児童英語・図書出版社 創業者のこだわりブログ

30歳で独立、31歳で出版社(いずみ書房)を創業。 取次店⇒書店という既成の流通に頼ることなく独自の販売手法を確立。 ユニークな編集ノウハウと教育理念を、そして今を綴る。

2018年08月

● 今日(8月31日)の主なできごと

1957年 マラヤ連邦独立……19世紀後半からイギリスの支配下にあったマラヤは、マラヤ連邦としてこの日、独立宣言をした。なお、マラヤ連邦は、1963年にイギリス保護国だった北ボルネオ他と統合し「マレーシア」となった。

1997年 ダイアナ妃交通事故死……イギリスの元皇太子妃ダイアナが、パリ市内で不慮の交通事故で亡くなった。


● 今日の主な記念日・恒例日

野菜の日……「や(8)さ(3)い(1)」の語呂合せから、全国青果物商業協同組合連合会など9団体が1983年に制定。


● 今日生まれた人

1832年 ワーグマン……イギリスの漫画家。幕末に来日し、日本初の漫画雑誌『JAPAN PUNCH』を創刊。

1870年 モンテッソーリ……イタリアの医師・教育家。「モンテッソーリ教育法」開発。

1878年 鏑木清方……明治・大正・昭和期の日本画家。代表作『朝涼』『三遊亭円朝像』『一葉像』など。

1931年 高橋和巳……昭和期の小説家・中国文学者。代表作『悲の器』『邪宗門』など。


● 今日亡くなった人

1867年 ボードレール……フランスの詩人。代表作『悪の華』『パリの憂鬱』など。

1913年 ベルツ……ドイツ人医師。「日本医学の恩人」

1963年 ブラック……フランスの画家。代表作『レスタックの風景』『桃と洋梨と葡萄のある静物』など。

1973年 ジョン・フォード……アメリカの映画監督。代表作『駅馬車』『怒りの葡萄』『わが谷は緑なりき』『静かなる男』など。

1986年 ヘンリー・ムーア……イギリスの彫刻家。

1997年 ダイアナ……イギリスの元皇太子妃。ウィリアム王子・ヘンリー王子の実母。


● 過去のマイブログ「8月31日」のテーマ

2015年  『横たわる人体』 のヘンリー・ムーア
20世紀のイギリスを代表する芸術家・彫刻家のヘンリー・ムーアが、1986年に亡くなった日です。1898年、北イングランドのヨークシャーに貧しい炭鉱夫の子として生まれたヘンリー・ムーアは、中学時代に粘土や木による造形を美術教師にほめられたのがきっかけになって、彫刻家になる決心をしました。しかし、両親は彫刻を手工業的な労働として評価しませんでした……。

2012年  現代絵画の先駆者ブラック
ピカソとともに「キュービズム」(立体派)の創始者といわれるフランスの画家ブラックが、1963年に亡くなった日です。1882年パリ郊外にあるセーヌ川沿いの町アルジャントイユで生まれたジョルジュ・ブラックは、ル・アーブルで育ち、少年時代は家業のペンキ屋・装飾画家の見習いをしながら、1897年ころから2年間美術学校の夜学で絵を学びました。1900年、装飾画家としての資格を得ようとパリに出ると……。

2011年 「フランス近代詩の父」 ボードレール
フランスの詩人・批評家のボードレールが、1867年に亡くなった日です。1821年パリに生まれたシャルル・ボードレールは、6歳のとき父が亡くなり、母はのちに将軍となる軍人と再婚しました。ボードレールは、母を奪われた悲しみから義父とは仲が悪く、孤独な少年時代を送りました。中学時代は、ラテン後の詩作や翻訳に優れ、全国コンクールに入賞するほどの能力を発揮しましたが……。

2010年  日本近代医学の恩人・ベルツ
明治時代初期に日本に招かれたドイツ人医師で、26年にわたって医学を教え、日本医学界の発展に尽くしたベルツが、1913年に亡くなった日です。明治新政府ができたとき、欧米の進んだ文化や学問や技術をとりいれて、いち早く欧米に追いつきたいと考えました。そのために、たくさんの外国人教師を招きましたが、そのなかでも特に立派な人格と優れた指導力で、日本人に大きな影響力を与えたばかりでなく……。

2007年  「プリマベーラ」(春) と 「ビーナスの誕生」 にまつわる驚き
昨日、イタリア・フィレンツェの「ウフィツ美術館」にある、ボッティチェリの名画「プリマベーラ」(春)を紹介しましたが、この絵について調べているうちに、実に興味深いことが判りました。そのいくつかを記してみることにします。(1) 「ウフィツ美術館」の名称の意味 この絵を所蔵している「ウフィツ美術館」という名称のことですが、このイタリア語の「ウフィツ」は、英語の「オフィス」(事務所)です……。

2006年 「ライト兄弟」 のこども時代
弟のオービルと、4歳うえのウィルバーは、1日じゅうでも、物を作ったり、こわしてみたりして遊ぶのがすきでした。台所を実験室にしてさわいでも、母は 「あとは、きちんと、かたずけるのよ」 と、やさしくいうだけで、なにもしかりませんでした。また、父も、ふたりの機械好きをよろこんで、家のだいじな大工道具を使うのを許してくれるほど、やさしい人でした。ある日、ふたりは、旅行から帰ってきた父から……。

2005年  幼児の「科学する心」について
「こども科学図書館」の編集にたずさわっていた1977年頃のこと。私の二人の男の子の上が5歳、下が3歳だった。初秋のある日、子どもたちと近所を散歩していると、都会ではめずらしく赤トンボが何十匹となく空を舞っている。子どもたちは、キャッキャといいながら追いかけまわしていたが、そのうち「お父さんつかまえて」というので、悪戦苦闘しながら1匹をつかまえてあげると、もう下の子は大喜び。おっかなびっくり羽根をつかみ、下からながめ、こんどはひっくりかえしながめまわしている……。

● 今日(8月30日)の主なできごと

1945年 マッカーサー来日……第2次世界大戦に敗れた日本は、9月から1952年4月まで6年9か月間占領され、連合国軍司令部(GHQ)による間接統治が行なわれた。その最高司令官に任命されたアメリカのマッカーサー元帥がこの日、神奈川県の厚木飛行場におりたった。


● 今日の主な記念日・恒例日

富士山測候所記念日……1895年のこの日、気象学者の野中到(いたる)が私財を投じ、富士山頂に野中測候所(今の気象庁富士山測候所)を開設したのにちなむ記念日。

冒険家の日……1989年に堀江謙一が小型ヨットでの太平洋の単独往復を達成、1970年に植村直己がマッキンリーの単独登頂して日本人初の大陸最高峰登頂を成功させ、1965年に同志社大学南米アンデス・アマゾン遠征隊がアマゾン川の源流から130kmを世界で初めてボート下りをした。これらの冒険が、いずれも8月30日だったことから制定。


● 今日生まれた人

1748年 ダビッド……フランスの画家。代表作『ナポレオンの戴冠式』『アルプスを越えるナポレオン』『レカミエ夫人』など。

1797年 メアリー・シェリー……イギリスのホラー小説家。代表作『フランケンシュタイン』など。

1871年 国木田独歩……明治期の小説家・詩人・ジャーナリスト・編集者。代表作『武蔵野』『牛肉と馬鈴薯』『源叔父』 など。

1871年 ラザフォード……イギリスの物理学者。「原子物理学(核物理学)の父」


● 今日亡くなった人

1940年 トムソン……イギリスの物理学者。電子・同位体の発見、質量分析器の発明など。

1984年 有吉佐和子……昭和期の小説家。代表作『複合汚染』『紀ノ川』『恍惚の人』など。

1992年 五社英雄……昭和・平成期の映画監督・テレビプロデューサー・脚本家。代表作『極道の妻たち』『三匹の侍』『鬼龍院花子の生涯』など。

1995年 山口瞳……昭和・平成期の小説家。代表作『江分利満氏の優雅な生活』など。


● 過去のマイブログ「8月30日」のテーマ

2013年  『複合汚染』 の有吉佐和子
『紀ノ川』『華岡青洲の妻』『複合汚染』『恍惚の人』など、歴史や古典芸能、社会問題まで広いテーマの話題作を多く著した作家の有吉佐和子(ありよし さわこ)が、1984年に亡くなった日です。1931年、和歌山市に生まれた有吉佐和子は、父の転勤のために小学時代は旧オランダ領東インドで過ごし、1941年に帰国後、東京市立第四高女から疎開先の和歌山高女、光塩高女、府立第五高女を経て、1952年に東京女子大学英語学科を卒業、演劇評論家を志して、雑誌『演劇界』の嘱託となりました……。

2012年 「おもしろ古典落語」83回目 『船徳(ふなとく)』
江戸の隅田川の川筋には、船宿というのがありまして、ここから舟をだすというぜいたくな遊びがはやっていました。なかには、遊びに夢中になりすぎて、親から勘当されてしまった若旦那が、お出入りの船宿に居候をしてたなんてのが、よくありました。柳橋の船宿・大枡(だいます)に居候していましたのが大家の若旦那の徳三郎。ひまをもてあました末に、いなせな姿にあこがれて「船頭になりたい」といいだし……。

2011年  電子を発見したトムソン
電子と同位体を発見し、質量分析器を発明したイギリスの物理学者トムソンが、1940年に亡くなった日です。1856年、イギリス中部西海岸マンチェスターの本屋の家に生まれたジョセフ・ジョン・トムソンは、小さな私立学校に通ううち、科学への強い興味と才能を示し、ケンブリッジ大学で1880年に数学の学士号、1883年に修士号を取得。1884年に母校の教授になり、のちに物理学のキャベンディッシュ研究所の所長に……。

2010年 「原子物理学の父」 ラザフォード
ニュージーランド出身・イギリスで活躍した実験物理学者で「原子物理学(核物理学)の父」と呼ばれるラザフォードが、1871年に生まれた日です。すべての自然科学の研究のなかでも、特に注目されているのが原子や原子核についての研究です。その原子物理学のもとになる新しい考え方をいくつも生み出し、実験で証明して発展の道をきりひらき、1908年にノーベル賞を受賞……。

2007年  ボッティチェリ「プリマベーラ(春)」
この絵は、イタリア・フィレンツェの「ウフィツ美術館」にあり、2.03m×3.14m の大きな絵です。フィレンツェは、ルネッサンスが花開いた都市としても有名で、14世紀末から16世紀始めころまで、都市国家フィレンツェの君主として「メディチ家」は隆盛を誇っていました。この絵の注文主はメディチ家のロレンツォ・イル・マニーフィコ、通称「豪華王」で……。

2006年 「野口英世」 のこども時代
1歳をすぎてまもなくのやけどで、左手の5本の指がくっついたまま棒のようになってしまっていた清作 (英世の子どものころの名) は、小学校へあがると、みんなに 「てんぼう、てんぼう」 「左手で石を投げてみろ」 とバカにされました。そして、くやしさと悲しさに涙を流すうちに、こっそり学校をずる休みするようになっていきました。でも、ずる休みは、まもなく、母にみつかって 「人に笑われたくらいで、くじけてはダメです。しっかり勉強して、いまはバカにしている人たちを、学問の力で、みかえしてやったら……。

2005年  こども科学図書館について
これまで、いずみ書房の創業期の、まさに生きるか死ぬかの大苦戦物語を記述してきた。そして、独自のフランチャイズシステムによる販売組織を少しずつ作り上げることができ、以来およそ10年もの長い間、試行錯誤しながらもこのシステムの恩恵を受けながら、多くの出版物を刊行することができた。「せかい童話図書館」(全40巻)に続く、「ポケット絵本シリーズ」の第2弾は、1978年5月に完成した「こども科学図書館」(全40巻)だった……。

● 今日(8月29日)の主なできごと

1708年 シドッチ屋久島へ上陸……イタリア人宣教師のシドッチが屋久島に上陸。鎖国中だったため捕えられて江戸に送られ、新井白石の訊問を受け幽閉されたが、このときのやりとりは後に『西洋紀聞』にまとめられた。

1929年 ツェッペリング号世界一周……全長236mものドイツの飛行船ツェッペリング号は、約12日間かけて世界一周に成功した。しかし飛行船は、実用的には飛行機にかなわないため、現在では、遅い速度や人目につきやすい特長をいかして、広告宣伝用として使われている。


● 今日の主な記念日・恒例日

文化財保護法施行記念日……1949年1月26日に法隆寺金堂が全焼したのをきっかけに、文化財保護政策の改革が望まれ、これまでの「国宝保存法」「重要美術品等保存法」「史蹟名勝天然記念物保存法」をまとめた「文化財保護法」が、1950年のこの日に施行された。これにちなみ、1951年に制定。

焼き肉の日……「やき(8)に(2)く(9)」の語呂合せから、全国焼き肉協会が1993年から実施。

ケーブルカーの日……1918年のこの日、大阪電気軌道(今の近鉄)の子会社が、奈良県生駒山の鳥居前~宝山寺間で日本初のケーブルカーを開業させたことから制定。

ベルばらの日……1974年のこの日、宝塚歌劇で「ベルサイユのばら」が初演されたことにちなんで制定。池田理代子原作の劇画を脚色したもので、1976年の上演打ち切りまでに延べ140万人の観客動員を記録。


● 今日生まれた人

1619年 コルベール……フランスの財政家・政治家。「重商主義」政策推進。

1632年 ジョン・ロック……イギリスの哲学者・思想家。代表作『人間知性論』『統治二論』など。立憲制・三権分立を主張。

1780年 アングル……フランスの画家。代表作『泉』『グランド・オダリスク』など。

1862年 メーテルリンク……ベルギーの劇作家・エッセイスト・詩人。代表作『青い鳥』『貧者の宝』など。

1888年 大内兵衛……大正・昭和期のマルクス経済学者・財政学者。


● 今日亡くなった人

1858年 渋江抽斎……江戸時代後期の医師・考証学者。

1979年 竹鶴政孝……大正・昭和期の実業家。ニッカウヰスキー創業。


● 過去のマイブログ「8月29日」のテーマ

2014年  「進歩的経済学者」 大内兵衛
大正・昭和期に、日本のマルクス経済学の一大グループをリードし、統計制度や社会保障制度の整備に尽力した大内兵衛(おおうち ひょうえ)が、1888年に生まれた日です。兵庫県淡路島に生まれた大内兵衛は、旧制洲本中学、第五高校(熊本)を経て、1913年東京帝国大学経済学科を首席で卒業すると、大蔵省に入って書記官をつとめましたが、1919年に、新設されたばかりの東大経済学部助教授として財政学を担当……。

2013年 「おもしろ古典落語」129回目 『おしの釣(つ)り』
「おいおい、与太郎、そんなとこへ突っ立ったまんま笑っているやつがあるか」「えへへ、どうも、七兵衛さん、驚いた」「妙なあいさつだな」「なんだってね、七兵衛さんは、釣の名人だって、ほんとか?」「まあ、名人といわれるほどでもないが、釣は好きだな」「釣の好きな人は出世するって、大家さんがいってた。弁天さまは、釣竿(つりざお)と鯛を持ってるって」「あきれたね、それは恵比寿(えびす)さまだ……。

2012年 「渋江抽斎」 と鷗外
江戸時代末期の医師・考証学者の渋江抽斎(しぶえ ちゅうさい)が、1858年に亡くなった日です。なお、渋江は、明治・大正時代の文豪・森鷗外の史伝小説により、一般の人たちに広く知られるようになりました。1805年、弘前藩(青森県)の侍医の子として江戸の藩邸で生まれた渋江抽斎(幼名・恒吉)は、儒学を考証家・市野迷庵に学び、迷庵の没後は狩谷棭斎(えきさい)に学び、医学を伊沢蘭軒から学びました……。

2011年 「近代民主政治」 とロック
イギリスの政治思想家・哲学者で、「アメリカ独立宣言」「フランス人権宣言」にも大きな影響を与えたロックが、1632年に生まれた日です。ジョン・ロックは、イギリス南西部サマセット州の法律家の息子に生まれました。ロックの少年時代に父は、清教徒(ピュリタン)革命の義勇軍に加わって活躍しました。ロックは、革命に成功したクロムウェルが政権を握っていた1652年、オックスフォード大学に入学……。

2008年  [おもしろ民話集 48] 卵裁判
むかしある国に、ひとりの王様がいました。あるとき、王様は旅に出なくてはならなくなり、お妃を呼んでこんな恐ろしいことをいいました。「わしの留守中に、もしお前が男の子を産んだら、いつまでもこの国の王妃にしておこう。だが、女の子を産んだら、お前の首をはねる」 と。王様が旅に出て、しばらくするとお妃は女の子を産みました……。

2007年  「青い鳥」の劇作家・メーテルリンク
詩人、劇作家、エッセイストとして活躍し、ノーベル文学賞を受賞したメーテルリンクが、1862年に生まれた日です。「病気のむすめのために、青い鳥をさがしてきておくれ。青い鳥さえあれば、あの子はしあわせになれるのだからね」クリスマスの前の晩、貧しい木こりの息子チルチルと妹のミチルは、魔法使いのおばあさんにたのまれ、犬やネコのほか、光の精や水の精などのふしぎなお供をつれて、夢の中の世界へ青い鳥をさがしにでかけます……。

2006年 「エジソン」 のこども時代
エジソンは、幼いころから、好奇心のつよい子どもでした。だれにでも 「なぜ、そうなるの?」 「それは、どうなっているの?」 と聞くから、たまりません。おとなたちは、エジソンを見ると、みんな逃げだしました。ある日、かじやのおじさんに 「火は、どうして、もえるの?」 と聞きました。おじさんは、そんなことは、わかりません。しかたなく 「もえるから、火なんだよ」 と、答えてくれただけでした……。

2005年  携帯サイト近日オープン
「いずみ通販こどもカタログ」2005年秋冬号が完成した。今回の目玉は、携帯電話のショッピングサイトをオープンさせたことである。これまでも携帯電話を使用して、QRコードという1.5cm平方の図形を撮影すると、「セサミえいごワールド」の資料請求ができるシステムをこしらえてはいた。そして、インターネットからの請求者の半数近くが、このシステムを利用していることがわかった……。

● 今日(8月28日)の主なできごと

1583年 大坂城完成……豊臣秀吉がいまの大阪城のある場所に「大坂城」を築いた。秀吉の死後は、遺児の豊臣秀頼が城に留まったが、1615年の大坂夏の陣で落城、豊臣氏は滅亡した。

1953年 民放テレビ開始……日本初の民放テレビとして「日本テレビ」が放送を開始。当時は受像機の台数が少なく、人気番組のプロレス中継・ボクシング中継・大相撲中継には、街頭テレビに観衆が殺到し、黒山のような人だかりになった。


● 今日の主な記念日・恒例日

民放テレビスタートの日/テレビCMの日……1953年8月28日午前11時20分、日本の民放テレビ第1号の日本テレビが放送を開始したのと、初のCMが服部時計店の正午の時報だったことにちなむ記念日。

バイオリンの日……1880年のこの日、東京深川の三味線職人の松永定次郎が国産バイオリンの第1号を完成させたことで制定。

気象予報士の日……1994年のこの日、第1回「気象予報士国家試験」が行われたことにちなむ記念日。合格率は18%だった。


● 今日生まれた人

1749年 ゲーテ……ドイツの詩人・小説家・劇作家。代表作『若きウェルテルの悩み』『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』(小説)『ヘルマンとドロテーア』(叙事詩)『ファウスト』(詩劇)など。

1828年 トルストイ……ロシアの小説家・思想家。代表作『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』『復活』『イワンのばか』『人生論』など。


● 今日亡くなった人

785年 大伴家持……奈良時代の貴族・歌人。『万葉集』撰者。大伴旅人の子。

1253年 道元……鎌倉時代前期の禅僧。「曹洞宗」開祖。代表著作『正法眼蔵』『永平広録』など。

1573年 浅井長政……戦国時代の北近江の大名。信長と不和になり「姉川の合戦」に敗れて自刃。

1597年 足利義昭……室町幕府15代(最後の)将軍。

1638年 荒木又右衞門……江戸時代初期の武士・剣客。「鍵屋の辻の決闘(伊賀越仇討)」の助太刀で名高い。

1645年 グローティウス……オランダの政治家・法律家。「国際法の父」

1684年 堀田正俊……江戸時代前期から中期の大名。江戸幕府の要職にあって3代将軍家光・4代将軍家綱をささえ、大老として5代綱吉初期の政治を主導。


● 過去のマイブログ「8月28日」のテーマ

2015年 「室町最後の将軍」 足利義昭
織田信長の援助で室町幕府第15代将軍になったものの、信長と敵対して敗れた足利義昭(あしかが よしあき)が、1597年に亡くなった日です。1537年、第12代将軍足利義晴の次男として生まれた足利義昭(幼名・千歳丸)は、兄に嗣子の義輝がいたため、1542年に奈良興福寺一乗院に入り覚慶と名のりました。1565年に兄の13代将軍義輝が松永久秀らに暗殺された際は……。

2014年 「綱吉初期政治」 と堀田正俊
江戸幕府前期の将軍の3代家光や4代家綱をささえ、大老として5代綱吉初期の政治を主導した堀田正俊(ほった まさとし)が、1684年に亡くなった日です。1634年、江戸幕府第3代将軍徳川家光の腹心だった武蔵国川越城主・堀田正盛の子として生まれた正俊は、1635年に家光の乳母にあたる春日局の養子となります。1641年、家光の嫡男竹千代(のちの徳川家綱)の小姓……。

2013年 「姉川の合戦」 と浅井長政
織田信長と同盟を結び、近江一帯をおさめる戦国大名となった浅井長政(あさい ながまさ)が、信長と不和になって敗れ、1573年に自刃した日です。浅井家の祖先は、鎌倉時代より北近江(滋賀県北部)に土着して、守護・京極氏の家臣として仕えてきました。祖父亮政(すけまさ)の代に、京極氏に代わってこの地域をおさめていましたが……。

2012年 『万葉集』 と大伴家持
わが国最古の和歌集で日本文学史上第一級の史料とされる『万葉集』を編さんした奈良時代の歌人・大伴家持(おおともの やかもち)が、785年に亡くなった日です。718年ころ、のちに大納言の位にまでのぼり歌人としてもすぐれていた大伴旅人の子として生まれた家持は、10歳のころ、大宰帥(だざいのそつ)に任命された父といっしょに、筑紫(北九州)の大宰府へ……。

2008年  大文豪・ゲーテ
「若きウェルテルの悩み」「ファウスト」など数多くの名作を生みだし、シラーと共にドイツ古典主義文学の全盛期を築いたゲーテが、1749年に生まれた日です。ゲーテは、歴史に残る偉大な文学者です。いつでもこまやかに人間を見つめ、作品を描きつづけました。残された詩や小説は、いまでも世界じゅうの人びとに親しまれています。ゲーテは、ドイツの商業都市フランクフルトに……。

2007年  [おもしろ民話集 11] 七つの星
昔ある村に、2か月も3か月も雨の降らないことがありました。そんなある晩のこと。ひとりの少女が木でできたひしゃくを持ち、水をさがし歩いていました。重い病気になったお母さんが「死ぬ前に、ひと口でもいいから水を飲ませてもらえないでしょうか」と、か細い声で神様へお願いしているのを聞いたからです。どんなに水をさがしても、どこにも見つかりません……。

2006年 「坂本龍馬」のこども時代
子どものころの龍馬は、たいへん、いくじがなく、みんなにバカにされました。小さいときは、いつも鼻水をたらしていました。また、いくつになっても、寝しょんべんのくせがなおらず、近所の子どもたちに、口をそろえて、からかわれました。12歳のころから、塾にかよいはじめましたが、さっぱりものおぼえが悪く、先生から 「君には、もう教えようがない……。

● 今日(8月27日)の主なできごと

663年 白村江の戦い……当時朝鮮半島では、新羅が唐(中国)の力を借りて、百済と高句麗を滅ぼして半島を統一しようとしていた。百済から援軍を求められた斉明天皇は、日本水軍を援軍に送ったが7月に病没、かわって中大兄皇子が全軍の指揮にあたった。しかしこの日、白村江(はくすきのえ)で、新羅・唐軍を迎え撃って奮闘したものの、翌日敗れてしまった。


● 今日の主な記念日・恒例日

『男はつらいよ』の日/寅さんの日……1969年のこの日、山田洋次監督・渥美清主演の映画『男はつらいよ』シリーズの第1作が公開されたことによる記念日。「フーテンの寅」が最初に登場したのはテレビドラマで、この時は最終回で寅さんは死亡した。ところが、あまりの反響の大きさに映画で復活。以来48作にも及ぶ世界最長の長編シリーズとなって、ギネスブックにも認定された。


● 今日生まれた人

紀元前551年 孔子……古代中国・春秋時代の思想家・教育者。「儒教」の祖。孔子と弟子たちの語録が『論語』で、孟子・荀子ら3千人もの弟子を育てる。

1838年 上野彦馬……幕末から明治期の写真師。日本初の写真館開業・プロカメラマン・従軍カメラマン。

1881年 岩波茂雄……大正・昭和期の出版人。「岩波書店」創業。

1883年 阿部次郎……大正・昭和期の哲学者・評論家。代表著作『三太郎の日記』『倫理学の根本問題』『美学』など。

1896年 宮沢賢治……大正・昭和期の詩人・童話作家。代表作『注文の多い料理店』『風の又三郎』『よだかの星』『セロ弾きのゴーシュ』(童話)『春と修羅』『雨ニモマケズ』(詩)など。

1910年 マザー・テレサ……マケドニア出身インドのカトリック修道女。

1925年 丸谷才一……昭和・平成期の小説家・文芸評論家。代表作『年の残り』『たった一人の反乱』『裏声で歌へ君が代』など。


● 今日亡くなった人

1576年 ティツィアーノ……イタリア盛期ルネサンスのベネチア派画家。代表作『ウルビーノのビーナス』『聖母被昇天』など。

1714年 貝原益軒……江戸時代前・中期の本草学者・儒学者。代表著作『養生訓』『大和本草』『大和俗訓』『和俗童子訓』『慎思録』 など。

1862年 長野主膳……江戸時代後期の国学者。江戸幕府大老・井伊直弼の懐刀。

1949年 上村松園……明治・大正・昭和期の日本画家。代表作『序の舞』『母子』『楊貴妃』など。女性初の文化勲章受章。上村松篁の母。

1965年 ル・コルビュジエ……スイス出身フランスの建築家・都市設計家。作品群は、2016年「ル・コルビュジエの建築と都市計画」として世界遺産に登録される。


● 過去のマイブログ「8月27日」のテーマ

2015年 「井伊直弼を操った」 長野主膳
幕末期に大老・井伊直弼の懐刀として、紀州慶福(よしとみ)を14代将軍家茂に決定したこと、勅許なく条約を結んだこと、「安政の大獄」を起こしたこと、和宮降嫁の運動に着手などを主導した長野主膳(ながの しゅぜん)が、1862年に亡くなった日です。1815年に生まれ、伊勢国滝村に住む長野次郎祐の弟とされる長野主膳(本名・義言)ですが、25歳ころまでの……。

2014年 「元祖・プロカメラマン」 上野彦馬
写真草創期の日本で、プロのカメラマンとして活躍した上野彦馬(うえの ひこま)が、1838年に生まれた日です。長崎奉行所の蘭学者で時計御用師上野俊之丞の子として生まれた彦馬は、化学や医学にも通じた父のもとで育ち、豊後日田藩(大分県)の広瀬淡窓の私塾咸宜園で学び、1858年、20歳でオランダ軍医ボンベを教官とする長崎・医学伝習所で……。

2013年  [おもしろ民話集 97] ビンの中のおばけ
むかしむかし、ある町に、どこか暗い感じの大きな古い家がありました。その家には、人はだれも住んでいませんが、お化けがいたため、ずっと空き家になっているのでした。こまった家主は、「お化けを退治してくれた人には、お礼に、お金をたくさんはずみます」と、家のまえにはり紙を出しました。何人かの力自慢が、「おれが退治してやる」と名乗りでて……。

2012年  ベネチア派の巨匠ティツィアーノ
『ウルビーノのビーナス』『聖母被昇天』など、イタリア・ルネサンス最盛期にベネチア派を代表する画家として活躍したティツィアーノが、1576年に亡くなった日です。1490年ころ、ベネチア共和国近郊にある名家の長男に生まれたティツィアーノは、10歳から12歳くらいのときに、画家の内弟子になるためにベネチアの叔父のもとへと送られました……。

2010年 「スラムの聖女」 マザー・テレサ
インドのカルカッタにあるスラム街で「長期間にわたる献身的な働きにより、苦しみのなかにいる人々に安息をもたらした」としてノーベル平和賞を受賞したマザー・テレサが、1910年に生まれた日です。今年は、テレサ生誕100年にあたります。マザー・テレサの本名は、アグネス・ゴンジャ・ボワジュといい、旧ユーゴスラビア(現マケドニア)の古都……。

2008年  古代中国の聖人「論語」の孔子
古代中国の思想家で、「仁」を重んじる政治を唱えたくさんの弟子を育てた孔子(こうし)が、紀元前551年に魯(ろ)の国に生まれたとされる日です。孔子の教えは、弟子たちの手で「論語」としてまとめられ、孔子を始祖とする思想・信仰の体系は「儒教」と呼ばれ、江戸時代では、もっとも大切な学問とされていました。孔子が生きていたころの中国は……。

2007年  江戸の博物学者・貝原益軒
江戸時代の初期、独学で儒学、国文学、医学、博物学を学び、わが国はじめての博物誌 「大和本草」 などを著した貝原益軒が、1714年に亡くなった日です。貝原益軒は1630年、筑前国(福岡県)の福岡城のなかで生まれました。父が、藩医として、黒田侯に仕えていたからです。益軒は、幼いときから、からだはあまりじょうぶではありませんでしたが、才能には……。

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