児童英語・図書出版社 創業者のこだわりブログ

30歳で独立、31歳で出版社(いずみ書房)を創業。 取次店⇒書店という既成の流通に頼ることなく独自の販売手法を確立。 ユニークな編集ノウハウと教育理念を、そして今を綴る。

2016年12月


● 今日(12月6日)の主なできごと

694年 「藤原京」に遷都……この日、日本初の本格的中国式の新都「藤原京(今の橿原市~明日香村)」が完成し、持統天皇は、これまでの飛鳥浄御原宮から藤原京に都を移した。3代後の元明天皇まで、約20年間繁栄した。

1839年 水野忠邦が老中筆頭……江戸時代後期のこの日、浜松藩主だった水野忠邦が老中筆頭となり、11代将軍家斉が亡くなると、忠邦は幕政改革「天保の改革」を行なった。側近たちを退け、商業を独占する「株仲間」の解散、ぜいたくの禁止など、あまりに厳しい改革に民心は離れ、成功とはほど遠いものに終った。


● 今日の主な記念日・恒例日

姉の日……この日が、守護聖人聖ニコラウス(サンタクロースのモデルともいわれる)の祝日にまつわる三姉妹伝説があること、弟の日が3月6日・兄の日が6月6日・妹の日が9月6日に制定されていることから、漫画家で姉妹型研究家の畑田国男が1992年に提唱した記念日。

音の日……1877年のこの日、エジソンが自ら発明した蓄音機で音を録音・再生することに成功したことにちなみ、日本オーディオ協会が1994年に制定。

シンフォニー記念日……1914年のこの日、ベルリンから帰国した山田耕筰が、初の日本人の作曲による交響曲『勝どきと平和』を発表したことにちなんで制定。

ラジオアイソトープの日……1890年のこの日が、ラジオアイソトープの製造にも使われるサイクロトロンを開発した仁科芳雄博士の誕生日にちなんだ記念日。なお、ラジオアイソトープとは「放射性同位元素」のことで、医療・農業・工業など幅広い分野で利用されている。


● 今日生まれた人

1890年 仁科芳雄……大正・昭和期の物理学者。理化学研究所所長歴任。「日本現代物理学の父」

1896年 坂西志保……昭和期の評論家。

1897年 堀内敬三……昭和期の作曲家・作詞家・音楽評論家。NHKラジオ「音楽の泉」の司会進行役・解説者。

1900年 時枝誠記……昭和期の国語学者。「言語過程説」を提唱。


● 今日亡くなった人

1700年 徳川光圀……江戸時代前・中期の政治家。徳川家康の孫で、「水戸黄門」の名でしたしまれた第2代水戸藩主。

1887年 島津久光……幕末期の薩摩藩指導者。

1922年 宮崎滔天……明治・大正期の革命家。「辛亥革命」を支援。

1975年 正木ひろし……昭和期の弁護士。反権力裁判・冤罪裁判に関与。「八海事件」に関する著書『裁判官』はベストセラーとなり、『真昼の暗黒』として映画化。

2008年 遠藤実……昭和・平成期の演歌作曲家。代表作『からたち日記』『おひまなら来てね』『高校三年生』『星影のワルツ』『こまっちゃうナ』『くちなしの花』 など。


● 過去のマイブログ「12月6日」のテーマ

2013年 人権を守りぬいた正木ひろし
戦前から軍国主義批判をくりひろげ、戦後は多くの反権力裁判やえん罪裁判にかかわった弁護士の正木(まさき)ひろしが、1975年に亡くなった日です。1896年、現在の東京都墨田区に生まれた正木ひろしは、旧制八高(名古屋)、旧制七高(鹿児島)を経て、1920年に東京帝国大学法学部に入学しました。在学中から親の世話にならないようにと、特別な許可をえて千葉・佐倉中学や、長野・飯田中学の英語教員として勤務しながら大学を卒業すると、経済記者をへて……。

2012年  [おもしろ民話集 64] つぐみひげの王さま
むかし、ある国にとても美しい王女がいました。今日は、その王女の結婚相手を選ぶ日です。王女と結婚したいと思う王さま、王子、公爵、伯爵、男爵ら貴族たちが一列に並ぶと、王女は、それぞれの人の前に案内されました。ところが、どの人にも難くせをつけます。1人目はあんまり太っていたので「酒樽」と呼びました。つぎの人は背が高すぎると「ひょろひょろのっぽ」、3人目は背が低すぎて「ちびでぶ」、4人目は顔色が青いので「青びょうたんの死神」……。

2011年 日中友好の先達・宮崎滔天
中国の孫文らを支援して、「辛亥革命」を支えた革命家の宮崎滔天(みやざき とうてん)が、1922年に亡くなった日です。1871年、肥後国(現在の熊本県荒尾市)郷士の11人兄弟の末弟として生まれた滔天(本名・虎蔵)は、西郷に味方して西南戦争に敗死した民権論者だった長兄の志をつぎ、熊本で徳富蘇峰が主宰していた私塾「大江義塾」でキリスト教や自由主義思想を学びました。1886年15歳で上京……。

2010年 「日本現代物理学の父」 仁科芳雄
ノーベル賞を受賞した湯川秀樹や朝永振一郎らを育てた物理学者・仁科(にしな)芳雄が、1890年に生まれた日です。岡山県の漁港に生まれた仁科芳雄は、子どものころから優秀で、小・中・高校を主席で卒業後、東京帝国大学(現・東京大学)の電気工学科に入学しました。電気工学の基礎となる物理学に興味を持ち、卒業後は創立されたばかりの理化学研究所(理研)の研究生のかたわら、大学院工科で日本の原子物理学をひらいた長岡半太郎から物理学の指導を受けました……。

2007年 日本人の大好きな画家・フェルメール
17世紀の画家フェルメールが有名になったのは、わずか160年ほど前からのことです。1842年にフランスのある美術評論家が、フェルメールの描いた「デルフト眺望」に出会い、とても感激し吹聴したことで、200年間も埋もれていたフェルメールの芸術がヨーロッパで注目され、熱心に研究されるきっかけになりました。これほどすぐれた画家が200年ものあいだ、人々から忘れ去られていたということは、それだけフェルメールの絵が、時代を先取りした新しさに満ちていたということなのでしょう……。

2006年 短絡的な親が多すぎないか
これからしばらく、子育てはどうあるべきかについて考えてみることにします。というのも、最近、子どもの「いじめ」や「自殺」が社会問題になり、テレビや新聞をはじめ、マスコミには連日のように報道され、いろいろな分野の論者が意見を出しあっています。その傾向は歓迎してよいことでしょう。なぜなら、世の中はじゅんぐりだからです。20年後、30年後のわが国は、今の子どもたちが社会の中心となり、こんどは親としてわが子の子育てをしていかなくてはなりません……。

2005年 幼児期にできあがる知的能力の基礎
「レディバード図書館」の監修者であるウィングフィールド夫妻は、監修に当たって、「家庭でおこなう幼児教育」と題し、次のような文をよせてくれました。大脳生理学や発達心理学の最近の研究成果によると、人間形成の基礎は、小学校へあがるまでの幼児期に家庭でどのような育児、しつけを受けてきたかによって決定されるということが、立証されています。お母さんお父さんが家庭で行なう教育が……。


● 今日(12月5日)の主なできごと

1904年 日本軍が旅順203高地占領……日露戦争で日本軍は、ロシア軍の要塞があった旅順の203高地を3度目の総攻撃で占領に成功。戦局はいっきに日本軍が有利なものになっていった。


● 今日の主な記念日・恒例日

国際ボランティア・デー……世界の経済と社会開発の推進のため、ボランティア活動の貢献に対する認識を高める日として制定された国際デー。

バミューダトライアングルの日……1945年のこの日、大西洋上で米軍機が突然消息を絶ち、その救援機も行方不明になった。それ以前にも多くの船や飛行機が行方不明になっているといわれ、フロリダ・バミューダ・プエルトリコの3点を結ぶ三角形の海域を魔の三角海域「バミューダトライアングル」と呼ばれるようになった。


● 今日生まれた人

1842年 デ・レーケ……オランダの土木技術者。お雇い外国人として来日。「日本の砂防の父」

1891年 広津和郎……大正・昭和期の小説家・社会評論家。代表作『風雨強かるべし』『松川事件と裁判』など。

1901年 ディズニー……アメリカの漫画家・実業家。「ミッキー・マウス」を生みだし、「ウォルト・ディズニー・カンパニー」創業。

1907年 林彪……中国の軍人・政治家。毛沢東暗殺・クーデターなどを企てた(林彪事件)が、ソ連へ逃亡中に墜落死。

1912年 木下恵介……昭和・平成期の映画監督。代表作『カルメン故郷に帰る』『二十四の瞳』『喜びも悲しみも幾歳月』『楢山節考』など。


● 今日亡くなった人

1791年 モーツァルト……オーストリアの作曲家。ハイドンやベートーべンと並ぶウィーン古典派三大巨匠の一人。

1870年 デュマ(大デュマ)……フランスの小説家。代表作『三銃士』『モンテ・クリスト伯』など。

1893年 松平容保……江戸時代後期~明治初期の会津藩主。

1926年 モネ……フランスの画家。代表作『印象・日の出』『日傘を差す女』『草上の昼食』『睡蓮』の連作など。

2013年 マンデラ……南アフリカ黒人解放運動指導者。黒人初の大統領。


● 過去のマイブログ「12月5日」のテーマ

2014年 「不屈の闘士」 マンデラ
アパルトヘイト(有色人種差別政策)への反対運動に身を投じ、27年間投獄されながらもその撤廃に成功、南アフリカ共和国の大統領となったマンデラが、2013年に亡くなった日です。1918年、東ケープ州に生まれたネルソン・マンデラは、フォート・ヘア大学に在学中の1944年に、黒人の権利拡大をめざすアフリカ民族会議(ANC)に入党しました。その青年同盟を創設し執行委員に就任して反アパルトヘイト運動に……。

2013年  [おもしろ民話集 106] ジャックと3人の巨人
ある村に、ジャックという名の貧しい農夫の息子がいました。とても元気でかしこいので、「知恵ものジャック」といわれていました。ある日、村の人たちがジャックのところにやってきて、こういいました。「むこうにみえる山の穴ぐらの住みかに、コーモランという背の高さが5メートルもある巨人がすんでいるのを知っているね。このごろ、あいつが、きゅうにあばれだして、村人や、牛やブタやヒツジを……。

2012年 「悲劇の大名」 松平容保
会津藩第9代藩主で、京都守護職として幕末の激動の6年間を京都の守護にあたるものの、王政復古後の「戊辰戦争」に敗れた松平容保(まつだいら かたもり)が、1893年に亡くなった日です。1836年、美濃国高須藩主の6男として江戸藩邸に生まれた容保は、1846年に叔父の会津藩8代藩主の養子となり、1852年に23万石の家督を継ぎました。ペリーが再度来航した年のことで、容保は開国やむなしときっぱり明言するほど……。

2011年 「松川事件」 と広津和郎
大正・昭和期の小説家、文芸評論家の広津和郎(ひろつ かずお)が、1891年に生まれた日です。作家の広津柳浪(りゅうろう)の次男として東京に生まれた和郎は、早稲田大学英文科に在学中から短編小説や翻訳を同人誌などに投稿したりしていましたが、卒業後に文芸評論家として活躍するようになります。1917年、雑誌『中央公論』に『神経病時代』を発表して文壇デビューをはたすと、芥川龍之介、菊池寛、佐藤春夫、久米正雄らと交わりながら……。

2008年 「足をあらう」 「水いらず」 「さばをよむ」
「足をあらう」 悪事から抜けだすこと、心機一転出なおすときに使いますが、インドの僧の行いから出た言葉のようです。一日中はだしで托鉢をしてまわった僧が、寺へ帰って、よごれた足を洗い清めるのがその日の日課の終わりでした。そんな、宗教上の行為が、汚れを落として出直すという意味に変わっていったと……。

2007年 自分が認められることの喜び
これは、ボランティアで子どもたちに「作文」を教えている先生から聞いた話です。
ある日、陽子ちゃんという1年生の女の子が、新しく作文教室に入ってきました。20人ほどの集団にぽつんとひとり加わったのですから、少し不安な様子でした。「今までに作文を書いたことある?」 「書き方わかる?」 などと聞いても、返事をしません。そこで、作文教室に入ってすでに4か月になる五美ちゃんという2年生の女の子の横に座らせて、「五美ちゃん、陽子ちゃんに教えてあげてね。五美ちゃんなら、教えてあげられるでしょう」 と……。

2006年 「ゲーテ」 のこども時代
裕福な法律家の家に生れ、自分も法律家として進む道をさだめられていたゲーテは、小さいときから、おどろくほどよく勉強しました。先生は、厳格な父と家庭教師でした。このころにも、もちろん学校はありました。しかし、貴族や金持の家では子どもを学校には入れず、家庭教師などをやとって自宅で学ばせたのです。法律をはじめ文学、歴史、神学、語学、詩、乗馬、剣術──このなかで、いちばんとくいだったのは語学でした。自分の国のドイツ語のほか、イタリア語、ラテン語、ギリシア語……。

2005年  「レディバード図書館」の特色
いずみ書房が1985年に刊行した、6番目のシリーズ「レディバード図書館」の特色を掲げてみよう。英国レディバード社は当時、首都ロンドンの北西150kmにあるラフボロウという小都市にあった。出版社でありながら、6000坪ほどの敷地内に印刷工場、製本工場も持ち、すべて自社で一貫生産する体制を敷いていた。1日の生産可能冊数は10~15万冊、年間3000万冊を製造し、世界最大の児童出版社といわれていた。出版物のほとんどが「レディバード・ブックス」という……。


● 今日(12月2日)の主なできごと

1804年 ナポレオンが皇帝に即位……この日、ナポレオン・ボナパルトがフランス皇帝になる戴冠式が、パリのノートルダム大聖堂で行われた。ナポレオンは、フランス革命で革命派の将校として活躍後に、北イタリア遠征司令官となって成功をおさめ、1799年にクーデターをおこして実権をにぎり、「ナポレオン法典」を定めていた。皇帝に即位後は、各国を征服してヨーロッパの強大な支配者になっていく。

1970年 歩行者天国……東京の銀座・新宿・渋谷などで、歩行者天国が実施され、ふだんの日曜日の2.4倍もの人びとがくりだした。この日の一酸化炭素濃度が、ふだんの日の5分の1になったことから、車の排気ガス汚染を食い止め、汚染のない環境をとりもどそうと、全国各地に広まるきっかけとなった。


● 今日の主な記念日・恒例日

日本人宇宙飛行記念日……1990年のこの日、TBSの秋山豊寛記者を乗せたソ連のソユーズTM11号が打ち上げられ、日本人初の宇宙飛行に成功したことにちなむ記念日。

原子炉の日……1942年のこの日、アメリカ・シカゴ大学の実験用小型原子炉で、イタリアから亡命した物理学者フェルミの指導により、原爆のもととなるウランの核分裂の持続的な連鎖反応に成功したのにちなんで制定。


● 今日生まれた人

1859年 スーラ……フランスの画家。「点描技法」が有名。代表作『アニエールの水浴』『グランド・ジャット島の日曜日の午後』『サーカス』など。

1923年 マリア・カラス……ギリシャ出身アメリカのオペラ歌手。「20世紀最高のソプラノ歌手」


● 今日亡くなった人

1547年 コルテス……スペインの探検家。「メキシコ」征服者。

1594年 メルカトル……オランダの地理学者。「メルカトル図法」考案。

1814年 マルキ・ド・サド……フランスの小説家。代表作『悪徳の栄え』など。「サディズム(サド)」の由来。

1894年 ロエスレル……ドイツの法学者・経済学者。

1918年 ロスタン……フランスの劇作家。代表作『シラノ・ド・べルジュラック』など。

1944年 沢村栄治……昭和期のプロ野球選手。3度ノーヒットノーラン達成。

1945年 岩崎小弥太……大正・昭和期の実業家。

1963年 佐佐木信綱……明治・大正・昭和期の歌人・国文学者。

1964年 ドッジ……アメリカの銀行家・財政金融専門家。戦後日本の経済政策「ドッジ・ライン」を立案・勧告。

1990年 浜口庫之助……昭和・平成期の作曲家。代表作『バラが咲いた』『夜霧よ今夜も有難う』『人生いろいろ』など。

2007年  多田道太郎……昭和・平成期のフランス文学者・文芸評論家。1924年の誕生日と同日。

2009年 平山郁夫……昭和・平成期の日本画家。


● 過去のマイブログ「12月2日」のテーマ

2015年 「三菱財閥」 と岩崎小弥太
三菱合資会社の4代目社長に就任し、日本最大の重工業企業集団に成長させた岩崎小弥太(いわさき こやた)が、1945年に亡くなった日です。1879年、三菱合資会社の創始者岩崎弥太郎の弟で2代目岩崎弥之助と、後藤象二郎の長女早苗を母に、その長男として東京に生まれた岩崎小弥太は、旧一高を経て東京帝国大学法科大に入学するものの中退して渡英、1902年にケンブリッジ大学へ入学し、1905年同大学を卒業して翌年帰国すると、三菱合資会社の副社長となりました……。

2014年 「シルクロード画家」 平山郁夫
仏教伝来の道や東西文化の交流、シルクロードをテーマに悠久の歴史をたたえた画風で知られる日本画家の重鎮平山郁夫(ひらやま いくお)が、2009年に亡くなった日です。1930年、広島県(今の尾道市)瀬戸田に生まれた平山郁夫は、旧制修道中の生徒だった1945年8月6日、学徒動員先の広島市内で被爆し、九死に一生を得ました。彫金家の大伯父に勧められ、東京美術学校(現東京芸術大)に入学し、前田青邨らの指導を受けて……。

2013年 「大日本帝国憲法」 とロエスレル
明治日本のお雇い外国人の一人として、「大日本帝国憲法」の制定に大きな役割をはたしたドイツの法学者・経済学者のロエスレルが、1894年亡くなった日です。1834年、ドイツ・バイエルン地方のラウルに、弁護士の子として生まれたカール・フリードリヒ・ヘアマン・ロエスレルは、エルランゲン大学やチューリッヒ大学で法学や国家学を学んだ後、ロストック大学の教師となると、1861年に27歳の若さで同大学の国家学教授となりました。1878年に訪日するまでその地位にあって……。

2011年 『シラノ・ド・ベルジュラック』 のロスタン
フランスの韻文の劇作家で『シラノ・ド・ベルジュラック』の作者として知られるロスタンが、1918年に亡くなった日です。1864年にマルセイユの豊かな商人の家に生まれたエドモン・ロスタンは、パリ大学に学び、弁護士や外交官など、将来どんな道に進むか迷ったようです。やがて、ド・リールやルナールらの文人と交わるうちに、詩劇作家を志すようになりました。1894年、恋の幻滅と再生を描いた韻文喜劇『ロマネスク』が上演されると……。

2010年 点描画のスーラ
新印象派に分類される19世紀のフランスの画家スーラが、1859年に生まれた日です。パリの裕福な家庭に生まれたジョルジュ・スーラは、中学を卒業後2年ほど私立のデッサン学校に学んだ後、官立の美術学校に入りました。アングルの弟子アンリ・レーマンの教室に入り、古典的な名作を熱心に模写したり、伝統的な素描や構図法を学びました。いっぽう、色彩理論、視覚混合の原理、色彩配合に関する研究を続けました……。

2009年 モンロー宣言
アメリカ合衆国(アメリカ)の第5代大統領ジェームズ・モンローが、1823年の議会で、アメリカ大陸とヨーロッパ大陸間の相互不干渉を提唱した日です。この提唱は「モンロー宣言」とよばれ、アメリカ外交の基本方針となりました。1800年代がはじまったころ、フランスのナポレオンがヨーロッパじゅうに勢力を伸ばしましたが失脚し、1814年に各国の代表がウィーンに集まって「ウィーン会議」を開きました。オーストリアの首相メッテルニヒが中心となって、何もかもナポレオン以前の姿に……。

2008年 アステカ・インカ文明を滅ぼした人たち
メキシコに高い文明を誇ったアステカ帝国を滅ぼしたコルテスが、1547年に亡くなった日です。南アメリカ大陸に栄えていたインカ帝国を滅ぼしたピサロとともに、不遇な人生だったようです。1492年にコロンブスがアメリカ大陸を発見して、27年ののち、見知らぬ土地の征服を夢見た34歳のエルナン・コルテスが、この新大陸へ渡りました。コルテスは、1485年スペインに生まれ、大学を卒業すると探検にあこがれて大西洋を越え、カリブ海に浮かぶスペイン領のキューバ島へやってきました……。

2005年 示談の成立
間もなく裁判所から、公判の案内があった。この件に関しては、当時の樫村社長にすべて担当してもらった。争いごとに関しては、あまり情実にとらわれず、冷静沈着であるべきと考えたためである。第1回目の公判にJ・ライフのY社長は弁護士を伴って出廷し、手形に個人保証をした覚えがないこと、J・チェーンの経理担当がY社長に無断で印鑑を押したと主張したという。裁判は長期戦となり、第2回目以降Y社長は出廷することはなく、代理人が最初の主張を繰り返すのみだった……。


● 今日(12月1日)の主なできごと

1789年 ギロチンの採用……フランス革命のころ、死刑執行のために使われた首切り器械のギロチンは、医師のギヨタンが提案してこの日の国民議会で採用された。ルイ16世やその妃マリー・アントアネットをはじめ何万人もの人が首を切られたが、ギヨタンもまたギロチンで処刑された。

1997年 京都議定書……「地球温暖化防止会議」が、この日から10日間京都で行なわれ、地球温暖化の原因となる温室効果ガスをだす量を、先進国が国別に目標値を定めて減らしていくことを決めた。この取り決めは「京都議定書」と呼ばれている。


● 今日の主な記念日・恒例日

映画の日……1896年11月25日、神戸で日本で初めての映画の一般公開が開始された。この会期中のきりの良い日として、映画産業団体連合会が1956年に、この日を記念日に制定。

鉄の記念日……1857年のこの日、南部藩士・大島高任が日本で初めて高炉による製鉄に成功したことから、日本鉄鋼連盟が1958年に制定。

世界エイズデー……エイズ問題への人々の意識を高めることを目的に、世界保健機関(WHO)が1988年に制定した国際デーの一つ。

その他の記念日……デジタル放送の日・いのちの日・カイロの日・冬の省エネ総点検の日・手帳の日・データセンターの日・着信メロディの日・カレー南蛮の日などがある。


● 今日生まれた人

1573年 沢庵……安土桃山期から江戸時代前期の臨済宗僧侶。沢庵漬けを考案したとされる。

1761年 マリー・タッソー……フランスの蝋人形作家。ロンドンに蝋人形館「マダム・タッソー館」設立。

1850年 矢野竜溪……明治期の政治家・ジャーナリスト・小説家。代表作『経国美談』『浮城物語』など。
 
1875年 松永安左エ門……明治・大正・昭和期の実業家。福博電気軌道の設立など。「電力の鬼」

1879年 荻原碌山(守衞) ……明治期の彫刻家。代表作『文覚』『北条虎吉像』『女』など。

1932年 鈴木敏文……昭和・平成期の実業家。「イトーヨーカドー」「セブン-イレブンジャパン」創設。

1933年 藤子・F・不二雄……昭和・平成期の漫画家。藤子・A・不二雄とコンビを組み、ヒット作を連発。代表作『オバケのQ太郎』『ドラえもん』『パーマン』など。


● 今日亡くなった人

1711年 浅見絅斎……江戸時代中期の儒学者・思想家。幕末期の尊王論者に大きな影響。

1977年 海音寺潮五郎……昭和期の小説家。代表作『天正女合戦』『武道伝来記』『天と地と』など。


● 過去のマイブログ「12月1日」のテーマ

2015年 「歴史小説の第一人者」 海音寺潮五郎
長編小説『平将門』『天と地と』、史伝『武将列伝』長編史伝『西郷隆盛』など、たくさんの歴史小説を著した作家の海音寺潮五郎(かいおんじ ちょうごろう)が、1977年に亡くなった日です。1901年、今の鹿児島県伊佐市に生まれた海音寺潮五郎(本名・末富東作)は、国学院大学高等師範部国漢科を卒業後、指宿中学や京都府立二中の教師を務めながら小説を書き続け……。

2014年 「志士のバイブル」 と浅見絅斎
江戸時代中期の儒学者・思想家で『靖献遺言(せいけんいごん)』を著し、幕末期の尊王論者に大きな影響を与えた浅見絅斎(あさみ けいさい)が、1712年に亡くなった日です。1652年、近江国(滋賀県)高島に医者の子として生まれた浅見絅斎(通称・重次郎)は、軍学や儒学を学び、父の後をついで高名な医者となりましたが、26歳のころ晩年の山崎闇斎に師事して儒学を深めるうち、学者となる道を選びました……。

2011年 「おもしろ古典落語」51回目 『素人(しろうと)うなぎ』
徳川幕府が終わって、明治の新しい政府ができたころのお話です。「おや、中村のお殿さまじゃございませんか、どちらへ」「おう、神田川の金か、もうわしは武士じゃないから、殿さまなんていっちゃいかん。実は、家を探しておるのじゃ」「すると、もとのお屋敷はいかがなさいました?」「屋敷のほうはそのままになっておる。世の中が変わってしまって、家じゅうの者が遊んでるわけにはいかぬから、商売でもやろうと思ってな。なれぬことをして大損してはつまらぬから、しるこ屋でも……。

2010年 ロダンに魅せられた碌山
明治時代の彫刻家で、『文覚』『北条虎吉像』『女』などを制作した荻原碌山(おぎわら ろくざん)が、1879年に生まれた日です。長野県安曇野市に生まれた碌山は、幼い頃から病弱で、読書をしたり、絵を描いたりして過ごしました。地元の小学校を卒業後、家業の農業に従事しましたが、同郷の先輩で後に新宿・中村屋の創設者となる相馬愛蔵と知り合い、人間的・思想的な共感をおぼえました……。

2009年 沢庵和尚
漬物の「たくあん漬け」を考えたといわれる禅宗の僧・沢庵和尚が、1573年に生まれた日です。但馬(たじま・兵庫県)国に生まれた沢庵の父は、戦国大名・山名家の重臣でした。しかし、山名家は羽柴(豊臣)秀吉にせめられて滅亡したため、沢庵は10歳で出家させられ、21歳のときに京都の大徳寺に入り沢庵と名乗りました。きびしい修業を重ね、権力に屈しない強さ、名声や金銭に対して無欲無心……。

2008年 大切な日常での心の通い合わせ
病院の待合室で、子どもに本を読み聞かせる母親と、耳をかたむける子ども。この母と子の姿には、2つの型があります。子どもが、待合室に備えつけの本の中から1冊をぬいてきて「これを読んで」という。すると母親は「これ、この前読んであげたでしょ」と答え、子どもは、他の1冊を持ってくる。ところが、さあ読み始めた母親にはまったく真剣さがない。字面を棒読みするだけ……。
 
2006年 「ゴーリキー」 のこども時代
ゴーリキーの書いた、もっとも有名な作品は『どん底』ですが、少年時代のゴーリキーの生活は、ほんとうに、どん底でした。ゴーリキーが4歳のときに家具職人だった父が亡くなると、母の実家へひきとられ、それから7年間、まるで動物のようにあつかわれて、毎日なぐられる暗い日がつづきました。そして11歳のときに母が亡くなると、小学校もわずか1年でやめさせられ、たった一人、世の中へほうりだされてしまいました。寝るところもお金もなく……。

2005年 J・ライフのこと
1983年の年末頃のことだったろうか、ある雑誌を読んでいたところ、J・ライフという会社が「マルチ訪問販売」という手法で、羽毛ふとんを中心に大躍進しているという。同年2月期に400億円を売り上げ、1984年には1000億を越えそうな勢いという。私はこの記事に釘づけになった。というのも、その社長が何と、あの倒産したJ・チェーン社長のY氏なのだ。私と同年齢ながら、1000店を越えるJ・チェーンを短期間にこしらえあげたが……。

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