児童英語・図書出版社 創業者のこだわりブログ

30歳で独立、31歳で出版社(いずみ書房)を創業。 取次店⇒書店という既成の流通に頼ることなく独自の販売手法を確立。 ユニークな編集ノウハウと教育理念を、そして今を綴る。

2016年版 こんな日


● 今日(11月30日)の主なできごと

1888年 メキシコと初の対等条約……この日、日本とメキシコが「日墨修好通商条約」を締結。これは、日本がアメリカ、イギリス、ロシアなどと結んだ不平等条約と異なり、治外法権がなく、関税自主権のある、アジア以外の外国と結んだ初の平等条約となった。

1892年 北里柴三郎が伝染病研究所を設立……細菌学者の北里柴三郎は、日本初の「大日本私立衛生会伝染病研究所」を設立した。福沢諭吉らの支援によるもので、ここで北里はペスト菌や赤痢菌を発見したり、野口英世や志賀潔らの人材を輩出するなど多大な功績をあげた。その後、東京帝国大学所属となり、今の東京大学医科学研究所に引きつがれている。


● 今日の主な記念日・恒例日

カメラの日……1977年のこの日、小西六写真工業(今のコニカミノルタ)が世界初の自動焦点(オートフォーカス)カメラ「コニカC35AF」を発売したことにちなむ記念日。

シルバーラブの日……1948年のこの日、歌人の川田順が弟子の大学教授夫人とともに家出したことに由来した記念日。死を覚悟しての行動だったが、養子に連れ戻され、その後2人は結婚。川田の詠んだ「墓場に近き 老いらくの恋は 恐るる 何もなし」という短歌から「老いらくの恋」が流行語になった。

鏡の日/本みりんの日……「いい(11)ミラー(30)」「い(1)い(1)み(3)りん(0=輪)」の語呂合せから、それぞれ制定。


● 今日生まれた人

1667年 スウィフト……アイルランド出身イギリスの風刺作家・政治評論家。代表作 『ガリバー旅行記』 など。
 
1764年 高橋至時……江戸時代中・後期の天文学者。伊能忠敬の師。

1835年 マーク・トウェーン……アメリカの児童文学作家。代表作『トムソーヤの冒険』『ハックルベリーフィンの冒険』『王子と乞食』など。

1874年 チャーチル……イギリスの軍人・政治家。首相として第2次世界大戦を指導。当時の活動を記した『第二次世界大戦回顧録』でノーベル文学賞。

1874年 モンゴメリ……カナダの小説家。代表作『赤毛のアン』シリーズ。

1875年 長谷川如是閑……明治・大正・昭和期のジャーナリスト・評論家。

1925年 林家三平 (初代)……昭和期の落語家・テレビタレント。「爆笑王」

1928年 土井たか子……昭和・平成期の政治家。社民党党首・衆議院議長歴任。


● 今日亡くなった人

1900年 オスカー・ワイルド……イギリスの小説家・劇作家・詩人。代表作『ドリアン・グレイの肖像』『サロメ』『幸福な王子』など。

1955年 大山郁夫……大正・昭和期の社会運動家・政治学者。

2015年 水木しげる……昭和・平成期の漫画家。代表作『ゲゲゲの鬼太郎』『河童の三平』など。妖怪漫画の第一人者。


● 過去のマイブログ「11月30日」のテーマ

2015年ブログ  「民主主義思想の普及」 と大山郁夫
大正デモクラシーの最先頭に立って言論活動を行い、戦後は国際的平和運動に身をささげた政治学者・社会運動家の大山郁夫(おおやま いくお)が、1955年に亡くなった日です。1880年、今の兵庫県相生市の福本家に生まれた郁夫は、17歳の時に養子縁組により大山姓となりました。東京専門学校に入学すると、在学中に早稲田大学政治経済学部に改組され、1905年に同学部を首席で卒業しました。1906年に同大学の講師となり、1910年よりアメリカとドイツに留学して1914年に帰国すると……。

2012年ブログ 「おもしろ古典落語」96回目 『浮世床(うきよどこ)』
江戸時代、ちょんまげというのを頭の真ん中にのっけていたころは、町内の暇な若い衆が、髪結い床に集まっては遊んでいました。床屋で遊ぶというのはおかしなものですが、ここには6畳ほどの小部屋がありまして、将棋盤に碁盤、貸本のようなものがそなえつけてあります。ワイワイばか話の最中に、「だれだい、むこうの隅でもそもそしてんのは? やぁ、留じゃねぇか、なにしてるんだ」「講談本を読んでるんだ」「どんな講談だ?」「…えぇ、たいこやきってんだ……。

2011年ブログ 『赤毛のアン』 のモンゴメリー
『赤毛のアン』シリーズを著したカナダの女流作家モンゴメリーが、1874年に生まれた日です。カナダ東部にあるプリンス・エドワード島で生まれたルーシー・モード・モンゴメリーは、1歳半で母を亡くし、父はカナダ西部へ移住したため、モンゴメリーは同島のキャベンディッシュで郵便局を営む母方の祖父母に引き取られ、厳しく育てられました。 幼いころから読書や書くことが好きで、15歳のときに地方紙に詩を載せたりしました。本土の東海岸にある都市ハリファックスの大学を卒業後……。
 
2010年ブログ 「イギリスのブルドック」 チャーチル
第2次世界大戦のとき、イギリス首相として連合国を勝利に導くのに大きな力を発揮したチャーチルが、1874年に生まれた日です。チャーチルは1953年、『大戦回顧録』の著書によってノーベル文学賞を受賞しています。オックスフォードシャー州の貴族の家に生まれたウィンストン・チャーチルは、子どものころからわんぱくで、勉強ぎらいでした。13歳で名門ハロウ校に入学しますが、文章を書くことが好きだった以外は戦争ごっこばかりしています。そのため成績は悪く……。

2009年ブログ アメリカの代表作家・マーク・トウェーン
ミシシッピ川を背景に生き生きとした少年文学『トムソーヤの冒険』『ハックルベリーフィンの冒険』をはじめ、『王子と乞食』などユーモアのなかにするどい社会風刺をもりこんだ数々の作品を著し、アメリカの国民文学の成立に大きな足跡を残した作家マーク・トウェーンが、1835年に生まれた日です。マーク・トウェーンというのはペンネームで、本名はサミュエル・ラングホーン・クレメンズ。長い名前なので、「サム」と呼ばれていました。サムは、ミズーリ州のフロリダに誕生……。

2007年ブログ マラッカひとり旅
ガイドブックに出ていた日本料理店「炉ばた大作」で夕食をとり、日本語の堪能な中国系の板前さんに、マラッカへ行くにはどうするのが一番よいかとたずねたところ、「バスを利用するのが一番便利、片道10リンギほどですよ」と、プドゥ・ラヤというバスターミナルのある場所を、私の手持ちの地図に○印してくれました。翌朝さっそくバスターミナルをめざしました。とても広いバス・ステーションで20~30台も止まっています。係員に「マラッカへ行きたい」と告げると、目的地別になっている改札口の番号を教えてくれ、窓口で切符を購入すると、9.2リンギ(320円)です。約170キロ、2時間もかかるところまで行くのに何と安い料金なのでしょうか……。

2006年ブログ 「幸田露伴」 のこども時代
五重塔の建立に命をかける、二人の大工の情熱と争いと友情を描いた代表作『五重塔』で知られる露伴は、生れつき体が弱く、幼年期には医者からなんども見はなされたほどでした。5歳で手習いを始めたころ目を悪くして、ほとんど盲目同様になってしまったこともありました。しかし、早くから学問を好み、6歳をすぎたころから塾へ通って漢書の素読を始めました。9歳で東京師範の付属小学校へあがったときは、数学がたいへん得意でした。でも、とくに数学だけを勉強したというのではなく……。
 
2005年ブログ 「レディバード図書館」刊行のキッカケ
私が、「いずみ書房」という出版社をはじめる端緒となったのは、英国レディバード社の刊行するコンパクト版の絵本シリーズ「レディバードブックス」との出会いからだった。このことは、5月30日にブログを開始した当初数回にわたり詳述してきたので省略するが、会社をはじめてからも、レディバード社の刊行するシリーズはいつも気になる存在で、ユニークな新刊を入手するたびに、いつかこのシリーズの翻訳権を獲得して、日本語版を刊行したいと考えていた……。


● 今日(11月29日)の主なできごと

1875年 同志社創立……新島襄らが京都に、キリスト教精神に基づく「良心」を建学精神に掲げ、漢学以外はすべて英語で教育するという「同志社英学校」(現・同志社大学)を創設した。

1987年 大韓航空機爆破事件……イランのバクダッドから韓国のソウルに向かう航空機が、ミャンマー沖で爆破され、乗員・乗客115人が死亡・行方不明になった。北朝鮮の工作員金賢姫(キムヒョンヒ)らが実行犯と判明したが、北朝鮮は関与を否定しているため、真相は不明のまま。


● 今日の主な記念日・恒例日

議会開設記念日……1890年のこの日、初の帝国議会が開かれた。前年の「大日本帝国憲法」発布を受けたもので、衆議院と貴族院の二院制だった。

いい肉の日/いい服の日……「いい(11)にく(29)」「いい(11)ふく(29)」の語呂あわせから、それぞれの記念日として制定。


● 今日生まれた人

1546年 黒田官兵衞(如水)……安土桃山期から江戸前期の武将。豊臣秀吉の軍師として活躍後に出家、家督を嫡子で福岡藩初代藩主となる長政に譲る。

1803年 ドップラー……オーストリアの物理学者。「ドップラー効果」発見。

1832年 オルコット……アメリカの小説家。代表作『若草物語』4部作。

1849年 フレミング……イギリスの物理学者・電気技術者。「フレミング(左手・右手)の法則」考案。

1898年 ルイス……アイルランド系イギリスの小説家。代表作『ナルニア国ものがたり』『別世界物語』シリーズなど。

1927年 古田足日……昭和・平成期の児童文学作家・評論家。代表作『モグラ原っぱのなかまたち』『宿題ひきうけ株式会社』など。

1928年 尾崎秀樹……昭和・平成期の文芸評論家。代表著作『大衆文学論』『大衆文学の歴史』など。

1931年 勝新太郎……昭和・平成期の俳優。代表作『悪名』『座頭市』『兵隊やくざ』各シリーズなど。

1965年 尾崎豊……昭和・平成期の歌手。1992年に急死。代表曲『15の夜』『卒業』『汚れた絆』など。没後も人気を維持。


● 今日亡くなった人

1529年 王陽明……明(中国)の儒学者。「陽明学」の祖。

1780年 マリア・テレジア……オーストリア大公・神聖ローマ皇后。マリー・アントアネットの母。

1924年 プッチーニ……イタリアの作曲家。代表作『蝶々夫人』『トスカ』など。

2002年 家永三郎……昭和・平成期の歴史学者。執筆した高校日本史教科書への検定に対し、政府を相手に32年間にわたる裁判は有名。


● 過去のマイブログ「11月29日」のテーマ

2013年ブログ  磁石ってなーに ?
「おもしろ科学質問箱 34」 磁石とは、鉄を引きつる性質を持つ物質のことで、両はしにN極とS極を持ち、N極とN極あるいはS極とS極のように同じ極同士を近づけると反発し、N極とS極を近づけると引合う性質を持っています。S極だけ、あるいはN極だけの磁石はなく、磁石を2つに切っても、4つに切っても、同じ数の磁石になります。古代ギリシアでは、鉄を引き寄せる石として磁石はすでに知られていました。古い伝説によりますと、マグネスという羊飼いが、持っていた鉄のつえと……。

2012年ブログ  [おもしろ民話集 63] 三枚のお札
昔むかし、ある山寺の小坊主が、栗ひろいに行きたくなりました。「和尚(おしょう)さん、うら山へ栗ひろいに行ってもいいですか?」小坊主が聞くと、「だめだよ、あの山には山んばがいるぞ。食われてもいいのか」と反対しました。でも、あんまり小坊主が行きたがるので、和尚さんは三枚のお札(ふだ)を渡して、「それならこれを持って行きなさい。こまったことがあったら、このお札に願をかけて使うんだよ」と、小坊主を送り出しました。小坊主は山に入ると、あるわあるわ……。

2011年ブログ 『蝶々夫人』 のプッチーニ
人気オペラ『トスカ』『蝶々夫人』『ラ・ボエーム』などを作曲したイタリアの歌劇作曲家プッチーニが、1924年に亡くなった日です。1858年、ピサ近郊のルッカに代々音楽家の家系に生まれたジャコモ・プッチーニは、町の音楽学校を卒業後に教会のオルガニストになります。しかし、19歳のときにべルディのオペラ『アイーダ』を見たことで心打たれ、オペラ作曲家を志すようになりました。1880年から3年間、ミラノ音楽院でポンキェルリに師事し、卒業後に作曲家として……。
 
2010年ブログ 『若草物語』 のオルコット
自伝的な少女小説『若草物語』など、たくさんの楽しい物語を著したアメリカの女流作家オルコットが、1832年に生まれた日です。ペンシルベニア州に生まれたルイーザ・メイ・オルコットは、4人姉妹の次女として生まれました。父は、「アメリカのペスタロッチ」といわれる個性を尊重する理想主義教育の主唱者でした。4人の娘たちは家族の深い愛情にかこまれ、精神的にゆたかな子ども時代をすごしましました。ところが1844年に一家はボストンへ移住し、父は実験学校を設立しましたが……。

2007年ブログ 活気あふれる文化都市・クアラルンプール
マレーシアへ行ったことがない人にとっては、タイやフィリピンと同じような国と思うようで、「マレーシア」へ行ってきたというと、「お腹は大丈夫?」といわれます。たしかに、7、8年前、タイのバンコック、フィリピンのマニラから帰国後、1か月近くも食中毒にやられ、ひどい下痢に苦しめられたことを、いろいろな人に話したせいなのかも知れません。今回は2度目のマレーシアでしたが、衛生面ではまったく問題がないばかりでなく……。

2006年ブログ 「イプセン」 のこども時代
主人公のノラが、最後に、妻や母であるまえに1人の人間として生きることを求めて家を出て行く『人形の家』。この3幕の社会劇で世界的に名を高めたイプセンは、ノルウェーの小さな港に生まれました。父は、裕福な貿易商人でした。ところが、イプセンが8歳のとき、父は投機の失敗で家は破産、一家は、町の中心にあった大きな家を去って、郊外の小さな家に住むことになりました。すると、町の人たちの目はいっぺんに冷たくなり、父は、そんな町の人びとに腹をたてて、家にとじこもるように……。
 
2005年ブログ 名曲と大音楽家の伝記
拠点長会の席上で語った内容の第7回目・最終回。「せかい伝記図書館」とは、セミクラシックの名曲と結びつけるのがよいと思います。たとえば第1巻目をとりあげただけでも説得力のあるテーマをみつけることができます。この巻には、世界の3大音楽家といわれるベートーベン、モーツァルト、シューベルトの名曲がそれぞれ1曲ずつ取りあげてあります。ベートーベン作曲の有名な 「エリーゼのために」 が、ほとんど耳がきこえなくなった40歳のころに書かれた作品であるということや、モーツァルトがあまりの貧しさのために、遺骸は共同墓地に捨てられるように葬られ……。


● 今日(11月28日)の主なできごと

1883年 鹿鳴館開館……日本初の洋式社交場が、東京・内幸町に開業。外国人を歓迎する舞踏会がさかんに行われ、欧化主義風潮の拠点となったことで、1887年ころまでの狂熱的な一時期を「鹿鳴館時代」とよんでいる。


● 今日の主な記念日・恒例日

税関記念日……1872年のこの日、当時「運上所」と呼ばれていた輸出入貨物の取り締まりを行う機関を「税関」に統一することが決定されたことにちなみ、大蔵省(今の財務省)が1952年に制定。

太平洋記念日……1520年のこの日、ポルトガルの航海者マゼランが、後に「マゼラン海峡」と命名される南米大陸南端の海峡を通過して大海に出た。この海が「穏やかな大洋」だったことから「Pacific Ocean 太平洋」と名づけたことにちなんで制定された記念日。マゼラン自身は、フィリピンで原住民に殺されたが、彼の船団の一隻が初めて世界を一周して帰国、地球が丸いことを証明した。


● 今日生まれた人

1628年 バニヤン……イギリスの説教者・宗教文学者。代表作『天路歴程』。

1820年 エンゲルス……ドイツの社会思想家・経済学者・哲学者。マルクスと協力し、科学的社会主義の世界観を構築。

1835年 井上馨……明治・大正期の政治家・実業家。外務卿・参議・農商務大臣・内務大臣など要職を歴任。鹿鳴館建設。

1847年 桂太郎……明治期の政治家。第11・13・15代首相。陸軍大将・陸軍相歴任。

1878年 寺田寅彦……明治・大正・昭和期の物理学者・随筆家。

1881年 ツヴァイク……オーストリアの小説家・評論家。『マリー・アントワネット』『メアリー・スチュアート』など多数の伝記文学作品。

1897年 宇野千代……大正・昭和・平成期の小説家。代表作 『おはん』『生きて行く私』『色ざんげ』など。

1929年 向田邦子……昭和期の小説家・テレビドラマ脚本家。代表作『花の名前』『七人の孫』『寺内貫太郎一家』『父の詫び状』など。


● 今日亡くなった人

1262年 親鸞……鎌倉時代前期の僧侶。「浄土真宗」開祖。

1859年 アービング……アメリカの小説家。代表作『スケッチ・ブック』『アルハンブラ物語』など。

1954年 フェルミ……イタリア出身アメリカの理論物理学者・実験物理学者(核物理)。

1985年 白洲次郎……昭和期の実業家。吉田茂の側近としてGHQと渡り合う。


● 過去のマイブログ「11月28日」のテーマ

2015年ブログ 『スケッチ・ブック』 のアービング
アメリカの作家で、イギリスで名声をえたアービングが、1859年に亡くなった日です。1783年、ニューヨークのマンハッタンに裕福な商人の11人兄弟末っ子として生まれたワシントン・アービングは、身体が弱かったため、幼いころから読書に親しみました。1804年、保養を兼ねてイギリスに渡ってイギリス文学に親しみ、1806年に帰国して弁護士資格を独学でとると……。

2013年ブログ 初の原子炉を建造したフェルミ
統計力学、核物理学、量子力学の分野で、世界最高レベルの業績を残したイタリア出身の物理学者フェルミが、1954年に亡くなった日です。1901年、ローマに生まれたエンリコ・フェルミは、地元の公立学校で伝統的な教育を受けましたが、数学や物理学に強い興味を示し、アインシュタインの相対性理論を独学で理解するほどでした。ピサ大学付属の師範学校をへて、1922年ピサ大学で物理学の学位を取得するとローマにもどり、ドイツのゲッティンゲン大学に短期留学してマックス・ボルンら……。

2012年ブログ 『天路歴程』 のバニヤン
プロテスタント世界で最も多く読まれた宗教書『天路歴程』を著わしたことで知られるイギリスの説教師・文学者バニヤンが、1628年に生れた日です。イングランド・ベドフォード州の片田舎に、貧しい鋳かけ職人の子として生まれたジョン・バニヤンは、学校教育はほとんど受けず、父の職業を手伝いながら、徒弟修業をしました。1644年に「清教徒革命」(1642-49年。国王と議会が対立し、王朝を倒した市民革命)に、議会軍に参加して国王軍と戦ったのち、信仰心のあつい娘と結婚しました……。
 
2011年ブログ 軍閥政治家・桂太郎
日本陸軍の原型をこしらえ、3期にわたり総理大臣を務めて日本帝国主義を推し進めた桂太郎(かつら たろう)が、1848年に生まれた日です。長州(山口県)藩士の子として生まれた桂は、1863年に「下関事件」という下関での外国艦船打ちはらいに軍人としてはじめて出陣、その後の幕府による第2次長州征伐に活躍、新政府軍と旧幕府軍との「戊辰戦争」では、新政府軍の兵を率いて東北地方を転戦しました。1870年から3年間、軍事学研究のためにドイツ留学後に帰国すると、陸軍軍人として……。

2008年ブログ 物理学者で随筆家の寺田寅彦
すぐれた物理学者であるばかりでなく、随筆家としても名高い寺田寅彦(てらだ とらひこ)が、1894年に生まれた日です。寺田寅彦は、西南戦争が起こった次の年1878年に、陸軍につとめる会計官の子として東京で生まれました。でも父が何度も転勤したので、少年時代は、ほとんど、父の郷里の高知で育ちました。小学生のころは、虫とりと、顕微鏡をのぞくことと、読書がすきでした。学校の授業は、からだが弱かったので体育がにがてでした。それに、算数もきらいでした……。

2007年ブログ 子どもの人格の尊重をいつも心がける
ある駅の近くでのことです。もうすぐ電車が入るのか、歩いていた人たちが、いっせいに走りはじめ、5歳くらいの女の子の手をひいていた若い母親も、かけだしました。すると、ひきずられるようにしていた女の子の、片方のくつがぬげてしまいました。これを、うしろから見ていて、きっと、あの母親の口からとびだすにちがいないと思ったのは 「なにしてるの」 という言葉でした。ところが、この予想は全くはずれました。「ごめんね。ママが、お家をでるのが、おそかったのね。ママが悪かったのに、走らせたりして、ごめんね……。

2006年ブログ 「三島由紀夫」 のこども時代
「潮騒」 「金閣寺」 などの名作で知られる三島由紀夫は、子どものころ、たいへん、ひ弱でした。生まれつきではなく、あまりにも祖母にかわいがられすぎたのです。しょっちゅう自家中毒の症状を起こしては、みんなを心配させました。6歳で学習院へ入学しました。少し神経質な少年でしたが成績はすぐれ、放課後、命じられて教壇に立ち、先生の代わりに同級の成績の悪い子どもたちに教えたこともありました。体は弱くても、精神は人一倍強いものをもっていたのです……。
 
2005年ブログ 曲に秘められた「歌の心」
拠点長会の席上で語った内容の第6回目。私は、「みんなのおんがくかい」を企画したとき、まっ先に考えたのがひとつひとつの歌に解説をつける、ということでした。どの歌にも人々の心を打つものがある、だからこそ長い年月歌いつがれてきたはずです。これは、昔話が伝えられてきたのと非常に似ていると思われます。というより、「しょうじょうじのたぬきばやし」 は、まさに昔話の世界そのものといってよいでしょう。この歌を話題にしながら、「せかい童話図書館」 の「ぶんぶくちゃがま」や「かちかちやま」のような、たぬきを主人公にしたお話と結びつけてみては……。


● 今日(11月25日)の主なできごと

1890年 第一回帝国議会……明治憲法発布翌年のこの日、帝国議会が開かれた。議会は、貴族院と衆議院の2院からなり、貴族院議員は皇族・華族、多額納税者などから選ばれ、衆議院議員は、25歳以上の男子で国税15円以上を納める人に限定されていた。
 
1892年 オリンピック復活の提唱……フランスのクーベルタン男爵は、アテネで古代競技場が発掘されたことに刺激され、スポーツによる世界平和を築こうとオリンピック復活の提言を発表、オリンピック委員会が作られ、4年後に実現した。

1970年 三島由紀夫が割腹自殺……この日、三島由紀夫が、自ら主催する「楯の会」の仲間たち4人と共に東京・市ヶ谷の陸上自衛隊駐屯地に乱入。東部方面総監部で総監を人質にとって本館前に自衛官1000人を集合させ、自衛隊の決起を訴える演説を10分間行った。しかし、自衛隊員が応じなかったため、総監室で楯の会会員の森田必勝とともに割腹自殺した。


● 今日の主な記念日・恒例日

ハイビジョンの日……ハイビジョンの走査線の数が1125本であることから、郵政省(今の総務省)とNHKが1987年に制定。

女性に対する暴力廃絶のための国際デー……1961年のこの日、ドミニカ共和国の政治活動家であったミラバル3姉妹が、ドミニカの支配者ルヒジョの命令により惨殺されたことから、1999年12月の国連総会で制定。

その他の記念日……OLの日・金型の日などがある。


● 今日生まれた人

1814年 マイヤー……ドイツの医師・物理学者。「エネルギー保存の法則」発見。

1835年 カーネギー……アメリカの実業家・篤志家。「カーネギー鉄鋼会社」(今のUSスチール)創業。世界平和・教育・科学研究などに多額の寄付。

1844年 ベンツ……ドイツの機械技術者・自動車の創始者。

1870年 堺利彦……明治・大正・昭和期の社会主義運動家・評論家。

1872年 添田唖蝉坊……明治・大正・昭和期の演歌師。代表作『ノンキ節』『ラッパ節』など。「流行歌の祖」

1924年 吉本隆明……昭和・平成期の評論家・詩人。代表作『転位のための十篇』『共同幻想論』など。


● 今日亡くなった人

1970年 三島由紀夫……昭和期の小説家。代表作『仮面の告白』『金閣寺』『潮騒』など。

1974年 ウ・タント……ミャンマーの教育者・政治家。第3代国際連合事務総長。

2013年 堤清二(辻井喬)……昭和・平成期の実業家・小説家・詩人。「セゾングループ」代表歴任。


● 過去のマイブログ「11月25日」のテーマ

2015年ブログ 「冷戦危機」 を救ったウ・タント
第3代国際連合事務総長として、キューバ危機、コンゴやキプロス紛争、ベトナム停戦などの解決に取り組み、以後の国連の役割・あり方・運営に大きな道筋をつくりあげたビルマのウ・タントが、1974年に亡くなった日です。1909年、イギリス領ビルマ(現ミャンマー)のパンタナウに熱心な仏教徒の子として生まれたウ・タントは、地元の高校を経てラングーン大学(現ヤンゴン大学)で歴史学を専攻し、卒業後、パンタナウの高校で教鞭をとり、25歳の若さで校長に就任しています……。

2014年ブログ 「感性経営」 の堤清二
西武流通グループ・セゾングループ代表などを歴任した実業家の堤清二(つつみ せいじ)が、2013年に亡くなった日です。堤は、辻井喬(つじい たかし)のペンネームで、作家・詩人としても活躍しました。1927年、西武グループの創業者堤康次郎の子として生まれた堤清二は、東京府立十中、成城高校を経て、1951年に東京大学経済学部を卒業すると、衆議院議長だった父康次郎の秘書を務め、1954年に西武百貨店に入社、翌年から取締役店長として百貨店経営にたずさわりました……。

2013年ブログ  [おもしろ民話集 105] 手なし娘
昔、あるところに、夫婦とかわいいひとり娘がくらしていました。ところがあるとき、母が病気で死んでしまい、父親は新しい母親(まま母)をもらいました。けれど、まま母は、かしこく美しい娘がにくらしくてなりません。なんとかして追い出そうと考えていました。そこで、父親に「あの子は、わたしと暮らすのがいやなので、神さまに祈って、わたしをのろい殺そうとしています」と、つげ口をしたのです。つげ口を信じた父親はひどくおこりました……。
 
2011年ブログ 「おもしろ古典落語」50回目 『火事息子(かじむすこ)』
江戸・神田三河町に、伊勢屋という大きな質屋がありました。ある夜、ジャンジャンジャンジャン…。火の見やぐらで、けたたましい半鐘の音がします。近所で出火したようで、火の粉が降りだしました。「番頭さん、かたづけものなんて小僧にでもまかせておきなさい、それより蔵の目ぬりはどうしたね? うちは風上だからって、左官が来てくれないそうじゃないか」「へぇ、旦那」「へぇじゃありませんよ。いいかい、うちは他人さまの大切な品物をおあずかりするのが商売だよ……。

2010年ブログ 「戦争反対」を叫び続けた堺利彦
「日露戦争」や「満州事変」など、戦争に強く反対した社会主義者の堺(さかい)利彦が、1871年に生まれた日です。福岡県の士族の家に生まれた堺は、「自由民権運動」(国会開設を求め、民主主義をめざした運動) の感化を受けながら育ちました。地元の中学を首席で卒業して第一高等中学校に入学しますが、飲酒や遊びにふけって中退。その後は、一家の柱となって、大阪で小学校教師や新聞記者を勤めました。1899年から東京の新聞社「萬朝報(よろずちょうほう)」に入社し……。

2009年ブログ 明治の先覚者・福沢諭吉
慶応義塾を設立するなど、明治期の民間教育を広めることに力をそそぎ、啓蒙思想家の第一人者と評される福沢諭吉が、1876年に代表的な著書『学問のすすめ』最終巻を刊行した日です。「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず…」という有名な言葉などで、人間の独立と平等の精神を説いたのが『学問のすすめ』で、当時のベストセラーになりました。諭吉は、明治時代の初期に、この著書以外にも『西洋事情』などを著し、広く世界から知識を求めて、しっかり学び取らなくてはならない……。

2008年ブログ 衝撃の作家・三島由紀夫
ちみつな構成と華麗な文体で人気のあった作家でありながら、アメリカに従属する日本を憂えて自衛隊の決起をうながすも受け入れられず、割腹自殺をとげた三島由紀夫が、1970年に亡くなった日です。1970年(昭和45年)11月25日、東京市ヶ谷にある陸上自衛隊ではたいへんな騒ぎが起こりました。三島由紀夫が、自分のひきいる「楯の会」の4人の会員とともに、総監室になだれこみ、バルコニーから、ビラをまき、演説をはじめたのです。「今の憲法は、自衛隊をはっきり認めていない……。
 
2005年ブログ 「証誠寺のたぬきばやし」伝説
拠点長会の席上で語った内容の第5回目。音楽の先生はそのあと「しょうじょうじのたぬきばやし」 の話をしてくれました。雨情は歌の取材のために、千葉県木更津市の郊外にある証誠寺をおとずれたとき、住職から寺につたわる伝説を聞いたそうです。むかし、三味線の大変じょうずなおしょうさんがいて、ある秋の夜、おしょうさんがいつものように三味線をひいていると、お寺の庭になんびきものたぬきが集まってきた。やがて、三味線に合わせながら、たぬきたちは力いっぱいお腹をたたいて……。


● 今日(11月24日)の主なできごと

1944年 東京初空襲……アメリカ軍の爆撃飛行機B29が、サイパン島の基地から東京へ初めて爆撃を敢行した。航空機を製造する中島飛行機武蔵野工場が主な攻撃目標だったが、やがて東京などの都市を中心に無差別爆撃へ戦術を変え、翌年3月10日には東京の下町を火の海にする大空襲を行った。


● 今日の主な記念日・恒例日

オペラ記念日……1894年のこの日、東京音楽学校(今の東京芸術大学)奏楽堂で、明治以降日本で初めてのオペラ『ファウスト』(グノー作曲) 第1幕第1幕が上演されたことにちなみ、オペラ愛好家が制定。

鰹節の日……「い(1)い(1)ふ(2)し(4)」の語呂合せから、食品メーカーが制定。

進化の日……1859年のこの日、ダーウィンの『種の起源』の初版がイギリスで刊行されたことにちなんで制定された記念日。


● 今日生まれた人

1632年 スピノザ……オランダの哲学者・神学者。代表著作『エチカ』『神学・政治論』。デカルト、ライプニッツと並ぶ合理主義哲学者。

1826年 コッローディ……イタリアの児童文学作家。代表作『ピノッキオの冒険』。

1849年 バーネット……イギリス出身アメリカの小説家。代表作『小公子』『小公女』『秘密の花園』など。

1864年 ロートレック……フランスの画家。代表作『ムーラン・ルージュにて』『写真家セスコー』など。

1873年 川合玉堂……明治・大正・昭和期の日本画家。代表作『二日月』『行く春』『彩雨』など。

1898年 劉少奇……中国の政治家。第2代国家主席となるものの「文化大革命」で失脚。


● 今日亡くなった人

1929年 クレマンソー……フランスの政治家・ジャーナリスト。2度首相を務め、第一次世界大戦のパリ講和会議で厳しい対独強硬論を貫く。
 
1933年 村山龍平……明治・大正・昭和期の新聞人・政治家。「朝日新聞」創業。

1940年 西園寺公望……明治・大正・昭和期の政治家。第12・14代首相。「最後の元老」として実質的な首相選定者。

1978年 大松博文……昭和期のバレーボール監督・政治家。全日本女子チームを「東洋の魔女」に育て、1964年東京オリンピックで金メダルに導く。


● 過去のマイブログ「11月24日」のテーマ

2015年ブログ  「朝日新聞」 と村山龍平
「朝日新聞」を日本を代表する世界的な大新聞に発展させた村山龍平(むらやま りょうへい)が、1933年に亡くなった日です。1850年、伊勢国田丸(現・三重県玉城町)に紀州藩士の子に生まれた村山龍平は、幕末激動期の1867年から田丸城に務めましたが、1871年に一家とともに大阪に移住すると、父と西洋雑貨商を営みました。1878年に大阪商法会議所の議員に選ばれ、1879年に同業者の木村平八・騰(のぼる)父子が「大阪朝日新聞」を創刊すると、これを支援しました……。

2011年ブログ 「ベルサイユ条約」 とクレマンソー
フランスの政治家でジャーナリストのクレマンソーが、1929年に亡くなった日です。1841年、フランス西北部バンデ県で代々医者を家業とする家に生まれたジョルジュ・クレマンソーは、南北戦争中のアメリカに留学した後、パリで医学を学んで家業を引継ぎましたが、まもなくジャーナリストに転身。1865年から4年間アメリカの通信員として働きながら、政治に関心を持ちだしました。帰国後、29歳でパリのモンマルトル区長となり、1871年に下院議員に当選して……。

2010年ブログ 『小公子』 のバーネット
イギリス生まれでアメリカ合衆国で活躍した女流小説家・劇作家のバーネット夫人が、1849年に生まれた日です。後にバーネット夫人となるフランシス・イライザ・ホジソンは、イギリスのマンチェスターに生まれました。幼ないころから妖精物語を好む想像力の豊かな子でしたが、父が事業に失敗した後に亡くなり、1865年に一家と共にアメリカのテネシー州ノックスビルへと移住しました。アメリカ南北戦争による不景気で家業がつづかなくなり、家計を助けるために小説を書きはじめました……。
 
2009年ブログ 進化論のダーウィン
イギリスの博物学者で、生物はみな時間とともに下等なものから高等なものに進化するという「進化論」に「自然淘汰説」という新しい学説をとなえたダーウィンが、1859年のこの日に刊行された『種の起源』の中で、たくさんの例をあげて解き明かしました。聖書には、「この世のあらゆるものは神が造ったもの」とあります。そのため、キリスト教を信じる人たちの間で大騒ぎになりました。ダーウィンは『種の起源』の中では、自然淘汰による進化論をとなえましたが……。

2006年ブログ 「正岡子規」 のこども時代
結核で35歳の短い生涯を終えた子規は、子どものころから、ひよわでした。仲間とけんかをすれば、きまって負け、いつもしくしく泣きながら家へ帰っていきました。木のぼり遊びのときは、どうしても自分だけのぼれず、みんなに笑われました。くやしくて必死にのぼろうとしても、腕の力が弱く、両手で木にしがみついても、ずるずるとずり落ちるばかりだったのです。しかし、学ぶことはだれよりも好きでした。それに、驚くほどもの覚えがよく……。
 
2005年ブログ 童謡「しゃぼんだま」の真実
拠点長会の席上で語った内容の第4回目。「みんなのおんがくかい」 が、他の「いずみ文庫」(ポケット絵本シリーズ)とは異質のシリーズではないということを申し上げたいと思います。むしろ、「みんなのおんがくかい」 を基本に「童話」「科学」「ワールド」「伝記」すべてに結びつけ、組み合わせることのできる教材だということです。その理由は、あとでお話します。「みんなのおんがくかい」 の最大の特長は、歌の心をわが子に語って聞かせるためのアドバイスや解説がついている……。

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