?/ジェット機とロケットはどこがちがうの? 等々…。





さあ、子どもにこんな質問されたら、どう回答しますか。





科学なめくじ
さまざま研究結果によると、[学習意欲にかげりのある子どもは、幼児期にある質問期を、うまく乗りきれなかったことによって生まれる] という。またある心理学者は、子どもの伸びようとする知能の芽を刈りとってしまうと、一生知能の低いボンヤリした人間になってしまうと指摘している。わかったという満足感、知ったという喜びこそ、学ぶことへの前向きの心を育てるのだ。



子どもの質問は、知能がどんどん発達して、ものごとに強い興味をひかれている証拠なのだから、忙しい時でも時間をつくり、ていねいに、上手に答えてやる必要があることを強調したい。



子どもたちの数々の疑問に対処するため、親たちの虎の巻としてつくりあげたのが、「こども科学図書館」 の最後にある4冊 「かがくしつもんばこ」 である。1冊目が人体に関すること、2冊目が動植物について、3冊目が物理・化学編、4冊目が人のくらしの中からの疑問を中心に回答している。さまざまなデータから、子どもたちから質問の多い100余項目を選んだ。



幼児にはむずかしすぎる回答もあるかもしれないが、子どもたちの知的発達に応じて回答していける工夫をした。要は、子どもの心理状態をよく理解して、やさしくわかりやすく回答すること、子どもが安心して次々に質問できるようなムードをつくってあげることが大切だろう。そして、質問してきた時こそ、子どもの知識欲も理解力も充実している時だから、本を調べてあげることも含めて、できるだけその場で回答したいものである。



当時の私は、2人の子どもたちから質問ぜめの毎日だった。これまでは5歳の子からの質問が大半だったのが、下の子も負けずにはじめるようになり「あれは何なの?」「どうして?」「なぜなの?」絵本を読んであげても、テレビを見ていても、道を歩いていても、よくもこんなに質問することがあるかと思うばかりの集中攻撃だ。

心理学では、子どもがこのように質問を連発する時期を、質問期と名づけている。知能の芽、探究心の芽がぐんぐん伸びはじめている時期で、3・4歳時頃の、身辺にあるものを指さして名前を聞く時期を第1質問期、4・5歳の物事や事象の原因や結果を聞く時代を第2質問期という。

第1質問期では、なかなか説明しにくいことでも、何とか説明してあげるだけで満足している例が少なくない。ところが、第2質問期といわれる4・5歳になると、思いつきやごまかしの回答では満足しなくなる。おとなの常識をこえた、奇抜な質問をしてくるのもこの時期だ。おまけに、子どもの限られた経験や思考力に応じたわかりやすい回答をしなくてはならないのだから、親たるものなかなか大変なことである。

あまりのしつこさに 「うるさい子ね、すこしは静かにしてよ」 「いま忙しいんだからあとにして! 」 「大きくなったらわかるわよ」 「お兄ちゃんに聞きなさい」 「何度いえばわかるの」 「そんなこと知るもんですか」 といったような返事をしがちである。

これが特別の場合ならいざ知らず、何時いつも誠意ある回答をしないと、子どもたちは質問にやってこなくなる。このことが、知らずしらずのうちに、いつか花開く才能の芽をつみとっているかもしれないのだ。



科学表紙
昔から、ヨチヨチ歩きをはじめた子どもに危険なものを教える時、熱いアイロンやヤカンをさわらせてきた。そういう、アツイという体験が子どもにしっかり覚えこまれるため、アツイといえばストーブにも近づかなくなるし、アイロンをかけているじゃまもしなくなる。そして、おふろのお湯か熱い、ミソ汁が熱い、カゼをひいて熱が出た、日差しが暑いというように、日常的な体験をつみ重ねてアツイという言葉と、自分の感覚が結びついてアツイという概念を形成する。さらに大きくなると、物事に熱中するとか、勉強に熱が入らない、熱狂する人々、熱弁をふるう、というようなことへの理解へと発展させていくのである。こうして人は、どんな言葉でも、何年もかけてひとつのイメージから概念を形成し自分のものにしてきた。言葉の認識は、体験のつみ重ねが本質だといってよいだろう。



こども科学図書館」 のどの本も、さまざまなイメージから一歩一歩つみあげて、概念を構築する作業の手助けをする対象にほかならない。そのためには、単に絵本を子どもに与えるだけでは不充分。絵本を読んであげたり、絵本を仲立ちに親子の対語を深めたり、たとえば子どもが「いぬ」に興味がおぼえたら、飼ってあげたり、それが無理なら飼っている人に頼んで深く接触する機会をつくってあげることが大切ではないだろうか。



こうした地道な積み重ねの体験の中で、新しい問題を解明していく能力が開発され、創造性のある視野の広い人間へと生長する礎となるのだと思う。



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