児童英語・図書出版社 創業者のこだわりブログ

30歳で独立、31歳で出版社(いずみ書房)を創業。 取次店⇒書店という既成の流通に頼ることなく独自の販売手法を確立。 ユニークな編集ノウハウと教育理念を、そして今を綴る。

2020年09月

● 今日(9月5日)の主なできごと

1905年 日露講和条約(ポーツマス条約)調印……アメリカ・ポーツマスで「日露講和条約」が調印され、日露戦争が終結した。樺太の南半分の支配は認められたものの、賠償請求は全面的に撤回された。これに反発した各地の市民会議は条約破棄や戦争継続が決議され、とくに東京日比谷公園で開かれた全国会議では暴徒化した市民が新聞社、大臣官邸、交番を襲ったり民家や教会、電車などを焼打ちにした(日比谷焼打ち事件)。東京市は戒厳令を布告。

1972年 ミュンヘン五輪でゲリラ……旧西ドイツで行われたミュンヘンオリンピック開催中のこの日、パレスチナ武装組織「黒い九月」がイスラエル選手団宿舎を襲撃し、選手11名を人質に立て蘢った。翌日、救出に失敗し人質全員と犯人5名、警官1名が死亡。


● 今日の主な記念日・恒例日

クリーンコールデー(石炭の日)……「ク(9)リーンコ(5)ール」の語呂合せから、通商産業省(今の経済産業省)の呼びかけにより、日本鉄鋼連盟・電気事業連合会・日本石炭協会等8団体が1992年に制定。


● 今日生まれた人

1638年 ルイ14世……フランスブルボン王朝の第3代国王。「太陽王」

1889年 南原繁……大正・昭和期の政治学者・評論家。東大総長歴任。

1903年 棟方志功……昭和期の版画家。仏教を題材に生命力あふれる独自の板画。


● 今日亡くなった人

1566年 スレイマン……オスマン帝国第10代スルタン。地中海の制海権をにぎり「世界の帝王」と呼ばれた。

1836年 最上徳内……江戸時代中・後期の探検家。

1857年 コント……フランスの哲学者・数学者・社会学者。「実証主義」の始祖。
 
1933年 巖谷小波……明治・大正期の小説家・童話作家。

1977年 吉田竜夫……昭和期の漫画家。アニメ製作会社「竜の子プロ」創設。

1979年 勅使河原蒼風……昭和期の華道家。いけばな「草月流」創始。

1989年 入江徳郎……昭和期のジャーナリスト・キャスター・評論家。

1992年 森康二……昭和・平成期のアニメーター(作画)。代表作『アルプスの少女ハイジ』『山ねずみロッキーチャック』など。『アニメーター自伝 もぐらの歌』などの著書。

1996年 山村美紗……昭和・平成期の推理作家。代表作『消えた相続人』『ゆらぐ海溝』『「キャサリン」シリーズ』など。「ミステリーの女王」

1997年 マザー・テレサ……カトリック修道女・聖人。「神の愛の宣教者会」創立。

1998年 堀田善衛……昭和・平成期の作家。代表作『広場の孤独』『祖国喪失』『定家明月記私抄』など。

2003年 青木雄二……昭和・平成期の漫画家。代表作『ナニワ金融道』『桃源郷の人々』『大阪裏稼業列伝』など。

2015年 原節子……昭和期の映画女優。代表作『わが青春に悔なし』『青い山脈』『めし』『東京物語』など。日本映画黄金時代の人気ナンバーワン女優。


● 過去のマイブログ「9月5日」のテーマ

2014年 「全面講和」 を主張した南原繁
戦後に東大総長を務め、教育改革を指導したことで知られる政治学者の南原繁(なんばら しげる)が、1889年に生まれた日です。現在の香川県東かがわ市に製糖業を営む家に生まれた南原繁は、2歳のときに両親が離婚したため、幼年期から母親の手ひとつで厳しく育てられました。香川県立旧制大川中学を卒業後に上京、第一高校で校長の新渡戸稲造から大きな影響を受け、西洋文明との出会いにより、これまでの儒教によって育まれた人生観を変える……。

2013年  [おもしろ民話集 98] なら梨とり
むかし、太郎、次郎、三郎という親孝行の三人兄弟がありました。父親は早く亡くなったため母親だけになりましたが、その母親も病気でずっと寝たきりになってしまい、日一日とやせていくばかりです。兄弟たちは母親の枕元で「おっかぁ、なにか食べたいものはないか?」とたずねました。「そうだな、死ぬ前に、奥山のなら梨が食べたいものだ」といいました。奥山のなら梨というのは、昔からとてもおいしいだけでなく、元気がでることで知られていました。でも、いつのころからか魔物が住みついて……。
 
2012年  世界に知られた最上徳内
江戸時代中・後期に、農民の出でありながら武士となり、江戸幕府の探検家となって活躍した最上徳内(もがみ とくない)が、1836年に亡くなった日です。1754年、出羽国(現在の山形県村山市)の貧しい農家に生れた徳内は、幼いころから算術や測量が好きで、学問を志し、家を弟たちに任せて、たばこの行商をするなど各地をめぐりました。青森で蝦夷地(北海道)の話を聞くうち興味をおぼえ、地元の漁師にたのんで蝦夷地へ渡ったといわれています……。

2011年  社会学の祖・コント
フランスの社会学者、哲学者で、「社会学」を提唱したコントが、1857年に亡くなった日です。1798年、南フランスのモンペリエに生まれたオーギュスト・コントは、幼い頃からすばらしい能力を発揮し、ラテン語と数学は特に優れていたといわれています。理工科大学に進学したコントでしたが、大学騒動の首謀者とみなされて退学。19歳のとき、社会主義思想家サン・シモンの弟子になって、その思想から大きな影響を受けました……。

2008年  板画の世界的巨匠・棟方志功
仏教を題材に生命力あふれる独自の板画の作風を確立し、いくつもの世界的な賞を受賞した版画家棟方志功(むなかた しこう)が、1903年に生まれた日です。棟方志功は、1903年青森市に生まれました。青森には、東北三大祭りのひとつであるねぶたがあります。赤や青、黄など原色でえがいた勇壮な武者人形のなかに明かりを入れて、町じゅうをひっぱりまわす豪快な夏の祭りです。また、冬になると空にうなりをひびかせて大きなたこがあがります……。

2007年  ラファエロ 「アテネの学堂」
この絵はローマの 「バチカン美術館」 にあります。600年以上の歳月をかけ、質、量ともに世界最大の美術品に埋めつくされ、24の美術館とミケランジェロの天井画で名高いシスチナの礼拝堂からなる美術館の総称が 「バチカン美術館」 です。部屋の数1400、美術館というより 「バチカン宮殿」 といったほうがふさわしいかもしれません。「アテネの学堂」 は、この宮殿の3つの大きな部屋のひとつ 「署名の間」 という、法王が公式の署名や捺印する重要な部屋の壁面に、横幅だけで7m70cmの堂々たるフレスコ画で描かれています……。

2006年 「福沢諭吉」 のこども時代
諭吉が12、3歳のころのことです。ある日、近くのお稲荷さんに行った諭吉は、こっそり御神体の入った箱をあけました。その箱に入っていたのはただの木の札でした。諭吉は札を取り出して、かわりに道ばたから拾ってきた石を入れました。やがていく日かして、このお稲荷さんのお祭がはじまり、町の人たちはお稲荷さんにおみきを上げておがみました。これを見て、ひとりでおもしろがったのは諭吉です。「バカめ、おれの入れておいた石におみきを上げておがんでいる」──諭吉は、神様のばちがあたるかどうか、ためしてみたかったのです……。

● 今日(9月4日)の主なできごと

1943年 猛獣薬殺慰霊祭……太平洋戦争中、上野動物園の猛獣が空襲で檻から逃げ出すのを防ぐため、27頭の猛獣すべてを薬殺する命令が下され、この日慰霊祭が行われた。

1994年 関西国際空港開港……最初の計画から20年目のこの日、大阪・泉州沖の人工島に、関西国際空港が開港した。世界初となる本格的な海上空港で、わが国初の24時間運用空港となった。


● 今日の主な記念日・恒例日

くしの日……「く(9)し(4)」の語呂合せから、美容関係者の団体などが1978年に制定。

その他の記念日……串の日・クラシック音楽の日・オークションの日などがある。


● 今日生まれた人

1824年 ブルックナー……オーストリアの作曲家。交響曲(0~9番)や『テ・デウム』など宗教音楽の大家。

1913年 丹下健三……昭和・平成期の建築家・都市計画家。代表作『広島平和記念公園』『新東京都庁』など。

1914年 坪内寿夫……昭和・平成期の実業家。「来島どっく」「佐世保重工業」など「再建王」

1936年 梶原一騎……昭和期の漫画原作者。『巨人の星』『あしたのジョー』『タイガーマスク』など。


● 今日亡くなった人

1820年 浦上玉堂……江戸時代後期の文人画家。代表作『凍雲篩雪図』『山中結廬図』『酔雲醒月図』など。

1913年 田中正造……明治・大正期の政治家・社会運動家。「足尾銅山鉱毒事件」を明治天皇に直訴。

1946年 白瀬矗……明治期の陸軍軍人・探検家。日本人初の南極探検。

1965年 シュバイツァー……ドイツ出身の神学者・医師・音楽家。アフリカ赤道直下の国ガボンの原住民への医療などに生涯を捧げた。「密林の聖者」

1976年 宮沢俊義……昭和期の憲法学者。代表作『憲法 改訂(5版)』『憲法と政治制度』『天皇機関説事件(上下)』など、

1990年 大石真……昭和・平成期の児童文学作家。代表作『チョコレート戦争』『たたかいの人田中正造』など。

2001年 萩元晴彦……昭和・平成期のテレビプロデューサー。「テレビマンユニオン」設立。


● 過去のマイブログ「9月4日」のテーマ

2015年 「個性的山水画」 の浦上玉堂
江戸時代後期に活躍した文人画家で、池大雅と並び南画を代表する浦上玉堂(うらかみ ぎょくどう)が、1820年に亡くなった日です。1745年、岡山藩の支藩鴨方藩(今の岡山県浅口市にあった小藩)の藩邸に生まれた浦上玉堂(通称・兵右衛門)は、兄が早世し父が7歳のときに亡くなったため、幼くして家の跡目を継ぎました。10歳で藩校に入って熱心に学び……。

2014年 「世界的建築家」 丹下健三
戦後から高度経済成長期にかけて多くの国家プロジェクトを手がけ、「世界のタンゲ」といわれた建築家の丹下健三(たんげ けんぞう)が、1913年に生まれた日です。大阪府堺市に生まれた丹下健三は、銀行に勤める父の転勤で生後まもなく中国の漢口に移り、やがて上海の小学校で学ぶうち、数学や天体観測に夢中になりました。1926年に愛媛県今治市に……。

2013年  元素(げんそ)ってなーに?
身のまわりにあるすべてのもの、動物や植物などの生きもの、家などの建物、水や空気など、数千万種類という世の中のすべての物質は、ひとつ以上の元素が、小さな部品となって化合(化学的に組み合わされる)したり、まじりあったりしてできています。でも、これまでに知られている元素はわずか118種類で、自然界にあるのは90種類ほど……。

2012年  不屈の闘士・田中正造
日本初の公害事件といわれる「足尾銅山鉱毒事件」を告発した田中正造(たなか しょうぞう)が、1913年に亡くなった日です。1841年下野国(現・栃木県)の村役人の頭である名主の家に生れた田中は、若いころから正義感が強く、父のあとをついで名主となったものの、幕末には領内の悪政改革運動にのりだしたことから、明治維新直前の1868年に投獄され……。

2008年  [おもしろ民話集 49] 王妃になった羊飼いの娘
ある国の王様が、「石をうち殺して、血を流させることができれば、この国第一の若者とする」 というおふれを出しました。国じゅうから若者がやってきましたが、だれもできませんでした。ある村に、とても賢いと評判の羊飼いの娘がいました。娘はおふれの話を聞くと、若者の姿に変装して、王様に 「挑戦します」 と申し出たのです。このうわさは、たちまち……。

2007年  [おもしろ民話集 12] 「うわはめ」 と 「たのきゅー」
むかしあるところに、「たのきゅー」 という、へんな名前の男がいました。いつも、村から町へまわってあるく芝居の役者です。あるとき、遠くの町へ手紙がきました。母が病気だというのです。たのきゅーは、すぐ、家へかえることにしました。ところが、山のふもとで日がくれてしまいました。昼でも、こわいような山です。そのうえ、山のふもとの店のばあさんが……。

2006年 「ナポレオン」のこども時代
貴族の家で、13人きょうだいの2番目の子として生まれたナポレオンは、いたずらっこのうえに、たいへんがんこな少年でしたが、あるとき、家の畑のイチジクの木にのぼって、おいしそうな実を、ひとつのこらず食べてしまいました。そして、これが見つかって、きびしくしかられました。さて、それからしばらくして、おじさんが家へやってきたときのこと……。

● 今日(9月3日)の主なできごと

1189年 奥州藤原氏滅亡……平泉(岩手県)を中心に藤原清衡・基衡・秀衡と3代、およそ100年も栄えた藤原氏だったが、秀衡が源義経をかくまったことがきっかけとなって、4代目の泰衡が源頼朝軍に滅ぼされた。清衡の建造した中尊寺金色堂(国宝)には、藤原氏4代のミイラが残されている。


● 今日の主な記念日・恒例日

ホームラン記念日……1977年のこの日、後楽園球場で巨人の王貞治選手が通算756号ホームランを打ち、それまでアメリカ大リーグのハンク・アーロンが持っていた世界最高記録を更新した。政府は2日後の9月5日に初の国民栄誉賞を贈り、その栄誉を讃えた。王選手は引退までに868本のホームランを打った。

ベッドの日……「グッ(9)スリ(3)」の語呂合せから、日本ベッド工業会が制定。

その他の記念日……クエン酸の日・グミの日・クチコミの日・しんくみの日などがある。


● 今日生まれた人

1875年 ポルシェ……オーストリアの工学技術者・自動車設計者。ダイムラー社から独立し、フォルクスワーゲン1(ビートル)など、歴史に残る傑作車を多数設計。

1900年 三遊亭円生 (6代目)……昭和期の落語家。昭和の落語界を代表する名人の一人。

1913年 家永三郎……昭和・平成期の歴史学者。執筆した高校日本史教科書への検定に対し、政府を相手に32年間にわたった裁判は有名。

1938年 野依良治……昭和・平成期の有機化学者。「キラル触媒による不斉反応の研究」が評価され、2001年ノーベル化学賞を受賞。


● 今日亡くなった人

1658年 クロンウェル……イギリスの軍人・政治家。清教徒革命の指導者。イングランド共和国初代護国卿(王権に匹敵する職名) 。

1875年 本木昌造……江戸辞退後期から明治初期の蘭学者。「日本活版印刷」の祖。

1877年 ティエール……フランスの政治家・歴史家。第三共和政初代大統領。代表著作『執政政府と第一帝政の歴史』『フランス革命史』。

1953年 折口信夫(釈迢空)……大正・昭和期の国文学者・民俗学者・歌人。柳田国男の高弟として独自の民俗学(折口学)築く。

1969年 ホー・チ・ミン……北ベトナムの革命家・政治家。フランス植民地時代からベトナム戦争まで「ベトナム革命」指導。

1979年 三遊亭円生 (6代目)……大正・昭和期の落語家。昭和の落語界を代表する名人の一人。

2000年 青木義朗……昭和・平成期の俳優。『湯殿山麓呪い村』などの映画、『特別機動捜査隊』などのテレビドラマほか、41年間にわたる活躍。

2010年 永井するみ……昭和・平成期の作家。代表作『枯れ蔵』『大いなる聴衆』『隣人』など。


● 過去のマイブログ「9月3日」のテーマ

2015年 『フランス革命史』 のティエール
フランスの自由主義的政治家・歴史家で、激動するフランスを生き抜きながら2度の首相と、第三共和政の初代大統領を務めたティエールが、1877年に亡くなった日です。1797年、南フランスの港町マルセーユに、フランス革命によって滅びた貴族出身で公証人の子として生まれたアドルフ・ティエールは、地元の7年生中学を経て、エクス大学で法律を学び……。

2014年 「鎌倉武士精神」 と無学祖元
日本に帰化した臨済宗の僧で、建長寺や創建した円覚寺において、執権・北条時宗をはじめ鎌倉武士の精神鍛錬を指導した無学祖元(むがく そげん)が、1286年に亡くなった日です。1226年、南宋(中国)の浙江省・寧波に生まれた無学祖元は、無準師範という高僧について臨済禅の修行をし、その法を継ぎました。浙江省・温州の能仁寺に住んでいたとき……。

2013年 日本活版印刷を創始した本木昌造
近代技術の黎明期に、通詞・活版・造船・製鉄などの分野に幅広い活躍をし、わが国の鋳造活字印刷の創始者となった本木昌造(もとき しょうぞう)が、 1875年に亡くなった日です。1824年、長崎の名主北島家に生まれた昌造(幼名・作之助)は、1834年にオランダ通詞(つうじ=通訳)が家業である母方の本木家へ養子に出され、オランダ語を学び、オランダ舶来の書物に……。

2012年 「国文学の新風」 折口信夫
民俗・国文・国語学者として大正・昭和期に活躍した折口信夫(おりぐち しのぶ)が、1953年に亡くなった日です。折口は、創作するときは釈迢空(しゃく ちょうくう)の号を使い、歌人としても有名です。1887年、大阪(現・浪速区)に薬屋をかねる医家に生れた折口は、4歳で小倉百人一首を暗唱、8歳から短歌の創作をはじめ、天王寺中学時代には、万葉集など……。

2010年  ベトナムの 『ホーおじさん』
ベトナムの革命家で、フランス植民地時代からベトナム戦争まで、ベトナム革命を指導したホー・チ・ミンが、1969年に亡くなった日です。ベトナムは、19世紀の中ごろからフランスに侵略され、1885年からは、国の全土がフランスの植民地になっていました。「ベトナム民族のために、祖国を独立させなければだめだ」1890年に生まれ、幼いころから国を愛する心を……。

2008年  1日3回以上ほめる
道で会えば、いつもにっこり笑うようにして「こんにちは」とあいさつする女の子。ある日、その子の母親が、近所のおばあさんと雑談しているのが聞こえてきました。「お宅のお嬢さん、とってもよくしつけができていますね。いつも感心してるんですよ。秘訣があったら教えてくれません?」「秘訣なんて、わかりません。ただ、一つだけ守るようにしてることが……。

2007年  父と子のうんちの会話
郊外へ向かう電車の中でのことです。座席に5歳くらいの男の子と、まだ若い父親、母親が腰かけていましたが、その男の子が、ふと 「う、う、う、うんち」 と言って、ふふふと笑いだしました。窓外に見えた 「うどん」 と書いた看板の 「う」 の字だけが読めて 「うんち」 となってしまったようです。すると、母親が 「こんなところでうんちなどと言ってはだめ」 と……。

● 今日(9月2日)の主なできごと

BC31年 アクチュームの海戦……シーザーの暗殺後、ローマではオクタビアヌスとアントニウスと権力争いが始まっていた。この日アクチュームの海戦がおこり、両軍1000隻の軍船が槍、火矢、投石で交戦し、オクタビアヌスが勝利した。アントニウスはクレオパトラと共にエジプトにもどったが、翌年アントニウスは剣で、クレオパトラは毒蛇に胸を咬ませて自殺した。

1945年 日本の降伏……東京湾上に浮かんだアメリカの軍艦ミズリー号の艦上で、連合国側に対する日本の降伏文書の調印式が行なわれた。日本全権団は重光葵外相他11名、連合国軍は9か国それぞれの代表とマッカーサー最高司令官が署名し、ここに満州事変から15年にわたる日本の戦争に終止符が打たれた。


● 今日の主な記念日・恒例日

宝くじの日/くつの日……「く(9)じ(2)」の語呂合せから第一勧業銀行(今のみずほ銀行)宝くじ部が1967年に制定、「く(9)つ(2)」の語呂合せから銀座の婦人靴専門店が1992年に制定。


● 今日生まれた人

1641年 吉良義央……江戸時代前・中期の幕府高家(儀式や典礼を司る役)。

1828年 松平慶永(春嶽)……幕末から明治初期にかけての越前藩主・政治家。

1841年 伊藤博文……幕末の長州藩士・明治期の政治家。初代・5・7・10代首相。

1871年 高野岩三郎……明治・大正・昭和期の社会統計学者・社会運動家。


● 今日亡くなった人

1877年 和宮……幕末から明治前期の皇族。孝明天皇の義妹で公武合体により江戸幕府14代将軍徳川家茂に嫁ぐ。

1907年 陸羯南……明治期の新聞記者・政治評論家。日本新聞主筆兼社長。

1910年 アンリ・ルソー……フランスの画家。代表作『私自身の肖像=風景』『眠るジプシー女』など。

1913年 岡倉天心……明治期の美術評論家・美術史家・教育者。

1937年 クーベルタン……フランスの体育指導者。「近代オリンピックの父」

1969年 ホー・チ・ミン……ベトナムの革命家・政治家。ベトナム民主共和国初代主席。

1973年 トールキン……イギリスの小説家・言語学者。代表作『指輪物語』など。

1982年 古賀逸策……昭和期の電気通信工学者。水晶結晶(クォーツ)を用いた圧電効果の研究で知られる。代表作『圧電気と高周波』『誰にも出来る ラジオの故障修理』など。

1989年 松浪信三郎……昭和期のフランス哲学の研究・翻訳者。サルトル『存在と無』をはじめ、モンテーニュ・パスカル・ベルクソン・キェルケゴールなどの翻訳で知られる。

1997年 フランクル……オーストリアの精神医学者。代表作『夜と霧』など。

2001年 畑山博……昭和・平成期の作家。代表作『いつか汽笛を鳴らして』『狩られる者たち』『海に降る雪』など。

2001年 毛綱毅曠……昭和・平成期の建築家。『釧路市立博物館』『紙の美術博物館』など多数の建築物、『建築の無限』『七福招来の建築術』などの著書。

2003年 笈田敏夫……昭和・平成期のジャズ歌手。戦後を代表するジャズ歌手で、日本ジャズヴォーカル賞特別功労賞など多くの受賞暦。

2005年 朝吹登水子……昭和・平成期のフランス文学者。サガン『悲しみよこんにちは』ほか、ボーヴォワールの翻訳多数。『パリの男たち』『私の巴里・ジュエリー』などの著書。

2019年 安部譲二……昭和・平成期の作家。代表作『塀の中の懲りない面々』『RAINBOW-二舎六房の七人』『ぼくのムショ修業』など。


● 過去のマイブログ「9月2日」のテーマ

2015年  『夜と霧』 のフランクル
ドイツ強制収容所の体験記録『夜と霧』をはじめ、『死と愛─実存分析入門』などを著したオーストリアの精神科医・心理学者のフランクルが、1997年に亡くなった日です。1905年、ユダヤ人家系の子としてウィーンに生まれたビクトール・フランクルは、ウィーン大学在学中に、精神分析学を創始したフロイトやその弟子のアドラーに、精神医学を学びました。卒業後は同大学医学部精神科教授となり、ウィーン市立病院神経科部長を兼任しました……。

2014年  幕末政局をリードした松平春嶽
第16代越前福井藩主で、一橋慶喜を将軍に推したり、公武合体策の推進、政事総裁職に当るなど、幕末に本家徳川家の中心となって活躍した松平春嶽(まつだいら しゅんがく)が、1828年に生まれた日です。江戸城内の御三卿のひとつ田安家に生まれた慶永(春嶽=号)は、1838年に親藩である越前福井藩主・松平家の養子となり、わずか11歳で32万石の福井藩主となり……。

2013年 「公武合体策」 と和宮
孝明天皇の妹でありながら、公武合体政策により江戸幕府第14代将軍・徳川家茂(いえもち)の正室となった和宮(かずのみや)が、1877年に亡くなった日です。1846年、仁孝天皇の第八皇女(おうじょ)として、京都御所に隣接する橋本邸に生まれた和宮は、6歳のとき、異母兄である孝明天皇の命で、有栖川宮熾仁親王(ありすがわのみや たるひとしんのう)と婚約をしました……。

2011年 「おもしろ古典落語」37回目 『子別(こわか)れ』
「大変だね、棟梁。ちょっと出かけるのにも、隣に頼まなくちゃならないってのは」「へぇー、どうもね、ひとりじゃしょうがありませんで。女やもめに花が咲き、男やもめにウジがわくっていいますが、どうもいくじがございません」「そういっちゃなんだが、あの二番目のおかみさんてぇのは、よほどひどかったらしいな」「へぇ、どうしてあんなばかな女に迷ったかと思うようですが……。

2010年 『茶の本』 の岡倉天心
明治期に活躍した美術家、美術評論家で、茶道をとおして日本人の心や日本の文化を外国に紹介した名著『茶の本』を遺した岡倉天心が、1913年に亡くなった日です。明治時代の日本の文化や文明の発展に大きな功績を残した教育者でもありました。岡倉天心は、江戸時代があと数年で終わろうとする1862年年末に、横浜に生まれ、本名を覚三といいました。天心は号です……。

2008年  近代オリンピックの父クーベルタン
フランスの教育者で、イギリス留学中にスポーツの重要性を認識し、古代オリンピア遺跡の発掘に刺激されてオリンピックの復活を提唱、1896年ギリシアのアテネで近代オリンピックの開催を実現したクーベルタン男爵が、1937年に亡くなった日です。古代ギリシアのオリンピアで、およそ1000年にわたって行なわれた古代オリンピックは、393年の293回を最後にすがたを消してしまいました。それから約1500年ののち、このスポーツの祭典にふたたび火をともしたのがクーベルタンです……。

2005年  言葉の発達とテレビの問題点
人間の赤ちゃんは、1歳代では同じ年令のチンパンジーより知能が低い。動作の面はもちろんのこと、記憶したり考えたりする面でも劣る。ところが2歳代になると、たちまちチンパンジーを追い抜く。言葉を使えるようになるかららしい。それほど、言葉の発達と思考力には密接な関係があるということなのだろう。ところが最近、子どもたちはお母さんから豊かな言葉を聞くチャンスか少なくなっている。子守りはいっさいテレビにおまかせという家庭が多くなっているのだ。もちろん、テレビの影響がみんな悪いとはいわない……。

● 今日(9月1日)の主なできごと

1923年 関東大震災……この日の午前11時58分、関東地方一帯に震度7.9(激震)という大地震・関東大震災がおこった。東京では130余か所で火災がおきて半分以上を焼き尽くし、関東全域で死者10万人以上、災害にあった人は400万人にものぼった。不安が高まる中に「朝鮮人が暴動をおこした」「井戸に毒を流した」などというデマが乱れとび、罪のない朝鮮人や中国人数千人が殺された。

1939年 第二次世界大戦のきっかけ……ヒトラーの率いるドイツ軍は、この日突然隣国のポーランドに侵攻した。この行動に対し、イギリスとフランスは、兵を引き上げるように要求したがヒトラーはこれを受け入れず、9月3日に英仏はドイツに宣戦布告、第二次世界大戦が勃発した。戦争はヨーロッパ全体に広がり、やがて世界のほとんどを巻きこむ大戦争になっていった。

1983年 大韓航空機撃墜される……ニューヨーク発、バンクーバー経由ソウル行の大韓航空機が、誘導装置の設定ミスによるソ連領空侵犯のためにソ連戦闘機に撃墜され、乗客乗員269人が死亡した。


● 今日の主な記念日・恒例日

防災の日……1959年に襲来して、5000人を越える死者・行方不明者、39000人の負傷者という大災害をおこした伊勢湾台風と、関東大震災のおきた日にちなみ、防災意識を高めようと、政府はこの日を「防災の日」と定めた。

宝塚歌劇団レビュー記念日……1927年のこの日、宝塚少女歌劇団が日本初のレビュー『モン・パリ』の初演を行ったのにちなみ、宝塚歌劇団が1989年に制定。

くいの日/キウイの日……「く(9)い(1)」(杭)の語呂合せから、基礎工事現場での殉職者の慰霊及び基礎工事の安全作業を推進する日として東日本基礎工業協同組合が1993年に制定し、「キュー(9)イ(1)」の語呂合せから、ニュージーランド産キウイフルーツの輸入等を行っている会社が制定。


● 今日生まれた人

1875年 バローズ……アメリカの小説家。代表作『類猿人ターザン』などターザンシリーズ。

1877年 アストン……イギリスの化学者・物理学者。質量分析器の発明。

1904年 幸田文……昭和期の小説家・随筆家。代表作『流れる』『おとうと』『父 その死』など。幸田露伴の子。

1909年 ノーマン・ハーバート……カナダの外交官・日本研究家。代表作『日本における近代国家の成立』など。

1926年 石井ふく子……昭和・平成期のテレビプロデューサー・舞台演出家。「肝っ玉かあさん」「渡る世間は鬼ばかり」など。

1935年 小沢征爾……昭和・平成期の世界的指揮者。


● 今日亡くなった人

1551年 大内義隆……戦国時代の大名。周防・長門・石見・安芸・豊前・筑前の守護。

1573年 浅井長政……戦国から安土桃山期の戦国大名。信長に攻められ自刃。

1715年 ルイ14世……フランス国王(ブルボン朝3代)。「太陽王」

1915年 井上馨……幕末から明治・大正期の政治家。外務卿・初代外相・元老歴任。

1934年 竹久夢二……明治・大正期の画家・詩人。

1952年 小杉天外……明治・大正・昭和期の作家。代表作『はつ姿』『はやり唄』『魔風恋風』など。

1972年 川上澄生……大正・昭和期の版画家。代表作『初夏の風』『ゑげれすいろは人物』などは、鹿沼市立川上澄生美術館に収録。

1990年 ライシャワー ……アメリカの東洋史学者・駐日大使。

2006年 小林久三……昭和・平成期の推理小説家。代表作『暗黒告知』『蒼ざめた斜塔』『皇帝のいない八月』など。
 
2010年  若乃花(初代) ……昭和期の力士。第45代横綱。栃・若(栃錦・若乃花)時代を築き、引退後日本相撲協会第6代理事長。「土俵の鬼」

2015年 中平卓馬……昭和・平成期の写真家。代表作 映像評論集『なぜ、植物図鑑か』、写真集『新たなる凝視』『原点復帰—横浜』など。


● 過去のマイブログ「9月1日」のテーマ

2015年  「日本研究の第一人者」 ライシャワー
アメリカの東洋史研究者・ハーバード大学教授で、駐日アメリカ大使を務めたライシャワーが、1990年に亡くなった日です。1910年、キリスト教長老派教会の宣教師の次男として、今の東京港区白金台の明治学院内に生まれたエドウィン・ライシャワーは、日本の小学校やアメリカン・スクールに学び、1926年に米国に渡って、オパーリング大学を経てハーバード大学大学院で日本を含む東アジア研究に取り組みました……。

2014年 「大内武家文化」 と大内義隆
周防山口を中心に西中国から北九州の守護大名・戦国大名として勢力を誇った大内義隆(おおうち よしたか)が、1551年に亡くなった日です。1507年、周防山口を本拠に、長門(山口県)・石見(島根県西部)・安芸(広島県西部)・豊前(福岡県東部・大分県北部)など、西日本に勢力を誇った大内氏の第30代当主・大内義興の長男として生まれた大内義隆は、1528年に父が死去したため、22歳で第31代当主として家督を相続……。

2011年  明治の元老・井上馨
幕末の長州藩士、政治家、実業家として活躍した井上馨(いのうえ かおる)が、1915年に亡くなった日です。長州藩士の子として、1835年に生まれた馨(幼名勇吉のちに聞多)は、藩校明倫館に入学した後、1857年江戸へ出て蘭学と砲術を学びました。次第に尊皇攘夷運動に共鳴し、1862年には高杉晋作や久坂玄瑞らとともにイギリス公使館の焼討ちに参加するなど……。

2010年 『宵待草』 の竹久夢二
大正ロマンを代表する数多くの美人画を遺した画家・詩人の竹久夢二が、1934年に亡くなった日です。1884年、岡山県の酒造業を営む家に生まれた夢二(本名茂次郎)は、17歳で画家をめざして上京し、早稲田実業学校に通いながら絵ハガキを描いては、学校周辺の絵ハガキ店に売って生計をたてていました。このころ、友人だった荒畑寒村の紹介で社会主義雑誌『直言』にコマ絵が掲載され、これが最初に印刷された夢二の絵でした……。

2008年  太陽王・ルイ14世
フランスブルボン王朝の第3代国王で、「朕は国家なり」(私そのものが国家だ)というほどの権力をふるった、絶対専制君主ルイ14世が、1715年に亡くなった日です。フランスのブルボン王家では、1643年にルイ13世が亡くなり、子のルイ14世が、わずか5歳で国王の位をつぎました。ルイ14世は、両親の結婚から22年もたって生まれた王子です。即位はしても、実際の政治は、母親のアンヌと宰相のマザランが行ないました……。

2006年 「徳川吉宗」 のこども時代
紀州 (和歌山) 藩の第2代目の藩主徳川光貞の4男として生まれた吉宗は、生まれつき、性格がおおらかでした。ある日のこと、父が、刀のつばのたくさん入った箱を取りだしてきて、子どもたちに、つばを与えるから、どれでもすきなものを取るように言いました。刀のつばは、武士にとって、たいせつなものです。兄たちはよろこんで、自分のすきなものを、ひとつずつ選んで取りました。しかし、吉宗だけは取ろうとしません……。

2005年  「科学する心」 を育てる
私を含め多くの親たちは、子どもたちの物事を深く知ろう、疑問を解決しようという心の動きを知ろうとしない傾向がある。おとなのそんな態度が幼い心を傷つけ、伸びようとする探究心の芽をつみとってしまいがちだ。以前にもこんなことがあった。上の子が4歳になった誕生日のプレゼントに、電池でレールの上を動く小さな汽車を買ってあげた。8の字型になったレールの上にその汽車を走らせ、スイッチを入れたり切ったり……。

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