児童英語・図書出版社 創業者のこだわりブログ

30歳で独立、31歳で出版社(いずみ書房)を創業。 取次店⇒書店という既成の流通に頼ることなく独自の販売手法を確立。 ユニークな編集ノウハウと教育理念を、そして今を綴る。

2017年10月


● 今日(10月6日)の主なできごと

1927年 世界初のトーキー映画……この日、ワーナーブラザースによる世界初のトーキー映画『ジャズ・シンガー』がニューヨークで封切られた。映画全編を通してのトーキーではなく、部分的なトーキー(パートトーキー)だったが、驚異的な興行収入を記録したことで、サイレント(無声)映画時代は終わりをつげ、トーキー時代の幕開きとなった。


● 今日の主な記念日・恒例日

国際協力の日……1954年のこの日、発展途上国への技術協力のための国際組織「コロンボ・プラン」に、日本が初めては加盟することになったのを記念し、外務省と国際協力事業団(JICA)が1987年に制定。

役所改革の日……1969年のこの日、千葉県松戸市役所に「すぐやる課」ができた。当時の松本清市長の発案で設置され、「すぐできることは、すぐにやる」をモットーに、役所の縦割り行政では対応できない仕事にはげんで、市民の好評を得た。役所のイメージを一新したことにちなむ記念日。なお、この時の市長は、ドラッグストア「マツモトキヨシ」の創業者。


● 今日生まれた人

1773年 ルイ・フィリップ……フランスのブルボン・オルレアン朝初代国王。「市民の王」
 
1846年 ウェスティングハウス……アメリカの発明家・技術者・実業家。鉄道車両用の空気ブレーキ発明。

1866年 孫文……中国の革命家・中華民国大総統。「三民主義」 を提唱。

1887年 ル・コルビュジエ……スイス出身フランスの建築家・都市設計家。上野の「西洋美術館」など建築物22選は、2016年に「世界遺産リスト」に登録された。

1914年 ヘイエルダール……ノルウェーの人類学者・海洋探検家。代表著作『コンチキ号漂流記』など。


● 今日亡くなった人

1715年 渋川春海……江戸時代前・中期の天文暦学者。貞享暦の作成。

1892年 テニスン……イギリスの詩人。代表作『イノック・アーデン』など。

1920年 黒岩涙香……明治・大正期の新聞記者・探偵小説家・翻訳家。

1954年 尾崎行雄……明治・大正・昭和期の政治家。「憲政の神様」


● 過去のマイブログ「10月6日」のテーマ

2015年 「万朝報」 の黒岩涙香
日本初の推理小説作家であり、明治から大正期の新聞記者・経営者として活躍、『巌窟王』『噫無情(ああむじょう)』などを翻案・紹介した黒岩涙香(くろいわ るいこう)が、1920年に亡くなった日です。1862年、今の高知県安芸市に土佐藩郷士の子として生まれた黒岩涙香(本名・周六)は、藩校文武館で漢籍を学び、1874年に地元の政治家板垣退助らによる自由民権運動に魅かれると、16歳で運動家を志して……。

2014年 「初の国産暦」 の渋川春海
江戸時代前期の天文暦学者で、日本初の暦「貞享(じょうきょう)暦」を作りあげた渋川春海(しぶかわ はるみ/しゅんかい)が、1715年に亡くなった日です。1639年、京都四条室町に生まれた渋川春海は、幼くして江戸幕府の囲碁棋士安井参哲の養子となり、幼いころから父の指導により、めきめき上達して囲碁妙手として知られるようになります。1652年父の死のあとをついで2代目安井参哲として囲碁棋士となり……。

2011年 「おもしろ古典落語」42回目 『元犬(もといぬ)』
浅草は蔵前あたりの八幡さまの境内に、まっ白な犬がいました。みんなでかわいがっていますから、食べ物にもこまりません。おとなしくて人間に吠えつくこともなく、「可愛い犬だね、こんど生まれかわるときは、人間に生まれ変わるよ、むかしから白い犬は人間に近いっていうからね…いいかい、シロ、人間になるんだよ」なんてことを、毎日まいにち頭をなでられていわれるものですから、犬もその気になって……。

2010年  コンチキ号とハイエルダール
いかだ船「コンチキ号」をこしらえて、ポリネシア人のルーツを解明したことなどで知られるノルウェーの人類学者、海洋探検家のハイエルダールが、1914年に生まれた日です。トール・ハイエルダールは、ノルウェー南部ラルビーという港町に生まれました。子どもころから早くも動物学に興味を持ち、全長1mもの有毒ヘビを、自宅で飼うほど熱中しました……。

2008年  余韻を大切に
親と子が心を解け合わせていっしょの時間を過ごす「読み聞かせ」は、とても楽しいものです。ところが、親のちょっとした語りかけが、その楽しさを壊してしまうことを知っておかなくてはなりません。それは、読み聞かせが終わったあとの「どんなところがおもしろかった?」「どんなことを感じた?」という問いつめです。これだけならまだしも……。

2006年 「アンデルセン」 のこども時代
アンデルセンは、6歳で、貧しい家の子どもだけが通う学校へ入りました。でも、すぐ、やめてしまいました。そして、その後2回かわった学校も、やはり、長続きしませんでした。勉強がきらいだったのではありません。いろいろなことを、ひとりで空想するのが好きで、女の子に 「ぼくが大きくなったら、ぼくのお城の、乳しぼりにしてあげるよ」 などと言っては、みんなに笑われ、学校へ行くのが、いやになってしまったのです……。

2005年  「伝記」 は子どもたちになぜ必要なのか (2)
人間はだれでも、歴史のなかに生きている。逆にいえば、人間はすべて、歴史をつくりながら生きているのである。ところが、戦後の日本人の多くが、日本のおぞましい過去の歴史を否定するあまり、歴史とかかわりあって生きることを忘れすぎているのではないだろうか……。


● 今日(10月5日)の主なできごと

1274年 文永の役……元(今の中国)の皇帝フビライは日本を属国にしようと、2万人の軍隊と朝鮮(高麗)軍1万5千人を率いて対馬を占領後、博多に上陸した。しかし、おりからの嵐にあって朝鮮へ引き上げた。1281年にも再上陸(弘安の役)を企てるが、このときも嵐にあって失敗。この2度にわたる元の襲来を「元寇(げんこう)」とよび、人々はこれを「神風が吹いた」と語りついできた。

1392年 南北朝が合一……北朝と南朝に分かれて対立していた朝廷だったが、「明徳の和約」によって交互に天皇を出すことを約束、50年にわたる南北朝の争いを終えた。

1938年 河合栄治郎の著書発禁……この日、東大の経済学部の教授で「自由主義者」として知られ、ファッシズム批判を続ける河合栄治郎の著書『ファッシズム批判』『時局と自由主義』など4冊の著書が発売禁止となった。


● 今日の主な記念日・恒例日

時刻表記念日……1894年のこの日、日本初の本格的な時刻表『汽車汽船旅行案内』が出版されたのにちなんで制定。イギリスの時刻表を参考に、発車時刻や運賃のほか、沿線案内や紀行文なども掲載されていた。


● 今日生まれた人

1713年 ディドロ……フランスの思想家・文学者。ダランベールとともに「百科全書」編纂。

1773年 徳川家斉……江戸幕府第11代将軍。松平定信を老中首座に任命し「寛政の改革」を推進。

1864年 ルイ・リュミエール (弟)……フランスの発明家。兄(オーギュスト)と映写機発明。「映画の父」

1865年 福田(影山)英子……明治・大正期の婦人解放運動家。

1882年 ゴダード……アメリカの物理学者。「ロケットの父」


● 今日亡くなった人

528年 達磨……「七転び八起」のことわざでおなじみのダルマさんのモデルとなった中国禅宗の開祖

1938年 高村智惠子……昭和期の洋画家。高村光太郎の妻で、詩集『智恵子抄』で知られる。多くの「切り絵」を残す。

1948年 大谷光瑞……明治・大正・昭和期の僧侶。中央アジア探検家。

1976年 武田泰淳……昭和期の小説家・中国文学者。代表作『司馬遷』『才子佳人』『ひかりごけ』など。

1996年 シーモア・クレイ……アメリカの電子技術者。「スーパーコンピュータ」生みの親。

2002年 三鬼陽之助……昭和・平成期の経営評論家。雑誌「財界」創刊。「財界の御意見番」

2011年 スティーブ・ジョブズ……アメリカの経営者。「アップルコンピュータ」創業。

2014年 大山勝美……昭和・平成期のテレビプロデューサー・演出家。代表作『岸辺のアルバム』『想い出づくり』『ふぞろいの林檎たち』など。


● 過去のマイブログ「10月5日」のテーマ

2015年 「大いなる駄々っ子」 大谷光瑞
3度にわたる中央アジア探検を試み、仏教的アジア主義を提唱した浄土真宗西本願寺第22世法主(ほっす)の大谷光瑞(おおたに こうずい)が、1948年に亡くなった日です。1876年、第21世大谷光尊の長男として京都に生れた大谷光瑞は、1886年に上京して学習院に入学するものの3年余りで中退、神田の英学校に学ぶもまた中退して京都へもどると、教内外の学者からの個人教授と独学により、広い教養を身につけました……。

2012年 『智恵子抄』 と高村智恵子
詩人の高村光太郎と結婚し、光太郎の詩集『智恵子抄』や「切り絵」を残した洋画家の高村智恵子(たかむら ちえこ)が、1938年に亡くなった日です。1886年に、福島県二本松市の酒造業を営む家に生れた長沼智恵子は、福島高等女学校を卒業後に日本女子大学に入学しました。油絵に興味を持つようになり、1907年に大学を卒業した後は、洋画家の道を選んで東京に残り、太平洋画会研究所で学び……。

2011年 『百科全書』 のディドロ
フランスの啓蒙思想家で、「フランス革命」にも大きな影響を与えた『百科全書』を編集したディドロが、1713年に生まれた日です。シャンパーニュ地方ラングルの裕福な刃物師の息子として生まれたドゥニ・ディドロは、イエズス会の学校で学んだ後、パリ大学に学び、優秀な成績を修めました。法律家をめざしましたが……。

2010年  ダルマさん
「七転び八起」のことわざでおなじみのダルマさんのモデルとなった中国禅宗の開祖・達磨(だるま)が、528年に亡くなったとされる日です。達磨は、5世紀から6世紀にかけての人だという以外、生まれた年も死んだ年もはっきりしません。確かな記録がないので、どのような人生を送ったのかほとんど不明です。禅を広めるために、中国へやってきた達磨は、遠いインドの人でした。禅とは、仏教の教えの1つで……。

2007年  ファッシズムと戦った河合栄治郎
1938年のこの日は、東大の経済学部の教授だった河合栄治郎の著書「ファッシズム批判」など4冊の著書が発売禁止になった日です。河合栄治郎は自ら、資本主義を無条件に肯定する(第1期自由主義)から、資本主義の弊害を改良する(第2期自由主義)、さらにこれをしのぐ「第3期自由主義者」と称していました。この考えは、個々人の人格の成長に最も高い価値をおき、それが社会全体に広がった「理想的社会」の建設にあると説きます……。

2006年 「間宮林蔵」 のこども時代
林蔵は、貧しい農家に生まれましたが、幼いころから 「人のために、りっぱな仕事をする人間になりたい」 と、思っていました。12歳のときのこと、村の人たちにつれられて筑波山へ行きました。すると、夜中に、旅館は大さわぎになりました。林蔵が、いなくなってしまったのです。みんなは、夜、外へでて、てんぐにでも、さらわれたのではないかと心配しました。ところが、朝になると……。

2005年 「伝記」 は子どもたちになぜ必要なのか (1)
「せかい伝記図書館」(36巻)には、およそ100名の伝記を収録した。そして、登場するすべての伝記はそれぞれ14ページ分としてコンパクトにまとめられている。したがって、どんなに忙しい両親でも、1日に15分程度の時間を見つけてくれれば、1人の伝記を読むことができる。子どもたちに読ませるだけでなく、両親にも読んでもらい、家族ぐるみで読後感を語りあうようにしたい……。


● 今日(10月4日)の主なできごと

1872年 富岡製糸場が操業……群馬県富岡に、この日フランスの技術を導入して設立された官営富岡製糸場が操業を開始した。なお、この模範工場は、1893年に民間へ払い下げられてからも、1987年に操業を停止するまで、一貫して製糸工場として機能し続けた。2014年6月「日本の近代化遺産」として、初の「世界遺産」となった。

1957年 初の人工衛星……この日、ソ連が世界初となる人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げに成功。これ以降、アメリカとソ連の宇宙開発競争が激しさを増していったことから「宇宙開発記念日」とされている。


● 今日の主な記念日・恒例日

都市景観の日……「と(10)しび(4日)」(都市美)の語呂合せから、都市の景観に対する意識を高めようと、建設省(今の国土交通省)が1990年に制定。

陶器の日……陶器の古称である陶瓷「とう(10)し(4)」の語呂合せから、日本陶磁器卸商業協同組合連合会が1984年に制定。

その他の記念日……証券投資の日・天使の日・いわしの日・徒歩の日・探し物の日など。


● 今日生まれた人

1472年 クラナハ……ドイツの画家。代表作『アダムとイヴ』『マルティン・ルターの肖像』など。

1814年 ミレー……フランスの画家。代表作『晩鐘』『落ち穂ひろい』など。

1876年 新村出……明治・大正・昭和期の言語学者。『広辞苑』編纂。

1895年 ゾルゲ……ドイツのジャーナリスト。ソ連のスパイ。

1902年 河盛好蔵……昭和・平成期の評論家・フランス文学者・随筆家。代表著作『フランス文壇史』『パリの憂愁』など。

1911年 日野原重明……昭和・平成期の医師。代表著作『長寿の道しるべ』『戦争といのちと聖路加国際病院ものがたり』など。

1918年 福井謙一……昭和・平成期の理論化学者。フロンティア軌道理論提唱。1981年ノーベル化学賞。


● 今日亡くなった人

1669年 レンブラント……オランダの画家。代表作『夜警』『フローラ』『自画像』など。

1880年 オッフェンバック……フランスの作曲家。代表作『天国と地獄』など。

1904年 バルトルディ……フランスの彫刻家。代表作『自由の女神像』など。

1947年 プランク……ドイツの理論物理学者。量子仮説を提唱。

1972年 東海林太郎……昭和期の流行歌手。『赤城の子守唄』など。


● 過去のマイブログ「10月4日」のテーマ

2013年 「おもしろ古典落語」132回目 『勘定板(かんじょういた)』
「ところ変われば品変わる」というように、同じものでも、場所によってよび名が変わるということはよくあることです。東京で「坊ちゃん」というのを大阪では「ぼんぼん」、東京の「おじょうちゃん」が大阪では「いとはん」といいます。東北のほうへいきますと、「おりる」というのを「おちる」、ものごとが「済(す)んだ」というのを「しんだ」というところがあるそうです……。

2012年 「おもしろ古典落語」88回目 『やかん』
天地が開けて以来、この世に知らないものは何もないと豪語する隠居。長屋の八五郎は、一度は隠居をへこましてやろうと物の名の由来を次から次へと質問します。ところが隠居もさるもの、妙ちきりんなこじつけでケムにまきます。「魚ってのは、いろんな名前がついてますね。マグロってのは、どういうわけで?」「あの魚の皮は黒いだろう。だから、むかしは『まっ黒』っていったのを、だれか気の短いのがまちがえて、マグロになったんだ……。

2011年 『広辞苑』の 新村出
明治後半から大正・昭和の言語学者、文献学者で、日本を代表する辞典『広辞苑』を著わした新村出(しんむら いずる)が、1876年に生まれた日です。新村出は、長州藩の旧幕臣で山口県令を務めていた関口家の次男として山口県に生まれましたが、1889年に父が機関車事故で亡くなったのち、徳川15代将軍だった慶喜家に仕える新村猛雄の養子となりました。静岡の中学を卒業後……。

2010年 「量子論の父」 プランク
量子論の創始者として知られるドイツの理論物理学者プランクが、1947年に亡くなった日です。マックス・プランクは1858年、ドイツ北西部の町キールに生まれました。少年時代、母親の影響からピアノ演奏に関しては、プロ級の才能を示したといわれていますが、音楽家をめざすことなく、17歳でミュンヘン大学に進学しました。専攻は数学でしたが、次第に熱力学に興味を覚えるようになりました。しかし……。

2007年  ミレー 「晩鐘」
ミレーの「晩鐘」は、レオナルド・ダ・ビンチの「モナリザ」と並んで、日本人に最も親しまれている絵といってよいかも知れません。その日の畑仕事を終えた農夫とその妻が、夕暮れの野に立って、神に祈りを捧げる敬虔な姿に、多くの人が感銘するためでしょう。ミレーは子どもの頃のことを考えながら、この絵を描いたそうです。夕方、村に教会の鐘が鳴り響くと、祖母は仕事の手をやすめ、少年ミレーに脱帽させて「哀れむべき死者たちのために……」という祈りの言葉をいわせました……。

2006年 「ミケランジェロ」 のこども時代
ミケランジェロは、フィレンツェの警察長官の子として生まれながらも、生後まもなく、親戚の石彫工の家へ里子に出されました。母のからだが弱く、すでにミケランジェロの上に、1歳半になる手のかかる子どもがいたからです。しかし、およそ4年のあいだ石彫工のもとへあずけられたことは、母親の愛にはめぐまれずに終わったとしても、その後のミケランジェロのためには幸いでした。里子に出されていた幼年時代に、大理石のかけらをおもちゃにして育ったことが、のちの大芸術家を生む契機となったのです……。

2005年  空前のスケールで描く伝記全集
「いずみ書房」が創業後に刊行した、ポケット絵本シリーズ第1期「せかい童話図書館」(40巻)、第2期「こども科学図書館」(40巻)、第3期「子どもワールド図書館」(38巻)につづく第4弾は、1982年に刊行した第4期「せかい伝記図書館」(36巻・別巻3)だった。企画を立ち上げてから丸3年、もっとも長い時間と労力をつぎこんだシリーズといえるかもしれない。おかげで、今もたくさんの人に受け入れていただき、ここ2、3年は「いずみ通販こどもカタログ」の一番人気を維持し続けている……。


● 今日(10月3日)の主なできごと

1964年 日本武道館が完成……この日、東京の北の丸公園に、東京オリンピック会場の一つとして日本武道館が開館。法隆寺の夢殿をかたどった正八角形の建物で、15000人を収容できる総合武道施設だったが、今では武道に限らず、コンサート会場や大学の入学式・卒業式などとして広く使用されている。

1990年 東西ドイツ統一……第2次世界大戦後、東西に分裂していたドイツは、45年ぶりに統一された。ベルリンの壁が崩壊してからわずか11か月後のこの日は、「ドイツ統一の日」という記念日となっている。


● 今日の主な記念日・恒例日

登山の日/山の日……「と(10)ざん(3)」の語呂合せから、日本アルパイン・ガイド協会が1992年に制定。


● 今日生まれた人

1804年 ハリス……アメリカの外交官。江戸時代後期に初代駐日本公使となり、日米修好通商条約を締結。

1867年 ボナール……フランスの画家・版画家。日本美術の影響。

1873年 津田左右吉……明治・大正・昭和期の歴史学者・思想史家。上代史と東洋史の研究に業績。

1884年 下村湖人……大正・昭和期の小説家・教育家。代表作『次郎物語』。

1905年 平林たい子……昭和期の小説家。代表作『施療室にて』『かういふ女』『秘密』など。

1912年 米山正夫……昭和期の作曲家。代表作『森の水車』『山小舎の灯』『リンゴ追分』『三百六十五歩のマーチ』など。


● 今日亡くなった人

1962年 飯田蛇笏……明治・大正・昭和期の俳人。「ホトトギス」隆盛期の代表作家。

1966年 シーベルト……スウェーデンの物理学。放射線防護に関する研究。線量当量の単位Sv(シーベルト)の由来。

1999年 盛田昭夫……昭和・平成期の経営者。井深大と東京通信工業(現在のソニー)設立。


● 過去のマイブログ「10月3日」のテーマ
 
2014年 「世界のソニー」 と盛田昭夫
井深大と共にソニーを創業し、世界最大級のエレクトロニクス企業に育て上げた盛田昭夫(もりた あきお)が、1999年に亡くなった日です。1921年、名古屋近郊の酒造業の子に生まれた盛田昭夫は、家業にはほとんど興味を示さず、電子機器をいじるのが好きでした。旧制愛知第一中学や第八高校時代には、熱心なアマチュアの電子機器マニアになり、学業よりもラジオやレコードプレーヤーなどの電子機器を製作していました……。

2013年  [おもしろ民話集 101] 若返りの水
むかしむかし、山のふもとの小さな村に、おじいさんとおばあさんが住んでいました。ある日おじいさんは、山へ炭焼きに出かけました。山の木を切って、炭を焼いて俵(たわら)に詰めて、近くの町ヘ売りに行くための用意です。でもおじいさんは、年を取ってきたために、仕事がつらくなりました。「ああ、腰は曲がるし、目はしょぼしょぼするし、いやになってしもうたなぁ……。

2012年 『次郎物語』 の下村湖人
長編教養小説『次郎物語』(全5部)や『論語物語』などを著わした作家の下村湖人(しもむら こじん)が、1884年に生れた日です。佐賀県に生れた湖人(本名・内田虎六郎)は、母親が病弱だったため生後まもなく里子にだされ、4歳のときに実家にもどりましたが、9歳で実母を失いました。家業が次第に傾きはじめたため、熊本の旧制第五高等学校入学後に下村家の学資援助をうけて学業を続け……。

2011年  初代駐日公使のハリス
アメリカ合衆国の外交官で、江戸時代後期に初代駐日本公使となり、日米修好通商条約を締結したハリスが、1804年に生まれた日です。ニューヨーク州に生まれたタウンゼント・ハリスは、中学を卒業するとすぐ、兄の経営する中国特産の陶磁器輸入業の手伝いをするようになりました。そのかたわら、図書館などを利用して独学でフランス語、イタリア語、スペイン語を習得しました……。

2008年  [おもしろ民話集 50] あみがさの娘
昔、3人の美しい娘をもった金持ちの男がいました。3人の娘が、それぞれどのくらい自分のことを愛しているか知りたくなりました。そこで、3人の娘たちにきいてみました。1番上の娘は「私の命くらいに」、2番目の娘は「世界をみんなあわせたくらいに」というので、大変満足しました。ところが、3番目の娘は「お肉の料理にそえる塩くらいに」といったのを聞くと、父親はとても怒って……。

2007年 「かわいそう」 と思うだけが愛情ではない
午後になって 「やっぱり雨が降りだした」 日のこと。道で会った顔見知りのお母さんが 「朝子どもに、きょうはかさを持って行くように言ったのに持って行かなかったものですから……。子どもがかさを持ってきてくれるように電話をかけてきたんです」 と言い残して、わが子のかさを手に雨のなかを急ぎ足で学校へ……。

2006年 「一茶」 のこども時代
一茶(いっさ)というのは、句をよむときの名まえです。ほんとうの名は、信之 (のぶゆき) といいました。3歳のときに母がなくなり、信之は祖母に育てられました。祖母は、かわいがってくれました。しかし、村の子どもたちからは 「親のない子は、どこでも知れる。つめをくわえて、かどに立つ」 と、からかわれ、いつも、ひとりぼっちでした。このころのさみしさは、のちにつくった 「われと来て 遊べや 親のないすずめ」 という句に、よくあらわれています……。

2005年  日本の実情を世界に広める意義
アメリカやヨーロッパの新聞や雑誌には、日本に関する記述が10年前とは比較にならない程増えつづけています。しかし、その多くは日本経済の驚異的発展とか悲惨な公害とかに重点がおかれていて、日本の全体像を正しく伝えるものが少ないのが実情です。そのため「安い賃金でモーレツに働き、公害防止に金を惜しみ、社会福祉もいきとどいていない。おまけに国の防衛はアメリカにおんぶにダッコ……。


● 今日(10月2日)の主なできごと

1943年 学徒出陣公布……太平洋戦争での兵力不足を補うため、また戦局悪化により下級将校の不足も顕著になったため、26歳までは徴兵猶予されていた20歳以上の学生を、在学途中で徴兵し出征させると公布した。そして、同年10月と11月に徴兵検査を実施して合格者を12月に入隊させることとなった。

1961年 柏鵬時代の始まり……大相撲の柏戸・大鵬両大関が、この日そろって横綱に昇進。前年までの栃錦と若乃花による「栃若時代」にかわって、大型若手横綱の登場に大相撲は大きな盛り上がりをみせた。


● 今日の主な記念日・恒例日

豆腐の日……「とう(10)ふ(2)」の語呂合せから、日本豆腐協会が1993年に制定。

望遠鏡の日……1608年のこの日、オランダの眼鏡技師リッペルハイが遠くの物が近くに見えるという望遠鏡を発明し、特許を申請した。ところが、原理があまりにも単純だという理由で、特許は受理されなかった。

その他の記念日……関越自動車道全通記念日・杜仲の日・東武の日などがある。


● 今日生まれた人

1758年 良寛……江戸時代中・後期の禅僧・歌人・書家。村童と親しくしたことで良く知られる。弟子の貞心尼編による歌集『蓮(はちす)の露』がある。

1869年 ガンジー……インド独立運動の指導者。「非暴力・不服従」を説く。「建国の父」

1871年 ハル……アメリカの政治家。国務長官歴任。「国際連合」設立に尽力。

1904年 グレアム・グリーン……イギリスの小説家。代表作『スタンブール特急』『権力と栄光』『第三の男』など。

1905年 円地文子……昭和期の小説家・劇作家。代表作『女坂』『ひもじい月日』『朱を奪うもの』『なまみこ物語』など。

1910年 竹内好……昭和期の中国文学者・評論家。魯迅の研究や翻訳、日中関係論・日本文化などの評論で知られる。



● 今日亡くなった人

755年 吉備真備……奈良時代の漢学者・廷臣。奈良時代を代表する政治家。

1554年 山崎宗鑑……戦国時代の連歌師・俳人。俳諧の祖といわれ、辞世は「宗鑑はいづくへと人の問うならば ちとようがありてあの世へといへ」。

1579年 種子島時堯……戦国時代から安土桃山期の武将。種子島家第14代島主。「鉄砲製造」に成功。

1643年 天海……安土桃山時代から江戸時代初期の僧侶。徳川三代(家康・秀忠・家光)の顧問。

1835年 華岡青洲……江戸時代中・後期の外科医。独自に「麻酔術」を開発し、世界初の全身麻酔に成功。

1855年 藤田東湖……江戸時代後期の水戸藩士・学者。全国の尊皇志士に大きな影響。

2012年 大滝秀治……昭和・平成期の俳優。舞台・テレビドラマ・映画など、60年以上にわたり活躍した名優。


● 過去のマイブログ「10月2日」のテーマ

2015年 「鉄砲伝来」 と種子島時堯
漂着したポルトガル商人から鉄砲を購入し、分解して鉄砲製造に成功した14代島主の種子島時堯(たねがしま ときたか)が、1579年に亡くなった日です。九州西南端にある種子島の種子島家は、鎌倉時代初期に始まり、第7代島主の頼時の頃から薩摩の島津氏に治められるようになっていました。1528年、種子島家第13代島主種子島恵時(しげとき)の子として生れた……。

2014年 「俳諧の祖」 山崎宗鑑
室町時代末期の連歌師・俳諧作家で、ユニークな句を作ったことで知られる伝説的人物の山崎宗鑑(やまざき そうかん)が、1554年に亡くなったとされる日です。1465年、近江国(今の草津市)に生まれた山崎宗鑑(本名・支那範重)は、幼少時から室町幕府9代将軍足利義尚(よしひさ)の小姓として仕え、一休禅師とも親しくしていたと伝えられています……。

2013年 「全身麻酔」 の華岡青洲
江戸時代中期の外科医で、世界初の全身麻酔を用いた手術を成功させた華岡青洲(はなおか せいしゅう)が、1835年に亡くなった日です。1760年、紀伊国(現・和歌山県紀の川市)の医師・華岡直道の長男に生まれた青洲(=号 本名・震[ふるう])は、1782年に京都へ出て、オランダ医学を学ぶいっぽう、吉益南涯に漢方医学のひとつである古医方を学びました……。

2012年  尊王攘夷論者・藤田東湖
江戸時代後期に活躍した水戸藩の政治家藤田東湖(ふじた とうこ)が、1855年に亡くなった日です。1806年、常陸国水戸藩の「彰考館」(水戸藩の2代目藩主徳川光圀の始めた事業で『大日本史』の編さんを行っていた)に勤務する藤田幽谷の次男として生まれた武次郎(通称虎之助、のちに誠之進。東湖は号)は、幼い頃から、水戸学という「朝廷は尊く、武力で権力を……。

2008年  奈良時代最大の学者・政治家 吉備真備
下級官吏の家に生まれたにもかかわらず、努力のかいがあって唐への留学生に抜擢され、さまざまな学識を蓄え、奈良時代に輩出した最大の知識人・政治家といわれる吉備真備(きびの まきび)が、755年に亡くなった日です。717年、阿倍仲麻呂といっしょに遣唐船に乗ったときの吉備真備は、仲麻呂よりも少し年上の23歳くらいでした。「唐でしっかり学んで日本へ帰れば……。

2007年  [おもしろ民話集 16] ブタの望み
ある時、1ぴきのブタがぶつぶつ、ぷーぷー、ぷーぷー、ぶつぶつ言いながら、役場へやってきました。「何を、ぶつぶつ、言ってるんだい」 役場の人たちがたずねました。すると、ブタは、鼻を鳴らしながら言いました。「おいらは、もう、がまんならずに、やってきました。ぷー。よーく考えてみてくだされ。ウマやウシは、おいしそうな麦をもらう。それに、かわいたわらをしいた……。

2006年 「シュバイツァー」 のこども時代
牧師の子として生まれた少年時代のシュバイツァーは、ほかの男の子と同じように、わんぱくでした。両親に、わがままを言うこともありました。いたずらをして母を困らせたこともありました。でも、そんなことをしても、ほかの子と少しだけちがうところがありました。自分のしたことが悪かったとわかれば、すぐ、反省したことです。小学生のときのことです……。

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