児童英語・図書出版社 創業者のこだわりブログ

30歳で独立、31歳で出版社(いずみ書房)を創業。 取次店⇒書店という既成の流通に頼ることなく独自の販売手法を確立。 ユニークな編集ノウハウと教育理念を、そして今を綴る。

2019年06月

● 今日(6月30日)の主なできごと

1898年 日本初の政党内閣……それまでの内閣は、長州藩や薩摩藩などの藩閥が政権を担当していたが、自由党と進歩党がひとつになった憲政党が、大隈重信を首相に、板垣退助を内務大臣に内閣が組織されたため、大隈の「隈」と板垣の「板」をとって隈板(わいはん)内閣といわれた。しかし憲政党に分裂騒ぎがおき、組閣後4か月余りで総辞職を余儀なくされた。

1905年 相対性理論……20世紀最大の物理学者といわれるアインシュタインが、まだスイスの特許局で働く無名の技師だったこの日、相対性理論に関する最初の論文「運動物体の電気力学について」をドイツの物理雑誌に発表し、世界の注目を集めた。この日は「アインシュタインの日」とされ、物理学への関心を高める記念日になっている。


● 今日の主な記念日・恒例日

トランジスタの日……1948年のこの日、アメリカAT&Tベル研究所のウィリアム・ショックレー、ジョン・バーディーン、ウォルター・ブラッテンが発明したトランジスタが初めて公開されたのを記念して制定。


● 今日生まれた人

1843年 アーネスト・サトウ……イギリスの外交官。駐日公使館書記官となり、『一外交官のみた明治維新』を著す。

1856年 亀井忠一……明治・大正・昭和期の出版人。三省堂創業。

1877年 東くめ……明治・大正・昭和期の教育者。『鳩ぽっぽ』『お正月』など口語による童謡を作詞。

1892年 弘田竜太郎……昭和期の作曲家。代表作『浜千鳥』『雀の学校』『叱られて』など。


● 今日亡くなった人

1957年 川合玉堂……明治・大正・昭和期の日本画家。代表作『行く春』『彩雨』など。

1975年 金子光晴……大正・昭和期の詩人。代表作『落下傘』『人間の悲劇』『どくろ杯』など。

1975年 朝比奈泰彦……昭和期の薬学者。代表作『日本隠花植物図鑑』『日本之地衣(3冊)』など。

1978年 柴田錬三郎……昭和期の小説家。代表作『イエスの裔』『眠狂四郎無頼控』など。

1978年 本多顕彰……昭和期の文芸評論家・イギリス文学者。代表作『歎異抄入門』『徒然草入門』『シェイクスピア物語』など。

1994年 八島太郎……アメリカと日本で活動した風刺漫画家・絵本作家。代表作『Crow Boy(からすたろう)』『Umbrella(あまがさ)』『The Seashore Story(海浜物語)』など。

1996年 坂本新兵……昭和・平成期の俳優・声優。『ママとあそぼう! ピンポンパン』『ひょっこりひょうたん島』などで活躍。

2005年 小倉昌男……昭和・平成期の実業家。ヤマト運輸社長・会長歴任。「宅急便」生みの親。


● 過去のマイブログ「6月30日」のテーマ

2015年 「眠狂四郎」 の柴田錬三郎
『イエスの裔(すえ)』で直木賞を受賞したほか、『眠狂四郎無頼控』『御家人斬九郎』『徳川太平記』など戦国・幕末を扱った作品を多く著し、「剣客ブーム」を巻き起こした大衆作家の柴田錬三郎(しばた れんざぶろう)が、1978年に亡くなった日です。1917年、今の岡山県備前市に地主の子として生まれた柴田錬三郎(本名・齋藤錬三郎)は、旧第二岡山中学を卒業後に医者をめざして上京、慶応義塾大学医学部へ入学するものの、半年後に文学部へ移り、在学中に『十円紙幣』を「三田文学」に発表したり、魯迅に傾倒して1940年同大学支那文学科を卒業……。

2014年  自然を穏やかに描いた川合玉堂
「二日月」「行く春」「彩雨」など、詩情豊かな独自の日本画を数多く残した川合玉堂(かわい ぎょくどう)が、1957年に亡くなった日です。1873年、いまの愛知県一宮市の豪農で筆墨紙商の長男として生まれた川合玉堂(本名・芳三郎 玉堂=号)は、幼いころから絵が上手な子として知られ、14歳のときに京都に出て望月玉泉の門下になって本格的に学びました。1890年、17歳で幸野楳嶺の画塾に入って同門の竹内栖鳳らから大きな刺激を受けました……。

2011年  日英外交の功績者 アーネスト・サトー
幕末から明治初期に活躍したイギリスの外交官で、英国公使館通訳、駐日英国公使など、日英間の融和につとめたアーネスト・サトーが、1843年に生まれた日です。スウェーデン人貿易商の子としてロンドンに生まれたサトーは、子どもの頃から聡明で、14歳のときにたまたま読んだ本から、東方には、日本や中国といった自分の知らない文明国があることを知りました。大学を飛び級で卒業後、北京で漢字学習をしたあと、日本駐在通訳に応募して1862年、念願の来日を果たし……。

2010年 「♪雀のがっこう」 の弘田竜太郎
大正、昭和初期に活躍した作曲家で、「靴が鳴る」「叱られて」「春よこい」など、数多くの童謡の名曲を遺した弘田竜太郎が、1892年に生まれた日です。竜太郎は、中学校長を父に高知県安芸市で生まれました。幼い頃から一絃琴の名手だった母の影響を受けて音楽に親しみ、11歳で父親の転任にともない三重県の津市に転居、中学の頃から音楽的才能を認められるようになりました……。

2009年 「相対性理論」 のアインシュタイン
今日は、20世紀最大の物理学者といわれるアインシュタインが、1905年に相対性理論に関する最初の論文「運動物体の電気力学について」をドイツの物理雑誌に発表したことを記念した「アインシュタインの日」です。1905年当時、アインシュタインはスイス連邦特許局の無名の技師でした。役人のかたわら研究をつづけてきたアインシュタインは、特殊相対性理論、光量子の理論、ブラウン運動の理論などを発表して、またたくまに、世界の注目をあびるようになりました。大学を卒業してからわずか5年目、まだ26歳のときのことです……。

2008年  子どもがいちばん成長するとき
ある公園で見かけたことです。木陰のベンチで母親同士おしゃべりをしていたお母さんの一人が、向こうでうずくまるようにしているわが子へ声をかけ、それから、次のようなやりとりが始まりました。「さぁ、帰るわよ、いらっしゃい」 「……」 「どうしたの? 早くいらっしゃい」 「ママ、ちょっと待って」 「どうしたの? 何やってるの」 「ありんこがいっぱいいるんだ」 「ありんこなんて、いつでも見られるでしょ」 「だって、たくさんつながっていて、おもしろいんだもの」 「だめ、だめ、ママ、ご用があるから帰るの、早くいらっしゃい。あら、ありなんかにさわっちゃだめ」 「さわってないよ、ありんことありんこが、お話してるみたいで、おもしろいんだ……。 

2005年  すべりこみセーフ
樫村社長に200万円を受領したことを報告し、月末までに残りいくら用意すればよいかとたずねると、あと500万円はほしいという。「ポケット絵本シリーズ」は、J・チェーン分として納品した以外に、いずみ書房の奥付分を各集3000セットほど制作していた。これは、以前、保育園を中心に予約をとった人たち用にとっておいた分であった。J・チェーンと取引を開始したころからは、新たな開拓をほとんどしなかった。というのも、私が開拓した園へJ・チェーンの加盟店が訪れることがよくあり、すでに入っているのを知った加盟店が本部に苦情をいうことが続いたからだ。また、5月に全巻完成したことを知った幼稚園への納入業者のいくつかは、当社と直接取引したいといってきたが……。

● 今日(6月29日)の主なできごと

1869年 招魂社(後の靖国神社)造営……前年の鳥羽・伏見の戦いから箱館戦争にいたる戊辰戦争で亡くなった人たちを祀るためこの日、東京の九段坂上に招魂社を造営した。1879年靖国神社に名称を変更し、日清戦争後は、外国との戦争による犠牲者を祀るようになった。

1932年 特高の設置……特別高等警察(特高)は、日本の主要府県警の中に設置された政治警察で、この日に設置された。警察国家の中枢として、共産主義者はもとより、自由主義者や宗教人にも弾圧の手をのばした。国民の目や耳や口を封じ、たくさんの人々を自殺においこみ、虐殺させた思想弾圧機構ともいえるものだった。

1966年 ビートルズが来日……この日、人気絶頂のイギリスのロックグループ・ビートルズが初来日した。翌日から東京の日本武道館で3日間5回の公演を行った。学校をさぼってかけつけた高校生ら6520人が警察に補導されるなど、日本じゅうを熱狂させた。


● 今日の主な記念日・恒例日

佃煮の日……佃煮の発祥の地である東京佃島の氏神である住吉神社が創建されたのが1646年のこの日であることから、佃煮を製造する全国調理食品工業協同組合が、2004年に制定した。


● 今日生まれた人

1866年 黒田清輝……明治・大正期の洋画家。代表作『湖畔』『読書』など。

1900年 サン・テグジュペリ……フランスの小説家・飛行士。代表作『星の王子さま』『夜間飛行』など。

1922年 清岡卓行……昭和・平成期の詩人・小説家。代表作『アカシヤの大連』『マロニエの花が言った 』など。


● 今日亡くなった人

1900年 臥雲辰致……明治期の発明家。

1903年 滝廉太郎……明治期の作曲家。『荒城の月』『花』(歌曲)、『鳩ぽっぽ』『お正月』(童謡)など。

1929年 内田魯庵……明治・大正期の評論家・小説家・翻訳家。

1940年 クレー……スイスの画家・美術理論家。『奇跡的な着地 あるいは「112!」』 『ホフマンへの話』など。

1941年 パデレフスキー……ポーランド作曲家・ピアニスト・政治家。

1951年 遠藤新……大正・昭和期の建築家。代表作「自由学園目白講堂」「自由学園南沢キャンパス」「甲子園ホテル」など。

2012年 地井武男……昭和・平成期の俳優。『沖縄』などの主演映画、『北の国からシリーズ』などのテレビドラマで活躍するほか、『ちい散歩』は話題に。


● 過去のマイブログ「6月29日」のテーマ

2015年 「ガラ紡」 の臥雲辰致
明治初期に「臥雲式紡績機」(ガラ紡)を発明し、日本の紡績業が機械化されるまでの発展に大きく貢献した発明家・事業家の臥雲辰致(がうん たつむね/たっち)が、1900年に亡くなった日です。1842年、今の長野県安曇野市の豪農の家に生まれた臥雲辰致(本名・横山栄弥)でしたが、幼いころ、父親が賭け事に熱中して財産を失ってしまいました。足袋底の布を扱う問屋を始めた母の布を織るのを手伝いながら、機械の改良を考えていましたが、1861年20歳で近隣の安楽寺で出家しました。智恵(ちけい)と名乗りましたが、明治政府の廃仏毀釈により廃寺とされたため還俗し……。

2012年  再評価される内田魯庵
明治期に文芸評論家・翻訳家・小説家として活躍した内田魯庵(うちだ ろあん)が、1929年に亡くなった日です。1868年、今の東京台東区下谷に幕府御家人の父、吉原の芸妓をしていた母の子として江戸・下谷に生まれた魯庵(本名・貢)は、政治や実業に関心を持ち、立教学校(現立教大学)や東京専門学校(現早稲田大学)などで英語を学びましたが、どこも卒業せず、文部省の翻訳係だった叔父のもとで下訳をしたり、友人の編集を手伝ったりしながら、図書館で独学しました……。

2011年  首相になった作曲家・パデレフスキー
ポーランドのピアニスト・作曲家で、第1次世界大戦後に発足したポーランド共和国の第3代首相をつとめたパデレフスキーが、1941年に亡くなった日です。1860年、ポーランド東南部の村クリロフカ(現・ウクライナ)の貴族の家に生まれたイグナツ・パデレフスキーは、幼年期から音楽に興味を示し、個人教師についてピアノを学びました。1872年、12歳でワルシャワ音楽院に進学し1878年に卒業すると、しばらく母校でピアノを教えていましたが、より技術を向上させようと、1881年にベルリンに留学します……。

2010年  魂の画家・クレー
20世紀前半に独特の童画風の絵をえがき、現代抽象画の世界に大きな影響を与えたスイス出身の画家・美術評論家のクレーが、1940年に亡くなった日です。パウル・クレーは、1879年スイスの首都ベルン郊外に生まれました。父親は音楽の教師、母親も歌が上手で音楽につつまれた家庭でした。幼いころからバイオリンに親しみ、11歳でベルンのオーケストラに籍を置くほどの腕前でした。そのため1898年、ドイツのミュンヘンに出て絵を志すまで、将来の道を決めかねていました……。

2009年 『荒城の月』 の滝廉太郎
明治時代の洋楽揺籃(ようらん)期に、『荒城の月』『花』などの歌曲や、『鳩ぽっぽ』『お正月』などの童謡を作曲した滝廉太郎(たき れんたろう)が、1903年に亡くなった日です。「あっ、オルガンがある!」 だれもいない音楽室をのぞいた廉太郎は、思わずさけびました。明治時代の中ごろでは、オルガンはめずらしい楽器だったからです。廉太郎は、すいつけられるように音楽室へ入って、そっと、オルガンに手をのばしました。するとそのとき、先生が現われました……。

2007年  世界一気持ちの良い町は 「吉祥寺」 ?!
最近、「吉祥寺スタイル―楽しい街の50の秘密」 (文芸春秋社刊)という本が出版されました。著者は、一昨年 「下流社会」(光文社新書)という80万部をこえるベストセラーとなった本(「下流社会」は氏の造語で流行語となった)を著わしたマーケティングアナリスト・三浦展氏と、日米の住宅地、街路、ホテル、テーマパークの景観設計を手がけるプランナー・渡和由氏との共著。19年間吉祥寺に住み続ける三浦氏が、都市計画の専門家に協力を求めて、50の視点で面白く分析した「吉祥寺をモデルに、好ましい町とは何かを考えた本」といってもよい……。

2006年  かさ
この絵本(太田大八絵 文研出版刊)には、文章がありません。どのページをめくっても、絵ばかりです。雨の日、赤いかさをさした女の子が、おとなのかさを一本持って歩いて行きます。駅まで、お父さんを迎えにいくのです。ぶらんこが雨にぬれている公園の前を通り、池のふちに立ちどまって、あひるの親子をながめ、友だちに会って声をかけあい、雨にすっかりぬれた犬に会い、陸橋から線路をながめ、ケーキ屋さんやショーウインドーの人形をのぞいたりしながら、 やっと駅へ。そして、帰りは、さっきのぞいたケーキ屋さんでケーキを買ってもらい、それをだいじにかかえて、お父さんのかさにいっしょに入って……。

● 今日(6月28日)の主なできごと

1570年 姉川の戦い……近江国で、織田信長・徳川家康連合軍がこの日、浅井長政・朝倉義景連合軍を打ち破った。浅井が妻の兄信長を裏切って朝倉と手を組み、2万1千の兵で3万4千の織田・徳川連合軍に挑み、双方数千人の死者を出す激戦となったが敗れ、浅井、朝倉両氏滅亡の遠因となった。

1840年 アヘン戦争……当時イギリスは、中国(清)との貿易赤字を解消しようと、ケシから取れる麻薬アヘンをインドで栽培させ、大量に中国へ密輸していた。清がこれを本格的に取り締まりはじめたため、イギリスは清に戦争をしかけて、「アヘン戦争」が始まった。

1914年 サラエボ事件……1908年からオーストリアに併合されていたボスニアの首都サラエボで、この日オーストリア皇太子夫妻が過激派に暗殺される事件がおこり、第一次世界大戦の引き金となった。

1919年 ベルサイユ講和条約……この日、第一次世界大戦の終結として結ばれた「ベルサイユ講和条約」だったが、敗戦国ドイツに対しあまりに厳しい条件を課したことがナチスを台頭させ、第二次世界大戦の遠因となった。


● 今日の主な記念日・恒例日

貿易記念日……1859年(安政6年)5月28日(新暦6月28日)に、江戸幕府がロシア・イギリス・フランス・オランダ・アメリカの5か国に、横浜・長崎・箱館(函館)での自由貿易を許可する布告を出したことにちなみ、1963年に自由貿易推進のために閣議決定し、通商産業省(今の経済産業省)が制定。


● 今日生まれた人

1491年 ヘンリー八世……イギリス・チューダ朝第2代イングランド王。首長令を発布し「イングランド国教会」を始め、ローマ法王から独立して自ら首長となった。

1577年 ルーベンス……フランドルの画家・外交官。代表作『キリストの磔刑』ほか、祭壇画・肖像画・風景画・神話画・寓意画など。

1712年 ルソー……フランスの思想家。多方面で独自の思想をつづるフランス革命の理論的指導者。

1865年 長岡半太郎……明治・大正・昭和期の物理学者。土星型原子模型提唱。

1890年 古今亭志ん生 (5代目)……大正・昭和期の落語家。


● 今日亡くなった人

1951年 林芙美子……昭和期の女流小説家。代表作『放浪記』『浮雲』『めし』など。

1983年 沖雅也……昭和期の俳優。『古都』などの映画、『太陽にほえろ!』などのテレビドラマで活躍。

1994年 神吉拓郎……昭和・平成期の作家。代表作『男性諸君』『私生活』『曲がり角』など。

1996年 山形勲……昭和・平成期の俳優。『不毛地帯』などの映画、『剣客商売』などのテレビドラマで活躍。

1999年 田中千代……昭和期の服飾デザイナー・教育者。近代洋裁教育や服飾デザインの礎を作る。

2004年 野沢尚……昭和・平成期の作家・脚本家。代表作『恋愛時代』『破線のマリス』『深紅』(小説)『反乱のボヤージュ』(脚本)など。

2007年 宮沢喜一……昭和・平成期の政治家。第78代首相。

2010年 佃公彦……昭和・平成期の漫画家。代表作『ほのぼの君』『ちびっこ紳士』など。

2012年 小野ヤスシ……昭和・平成期のタレント。「ザ・ドリフターズ」「ドンキーカルテット」のメンバー、「スターどっきり(秘)報告」の司会などで活躍。


● 過去のマイブログ「6月28日」のテーマ

2013年 「おもしろ古典落語」123回目 『天災(てんさい)』
「ご隠居、まっぴらごめんなせぇ」「だれだ、そうぞうしい、なんだ八公か。おめってやつは、どうしてものごとに乱暴なんだ。3日もあけず、親子げんかに夫婦げんか。人の家へ入ってくるなりあぐらをかく。いいか、『親しき仲にも礼儀あり』っていうだろ。ちゃんと座りなさい」「どうぞおかまいなく」「おかまいなくっていうやつがあるか。で、いったいなんの用があってきたんだ」「へぇ、すいませんが、ちょいと、離縁状を二本書いてくんなせぇ」「ばかやろう、女房はひとりだろ、1本で足りるはずだ」「もう1本は、うちのばばぁにやるんで」「あきれた野郎だな、ばばぁってぇのは、おまえのおふくろだろう……。

2012年 「おもしろ古典落語」75回目 『笠碁(かさご)』
「碁がたきは 憎さも憎し なつかしし」と、川柳にもあるくらいわずか一目か二目で仲のよい友だちが、たちまちケンカになったりします。ケンカになるくらいですから、腕まえのほうは似たりよったり、ほかの人とやればいいのに、やっぱりあいつでなくちゃ…というのが碁がたきというもののようです。よい碁がたきの伊勢屋のだんなと吉兵衛という商人が、ウマがあうのか毎日のように石を並べあっています。いつもお互いに待った、待ったのくり返しなので、「そんなことでは上達しない」と碁の達人の隠居にいわれ、伊勢屋の旦那は、今後いっさい「待ったなし」にしようということで、吉兵衛も納得……。

2011年  落語名人・古今亭志ん生
20世紀を代表する名人のひとりといわれた落語家の5代目古今亭志ん生(ここんてい しんしょう)が、1890年に生まれた日です。東京神田に、貧しい警官の5男に生まれた志ん生(本名・美濃部孝蔵)は、11歳の頃から奉公先を転々としながら生活するうち、1907年に橘家円喬に入門、三遊亭盛朝を名乗りました。以後、朝太、園菊、馬太郎、志ん馬、馬生など、1931年に(5代目)古今亭志ん生を名乗るまで、16回も改名しました。それも、貧乏生活を送ってきたことによる借金からの逃亡と、酒による放蕩ぶり……。

2010年 『放浪記』 の林芙美子
名もなく・貧しく・たくましく生きる庶民の暮らしを、みずからの体験をもとに描いた作品で名高い女流作家林芙美子(はやし ふみこ) が、1951年に亡くなった日です。1903年、林芙美子は山口県下関市 (北九州・門司 という説もあります) に生まれました。父は雑貨を売ってあるく行商人でした。やがて、父と別れることになった母キクは、6歳の芙美子をつれて行商の旅に出ました。この日から、芙美子の家は日によって泊まるところの変わる木賃宿になりました。芙美子は、木賃宿から小学校にも通いましたが、10数回も転校しなければなりませんでした……。

2007年  第1次世界大戦のきっかけと終結した日
今日は、第1次世界大戦のきっかけとなったオーストリア皇太子暗殺事件のおきた日(1914年)であり、世界大戦の終結としてベルサイユ講和条約が結ばれた日(1919年)でもあります。当時、ヨーロッパではドイツを中心とした新興勢力と、イギリスを中心とした勢力とがたがいにいがみあっていました。ドイツの工業力はイギリスをしのぐまでに伸びたのに、その売り先としてイギリスのような広大な植民地がありません。なんとかしてイギリスの植民地を手に入れたいと軍備をそなえてきました。そういう動きを察知したイギリスは、ロシアやフランスと同盟をはかり、ドイツに負けずに軍備をおこたりません……。

2005年  為せば成る
不渡り手形の代償として、当方の弁済要求に対し、はじめのうちは不可能一点張りのJ・チェーンの幹部たちだったが、やがて心が通じだし、一両日のうちに入金の見込みがあるので待機してほしいという。私は、車の中で待っているからと伝えた。1976年8月下旬のこと、残暑が身にこたえたが弱音をはくわけにはいかない。この待機している時間に、思わぬ縁にめぐまれることになった。茨城県で農業のかたわら加盟店をやっているというF氏との出会いである。J・チェーンの内部事情に詳しい好人物で、当社の童話シリーズはどの地区の誰々がどの程度売っているということを、実によく知っている……。

● 今日(6月27日)の主なできごと

1582年 清洲会議……織田信長の後継を決める会議が清洲城で開催された。信長の長男信忠の子であるわずか2歳の三法師(秀信)を擁立した羽柴秀吉が、信長の3男の織田信孝を擁立した柴田勝家との争いに勝利し、実権を握った。

1994年 松本サリン事件……松本市の住宅街で有毒ガスのサリンがまかれ、死者7人、重軽傷者660人に及んだ。当初第一発見者の会社員が犯行を疑われたが、後にオウム真理教の犯行と判明。警察・マスコミが報道の行きすぎを謝罪した。


● 今日の主な記念日・恒例日

演説の日……1874年のこの日、慶応義塾を創設した福沢諭吉が三田演説館で日本初の演説会を行った。「演説」という言葉を創ったのも福沢で、「日本が欧米と対等の立場に立つためには演説の力をつけることが必要」と説いた。


● 今日生まれた人

1789年 ジルヒャー……ドイツの作曲家。ドイツ民謡となっている多くの曲を作曲。ハイネの詩に曲をつけた『ローレライ』が特に有名。

1850年 小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)……ギリシャ出身で日本に帰化した文学者・随筆家。「耳なし芳一」 や 「雪女」 ほかを収録した 『怪談』などを著し、日本の文化や日本の美しさを世界に紹介。

1880年 ヘレンケラー……アメリカの著述家・社会福祉事業家。三重苦を克服した「奇跡の人」

1949年 永山則夫……昭和・平成期の連続射殺事件犯人・獄中作家。手記『無知の涙』小説『木橋(きはし)』などを著す。


● 今日亡くなった人

1574年 バザーリ……イタリアの画家・建築家・文筆家。

1793年 高山彦九郎……江戸時代中期の勤王思想家。

1809年 上田秋成……江戸時代後期の小説家・国学者・歌人。代表作『雨月物語』『春雨物語』など。

1910年 ボアソナード……フランスの法学者。日本の刑法・民法を起草。

1936年 鈴木三重吉……明治・大正期の小説家・児童文学者。雑誌『赤い鳥』主宰。

1946年 松岡洋右……大正・昭和期の外交官・政治家。日本の国際連盟脱退、日独伊三国同盟の締結、日ソ中立条約の締結など。

1966年 アーサー・ウェイリー……イギリスの東洋文学研究者。世界初『源氏物語』の英語全訳など、日本文学研究やその後の翻訳ブームの火付け役。

1977年 長谷川幸延……昭和期の作家。代表作『寄席行灯』『法善寺横町』『桂春団治』など。

1993年 吉識雅夫……昭和期の船舶工学者。日本造船業を世界一の造船王国に導くことに寄与。

2001年 トーベ・ヤンソン……フィンランドの女流児童文学作家。代表作『ムーミン』シリーズなど。

2014年 斎藤晴彦……昭和・平成期の俳優。『おばさんデカ 桜乙女の事件帖』などのテレビドラマ、『レ・ミゼラブル』などの舞台で活躍。

2018年 ハーラン・エリスン……アメリカの推理作家。代表作『世界の中心で愛を叫んだけもの』『死の鳥』『ヒトラーの描いた薔薇』など。


● 過去のマイブログ「6月27日」のテーマ

2014年 『芸術家列伝』 のバザーリ
イタリア・ルネサンス期の画家・建築家で、ルネサンス期の芸術家百数十人の評伝を著した文筆家として知られるバザーリが、1574年に亡くなった日です。1511年、イタリア中央部の都市アレッツォに生まれたジョルジョ・バザーリは、フランス人画家のマルシラ工房に入って修行したのちフィレンツェに出て、バンディネリらに学び、1529年サルビアーティと共同で工房を開きました。1531年、メディチ家の枢機卿に伴ってローマを訪れ、ミケランとジェロやラファエロらの作品にふれ、大きな感銘を受けました……。

2013年 「旅の思想家」 高山彦九郎
江戸時代中期の尊皇思想家としてぼう大な日記を残し、吉田松陰ら幕末の志士たちに多くの影響を与えた高山彦九郎(たかやま ひこくろう)が、1793年に亡くなった日です。1747年、上野国新田郡(にったごおり・いまの群馬県太田市)郷士の子として生まれた高山彦九郎(本名・正之)は、13歳の時に南北朝時代の歴史書『太平記』を読んで、後醍醐天皇のたてた建武新政府の忠臣の行動に感銘しました。さらに、自分の先祖が、忠臣のひとりである新田義貞に仕えていたことを知りました。これがきっかけとなって……。

2012年  強気の外交官・松岡洋右
日本の国際連盟脱退、日独伊三国同盟の締結、日ソ中立条約の締結など第二次世界大戦前夜の日本外交の重要場面に外交官ないしは外務大臣として関わった松岡洋右(まつおか ようすけ)が、1946年に亡くなった日です。1880年、山口県室積村(現・光市)の廻船問屋に生まれた洋右は、11歳の時に父が事業に失敗して破産したことで、渡米して成功を収めた親戚をたよって、1893年に渡米しました。しかし、当時のアメリカは、東洋人に対する人種差別や排斥が激しく、労働移民のような状況でした。苦学のすえ、オレゴン大学法学部に入学し1900年に卒業、1902年に帰国するまでの9年間の体験から……。

2011年 『ローレライ』 のジルヒャー
歌曲『ローレライ』などたくさんの歌曲を作曲したドイツのジルヒャーが、1789年に生まれた日です。ドイツ南部のシュナイトという町で生まれたフリードリッヒ・ジルヒャーは、父に音楽の手ほどきを受けながら、オルガニストのアウバーレンに学びました。ジルヒャーの才能を見抜いたアウバーレンは、ジルヒャーを音楽教師にしようと、徹底的な教育をします。やがて、家庭教師や女学校の教師をするようになったジルヒャーは、のちに『魔弾の射手』を発表するウェーバーと出会ってふれあううち、音楽家として生きていくことを決意します……。

2008年 「雨月物語」 の上田秋成
わが国怪奇文学の最高傑作といわれる 「雨月物語」 を著した江戸時代後期の小説家・国学者・歌人の上田秋成が、1809年に亡くなった日です。丈部左門(はせべ さもん) は、あるとき旅先で病気で苦しんでいる赤穴宗右衛門(あかな そうえもん)を助けました。そして、心がとけあったふたりは、やがて兄弟のちぎりをむすびました。ある日、宗右衛門は、秋の菊の節句には必ずもどると約束して、郷里へ旅立ちました。さて、菊の節句の日、左門が待ちわびていると、夜になって宗右衛門がもどってきました。ところが、宗右衛門は、左門が用意した酒ものまず「わたしは、もうこの世にはいないのです」といって、かき消すように見えなくなってしまいました……。

2007年  鈴木三重吉と 「赤い鳥」
児童雑誌 「赤い鳥」を創刊した鈴木三重吉が、児童文学を愛する人々におしまれながら、1936年に亡くなった日です。三重吉は、帝国大学(いまの東大)に在学中、グリムやアンデルセンの童話を原書で読んだり、師である夏目漱石から借りた世界各国の子ども文学に親しむうち、日本の作品が世界水準より、はるかに劣っていることを強く感じ、なんとか優れたものにしたいと考えるようになりました。卒業後は、中学校の先生をしながら大人向けの小説をかいていましたが、1916年に長女が生まれたのをきっかけに、童話を書くようになり……。

2006年  マンガと絵本
最近は 「子どもとマンガ」 のことがあまり口にされなくなりました。これは、子どもたちがマンガを読まなくなったからでも、こんなにマンガばかり読んでいていいのかという不安がなくなったからでもありません。その理由の最も大きなものは 「これだけ子どもの生活に入りこんでしまったものを、批判ばかりしていてもはじまらない。質の高い作品に見られる芸術性や児童文化財としての価値をみとめ、マンガはもう子どもたちとは切り離せないものとして、とらえ直していこう」 という考えから、子どもたちの生活にすっかり受け入れられてしまったからです。しかし、「こんなにマンガばかり読んでいていいのかしら」 という不安がなくなったのではない……。

2005年  J総業の倒産
1976年8月20日、ついに運命の日を迎えた。手形の決済というのは、同一地域の金融機関が手形交換所に手形や小切手など有価証券を持ち寄り、お互いに提示しあって決済する仕組みになっている。通常、午後3時頃までにこれが行われるため、3時半すぎに銀行に問い合わせると結果を教えてもらえた。この日もその時間に電話してみる。まだ決済されていない。4時、まだだめ。4時半、5時、6時・・・。もう、あきらめざるを得ない。この時ほど、時間が長く感じられたことはなかった……。

● 今日(6月26日)の主なできごと

1284年 「ハーメルンの笛吹き男」事件……ドイツのハーメルンで約130人の子どもが「ハーメルンの笛吹き男」に連れさられて失踪。

1945年 「国際連合憲章」調印……4月25日からドイツや日本に宣戦していた連合国50か国の代表がサンフランシスコに集まり、国際連合設立のためのサンフランシスコ会議を開き、この日国際連合憲章が採択された。国際連合の発足は、同年10月24日で、最初の加盟国は51か国。主な活動目的は国際平和の維持、経済や社会などに関する国際協力の実現。日本が国際連合に加盟したのは1956年12月、80番目の加盟国だった。


● 今日の主な記念日・恒例日

国連憲章調印記念日……1945年のこの日、「国連憲章」に50か国が調印し、国際連合の設立が決定したことにちなみ、日本国際連合協会が制定。

国際麻薬乱用・不正取引防止デー……1987年のこの日、薬物乱用・不正取引防止に関する国際会議で「薬物乱用統制における将来の活動の包括的多面的概要」が採択されたことで、国連総会が制定した国際デー。

雷記念日……930年のこの日、平安京の清涼殿に落雷があり、大納言の藤原清貫が亡くなった。この落雷は太宰府に左遷され、その地で亡くなった菅原道真のたたりとうわさされ、道真は雷の神「天神」とされるようになった。

露天風呂の日……「六(ろ)・(てん)二(ふ)六(ろ)」の語呂合せから、岡山県の湯原温泉うるおいあるまちづくり委員会が1987年に制定。


● 今日生まれた人

1824年 ウイリアム・トムソン(ケルビン卿)……イギリスの物理学者。「熱力学」の開拓者。「絶対温度」目盛りの導入など。

1833年 木戸孝允(桂小五郎)……幕末から明治維新の志士・政治家。大久保利通・西郷隆盛と並ぶ「明治維新三傑」の一人。

1892年 パール・バック……アメリカの女流小説家。代表作『東の風・西の風』『大地の家』(「大地」「息子たち」「分裂せる家」3部作収録)。

1903年 阿部知二……昭和期の小説家・評論家・イギリス文学者。代表作『日月の窓』『人工庭園』(映画「女の園」原作)、「シャーロックホームズ」シリーズ(翻訳)など。

1912年 高山辰雄……昭和・平成期の日本画家。代表作『温泉』『浴室』『少女』『草原の朝』など。


● 今日亡くなった人

1810年 ジョセフ・モンゴルフィエ……フランスの気球発明者。モンゴルフィエ兄弟の兄。

1827年 クロンプトン……イギリスの紡績工・発明家。「ミュール紡績機」発明。

1899年 大木喬任……幕末の佐賀藩士・明治期の政治家。「学校制度」を整備。

1936年 内藤湖南……明治・大正・昭和期の東洋史学者・ジャーナリスト。白鳥庫吉と「邪馬台国論争」「中国の時代区分論争」展開。

1943年 ラントシュタイナー……オーストリアの病理学者。「ABO式血液型」発見。

1954年 福井英一……昭和期の漫画家。手塚治虫のライバル。代表作『イガグリくん』など。

1986年 前川國男……戦後の日本建築界をリードした建築家。代表作「東京文化会館」「埼玉県立博物館」「東京海上火災ビル」など。

1998年 牧冬吉……昭和・平成期の俳優。『隠密剣士』などの映画、『快傑ハリマオ』などのテレビドラマで活躍。


● 過去のマイブログ「6月25日」のテーマ

2015年 「イギリス綿業の大恩人」 クロンプトン
従来の紡績機を改良した「ミュール紡績機」の発明により、イギリス綿業を飛躍的に拡大させた紡績工で発明家のクロンプトンが、1827年に亡くなった日です。1753年、ランカシャー地方ボールトンの貧しい農家で織布工を兼ねた両親の子として生まれたサミュエル・クロンプトンは、幼児期に父を亡くしたことで、早くから織布工として生計をたて、ハーグリーブスの発明した……。

2014年 「熱力学の開拓者」 ケルビン
絶対温度(-273度)の概念を打ち出すなど、熱力学の基礎を確立したイギリスの物理学者・数学者のケルビンが、1824年に生まれた日です。アイルランド北東部のベルファストでグラスゴー大学教授の子として生まれたケルビン(本名・ウィリアム・トムソン)は、兄とともに父から家庭で教育を受けました。幼い頃から神童ぶりを発揮したトムソンは、わずか10歳でグラスゴー大学への入学を許可され、1841年からはケンブリッジ大学ピーターハウス・カレッジで学び、

2013年 「学校制度」 を整えた大木喬任
明治時代に文部卿として「学制」を制定するなど、明治政府の主要ポストを歴任した大木喬任(おおき たかとう)が、1899年に亡くなった日です。明治維新のころ大木は、大隈重信、副島種臣、江藤新平とともに「佐賀の四傑」といわれていました。1832年、佐賀藩士の長男として生まれ大木喬任は、青少年期に藩校の弘道館で儒学を学び、とくに史学に興味をいだきました……。

2012年 「京都学派の大家」 内藤湖南
戦前を代表する東洋史学者・ジャーナリストで、邪馬台国論争や中国の時代区分論争などで学会をリードした内藤湖南(ないとう こなん)が、1936年に亡くなった日です。1866年陸奥国毛馬内(現・秋田県鹿角市)に、南部藩士の子として生まれた湖南(本名虎次郎)は、父から漢文の手ほどきを受け、13歳のときには『日本外史』を通読するほどでした……。

2009年 「ハーメルンの笛吹き男」
今日は、ドイツ民話にある「ハーメルンの笛吹き男」が1284年、130人の子どもたちを連れたまま失踪した日です。ハーメルンは、北ドイツのヴェーゼル川に面した、ドイツ・メルヘン街道沿いにある都市です。「ハーメルンの笛吹き男」の話は、グリム兄弟らによって記録された民話ですが、ハーメルン市の公式記録文書にも記載されている実際に起こった失踪事件です。この話にはいくつかの異なったバージョンがありますが……。

2008年  ジブリ美術館の 「小さなルーヴル美術館」
地元の井の頭公園内の片隅にできた 「三鷹の森 ジブリ美術館」 にはじめて出かけました。「となりのトトロ」 「もののけ姫」 「千と千尋の神隠し」 などアニメーション映画の話題作を毎年のように世界的にヒットさせているスタジオ・ジブリ。そのアニメーション制作の仕組みを中心に展示したり、オリジナル短編映画の上映、ミニ遊園地のある楽しい美術館……。

2007年 [おもしろ民話集 3] おんきょろきょろ
昔むかし、ある小さな村に、おばあさんが住んでいました。おじいさんが死んでしまったので、ひとりっきりです。でもおじいさんが残してくれた財産がありましたから、仏壇に手をあわせ感謝しながら、しあわせに暮らしていました。ある日の夕方のこと。ひとりのお坊さんが訪ねてきました。「道に迷ってしまった旅の坊主です、今夜一晩泊めてもらえないでしょうか……。

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