児童英語・図書出版社 創業者のこだわりブログ

30歳で独立、31歳で出版社(いずみ書房)を創業。 取次店⇒書店という既成の流通に頼ることなく独自の販売手法を確立。 ユニークな編集ノウハウと教育理念を、そして今を綴る。

2016年09月


● 今日(9月14日)の主なできごと

1822年 ロゼッタストーン解読……1799年、ナポレオンがエジプト遠征の際に持ち帰ったロゼッタストーンを、フランスのシャンポリオンが解読に成功。古代エジプト文明の存在を解明するきっかけとなった。

1900年 女子英学塾が開校……日本初の女子留学生としてアメリカで教育を受けた津田梅子が、東京麹町に塾生わずか10名、有能な英語教師を育てることをめざした「女子英学塾」(のちの津田塾大学)を開校。

1954年 映画『二十四の瞳』公開……壺井栄の同名小説を映画化した木下恵介監督の『二十四の瞳』の上映が開始された。小豆島の分校を舞台に、新任の女教師と12人の教え子との交流を感動的にえがいた作品は大評判となる。


● 今日の主な記念日・恒例日

メンズバレンタインデー……男性から女性へ積極的に愛を表現するため、「女性へ下着を贈ろう」と、日本ボディファッション協会が1991年に制定。


● 今日生まれた人

1680年 太宰春台……江戸時代中期の儒学者・経世家。主著『経済録』『弁道書』など。

1769年 フンボルト……ドイツの博物学者・自然地理学者。主著は「近代地理学の金字塔」といわれる大著『コスモス』。

1849年 パブロフ……ロシアの科学者。消化腺と条件反射の研究。

1883年 サンガー夫人……アメリカの産児調節運動家。

1935年 赤塚不二夫……昭和・平成期の漫画家。代表作『おそ松くん』『天才バカボン』など。


● 今日亡くなった人

1321年 ダンテ……イタリア・ルネサンスの先駆者。代表作 叙事詩『神曲』、詩集『新生』など。

1590年 狩野永徳……安土桃山期の日本画家。代表作『唐獅子図屏風』『洛中洛外図屏風』『聚光院障壁画』など。

1643年 春日局……安土桃山・江戸前期の女性。徳川家光の乳母で江戸城大奥の基礎を築く。

1852年 ウェリントン……イギリスの軍人・政治家。ナポレオンを2度にわたって討ち破る。

1859年 梅田雲浜……幕末期の尊攘派志士。

1982年 グレース・ケリー……アメリカの映画女優・モナコ大公妃。自動車事故死。


● 過去のマイブログ「9月14日」のテーマ

2015年ブログ  「安政の大獄」 と梅田雲浜
幕末の儒学者で、つねに尊王攘夷運動の中心にいた梅田雲浜(うめだ うんぴん)が、1859年に亡くなった日です。1815年、若狭国(福井県)小浜藩士の次男として生まれた雲浜(本名・定明 通称・源次郎)は、8歳のときから藩校の順造館に入り、山崎闇斎派の義理と実践を重んじる朱子学の影響を受けて成長、1829年に京都へ出ると、同じ崎門学派の望楠軒(ぼうなんけん)に学びました。1830年には江戸の藩邸で、尊王の学風のある山口菅山に師事して……。

2012年ブログ ナポレオンを失脚させたウェリントン
イギリスの軍人・政治家で、ナポレオンを2度にわたって討ち破ったウェリントンが、1852年に亡くなった日です。アイルランド地方の貴族の子としてダブリンに生まれたアーサー・ウェルズリー・ウェリントンは、1781年、父の死に伴いブリュッセルに移住して、フランスの陸軍士官学校に学びました。1787年にイギリス軍に入隊、インドでイギリス軍に抵抗するインド軍を破るなど、軍人としてのキャリアを積みました……。

2011年ブログ 「大奥」 と春日局
江戸幕府3代将軍徳川家光の乳母で、江戸城大奥の基礎を築いた春日局(かすがのつぼね)が、1643年に亡くなった日です。春日局(本名・齋藤福)は1579年、明智光秀の重臣だった斎藤利三のむすめとして、美濃国(いまの岐阜県)生まれました。父は、1582年の「本能寺の変」で光秀とともに信長を討ったあと、秀吉に「山崎の合戦」で敗退した後に処刑されました。福は女だったために、兄弟たちのように追われることなく……。

2010年ブログ 『神曲』 のダンテ
イタリアの都市国家フィレンツェに生まれた詩人で、彼岸の国の旅を描いた叙事詩『神曲』や詩集『新生』などを著し、ルネサンスの先駆者といわれるダンテが、1321年に亡くなった日です。詩人ダンテは、ベアトリーチェという一人の女性を、心に秘めた恋人として一生愛しつづけました。ダンテがベアトリーチェに初めて会ったのは、9歳のときです。祭りの日にまねかれた家で、美しい少女ベアトリーチェをみたとき、天使のように気高くて……。

2007年ブログ レオナルド・ダ・ビンチ 「モナリザ」
名画を語る場合、レオナルド・ダ・ビンチの「モナリザ」を、欠かすことができません。世界一有名な絵といってもさしつかえないほどです。でも、この絵が描かれた年、場所、モデルの名前さえ、正確にわかっておりません。タイトルの「モナリザ」というのも、本人がつけたものでなく、後に、16世紀の伝記作家バザーリという人が著書の中で、モデルはフィレンツェの名士フランチェスコ・デル・ジョコンドの妻リザで、女性に対する尊称「モナ」を付けて命名したということです。そのため、モデル説は実にさまざまです……。

2006年ブログ 「平賀源内」 のこども時代
高松藩につかえる足軽の子として生まれた源内には、ほんとうは10人の兄弟がいました。ところが、家が貧しかったため、病気や栄養不良で、そのうちの8人が亡くなり、大きく成長したのは源内と妹のふたりだけでした。源内は、5、6歳をすぎると、いつも母といっしょに、野山へ草つみにでかけました。家の貧しいくらしを助けるために、食べられ草、薬になる草をつみ、薬になる草は、それを売るのです。はじめ源内は、母の見つけたものをつむだけ……。

2005年ブログ 家庭教育の大切さ
「童話」と「科学」は決して対立するものでなく、どちらも子どもたちの広い世界を知りたいという欲求を満足させるジャンルである。童話は [想像の世界] であり、科学は [現実の世界] である。車の両輪のようなもので、一方が欠けては成り立ち得ない人間の精神生活の2大支柱だといってよいだろう。この両者をバランスよく与えてこそ、子どもたちの健全な世界観がつちかわれる。ところが「童話」はともかく、「科学」というと……。


● 今日(9月13日)の主なできごと

1587年 秀吉が聚楽第に移る……九州征伐を終えた豊臣秀吉はこの日、大坂城から京都の平安京大内裏跡に建設した聚楽第に移り住んだ。政庁を兼ねた武家の城郭と貴族の邸宅をあわせもつ造りで、東西440mもある壮大な敷地には堀がめぐらされ、周囲には、各大名の屋敷が配置されていた。しかし、1591年12月に秀吉は、家督および関白職を甥の豊臣秀次に譲ったあと聚楽第は秀次の邸宅となり、1595年7月には、秀次を高野山に追放して切腹させ、翌8月以降、徹底的に破壊したため、不明な点が多い。

1912年 乃木希典夫妻が明治天皇に殉死……明治天皇御大葬のこの日、日露戦争の勝利に貢献した乃木希典大将と静子夫人が自宅で殉死した。自宅のあった場所には、乃木神社が建てられている。


● 今日の主な記念日・恒例日

世界の法の日……1965年、9月13日から20日までワシントンで開催された「法による世界平和第2回世界会議」で、9月13日を「世界の法の日」とすることが宣言された。この日とは別に、日本では1960年から10月1日も「法の日」としている。


● 今日生まれた人

1733年 杉田玄白……江戸時代中・後期の蘭方医。人体解剖書のオランダ語訳『ターヘル・アナトミア』という医学書を、苦労の末に『解体新書』に著す。

1900年 大宅壮一……昭和期のジャーナリスト・評論家。「一億総白痴化」「駅弁大学」「男の顔は履歴書」「恐妻」など、造語名人。

1931年 山田洋次……昭和・平成期の映画監督・脚本家。代表作『男はつらいよ』シリーズ『幸福の黄色いハンカチ』など。


● 今日亡くなった人

1592年 モンテーニュ……フランスの思想家。代表作『随想録』。

1912年 乃木希典……明治期の陸軍軍人。陸軍大将。

1971年 林彪……中国の軍人・政治家。ソ連へ逃亡中に墜落死。

1975年 棟方志功……昭和期の版画家。


● 過去のマイブログ「9月13日」のテーマ

2013年ブログ  [おもしろ民話集 99] 手まね問答
むかし、ローマ法皇の命令で、えらい司教がいろいろな国の修道院を視察にまわっていました。あるいなかの修道院に、司教がもうすぐ到着するという知らせがとどくと、年老いた院長は、顔色を変えました。この司教は大変な賢者である上に議論にすぐれ、しかも手まねで議論するといううわさでした。その手まねにうまく対応できない修道院は、日ごろの精進が疑われるといわれていたからです。「神父のみなさん、どうじゃろう。どなたでもよろしいので、司教さまの問答のお相手を引き受けてくれる人は、名乗り出てくれませんかな……。

2012年ブログ 「おもしろ古典落語」85回目 『もう半分』
江戸の隅田川の永代橋のたもとに、夫婦二人きりの小さな居酒屋がありました。「こんばんは」「やぁ、おいでなさい八百屋さん。こん夜は、ずいぶんと遅うございますな」「へぇ、ちょっと用足しに手間取りましてな。こちらの前を通ると、もうがまんができなくて入ってきたんですよ。すみませんけど、いつもの通り、半分いただかせてもらいたいんで」「ええ、よろしゅうがす、どうぞ」「へへぇ、ありがとうござい…、うまいですね、こちらのお酒は、うまくって安いときてる。ほんとは飲まないつもりだったんですがね……、へぇ、もう半分……。

2011年ブログ 悲劇の中国指導者・林彪
中国共産党の軍事指導者だった林彪(りん ぴょう)が、毛沢東の後継とされながらも、毛との路線の違いからクーデターをおこして失敗、1971年にモンゴル国境付近で墜落死した日です。1907年に湖北省の工場主の子として生まれた林彪は、広州の軍人を養成する学校を優秀な成績で卒業後、1923年に中国社会主義青年団に参加し、中国共産党に入党しました。1932年には、第一軍団司令となって、井崗山で毛沢東に合流、1万2千kmにおよぶ長征にも参加……。

2010年ブログ 乃木希典の殉死
陸軍大将乃木希典(のぎ まれすけ)が、静子夫人とともに、1912年に自殺した日です。遺体のそばに、崩御してまもない 明治天皇 の写真がおかれ、遺書の内容から「殉死」であることが判明し、当時の国民に大きな衝撃を与えました。乃木希典は、1879年長州藩(山口県)の武士の子として生まれました。16歳のときに伯父の玉木文之進の教えを受け、玉木が吉田松陰の門下であったため、間接的に松陰の影響を受けました……。

2007年ブログ 随想録を著わしたモンテーニュ
世界的な名著 「随想録」の著者として、400年以上たった今も高く評価されているフランスの思想家モンテーニュが、1592年に亡くなった日です。フランスの思想家、モンテーニュの『随想録』(エセー)は、哲学としても文学としてもすぐれた作品です。豊富な知識と、モンテーニュ自身の生活体験によって書かれたもので、人間の心をするどくみつめています。人間性と人間の生き方を探求したモラリストの文学として、近代の文芸や思想に……。

2006年ブログ 「シートン」 のこども時代
父が仕事に失敗して、シートンは5歳のとき、家族といっしょにイギリスから大西洋をこえて、カナダへやってきました。そして、森で、開拓者の生活をはじめました。でも、森をきりひらく仕事は、父と母にはきびしすぎて、わずか4年で、家族はトロント市へ引っ越しました。ところが、まいにち、友だちとけんかをするわんぱくなシートンには、たくさんのいろいろな動物といっしょでたのしかった、森の生活がわすれられません……。

2005年ブログ 「かがくしつもんばこ」 の内容
「こども科学図書館」の「かがくしつもんばこ」は、どんな質問が入っているのかという問い合わせに回答します。[1巻目] なぜ日にやけると黒くなるの?/しゃっくりはどうしてでるの?/お母さんはどうしてお風呂へいれたがるの?/タマネギを切るどうして涙がでるの?/どうして左ききの人がいるの?/人によって皮膚や髪の毛や目の色がちがうのはなぜ?/お母さんから生まれたのにどうしてお父さんに似ているの?/くしゃみや鼻水はどうしてでるの?/ウソをつくとどうしてウソ発見器でわかるの?/耳や目が2つあるのはなぜ?/おならやゲップがでるのはなぜ?/おなかがすくとグーグーなるのはなぜ? 等々…。


● 今日(9月12日)の主なできごと

1571年 延暦寺の焼き討ち……織田信長は、比叡山延暦寺を攻め、堂塔を焼き払い、僧徒らを皆殺しにした。領地をめぐる確執から、近江の浅井氏、越前の朝倉氏の軍勢を延暦寺が受け入れたこと、延暦寺が広大な寺領を誇り、大勢の僧兵をかかえて信長に反抗的だったのが原因だった。

1872年 新橋─横浜間に鉄道開通……新橋と横浜をむすぶ約29kmでわが国初の鉄道が開通、この日明治天皇を乗せた祝賀列車が走った。翌日から旅客や貨物の輸送がはじまり、これまで1日かかったところを53分に短縮した。上り下り共毎日8往復、料金は1円42銭5厘、75銭、37銭5厘の3階級だった。

1940年 ラスコーの壁画発見……フランスの子ども4人が遊んでいるうち偶然に発見。洞窟の側面と天井面には、たくさんの馬や山羊、野牛、鹿などの絵があり、旧石器時代後期(1万5000年ほど前)のクロマニョン人によって描かれたものと推定されている。


● 今日の主な記念日・恒例日

宇宙の日……1992年、毛利衛さんがアメリカのスペースシャトル「エンデバー」で宇宙へ飛び立ったことから、科学技術庁(今の文部科学省)と文部省宇宙科学研究所が、一般公募により制定した。

マラソンの日……紀元前(BC)450年のこの日、ペルシャの大軍がアテネを襲いマラトンに上陸したのを、アテネの名将ミルティアデスの奇策でこれを撃退。このことをフェイディピデスという兵士が伝令となってアテネの城門まで走り、アテネの勝利を告げたまま絶命したといわれる故事にちなむ記念日。1896年、アテネで第1回オリンピックが開かれた際、この故事をしのび、マラトンからアテネ競技場まで、初のマラソン競争が行われた。


● 今日生まれた人

1494年 フランソワ1世……フランス・ルネサンス期を代表する国王で、レオナルド・ダ・ヴィンチらの芸術家を保護したことで知られる。

1876年 相馬黒光……明治・大正・昭和期の随筆家・実業家。荻原碌山、中村彝、高村光太郎らに「中村屋サロン」を提供、インド独立運動の志士ボースらを保護。

1894年 徳田球一……大正・昭和期の政治家。非合法時代の日本共産党活動家で投獄18年、戦後初代書記長。

1913年 豊田英二……昭和・平成期の実業家。トヨタ自動車初代社長。


● 今日亡くなった人

1821年 塙保己一……江戸時代中・後期の国学者。盲目でありながら、古い文献を集大成した『群書類従』を著す。

1874年 ギゾー……フランスの歴史家・政治家。

1921年 大江卓……幕末の土佐藩士、明治・大正期の政治家・実業家・社会運動家。

1985年 源氏鶏太……昭和期の小説家。代表作『英語屋さん』『三等重役』など。


● 過去のマイブログ「9月12日」のテーマ

2014年ブログ 「被差別民解放」 に努めた大江卓
「マリア・ルス号」の摘発と清国人奴隷232人の解放など、政治家・実業家・社会運動家として活躍した大江卓(おおえ たく)が、1921年に亡くなった日です。1847年、土佐国(今の高知県)宿毛に代官の子として生まれた大江卓は、長崎で洋式兵銃の修行したのち京に出て、1867年土佐陸援隊に入り倒幕運動に加わったことで、坂本龍馬、中岡慎太郎、陸奥宗光らと知り合いました。翌1868年1月の鳥羽・伏見の戦いの際には天皇の側に仕える侍従として……。

2013年ブログ 「おもしろ科学質問箱 28」 星座(せいざ)ってなーに?
大むかしから、世界じゅうの人々が、さまざまに並ぶ夜空の星をながめながら、いくつかの星のグループに名前をつけたのが星座のはじまりです。いま私たちが呼んでいる星座の名は、古代バビロニア人が、動物や神話に出てくる女王や英雄の名にして呼んでいたのを、古代ギリシャ人が多くを受けつぎ、150年ごろにアフリカ北部アレキサンドリアの天文学者プトレマイオス(トレミー)が、48個にまとめあげました。でも、それだけでは……。

2012年ブログ 歴史家で政治家のギゾー
歴史家として『ヨーロッパ文明史』などを著わし、フランス「七月王政」期には主導的政治家として活躍したギゾーが、1874年に亡くなった日です。1787年、フランス南部の都市ニームに生れたフランソワ・ギゾーでしたが、8歳のときに、弁護士だった父親が「フランス革命」に巻きこまれてギロチンで死刑に処されてしまいました。父親との連座をおそれた母親は、ギゾーを連れてスイスのジュネーブに逃れました。やがてフランスがナポレオン時代に……。

2011年ブログ 「獄中18年」 の徳田球一
戦前に共産党が非合法の時代に18年も投獄され、戦後に初代日本共産党書記長を務めた徳田球一(とくだ きゅういち)が、1894年に生まれた日です。徳田は、沖縄県名護市に生まれ、苦学して日本大学の夜間部を卒業し、弁護士になりました。1920年、日本社会主義同盟に加わり、ソ連から帰国後の1922年、非合法の日本共産党(第一次共産党)結成に参加して中央委員として活躍。逮捕されるものの、堺俊彦や山川均らが党を解党することに反対し……。

2008年ブログ 盲目の国学者・塙保己一
江戸時代の後期に国史や国文学を研究する「和学講談所」を開いて門人を育て、「群書類従」という、わが国有史以来の文献のうち価値ある研究資料3373点を25部門に分類した叢書を著した、盲目の国学者塙保己一(はなわ ほきいち)が、1821年に亡くなった日です。わが国の盲人は、世の中ではあまり活躍する場が開かれていません。幼少の頃から視力が弱く、5歳のころに失明した塙保己一もまた、琵琶を弾く腕をみがいて音曲のわざで身を立てるか……。

2007年ブログ ピーターラビットの「ミス・ポター」 ロードショー公開
世界中で愛されているコンパクト判絵本「ピーターラビット」シリーズ23点の生みの親ビアトリクス・ポターの自伝映画「ミス・ポター」が、9月15日から、日劇3ほか全国東宝洋画系約300館でロードショー公開されます。あらすじは、次の通りです。1902年のロンドン。上流社会の女性が仕事を持つことなどあり得なかったビクトリア朝の時代に、絵本作家をめざした32歳の上流階級育ちの独身女性ビアトリクス・ポターは、ピーターラビットを描いたスケッチブックを片手にさまざまな出版社に売りこみをしますが、断られ続けます……。

2006年ブログ 「日蓮」 のこども時代
幼いころの日蓮は、農業のかたわら漁師をしていた父から、いろいろなことを教わりながら成長しました。とくに、仏教の話をたくさん聞いて育ちました。そして、12歳のころになると、2つの大きな疑問をいだくようになっていました。「源氏と平氏の壇ノ浦の合戦では、天皇が海に身を投げられた。それから36年後の承久の乱では、3人の上皇が島流しにあわれた。日本は仏教がさかんなのに、だれもが仏教を信仰するのに、どうして、こんなことがおこるのだろう……。

2005年ブログ 4冊の「かがくしつもんばこ」
さまざま研究結果によると、[学習意欲にかげりのある子どもは、幼児期にある質問期を、うまく乗りきれなかったことによって生まれる] という。またある心理学者は、子どもの伸びようとする知能の芽を刈りとってしまうと、一生知能の低いボンヤリした人間になってしまうと指摘している。わかったという満足感、知ったという喜びこそ、学ぶことへの前向きの心を育てるのだ。子どもの質問は、知能がどんどん発達して、ものごとに強い興味をひかれている証拠なのだから……。


● 今日(9月9日)の主なできごと

1886年 「ベルヌ条約」締結……この日スイスのベルン(「ベルヌ」はフランス語)で、国際的な著作権に関する基本条約「文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約」が作成された。日本は、1899年に加盟。

1948年 「朝鮮民主主義人民共和国」成立……同年8月に成立した「大韓民国」(韓国)に対抗して、「朝鮮民主主義人民共和国」(北朝鮮)が成立し、金日成を首相に選んだ。


● 今日の主な記念日・恒例日

救急の日……「きゅう(9)きゅう(9)」の語呂合せから、厚生省(今の厚生労働省)が1982年に制定。


● 今日生まれた人

1585年  リシュリュー……フランスの政治家・枢機卿。ルイ13世に仕え絶対王政の確立に貢献。

1763年 谷文晁……江戸時代中・後期の文人(学者・文人らを描く)画家。代表作『木村蒹葭堂像』『自画像』など。

1828年 副島種臣……幕末から明治期の佐賀藩士・政治家。外務卿・内相・宮中顧問官歴任。

1828年 トルストイ……ロシアの文豪。代表作『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』『復活』など。

1890年 カーネル・サンダース……アメリカの実業家。ケンタッキー・フライドチキン創業。

1900年 ジェームズ・ヒルトン……イギリス・アメリカの小説家・脚本家。代表作『失われた地平線』『チップス先生さようなら』など。

1911年 吉村公三郎……昭和期の映画監督。代表作『安城家の舞踏会』『暖流』『夜の河』など。

1918年 高橋圭三……昭和・平成期の司会者・アナウンサー。


● 今日亡くなった人

686年 天武天皇……飛鳥時代の第40代天皇。白鳳文化を生みだす。

1569年 ブリューゲル……フランドル(ベルギー・オランダ)の画家。代表作『バベルの塔』『農民の踊り』『子供の遊戯』『雪中の狩人』など。

1901年  ロートレック……フランスの画家。代表作『ムーラン・ルージュの舞踏会』『ムーラン通りのサロン』など。

1909年 ハリマン……アメリカの実業家。世界一周鉄道を構想。

1976年 毛沢東……中国の政治家。中華人民共和国建国。中国共産党最高権力者。


● 過去のマイブログ「9月9日」のテーマ

2015年ブログ  「世界一周鉄道を構想した」 ハリマン
アメリカ人実業家で、世界一周鉄道を構想し、日本と満鉄の共同経営をめざすものの失敗したハリマンが、1909年に亡くなった日です。1848年、聖公会牧師の子としてニューヨーク州ロングアイランドに生まれたエドワード・ハリマンは、中学を卒業後、14歳でニューヨークのウォール街で事務員として働き始め、22歳の時にニューヨーク証券取引所の会員となり、1872年に株式投機業ハリマン社を設立しました……。

2014年ブログ 「フライドチキン」 のサンダース
「フランチャイズ方式」で、世界じゅうに「ケンタッキー・フライドチキン」の店を広めたアメリカのカーネル・サンダースが、1890年に生まれた日です。インディアナ州ルイビルで生まれたサンダースは、父親が6歳のときに亡くなったため、家計を助けるために10歳で農場に働きに出ました。その後、軍隊に入り除隊後は、鉄道の機関車修理工、ボイラー係、機関助手、保険外交員、フェリーボートやタイヤのセールスなど40種類以上の職を転々としました……。

2011年ブログ 「おもしろ古典落語」38回目 『夏どろ』
泥棒というのは、季節にかかわりないようですが、「こそ泥」というのは夏に多いようです。夏は暑いので、戸締りをしていない家もけっこうあります。「おやおや、しょうがねぇな。この家は留守かな。ぶっそうじゃねぇか、開けっぱなしにして。ありゃ、割れたすり鉢に、古木を入れやがって…ああ、蚊いぶしをしたんだな、こんな家だって、板の間にでも燃えつけば火事になっちまうじゃないか。うす汚ねぇ家だな。でもこんな家でも……。

2010年ブログ モンマルトルの人気画家・ロートレック
「ムーランルージュ」のポスターなど、パリのモンマルトルを中心に活躍したロートレックが、1901年に亡くなった日です。トゥルーズ・ロートレックは、1864年、名門の伯爵家夫妻の長男として、フランス南西部のアルビに生まれました。幼少の頃のロートレックは、愛くるしさから「小さな宝石」と呼ばれて、母はもちろんまわりの人たちに可愛がられて育ちました。両親が上流社会にありがちな近親婚だったためか、遺伝性の骨が弱いという体質を……。

2008年ブログ 「教育」 の本来の意味は 「引き出す」 こと
日本で「教育」というと、教室で黒板を前にした先生が、一段高い教壇に立ってさまざまなことがらを生徒に教え、生徒は先生から教わるという上下関係にあるようです。幼児への家庭教育も同じで、多くの母親は、先生役になって子どもにしつけをする──教える母親、教わる子どもという上下関係にあると思っています。そのためか、知らず知らずのうちに独善的になり、子どもに対して圧制者のようになってしまっている母親をよくみかけます……。

2005年ブログ 質問する子どもたち
当時の私は、2人の子どもたちから質問ぜめの毎日だった。これまでは5歳の子からの質問が大半だったのが、下の子も負けずにはじめるようになり「あれは何なの?」「どうして?」「なぜなの?」絵本を読んであげても、テレビを見ていても、道を歩いていても、よくもこんなに質問することがあるかと思うばかりの集中攻撃だ。心理学では、子どもがこのように質問を連発する時期を、質問期と名づけている。知能の芽、探究心の芽がぐんぐん伸びはじめて……。


● 今日(9月8日)の主なできごと

1868年 元号「明治」……年号をこれまでの「慶応」(4年)から「明治」(元年)と改めた。同時に、今後は一天皇は一年号とする「一世一元の制」を定めた。

1951年 サンフランシスコ講和条約締結……第2次世界大戦で、無条件降伏をして連合国の占領下におかれていた日本国民は、1日も早い独立を願っていた。1950年に朝鮮戦争がはじまると、アメリカは日本を独立させて資本主義の仲間入りをさせようと、対日講和の早期実現を決意した。そしてこの日、日本の全権大使吉田茂首相は、サンフランシスコで戦争に関連した48か国と講和条約に調印した。同条約は翌1952年4月28日に発効し、日本は6年8か月にわたる占領を終えて、独立を回復した。しかしこの時、アメリカとの間に「安全保障条約」を結んだことで、日本国内に700か所以上もの米軍基地がおかれるなど、本当の意味での独立国にはなりきれず、さまざまな波紋を残すことになった。なお、9月8日は「サンフランシスコ平和条約調印記念日」となっている。


● 今日の主な記念日・恒例日

国際識字デー……1965年のこの日、イランのテヘランで開かれた世界文相会議でイランのパーレビ国王が軍事費の一部を識字教育に回すことを提案したことを記念し、ユネスコが制定した国際デーのひとつ。「識字」とは、「文字の読み書きができる」という意味で、現在世界には戦争や貧困等によって読み書きのできない人が10億人以上いると言われている。


● 今日生まれた人

1841年 ドボルザーク……チェコの作曲家。代表作『スラブ舞曲』交響曲第9番『新世界より』など。

1864年 池田菊苗……明治・大正・昭和期の化学者。グルタミン酸発見。

1869年 木下尚江……明治・大正・昭和期の小説家・社会運動家・評論家。代表作『良人の自白』『懺悔』『火の柱』など。

1873年 羽仁もと子……明治・大正・昭和期のジャーナリスト・教育家。「自由学園」創立。


● 今日亡くなった人

1775年 加賀の千代女……江戸時代中期の俳人。「朝顔に つるべ取られて もらい水」など。

1894年 ヘルムホルツ……ドイツの物理学者・生理学者。「エネルギー保存則」確立者の一人。

1949年 リヒャルト・シュトラウス……ドイツの作曲家。代表作『ばらの騎士』『ツァラトゥストラはかく語りき』など。

1981年 湯川秀樹……昭和期の理論物理学者。中間子の存在を予言。日本人初のノーベル賞(物理学賞)受賞。

2003年 リーフェンシュタール……ドイツの女優・映画監督・写真家。

2004年 水上勉……昭和・平成期の小説家。代表作『雁の寺』『越前竹人形』『五番町夕霧楼』など。


● 過去のマイブログ「9月8日」のテーマ

2015年ブログ  『オリンピア』 のリーフェンシュタール
ベルリンオリンピックの記録映画『オリンピア』が絶賛されたものの「ナチスの協力者」として逮捕されるなど、生涯にわたり非難を浴びせられ続けたドイツの女流監督・写真家のリーフェンシュタールが、 2003年に亡くなった日です。1902年、ベルリンの裕福な家庭に生まれたレニ・リーフェンシュタールは、1923年、表現ダンスのダンサーとしてデビューをはたすと、ドイツ舞踏界を代表するスターとして注目されました……。

2014年ブログ 「庶民派作家」 水上勉
『雁の寺』『飢餓海峡』『越前竹人形』『五番町夕霧楼』など、世間の下積みに生きる人々をたくさんの作品に著した作家の水上勉(みなかみ つとむ)が、2004年に亡くなった日です。1919年、今の福井県おおい町の貧しい大工の家に生まれた水上勉は、9歳の時、京都の臨済宗相国寺の子院、瑞春院に小僧として修行に出されました。しかし、あまりの厳しさに逃げ出し、連れ戻されて等持院に移されましたが、17歳のとき再びこの寺も出ました。その後さまざまな職業を転々としながら小説を書きますが、なかなか認められません……。

2011年ブログ 「味の素」 と池田菊苗
明治・大正・昭和初期に活躍した化学者の池田菊苗(いけだ きくなえ)が、1936年に亡くなった日です。菊苗は1864年、薩摩藩士の子として京都屋敷で生まれました。明治維新後に父は、滋賀県の役人となって、旧薩摩屋敷を所有するなど裕福でしたが、琵琶湖に汽船を浮かべて観光業をしたり、牧畜業にたずさわったりしましたが、しょせんは武士の商法で、どれも失敗に終わってしまいます。そんな中で菊苗は、東京、京都、大阪などで学ぶうち、大阪衛生試験所長と知り合う機会に恵まれ……。

2010年ブログ 日本人初のノーベル賞・湯川秀樹
「中間子」という電子のほぼ300倍もの質量をもつ素粒子のあることを、理論をもって証明したことで、1949年日本人で初めてノーベル賞(物理学賞)を受賞した 湯川秀樹が、1981年に亡くなった日です。湯川秀樹は、1907年、有名な地理学者小川琢治(たくじ)の3男として、東京麻布に生まれました。のちに大阪の医師である湯川家に婿入りしたため、湯川姓となりました。幼いころから優秀で、特に数学が得意だったようです……。

2008年ブログ 「新世界より」 のドボルザーク
「スラブ舞曲」や「新世界より」などの作曲で名高いチェコ・ボヘミヤ音楽の巨匠ドボルザークが、1841年に生まれた日です。日本人によく親しまれている「家路」(♪ 遠き山に日は落ちて・・・)は、交響曲第9番「新世界より」に出てくるフレーズです。チェコ西部に生まれ、町から町へさまよい歩くジプシーたちの音楽を耳にしながら育ったアントニン・ドボルザークは、幼いころから、心に音楽の火をともして成長しました。ところが、12歳になったとき……。

2006年ブログ 「豊臣秀吉」 のこども時代
顔はやせて、目ばかりぎょろぎょろしていた少年時代の秀吉は、みんなから、小ざる、小ざると呼ばれました。[小ざる] は農民の子でしたが、いくさごっこは好きでした。体は小さくともすばしこく、いくさごっこで負けたことはありませんでした。[小ざる] が8歳になったころ父が死に、やがて母は、新しい男と結婚しました。ところがこの2人目の父は、はじめはやさしかったのに、弟や妹が生まれると、母や [小ざる] につらくあたるようになりました……。

2005年ブログ さまざまな体験から言葉の概念を形成
昔から、ヨチヨチ歩きをはじめた子どもに危険なものを教える時、熱いアイロンやヤカンをさわらせてきた。そういう、アツイという体験が子どもにしっかり覚えこまれるため、アツイといえばストーブにも近づかなくなるし、アイロンをかけているじゃまもしなくなる。そして、おふろのお湯か熱い、ミソ汁が熱い、カゼをひいて熱が出た、日差しが暑いというように、日常的な体験をつみ重ねてアツイという言葉と、自分の感覚が結びついてアツイという概念を形成する。さらに大きくなると、物事に熱中するとか、勉強に熱が入らない……。

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