児童英語・図書出版社 創業者のこだわりブログ

30歳で独立、31歳で出版社(いずみ書房)を創業。 取次店⇒書店という既成の流通に頼ることなく独自の販売手法を確立。 ユニークな編集ノウハウと教育理念を、そして今を綴る。

会社の歴史

1976年8月20日、ついに運命の日を迎えた。手形の決済というのは、同一地域の金融機関が手形交換所に手形や小切手など有価証券を持ち寄り、お互いに提示しあって決済する仕組みになっている。通常、午後3時頃までにこれが行われるため、3時半すぎに銀行に問い合わせると結果を教えてもらえた。この日もその時間に電話してみる。まだ決済されていない。4時、まだだめ。4時半、5時、6時・・・。もう、あきらめざるを得ない。この時ほど、時間が長く感じられたことはなかった。ちょうどこの日は、樫村社長(当時)の新築居宅の引渡し日でもあったが、何という不運だろう。当日はお互いに口を開く気力もなく、憔悴のうちに帰宅した。翌日、J・チェーンからJ総業が不渡手形を出したこと、債権者会議がグループの研修所(群馬・伊勢崎市)で行われるとの知らせがFAXで送られてきた。J総業は不渡りを出したが、J・チェーンは健在というのがせめてもの救いではあったが。

月末が当社の振出手形の決済日に当たり、8月末は1000万円ほどあった。当然、8月20日の1700万円の入金をあてにしていたのが駄目になってしまったわけだから、他で補う以外に方法はない。このままでは連鎖倒産ということになる。「もう、あきらめようよ」と樫村社長はいう。だが、銀行から融資を受けて手にした社長の自宅も取り上げられてしまうことになりかねないし、退職金をつぎこんで協力してくれたなけなしの資金も反故になってしまう。苦労して立ち上げたせっかくの出版社は絶対つぶしたくない、この一念は不思議な力を発揮するものだ。私は樫村社長に「Y社長に直談判して資金を手にするまで帰りません」といいおいて、車を走らせ、J・グループの幹部たちのいる伊勢崎市へむかった。そして、会議室にとじこもるY社長はじめ、幹部たちが部屋を出入りする瞬間をつかまえては当社の窮状を訴えた。

1976年3月4日、NHKテレビの報道を忘れることは出来ない。J・チェーン本部が加盟店から訴訟を起こされたというニュースである。このニュースはすぐに新聞各紙にも載った。訴訟をおこされたことよりも、J・チェーンが「マルチ商法」という部分が強調されていたのにはこたえた。すでに「ポケット絵本シリーズ」全10集のうち、第9集までは納品済み、最終の10集目を残すのみだった。

報道があった翌日、B印刷の社長が血相を変えて飛んできて、製紙会社や製本業者らから、J・チェーンは大丈夫か、今後の支払いは手形から現金にするといわれたので、当社との取引も現金にしてくれという。なんとかなだめて当方の支払いは従来通り手形としてもらったが、こちらも内心は冷や汗もので、以来、毎月20日の決済日は祈るような気持ですごしたものだった。

5月のはじめに、念願の「童話シリーズ」全10集・40巻を完成させることができたが、お祝いをする気持ちにもなれなかった。不安いっぱいのうちに、6月20日、7月20日と、なんとか無事に手形は決済されたが、その後、J・チェーン他「マルチ商法」と名指しされた何社かの社長が、国会に呼び出され、事情聴取された。この頃になると報道も加熱気味、加盟店もJ・チェーンを名乗るだけで顧客からなじられたり無視されたり、営業どころではないという状況になって、磐石にみえた組織も急速にほころびを見せはじめたのだ。このときまでの売掛残は、8月20日決済分1700万円、9月20日決済分1000万円、計2700万円にものぼっていた。9月分はともかく、当面の8月20日を乗り切れなくては前途に望みはない。

J・チェーンの決起大会にはじめて参加してみて、その熱気とチームワークあふれる組織にひとまず安心した。ちょっとやそっとでは崩壊することはないだろう、と確信したためでもある。ただし、帰りの新幹線の中で、私の座席のすぐうしろにJ・チェーンの加盟店の人たちがいて、「こんなことで貴重な時間をつぶされるのはたまらない」「劇の練習だ、人の応援だ、勉強会だ、何やかやと狩り出される。こんなことしたって一銭にもなりはしない」「交通費だってみんな自腹だしな」などと、ぼやきがもれ聞こえてきたことに一抹の不安を感じた。

J・チェーンの現状を知る必要性を感じ、興信所に調査依頼をすることにした。まもなく、調査報告書がとどき、業績が急激に伸びている状況が読みとれた。創業後の2年間は10億円前後の売り上げだったのが、3年目に45億円、4年目は120億円前後の予測という。興信所というのは、銀行から入手した情報を元に企業の財務体質を把握するのだろう。J・チェーンの銀行からの借り入れはなく預金取引のみのため、財務内容は不明という。
[資金繰りの根幹は加盟店からの保証金および契約金で、この資金を設備および運転資金に流用出来るため、当面無難な推移とみられる。加盟店からの回収も現金であり、収益力もあるようなので資金繰りに支障はないが、設備投資などのために関連子会社への流出が多額であること、業法がマルチ商法として当局のヤリ玉にあがっているとも伝えられ、不安要因を内包する] と報告書は総括していた。

J・チェーンの系列会社であるJ総業と当社の支払条件は、契約当初より月末締、翌月末現金だった。ところが1ヶ月ほど前から、総額の半額は現金・半額は手形(俗にいう半手半金)に、やがてすべての支払いは90日の振出手形という形に押し切られてしまった。契約により、J・チェーンに納品する分の絵本の奥付には、[販売元 J・チェーン] と明記してある。そのため、当方としてはJ・チェーン以外に販売先をもとめることができない。交渉の余地が残されていないというのはまったく歯がゆいことであり、販売先の1社で95%を越えるような偏った経営の危うさを思い知るに至った。

J・チェーンが「マルチ商法」といううわさが広がり始めた頃、Y社長は何か手を打たないとまずいと考えたのだろう。全国組織の引き締めと、納入業者に安心感を与えるため、国際会議が開かれることで有名な「国立京都国際会館」を借り切って、決起大会を開催することになった。この大会で、私ははじめてY社長の演説を聴くことになる。

「無限の発展性を秘めた新しい流通機構を確立しよう、こう決意した私は4年前、J・チェーンを創設した。いまや全国8本部、製造工場群、流通センター、研修所など流通革命を推進するうえでもっとも必要な機構の実現を見るまでに至ったことは、この上ない喜びである・・・。かつて、どの流通企業もなし得なかった理想的な流通機構作りへ向かって、再び力強い前進をしなければならない・・・」 社長の声に呼応するかのように、1000人を越えた会場には、ウォー! という叫び声があがり、熱気がみなぎる。さらにY社長はJ・チェーンの発展は、加盟店のみんなの真摯な努力いかんにかかっていること、そのためには、販売技術の練磨といった技術を身につけることはもちろん、それ以上に、自分自身の人間性を向上させることをめざすこと、換言すれば、《豊かな心》を持った人間になることを強調した。若さあふれる歯切れのよい声、ジェスチャーを交えた説得力ある話術、不思議な魅力を醸し出すカリスマ性。短期間に1000店以上もの加盟店を擁する組織を作り上げることができたのは、この人についていけば未来への大きな希望が、新しい何かを獲得できるのではないかという期待感が大きかったからに違いない。

Y社長の演説の後は、全国8つの本部それぞれの代表が演じる、趣向をこらした寸劇が始まった。どれも成功物語ではあったが、飲んだくれのダメ親父が、奥さんに尻をたたかれてJ・チェーンに加盟してからは、酒もタバコも止め、人が変わったように頑張る姿を、子どもの日記を通して描いた物語は印象的で、30年後の今もはっきり覚えている。

J・チェーンの子会社J総業との売買契約が成立したことで、じっくり絵本の制作に打ち込める時間ができた。数ヶ月をかけてほぼ全巻刊行の見通しも立ち、最後の追い込みにかかっている頃だった。友人の新聞記者から、J・チェーンにちょっと変なうわさが入っているけど知っているかという電話が入った。当社がJ・チェーンを最大の販売先にしていることを覚えてくれていたためだった。知らないと答えると、J・チェーンをはじめAPOジャパン社、ホリデイマジック社などが「マルチ商法」の疑いがあるということで、当局の内部調査がはじめられているという。

マルチ商法というのは、アメリカ発のネズミ講だといわれる。ネズミ講というのは、子を二人以上、おのおのの子がさらにその子(孫)を二人以上、さらにおのおのの孫が・・・というように、ネズミ算式に加入者を増やしていくことにより、出資金以上の金銭が得られるシステムのことで、上位者は巨万の富を得ることができる。すべての加入者がそんな利益を受けるには、加入者が無限に増加していかなくてはならない。しかし、こんなことはありえるはずがなく、必ず破綻し、終局的に多数の被害者が生じることになる。いわば詐欺に近いシステムである。これに対して「マルチ商法」は、商品の販売、流通を担当するのを建前にして、多くはネズミ講同様に金銭収受のみに主眼がおかれたもので、アメリカを中心に発達し、それが1970年代初期から日本にも上陸してきたということは新聞報道などで知っていた。

「J・チェーンは、当社の絵本シリーズをはじめ、浄水器やマッサージ器など健康関連商品、電話関連商品を中心に取扱商品を30点近く持ってる上、販売もしっかりやっているはず。現に、当社の絵本セットは毎月2万~4万セットを納品していて、全10集のうち第7集まで済んだ。おまけに、第1集は5000セットの再版分を4回も受注している。売れていなかったら、リピートオーダーをもらえるはずはないもの。販売は建前だけで金銭授受のみを主目的とするといういわゆる[マルチ商法]とは、仕組みが違うはずだけど・・・」と、私。

「もちろん、加盟店の多くはしっかり販売していると思うよ。J社は加盟金に応じて、上位から発売元、地域センター、特約店といったピラミッド組織を作っている。この手法が連鎖的に巨大な組織をつくっていることは間違いない事実だ。お金で上位組織を買った者の中には、お金の入る仕組みだけを利用しているのがいる。逆に、なけなしの金をはたいて加盟店になって商品を入手したが、まったく商品が売れずに在庫ばかりかかえて、J・チェーンとはいわないが、それこそ一家離散、自殺に追い込まれた人も出てきた。そこが問題視されているところなんだ」

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