児童英語・図書出版社 創業者のこだわりブログ

30歳で独立、31歳で出版社(いずみ書房)を創業。 取次店⇒書店という既成の流通に頼ることなく独自の販売手法を確立。 ユニークな編集ノウハウと教育理念を、そして今を綴る。

2016年09月


● 今日(9月7日)の主なできごと

1180年 源義仲が挙兵……この日、源(木曽)義仲が、以仁王の平氏追討の命を受け、信濃(長野県)の木曽で平家討伐の兵を挙げた。その後義仲は、平氏勢力を次々に破って北陸を制覇し、1183年には京都から平氏一門を西国に追いやった。

1858年 「安政の大獄」本格化……この年の4月、江戸幕府大老の井伊直弼は、反対派で一橋慶喜の将軍擁立に動いた者と、幕府の開国政策に反対する勤王攘夷派の弾圧に乗り出す「安政の大獄」をはじめたが、この日尊攘派の梅田雲浜を京都で捕縛した。この弾圧は、年末までに吉田松陰・橋本左内・頼三樹三郎・梅田雲浜ら10名以上を斬首・切腹・獄死させた。


● 今日の主な記念日・恒例日

クリーナーの日……「ク(9)リーナ(7)ー」の語呂合せから、メガネクリーナーの製造会社が制定。

CMソングの日……1951年のこの日、初めてCMソングを使ったラジオCMがオンエアされたことにちなんで制定。


● 今日生まれた人

786年 嵯峨天皇……平安時代前期の第52代天皇。空海・橘 逸勢(はやなり)とともに「三筆」の一人。

1533年 エリザベス一世……イギリス(チューダー朝5代)国王。絶対王政の全盛期を築く。

1903年 島木健作……昭和期の小説家。代表作『生活の探求』『赤蛙』など。

1909年 エリア・カザン……アメリカの映画監督・演出家。代表作『エデンの東』『波止場』『欲望という名の電車』など。


● 今日亡くなった人

1816年 山東京伝……江戸時代中・後期の戯作家。代表作『江戸生艶気樺焼』『吉原楊枝』など。

1939年 泉鏡花……明治・大正・昭和期の小説家。代表作『高野聖』『婦系図』『歌行灯』など。

1962年 吉川英治……大正・昭和期の小説家。代表作『宮本武蔵』『新・平家物語』『新書太閤記』など。

2014年 山口淑子(李香蘭)……昭和・平成期の女優・歌手・司会者・政治家。


● 過去のマイブログ「9月7日」のテーマ

2015年ブログ  「李香蘭」 の山口淑子
戦前の中国・満州・日本において、中国人歌手・女優の李香蘭(り こうらん)として知られ、戦後は日本人として、歌手・女優・司会者・政治家で活躍した山口淑子(やまぐち よしこ)が、2014年に亡くなった日です。1920年、今の中国東北部の奉天(今の瀋陽)に、満鉄(南満州鉄道)に勤務しながら中国語を教えていた佐賀県出身の父のもとで生まれた山口淑子は、生まれてまもなく父の友人瀋陽銀行総裁李際春と養子縁組を結び、1933年に李香蘭の名で「満州新歌曲」を歌いました……。

2012年ブログ 「おもしろ古典落語」84回目 『蚊戦(かいくさ)』
「ごめんください、剣道の先生」「これはこれは八百屋の久六さん。最前、稽古を終えて帰られたばかりなのに、また出張ってまいったか?」「じつは先生、しばらくの間、稽古を休ませてもらいたいんです」「稽古は毎日続けるからこそ、実になる。一日休むと身体はなまってしまうぞ」「あっしもつづけたいんですが、夜な夜な蚊がでますもんで」「おかしなことを申すのう。なんで『蚊が出るから稽古を休む』のじゃ」「じつは蚊帳(かや)を質屋に……。

2011年ブログ 職業作家の元祖・山東京伝
江戸時代後期を代表する戯作(げさく)者の山東京伝(さんとう きょうでん)が、1816年に亡くなった日です。「戯作」とは、18世紀後半から江戸でおこった洒落(しゃれ)や風刺を織りまぜながらユーモラスに語る読物の総称で、洒落本、滑稽本、談義本、人情本、読本、草双紙(赤本、黒本、青本、黄表紙、合巻)などがあります。京伝は、浮世絵師・北尾政演(きたおまさのぶ)としても活躍しました……。

2010年ブログ 幻想文学の泉鏡花
明治後期から昭和初期にかけて活躍した作家で、幻想と怪奇とロマンを綾なす『高野聖』『眉かくしの霊』などの作品や、新派の舞台でおなじみの『婦系図』『滝の白糸』などを著し、谷崎潤一郎、川端康成、三島由紀夫らたくさんの作家に影響を与えた泉鏡花が、1939年に亡くなった日です。1873年に鏡花は、彫金細工師の名工を父に、能楽の鼓の名流の娘を母に、金沢市に生まれました。両親から芸と神仏にたいする信仰をうけて育ちました……。

2007年ブログ 国民的小説家・吉川英治
「宮本武蔵」「新・平家物語」など人生を深く見つめる大衆文芸作品を数多く生み出して、国民的作家として高く評価されている吉川英治が、1962年に亡くなった日です。『鳴門秘帖』や『宮本武蔵』は、今も若い人から老人まで、はば広い人気があります。その作者吉川英治は、1892年神奈川県に生まれました。父は会社を経営していたので、小さいときには家も豊かでしたが、英治が11歳のとき、父は事業に失敗しました……。

2006年ブログ 「ニュートン」 のこども時代
ニュートンは、孤独でした。ニュートンがうまれる前に父が亡くなり、まもなく母も、2歳のニュートンを置いて再婚してしまったのです。祖母に育てられたニュートンは、いつも家にばかりいる、ひよわな子どもでした。6歳で村の小学校へあがってからも、少しいじめられると、すぐ涙をながし、みんなに 「泣きむしニュートン」 と、からかわれました。学校の成績も、クラスでおしまいのほうでした。でも、工作だけは、だれよりもじょうずでした。友だちとはあまり遊ばず、毎日、日時計や水車や風車などのもけいを作って、すごしました……。

2005年ブログ 親子の対話を深めるために
「こども科学図書館」の基本方針を、具体例をあげて説明してみよう。先にふれたように、子どもたちは自分の身近なものには何でも新鮮な関心をもち、わかろうとする知的好奇心を持っている。そして、未熟な体験ながらも、さまざまなイメージをつくりあげている。たとえば「いぬ」という言葉を聞いたとき、近所にいるよくほえる犬、公園でじゃれついてきた可愛い犬、テレビで見たかしこい犬というふうに、体験から知り得た情報をもとに、犬のイメージを頭にえがくことになる。ところが情報量が少ないと、それ以上犬に対するイメージは広がらないし、深まらない……。


● 今日(9月6日)の主なできごと

1522年 初の世界周航……スペイン王と西回りでアジアの香辛料を入手する契約を結んだマゼラン隊の一せきが、人類初の世界一周をはたした。

1954年 ベネチア国際映画祭で銀獅子賞……この日、黒澤明監督の『七人の侍』と溝口健二監督の『山椒大夫』がベネチア国際映画祭で銀獅子賞(金獅子賞に次ぐ2~6位)を受賞した。なお、1958年には稲垣浩監督の『無法松の一生』、1997年には北野武監督の『HANA-BI』がそれぞれ金獅子賞を受賞。


● 今日の主な記念日・恒例日

妹の日……妹の可憐さを象徴する乙女座(8月23日~9月23日)の中間の日の前日を、漫画家の畑田国男が1991年に制定。毎年、その年に活躍した「妹」に「日本妹大賞」を授与している。

黒の日……「く(9)ろ(6)」の語呂合せから、京都黒染工業協同組合が1988年に制定。


● 今日生まれた人

1766年 ドルトン……イギリスの化学者・物理学者・気象学者。原子論を提唱。

1860年 ジェーン・アダムズ……アメリカの女流社会改革運動家。ソーシャルワークの先駆。
 
1869年 ザルテン……オーストリアのジャーナリスト・小説家。代表作『バンビ』など。

1926年 星新一……昭和・平成期のSF作家。ショートショートの名手。

1930年 西村京太郎……昭和・平成期の推理小説家。トラベルミステリーの第一人者。


● 今日亡くなった人

1683年 コルベール……フランスの財政家。重商主義政策を推進。

1858年 安藤(歌川)広重……江戸時代後期の浮世絵師。代表作『東海道五十三次』『名所江戸百景』など。ゴッホやモネらに影響を与えた世界的に著名な画家。

1966年 サンガー夫人……アメリカの産児調節運動家。

1998年 黒沢明……昭和・平成期の映画監督。代表作『羅生門』『生きる』『七人の侍』『赤ひげ』 など。「世界のクロサワ」

2014年 山口洋子……昭和・平成期の小説家・作詞家。代表作『演歌の虫』「よこはま・たそがれ」「夜空」「ブランデーグラス」など。


● 過去のマイブログ「9月6日」のテーマ

2013年ブログ 「産児制限運動」 のサンガー夫人
アメリカの産児制限(受胎調節)運動の指導者として、生涯活動しつづけたサンガー夫人が、1966年に亡くなった日です。1879年、ニューヨークに生まれたマーガレット・サンガーは、看護婦学校を出たのち、結婚して3児の母になり、1910年ころから労働運動にたずさわりながら、マンハッタン東部の貧民街で看護婦として働くようになりました。貧しい女性が多産や中絶で命を縮めるのをまのあたりにするうち、そんな女性を救うのは労働運動ではなく、的確な避妊情報を提供することだと確信し、産児制限運動をはじめることを決意しました……。

2012年ブログ 「重商主義」 のコルベール
フランスの絶対君主ルイ14世の財務総監を長く務めたコルベールが、1683年に亡くなった日です。1619年、フランス北部の町ランスの毛織物商人の家に生れたジャン・バティスト・コルベールは、20歳のころから政府関係で働きはじめ、1651年からルイ14世の宰相マザランの財政管理を任され、その手腕が認められようになりました。1661年にマザランが死去するとルイ14世の財務担当となって実権を握り……。

2011年ブログ 現代の民話作家・星新一
「ショート・ショート(掌編小説)1001編」などを著わしたSF作家の星新一(ほし しんいち)が、1926年に生れた日です。東京文京区に、星薬科大学の創立者で星製薬創業者の長男として生まれ、めぐまれた家庭に育った星は、中学在学中に太平洋戦争が開戦しました。敵性語になることをみこして英語をまったく勉強せず、他教科に力を入れて、要領よく飛び級で東大に入学しました。このため秀才と呼ばれましたが、戦後になって英語力の不足を補うため……。

2010年ブログ 初の世界周航
スペイン王と西回りでアジアの香辛料を入手する契約を結んだマゼラン隊の一せきが、1522年に人類初の世界一周をはたした日です。ポルトガルの下級貴族の家に生まれたマゼランは、25歳のころ、ポルトガル軍の艦隊に入って初の航海に出ました。その後、インド洋やマラッカの海を8年間も航海したことで、海や地理についてはだれにも負けない知識を得ました。さらにマゼランは、いざというときの判断がするどく、人をまとめる力がすぐれていました……。

2007年ブログ 世界的浮世絵師・安藤広重
『東海道五十三次』などの風景版画の傑作を生み、フランス印象派の画家やゴッホ(広重の作品を3点以上模写)、ホイッスラーらに大きな影響を与えた、安藤(歌川)広重が1858年に亡くなった日です。安藤広重は、江戸時代の末期に活躍した浮世絵師です。四季おりおりの風景を心から愛し、ここに住む農民や町人のくらしぶりをありのままに表現しました。数かずのすぐれた風景版画はたくさんの人びとに親しまれ、世界にも広く知られています……。

2005年ブログ 絵本は「間接体験」の宝庫
山にとりかこまれた地方に育つ子どもたちは、海を知らない。海をゆく大きな船も、海べの生き物のことも知らない。また、ライオンやぞう、新幹線や高速道路、飛行機がどういうものかも知らない。こういうものを知るためには、じっさいに海岸につれていったり、動物園へでかけたり、新幹線にのったり、自動車で高速道路を走ったり、飛行場を訪れたりする体験をしなくてはならない。ところが、海や船や魚、ライオンやぞう、新幹線、高速道路、飛行機などをテーマにした絵本を与えれば、容易に体験させることかできる。ただしこれは直接の体験ではなく「間接体験」だ……。


● 今日(9月5日)の主なできごと

1905年 日露講和条約(ポーツマス条約)調印……この日、アメリカ・ポーツマスで「日露講和条約」が調印され、日露戦争が終結した。樺太の南半分の支配は認められたものの、賠償請求は全面的に撤回された。これに反発した各地の市民会議は条約破棄や戦争継続が決議され、とくに東京日比谷公園で開かれた全国会議では暴徒化した市民が新聞社、大臣官邸、交番を襲ったり民家や教会、電車などを焼打ちにした(日比谷焼打ち事件)。東京市は戒厳令を布告。

1972年 ミュンヘン五輪でゲリラ……旧西ドイツで行われたミュンヘンオリンピック開催中のこの日、パレスチナ武装組織「黒い九月」がイスラエル選手団宿舎を襲撃し、選手11名を人質に立て蘢った。翌日、救出に失敗し人質全員と犯人5名、警官1名が死亡。


● 今日の主な記念日・恒例日

クリーンコールデー(石炭の日)……「ク(9)リーンコ(5)ール」の語呂合せから、通商産業省(今の経済産業省)の呼びかけにより、日本鉄鋼連盟・電気事業連合会・日本石炭協会等8団体が1992年に制定。


● 今日生まれた人

1638年 ルイ14世……フランスブルボン王朝の第3代国王。「太陽王」

1889年 南原繁……大正・昭和期の政治学者・評論家。東大総長歴任。

1903年 棟方志功……昭和期の版画家。仏教を題材に生命力あふれる独自の板画。


● 今日亡くなった人

1566年 スレイマン……オスマン帝国第10代スルタン。地中海の制海権をにぎり「世界の帝王」と呼ばれた。

1836年 最上徳内……江戸時代中・後期の探検家。

1857年 コント……フランスの哲学者・数学者・社会学者。「実証主義」の始祖。
 
1933年 巖谷小波……明治・大正期の小説家・童話作家。

1989年 入江徳郎……昭和期のジャーナリスト・キャスター・評論家。

1997年 マザー・テレサ……カトリック修道女・聖人。「神の愛の宣教者会」創立者。

2015年 原節子……昭和期の映画女優。代表作『わが青春に悔なし』『青い山脈』『めし』『東京物語』など。


● 過去のマイブログ「9月5日」のテーマ

2014年ブログ 「全面講和」 を主張した南原繁
戦後に東大総長を務め、教育改革を指導したことで知られる政治学者の南原繁(なんばら しげる)が、1889年に生まれた日です。現在の香川県東かがわ市に製糖業を営む家に生まれた南原繁は、2歳のときに両親が離婚したため、幼年期から母親の手ひとつで厳しく育てられました。香川県立旧制大川中学を卒業後に上京、第一高校で校長の新渡戸稲造から大きな影響を受け、西洋文明との出会いにより、これまでの儒教によって育まれた人生観を変える……。

2013年ブログ  [おもしろ民話集 98] なら梨とり
むかし、太郎、次郎、三郎という親孝行の三人兄弟がありました。父親は早く亡くなったため母親だけになりましたが、その母親も病気でずっと寝たきりになってしまい、日一日とやせていくばかりです。兄弟たちは母親の枕元で「おっかぁ、なにか食べたいものはないか?」とたずねました。「そうだな、死ぬ前に、奥山のなら梨が食べたいものだ」といいました。奥山のなら梨というのは、昔からとてもおいしいだけでなく、元気がでることで知られていました。でも、いつのころからか魔物が住みついて……。
 
2012年ブログ 世界に知られた最上徳内
江戸時代中・後期に、農民の出でありながら武士となり、江戸幕府の探検家となって活躍した最上徳内(もがみ とくない)が、1836年に亡くなった日です。1754年、出羽国(現在の山形県村山市)の貧しい農家に生れた徳内は、幼いころから算術や測量が好きで、学問を志し、家を弟たちに任せて、たばこの行商をするなど各地をめぐりました。青森で蝦夷地(北海道)の話を聞くうち興味をおぼえ、地元の漁師にたのんで蝦夷地へ渡ったといわれています……。

2011年ブログ 社会学の祖・コント
フランスの社会学者、哲学者で、「社会学」を提唱したコントが、1857年に亡くなった日です。1798年、南フランスのモンペリエに生まれたオーギュスト・コントは、幼い頃からすばらしい能力を発揮し、ラテン語と数学は特に優れていたといわれています。理工科大学に進学したコントでしたが、大学騒動の首謀者とみなされて退学。19歳のとき、社会主義思想家サン・シモンの弟子になって、その思想から大きな影響を受けました……。

2008年ブログ 板画の世界的巨匠・棟方志功
仏教を題材に生命力あふれる独自の板画の作風を確立し、いくつもの世界的な賞を受賞した版画家棟方志功(むなかた しこう)が、1903年に生まれた日です。棟方志功は、1903年青森市に生まれました。青森には、東北三大祭りのひとつであるねぶたがあります。赤や青、黄など原色でえがいた勇壮な武者人形のなかに明かりを入れて、町じゅうをひっぱりまわす豪快な夏の祭りです。また、冬になると空にうなりをひびかせて大きなたこがあがります……。

2007年ブログ ラファエロ 「アテネの学堂」
この絵はローマの 「バチカン美術館」 にあります。600年以上の歳月をかけ、質、量ともに世界最大の美術品に埋めつくされ、24の美術館とミケランジェロの天井画で名高いシスチナの礼拝堂からなる美術館の総称が 「バチカン美術館」 です。部屋の数1400、美術館というより 「バチカン宮殿」 といったほうがふさわしいかもしれません。「アテネの学堂」 は、この宮殿の3つの大きな部屋のひとつ 「署名の間」 という、法王が公式の署名や捺印する重要な部屋の壁面に、横幅だけで7m70cmの堂々たるフレスコ画で描かれています……。

2006年ブログ 「福沢諭吉」 のこども時代
諭吉が12、3歳のころのことです。ある日、近くのお稲荷さんに行った諭吉は、こっそり御神体の入った箱をあけました。その箱に入っていたのはただの木の札でした。諭吉は札を取り出して、かわりに道ばたから拾ってきた石を入れました。やがていく日かして、このお稲荷さんのお祭がはじまり、町の人たちはお稲荷さんにおみきを上げておがみました。これを見て、ひとりでおもしろがったのは諭吉です。「バカめ、おれの入れておいた石におみきを上げておがんでいる」──諭吉は、神様のばちがあたるかどうか、ためしてみたかったのです……。


● 今日(9月2日)の主なできごと

BC31年 アクチュームの海戦……シーザーの暗殺後、ローマではオクタビアヌスとアントニウスと権力争いが始まっていた。この日アクチュームの海戦がおこり、両軍1000隻の軍船が槍、火矢、投石で交戦し、オクタビアヌスが勝利した。アントニウスはクレオパトラと共にエジプトにもどったが、翌年アントニウスは剣で、クレオパトラは毒蛇に胸を咬ませて自殺した。

1945年 日本の降伏……東京湾上に浮かんだアメリカの軍艦ミズリー号の艦上で、連合国側に対する日本の降伏文書の調印式が行なわれた。日本全権団は重光葵外相他11名、連合国軍は9か国それぞれの代表とマッカーサー最高司令官が署名し、ここに満州事変から15年にわたる日本の戦争に終止符が打たれた。


● 今日の主な記念日・恒例日

宝くじの日/くつの日……「く(9)じ(2)」の語呂合せから第一勧業銀行(今のみずほ銀行)宝くじ部が1967年に制定し、「く(9)つ(2)」の語呂合せから銀座の婦人靴専門店が1992年に制定。


● 今日生まれた人

1641年 吉良義央……江戸時代前・中期の幕府高家(儀式や典礼を司る役)。

1828年 松平慶永(春嶽)……幕末から明治初期にかけての越前藩主・政治家。

1841年 伊藤博文……幕末の長州藩士・明治期の政治家。初代・5・7・10代首相。

1871年 高野岩三郎……明治・大正・昭和期の社会統計学者・社会運動家。


● 今日亡くなった人

1877年 和宮……幕末から明治前期の皇族。孝明天皇の義妹で公武合体により江戸幕府14代将軍徳川家茂に嫁ぐ。

1907年 陸羯南……明治期の新聞記者・政治評論家。日本新聞主筆兼社長。

1910年 アンリ・ルソー……フランスの画家。代表作『私自身の肖像=風景』『眠るジプシー女』など。

1913年 岡倉天心……明治期の美術評論家・美術史家・教育者。

1937年 クーベルタン……フランスの体育指導者。「近代オリンピックの父」

1969年 ホー・チ・ミン……ベトナムの革命家・政治家。ベトナム民主共和国初代主席。

1973年 トールキン……イギリスの小説家・言語学者。代表作『指輪物語』など。

1997年 フランクル……オーストリアの精神医学者。代表作『夜と霧』など。


● 過去のマイブログ「9月2日」のテーマ

2015年ブログ  『夜と霧』 のフランクル
ドイツ強制収容所の体験記録『夜と霧』をはじめ、『死と愛─実存分析入門』などを著したオーストリアの精神科医・心理学者のフランクルが、1997年に亡くなった日です。1905年、ユダヤ人家系の子としてウィーンに生まれたビクトール・フランクルは、ウィーン大学在学中に、精神分析学を創始したフロイトやその弟子のアドラーに、精神医学を学びました。卒業後は同大学医学部精神科教授となり、ウィーン市立病院神経科部長を兼任しました……。

2014年ブログ 幕末政局をリードした松平春嶽
第16代越前福井藩主で、一橋慶喜を将軍に推したり、公武合体策の推進、政事総裁職に当るなど、幕末に本家徳川家の中心となって活躍した松平春嶽(まつだいら しゅんがく)が、1828年に生まれた日です。江戸城内の御三卿のひとつ田安家に生まれた慶永(春嶽=号)は、1838年に親藩である越前福井藩主・松平家の養子となり、わずか11歳で32万石の福井藩主となり……。

2013年ブログ 「公武合体策」 と和宮
孝明天皇の妹でありながら、公武合体政策により江戸幕府第14代将軍・徳川家茂(いえもち)の正室となった和宮(かずのみや)が、1877年に亡くなった日です。1846年、仁孝天皇の第八皇女(おうじょ)として、京都御所に隣接する橋本邸に生まれた和宮は、6歳のとき、異母兄である孝明天皇の命で、有栖川宮熾仁親王(ありすがわのみや たるひとしんのう)と婚約をしました……。

2011年ブログ 「おもしろ古典落語」37回目 『子別れ』
「大変だね、棟梁。ちょっと出かけるのにも、隣に頼まなくちゃならないってのは」「へぇー、どうもね、ひとりじゃしょうがありませんで。女やもめに花が咲き、男やもめにウジがわくっていいますが、どうもいくじがございません」「そういっちゃなんだが、あの二番目のおかみさんてぇのは、よほどひどかったらしいな」「へぇ、どうしてあんなばかな女に迷ったかと思うようですが……。

2010年ブログ 『茶の本』 の岡倉天心
明治期に活躍した美術家、美術評論家で、茶道をとおして日本人の心や日本の文化を外国に紹介した名著『茶の本』を遺した岡倉天心が、1913年に亡くなった日です。明治時代の日本の文化や文明の発展に大きな功績を残した教育者でもありました。岡倉天心は、江戸時代があと数年で終わろうとする1862年年末に、横浜に生まれ、本名を覚三といいました。天心は号です……。

2008年ブログ 近代オリンピックの父クーベルタン
フランスの教育者で、イギリス留学中にスポーツの重要性を認識し、古代オリンピア遺跡の発掘に刺激されてオリンピックの復活を提唱、1896年ギリシアのアテネで近代オリンピックの開催を実現したクーベルタン男爵が、1937年に亡くなった日です。古代ギリシアのオリンピアで、およそ1000年にわたって行なわれた古代オリンピックは、393年の293回を最後にすがたを消してしまいました。それから約1500年ののち、このスポーツの祭典にふたたび火をともしたのがクーベルタンです……。

2005年ブログ 言葉の発達とテレビの問題点
人間の赤ちゃんは、1歳代では同じ年令のチンパンジーより知能が低い。動作の面はもちろんのこと、記憶したり考えたりする面でも劣る。ところが2歳代になると、たちまちチンパンジーを追い抜く。言葉を使えるようになるかららしい。それほど、言葉の発達と思考力には密接な関係があるということなのだろう。ところが最近、子どもたちはお母さんから豊かな言葉を聞くチャンスか少なくなっている。子守りはいっさいテレビにおまかせという家庭が多くなっているのだ。もちろん、テレビの影響がみんな悪いとはいわない……。


● 今日(9月1日)の主なできごと

1923年 関東大震災……この日の午前11時58分、関東地方一帯に震度7.9(激震)という大地震・関東大震災がおこった。東京では130余か所で火災がおきて半分以上を焼き尽くし、関東全域で死者10万人以上、災害にあった人は400万人にものぼった。不安が高まる中に「朝鮮人が暴動をおこした」「井戸に毒を流した」などというデマが乱れとび、罪のない朝鮮人や中国人数千人が殺された。

1939年 第二次世界大戦のきっかけ……ヒトラーの率いるドイツ軍は、この日突然隣国のポーランドに侵攻した。この行動に対し、イギリスとフランスは、兵を引き上げるように要求したがヒトラーはこれを受け入れず、9月3日に英仏はドイツに宣戦布告、第二次世界大戦が勃発した。戦争はヨーロッパ全体に広がり、やがて世界のほとんどを巻きこむ大戦争になっていった。

1983年 大韓航空機撃墜される……ニューヨーク発、バンクーバー経由ソウル行の大韓航空機が、誘導装置の設定ミスによるソ連領空侵犯のためにソ連戦闘機に撃墜され、乗客乗員269人が死亡した。


● 今日の主な記念日・恒例日

防災の日……1959年に襲来して、5000人を越える死者・行方不明者、39000人の負傷者という大災害をおこした伊勢湾台風と、関東大震災のおきた日にちなみ、防災意識を高めようと、政府はこの日を「防災の日」と定めた。

宝塚歌劇団レビュー記念日……1927年のこの日、宝塚少女歌劇団が日本初のレビュー『モン・パリ』の初演を行ったのにちなみ、宝塚歌劇団が1989年に制定。

くいの日/キウイの日……「く(9)い(1)」(杭)の語呂合せから、基礎工事現場での殉職者の慰霊及び基礎工事の安全作業を推進する日として東日本基礎工業協同組合が1993年に制定し、「キュー(9)イ(1)」の語呂合せから、ニュージーランド産キウイフルーツの輸入等を行っている会社が制定。


● 今日生まれた人

1875年 バローズ……アメリカの小説家。代表作『類猿人ターザン』などターザンシリーズ。

1877年 アストン……イギリスの化学者・物理学者。質量分析器の発明。

1904年 幸田文……昭和期の小説家・随筆家。代表作『流れる』『おとうと』『父 その死』など。幸田露伴の子。

1909年 ノーマン・ハーバート……カナダの外交官・日本研究家。代表作『日本における近代国家の成立』など。

1926年 石井ふく子……昭和・平成期のテレビプロデューサー・舞台演出家。「肝っ玉かあさん」「渡る世間は鬼ばかり」など。

1935年 小沢征爾……昭和・平成期の世界的指揮者。


● 今日亡くなった人

1551年 大内義隆……戦国時代の大名。周防・長門・石見・安芸・豊前・筑前の守護。

1573年 浅井長政……戦国から安土桃山期の戦国大名。信長に攻められ自刃。

1715年 ルイ14世……フランス国王(ブルボン朝3代)。「太陽王」

1915年 井上馨……幕末から明治・大正期の政治家。外務卿・初代外相・元老歴任。

1934年 竹久夢二……明治・大正期の画家・詩人。

1990年 ライシャワー ……アメリカの東洋史学者・駐日大使。
 
2010年  若乃花(初代) ……昭和期の力士。第45代横綱。栃・若時代を築き、引退後日本相撲協会第6代理事長。「土俵の鬼」


● 過去のマイブログ「9月1日」のテーマ

2015年ブログ  「日本研究の第一人者」 ライシャワー
アメリカの東洋史研究者・ハーバード大学教授で、駐日アメリカ大使を務めたライシャワーが、1990年に亡くなった日です。1910年、キリスト教長老派教会の宣教師の次男として、今の東京港区白金台の明治学院内に生まれたエドウィン・ライシャワーは、日本の小学校やアメリカン・スクールに学び、1926年に米国に渡り、オパーリング大学を経てハーバード大学大学院で日本を含む東アジア研究に取り組みました……。

2014年ブログ 「大内武家文化」 と大内義隆
周防山口を中心に西中国から北九州の守護大名・戦国大名として勢力を誇った大内義隆(おおうち よしたか)が、1551年に亡くなった日です。1507年、周防山口を本拠に、長門(山口県)・石見(島根県西部)・安芸(広島県西部)・豊前(福岡県東部・大分県北部)など、西日本に勢力を誇った大内氏の第30代当主・大内義興の長男として生まれた大内義隆は、1528年に父が死去したため、22歳で第31代当主として家督を相続……。

2011年ブログ 明治の元老・井上馨
幕末の長州藩士、政治家、実業家として活躍した井上馨(いのうえ かおる)が、1915年に亡くなった日です。長州藩士の子として、1835年に生まれた馨(幼名勇吉のちに聞多)は、藩校明倫館に入学した後、1857年江戸へ出て蘭学と砲術を学びました。次第に尊皇攘夷運動に共鳴し、1862年には高杉晋作や久坂玄瑞らとともにイギリス公使館の焼討ちに参加するなど……。

2010年ブログ 『宵待草』 の竹久夢二
大正ロマンを代表する数多くの美人画を遺した画家・詩人の竹久夢二が、1934年に亡くなった日です。1884年、岡山県の酒造業を営む家に生まれた夢二(本名茂次郎)は、17歳で画家をめざして上京し、早稲田実業学校に通いながら絵ハガキを描いては、学校周辺の絵ハガキ店に売って生計をたてていました。このころ、友人だった荒畑寒村の紹介で社会主義雑誌『直言』にコマ絵が掲載され、これが最初に印刷された夢二の絵でした……。

2008年ブログ 太陽王・ルイ14世
フランスブルボン王朝の第3代国王で、「朕は国家なり」(私そのものが国家だ)というほどの権力をふるった、絶対専制君主ルイ14世が、1715年に亡くなった日です。フランスのブルボン王家では、1643年にルイ13世が亡くなり、子のルイ14世が、わずか5歳で国王の位をつぎました。ルイ14世は、両親の結婚から22年もたって生まれた王子です。即位はしても、実際の政治は、母親のアンヌと宰相のマザランが行ないました……。

2006年ブログ 「徳川吉宗」 のこども時代
紀州 (和歌山) 藩の第2代目の藩主徳川光貞の4男として生まれた吉宗は、生まれつき、性格がおおらかでした。ある日のこと、父が、刀のつばのたくさん入った箱を取りだしてきて、子どもたちに、つばを与えるから、どれでもすきなものを取るように言いました。刀のつばは、武士にとって、たいせつなものです。兄たちはよろこんで、自分のすきなものを、ひとつずつ選んで取りました。しかし、吉宗だけは取ろうとしません……。

2005年ブログ 「科学する心」 を育てる
私を含め多くの親たちは、子どもたちの物事を深く知ろう、疑問を解決しようという心の動きを知ろうとしない傾向がある。おとなのそんな態度が幼い心を傷つけ、伸びようとする探究心の芽をつみとってしまいがちだ。以前にもこんなことがあった。上の子が4歳になった誕生日のプレゼントに、電池でレールの上を動く小さな汽車を買ってあげた。8の字型になったレールの上にその汽車を走らせ、スイッチを入れたり切ったり……。

↑このページのトップヘ