児童英語・図書出版社 創業者のこだわりブログ

30歳で独立、31歳で出版社(いずみ書房)を創業。 取次店⇒書店という既成の流通に頼ることなく独自の販売手法を確立。 ユニークな編集ノウハウと教育理念を、そして今を綴る。

2016年01月

● 今日(1月7日)の主なできごと

1868年 征討令……1月3日~6日の鳥羽・伏見の戦いに勝利した明治新政府は、この日江戸城にこもった徳川慶喜に征討令を出すと同時に、諸藩に対して上京を命じた。征討軍の総帥は西郷隆盛で、同年4月11日、徳川家の謝罪を条件に江戸城・明け渡し(無血開城)が行なわれた。

1932年 スティムソン・ドクトリン……アメリカの国務長官スティムソンは、この日「満州における日本軍の行動は、パリ不戦条約に違反するもので、これによって生ずる一切の状態を承認することはできない」との声明を発し、日本政府を弾劾。これが、太平洋戦争に至るアメリカの対日基本方針となった。


● 今日の主な記念日・恒例日

「七草がゆ」を食べる日……[せり/なずな(ぺんぺんぐさ)/ごぎょう(ははこぐさ)/はこべら(はこべ)/ほとけのざ(たびらこ)/すずな(かぶ)/すずしろ(だいこん)/春の七草] と歌われる7種類の草を入れたおかゆを食べれば、無病息災という風習。平安時代以前に中国から伝わったといわれるが、単なる迷信ではなく、ちょうど正月料理に飽きたころ、冬枯れの季節に青物を補給するという食生活上の効用が指摘されている。


● 今日生まれた人

1502年 グレゴリウス13世……1582年に、ユリウス暦に代え、今日世界で広く用いられている「グレゴリオ暦」を採用したローマ教皇。日本の天正少年遣欧使節を迎え、少年たちにローマ市民権を与えたことでも知られる。

1835年 前島密……日本の近代郵便制度の創設者。「郵便」「切手」「葉書」という名称を定めたり、国字改良論者としても有名。


● 今日亡くなった人

1490年 足利義政……室町幕府第8代将軍でありながら政治に興味がなく、11年も続く内乱「応仁の乱」をひきおこすきっかけをこしらえた。銀閣寺を建てるなど、東山文化を遺した功績は評価されている。

1841年 徳川家斉……江戸幕府第11代将軍で、松平定信を起用して「寛政の改革」を実施させ、華やかな「化政文化」を生み出す。

1825年 歌川豊国(初代)……江戸時代後期の浮世絵師で、役者絵を得意とした。

1989年 昭和天皇……激動の昭和を生き抜いた昭和天皇が亡くなり、皇太子明仁親王が即位し、翌日「平成」と定められた。昭和天皇の在位は、62年と14日で、歴代天皇の中でも最長。

1996年 岡本太郎……大阪万博のシンボルタワー『太陽の塔』や、大作『明日の神話』などの絵画を多く残した前衛芸術家。


● 過去のマイブログ「1月7日」のテーマ

[2015年ブログ]  「化政文化」と徳川家斉
江戸時代後期に松平定信を起用して「寛政の改革」を実施させ、華やかな「化政文化」を生み出すなど、54年の長期にわたり政治を主導した江戸幕府第11代将軍の徳川家斉(とくがわ いえなり)が、1841年に亡くなった日です。1773年、御三卿(将軍家一族)の1つ一橋治済(はるずみ)の長男として生まれた家斉(幼名・豊千代)は、1781年に第10代将軍家治の養子になって江戸城西の丸に入り、1786年家治の急死を受け、1787年に15歳で第11代将軍に就きました……。

[2014年ブログ]  「芸術は爆発だ」の岡本太郎
パリで抽象美術運動やシュルレアリスム運動と直接関わり、大阪で行われた日本万国博覧会(万博)のシンボルタワー『太陽の塔』や、大作『明日の神話』などの絵画を多く残し、縄文時代や沖縄のプリミティブ美術を再評価するなど、個性あふれる前衛芸術家・岡本太郎が、1996年に亡くなった日です……。

[2013年ブログ]  「役者絵」の歌川豊国
江戸時代後期に活躍した浮世絵師の歌川豊国が、1825年に亡くなった日です。1769年、木彫りの人形師の子として江戸に生れた歌川豊国(本名・倉橋熊吉)は、少年期に父の友人だった歌川派の創始者・歌川豊春の門下として学び、1786年には黄表紙の挿絵で処女作を発表すると、豊春風の役者絵や美人画、浮絵といわれる風景画、錦絵など多彩な活躍をするようになりました……。

[2010年ブログ]  銀閣寺を建てた足利義政
室町幕府の第8代将軍でありながら政治に興味がなく、11年も続く内乱「応仁の乱」をひきおこすきっかけをこしらえた足利義政が、1490年に亡くなった日です。しかし、国宝となっている銀閣寺を建てるなど、東山文化を遺した功績は高く評価されています。足利義政は、わずか13歳で将軍になりました。父義教が殺され、父のあとをついだ兄義勝は病死したからです……。

[2009年ブログ]  郵便の父・前島密
日本の近代郵便制度の創設者で、「郵便」「切手」「葉書」という名称を定めた前島密が、1835年に生まれた日です。明治初期に、はじめて郵便制度がしかれるまで、手紙は飛脚が人をやとって配達していました。その飛脚から近代郵便制へとみちびいたのが前島密です……。

[2008年ブログ]  新年のごあいさつ
インターネット改革を一気に進めてきましたが、本年はさらにペースアップしてまいります。まず、弊社の主力商品「セサミ英語ワールド」のホームページをリニューアルしたのを機に、「まるわかりムービー」を配信し、映像を通して商品内容が、よりわかりやすくなりました……。

● 今日(1月6日)の主なできごと

1887年 シャーロック・ホームズ新登場…イギリスの推理作家コナン・ドイルは、『緋色の研究』を刊行し、名探偵シャーロック・ホームズを初めて登場させた。

1912年 大陸移動説…ドイツの地球物理学者ウェゲナーは、大陸はたえず移動し、年代とともにその位置関係が変わるという「大陸移動説」を発表。

1941年 「4つの自由」演説…アメリカ大統領フランクリン・ルーズベルトは、「言論・表現の自由」「信仰の自由」「欠乏からの自由(健康で平和な生活を送れる)」「恐怖からの自由(軍事力を少なくし戦争をなくす)という「4つの自由」を守るため、英仏などの国々を援助し、ドイツなどの国と戦うという「戦争参加」への決意を表明。


● 今日の主な記念日・恒例日

出初め式…江戸時代からのなごりで、全国各地の多くの消防署が、新年最初の消防演習を行う儀式。はしご乗りなど火消しの妙技や、最新式の消防車や機器の展示を大勢の見物人に披露。

色の日…一・六という語呂から、色に関係する職業の人の記念日。

高崎だるま市……高崎市の少林山達磨寺門前に150軒もの店が出て、縁起物の「目なしだるま」を売る。念願がかなうと目を入れて納める。
 

● 今日生まれた人

1412年 ジャンヌ・ダルク…「オルレアンの少女」といわれ、「百年戦争」 でイギリス軍からフランスを救った国民的英雄。

1822年 シュリーマン…ドイツの考古学者。トロイの遺跡発掘など、エーゲ文明研究に大きな貢献。
 

● 今日亡くなった人

1215年 北条時政…源頼朝の正室北条政子の父。鎌倉幕府の初代執権。

1822年 式亭三馬…『浮世床』『浮世風呂』などの滑稽本で知られる江戸時代後期の戯作者。

1831年 良寛…書や漢詩・和歌に優れた江戸中・後期の僧侶で、村童と親しくしたことで良く知られる。

1850年 佐藤信淵…江戸時代中・後期の農政学者・経世家。

1852年 ブライユ…フランスの点字開発者で、アルファベット・数字・楽譜などを手話で表現。

1884年 メンデル…近代遺伝学の基礎となった「メンデルの法則」を発見した植物学者。


● 過去のマイブログ「1月6日」のテーマ

[2015年ブログ] 「点字開発」 のブライユ
アルファベットや数字、楽譜など「6点点字」の開発者として知られるフランスのブライユが、1852年に亡くなった日です。1809年、パリの西南にあるクーブレという小村に、馬具や革靴などを制作する職人の子として生まれたルイ・ブライユは、3歳の時に工房で遊んでいるうち、誤って父の使っていたキリを眼球に刺して左目を失明してしまいました。その後、感染症にかかって右目も見えなくなり、5歳で全盲となってしまいました……。

[2014年ブログ]  御慶 2
「おもしろ古典落語」138回目は、『御慶(ぎょけい)』というお笑いの後半(新年編)をお楽しみください。
富に当たって、いちやく成金となった八五郎。新しい年をむかえると、さっそく、大家のところへ年始のあいさつにでかけます……。

[2012年ブログ]  自由人・良寛
江戸時代後期の禅僧で歌人・書家の良寛が、1831年に亡くなった日です。1758年、越後国(いまの新潟県)出雲崎の名主の子として生まれた良寛(本名・山本栄蔵 号・大愚)は、少年時代に親類の家に数年間移り住んで儒学を学んだのち、18歳で隣村にある光照寺に入って出家しました……。

[2011年ブログ] 小噺十席
落語に親しむには、いくつかの小噺(こばなし)を覚えるのが、いちばんよろしいようで。「向かいの空き地に囲いが出来たんだってよ」「へぇー!」、「えェー、天国の小噺です」「あのヨォー」……。

[2010年ブログ]  執権政治をはじめた北条時政
鎌倉時代の初期、源頼朝の打ちたてた鎌倉幕府の実権を握り、北条氏の執権政治の基礎を築いた武将の北条時政が、1215年に亡くなった日です。北条氏は、桓武天皇の流れをくむといわれた豪族でした。1159年の平治の乱で源義朝が平清盛にやぶれ、その翌年に義朝の子の源頼朝が伊豆へ流されてきたとき、時政は、これを監視する役につきました……。

[2009年ブログ]  [おもしろ民話集 55] 干支のはじまり
今年の干支(えと)は牛なので、年賀状には、いろいろな牛が描かれていますね。去年の干支は、ねずみでした。そして、来年は虎です。では、どうして、こんな順番になったのでしょう……。

[2006年ブログ] レディバード昔話より 「逃げ出したホットケーキ」
この話も 「ひよこのリキン」 と同じような典型的な繰り返し話です。逃げだしたホットケーキをみんなで追いかけるという、いたって単純なストーリーですが、そのユーモラスでしかもリズミカルな展開は、お話になれていない幼児にぴったりです……。

今年の1年間は、「2016年版 今日はこんな日」として、日本と世界にあったこの日の「主なできごと」「主な記念日・恒例日」「今日生まれた人」「今日亡くなった人」、そして、過去10年間の私のブログの中で、この日にどんなテーマを綴ったかを「過去のマイブログ・テーマ一覧」として、振り返る予定です。

何か参考になりそうなテーマがありましたら、「ブログ内検索」でそのテーマを打ちこんで「検索」するか、「月別アーカイブ」で「年月」を見つけ、マウスで日にちをたどれば、当日のブログを呼び出すことができます。


● 今日(1月5日)の主なできごと

675年  日本初の天文台設置……天武天皇が、吉凶を占うため日本初の天文台「占星台」を設置。

1348年 楠木正行戦死……南北朝時代、楠木正成の長男楠木正行(まさつら)は、後醍醐天皇の南朝側につき、足利尊氏の幕府軍と敵対、京都へ攻めのぼる勢いをしめした。驚いた幕府軍は高(こうの)師直兄弟を大将に前年年末に大軍を派遣して激戦、この日の夕方、河内の四条畷で正行は敗死し、南朝軍の組織的抵抗力はほぼ壊滅。

1592年 朝鮮出兵命令……豊臣秀吉は、全国諸大名に朝鮮出兵を命じた。明(中国)征服の足掛かりにする計画だったが、2度(文禄・慶長の役)にわたる出兵も、1598年の秀吉の死によって撤退。

1905年 乃木大将とステッセル将軍が会見……日露戦争中のこの日、激戦の中で2人の息子を失いながらも旅順を陥落させた司令官乃木希典大将と、ロシア軍のステッセル将軍が現地の水師営で会見、互いの善戦を讃えあった。

1919年 ドイツ労働者党結成…のちのナチスとなる「ドイツ労働者党」が結成され、9月にヒトラーが55番目の党員として入党。ヒトラーは1921年に党首となり、第2次世界大戦の火付け役となった。


● 今日の主な記念日・恒例日

囲碁の日…一・五の語呂あわせから、日本棋院が提唱。ファンと棋士との打ち初め式などが行われる。

いちごの日…これも一・五の語呂あわせで、高校受験を控えた15歳の世代(いちご世代)へ、エールをおくる日。

シンデレラの日…1956年のこの日、ハリウッドスターで女優のグレース・ケリーとモナコのレーニエ大公の婚約が発表された。グレース・ケリーは女優を引退して王妃となった「シンデレラストーリー」にちなんだ記念日。

魚河岸初競り…各地の魚河岸(魚市場)で競りを開始する日。毎年、新年の初物としてご祝儀相場がつけられる。

初水天宮…毎月5日(5・15・25日とするところもあり)は、安産・子育ての神として信仰されている水天宮の縁日で、1年で最初の縁日を「初水天宮」という。
 

● 今日生まれた人

1592年 シャー・ジャハーン…インドの第5代ムガル帝国皇帝。亡き愛妃のためにアグラ郊外に建てた世界遺産「タージマハル」は、この時代の代表的イスラーム建築として世界的に有名。

1867年 夏目漱石…明治・大正時代の作家。『坊ちゃん』『吾輩は猫である』『草枕』『三四郎』などの小説で、近代日本文学界の巨星・大文豪といわれる。

1876年 アデナウアー…西ドイツ初代首相で、現代ドイツの基礎を築いた政治家。

1897年 三木清…『人生論ノート』を著し、「構想力の論理」という独自の哲学体系を打ち立てた京都学派を代表する哲学者・評論家・思想家。

1941年 宮崎駿(はやお)…アニメーション作家・映画監督。スタジオジブリを設立し、『となりのトトロ』『魔女の宅急便』『千と千尋の神隠し』『もののけ姫』『崖の上のポニョ』『風立ちぬ』などの作品を、国内ばかりでなく海外でもヒットさせる。


● 今日亡くなった人

1804年 高橋至時(よしとき)……江戸時代中・後期の暦算家。

1869年  横井小楠……幕末から明治にかけて活躍した思想家・政治家。

1919年 松井須磨子……新劇女優として活躍。

1947年 永野修身……明治~昭和の海軍軍人。海軍大臣・軍令部総長・元帥歴任。

1983年 佐和隆研……美術史家で、密教美術や仏像研究の第一人者。

2007年 安藤百福……日清食品創業者。「チキンラーメン」「カップヌードル」を開発し、世界的に普及させた。


● 過去のマイブログ「1月5日」のテーマ一覧

[2015年ブログ]  「悲劇のヒロイン」 松井須磨子
島村抱月と「芸術座」を結成し、トルストイ原作『復活』の劇中歌「カチューシャ」を大ヒットさせるなど、新劇女優として活躍するものの、急死した抱月を追って、1919年1月5日に自殺した松井須磨子の生涯を綴ります。今の長野市松代町に旧松代藩士の5女として生まれた松井須磨子(本名・小林正子)は、17歳のとき、菓子屋「風月堂」に嫁いでいた姉を頼って上京し、戸板裁縫女学校に入学しました……。

[2012年ブログ]   幕末維新期の指導者・横井小楠
幕末・明治維新にかけて思想家・政治家として活躍し、維新の十傑のひとりとされる横井小楠が亡くなった日です。1809年、肥後・熊本藩藩士の子として生まれた横井小楠は、藩校の時習館に入校すると、その優れた才能がみこまれて、1837年には時習館の塾長にまでなりました……。

[2011年ブログ]  「おもしろ落語」 コーナー新設
「古典落語」の時代設定は、ほとんどが江戸や明治・大正・昭和初期ですが、落語の登場人物が、どんなに苦しい状況下にあっても、見事に生き生きと乗り切るたくましさに、思わず吹き出してしまいます。そして、あらためて「古典落語」が、世の中が変わっても通用する、普遍性のある噺であることを感じてしまいます。そんな「古典落語」の代表作を、私なりのやり方で紹介してまいります……。

[2010年ブログ]  なぜ、お正月はおめでたいの ?
「新しい年がくると、みんな今年もがんばろうという気持になるよね。それで、『おめでとう』というんだ」 と質問してきた5歳の孫にいっても、不満そうな顔をしています。そこで 「きみは、お誕生日になると歳がひとつ増えるので、みんなから『おめでとう』といわれるよね。でも、おじいちゃんの子どものころは、数え年といって、お正月になると歳がひとつ増えたの。だから、『おめでとう』というようになったんだ」(注:1950年の1月1日から、満年齢に改正) というと、すこし満足そうな顔をしました……。

[2009年ブログ]   新年のごあいさつ
今年創業35周年を迎えます。1974年、第1次オイルショックの余韻が消えやらぬ日本経済不況の真っ只中に、東京・文京区の酒屋の2階、わずか4坪ほどの事務所で産声をあげました。そのちっぽけだった会社が、35年も息ながらえてきたことに、深い感慨をおぼえます……。

[2007年ブログ]   いずみ書房 今年の3大ニュース
この度、元「NHK英語であそぼ」でクリスお姉さん役をやっておられたクリステル・チアリさんにインタビュアーになってもらい、「セサミえいごワールド」使用1年で、ネイティブ並みに上達した小学1年生の男の子を取材しました。この映像を加えた新DVDサンプルも近く完成し、更なる拡売につなげます……。

[2006年ブログ]   松本清張の「熱い絹」はお勧め
自然の密室マレーシアのキャメロン・ハイランドに忽然と消えたタイ・シルク王。はたして、事故か拉致されたのか、あるいは失踪か。この事件と軽井沢で起きた殺人事件との間にひとつの接点が見出された時、謎が謎を呼び、劇的に進行していく。1967年に起きたタイ・シルク王「失踪」事件を背景に、雄大な構想でまとめあげられた本格長編推理小説への率直な読後感は、「久しぶりに面白い小説に出会った」というものだ。ぐいぐい惹きつける面白さは、昔読んだ数々の作品に共通するものがある。しかも、この土地を昨年訪問しただけに親近感がわき、この地を再訪したい気持ちになった……。

明けましておめでとうございます。

私は、2014年に大きな決断をしました。31歳のときに創業した「いずみ書房」が40周年を迎えた年でもあり、会社の経営を名実ともに長男と次男の二人に譲り、「会長」の名だけを残すものの非常勤となって、自由な時間を増やしました。

そこでまず、まだ元気でいられるだろうこれからの10年を「日本再発見の10年」ととらえ、1年目の2014年は、飛騨高山・白川郷、小京都金沢5日間、瀬戸大橋を通って高松から船で「二十四の瞳」の小豆島、水戸偕楽園・筑波山梅林、善光寺・小布施再訪、寅さんの柴又帝釈天訪問、京都3日間の旅などをしました。いっぽう、阪急交通社が主催する「東海道五十三次 街道を行く」という日本橋~京都三条大橋までの徒歩距離492kmを、29回に分けて歩くという企画に参加を決めました。

そして、昨年6月までに、第1回「日本橋~品川宿」、第2回「品川宿~川崎宿」、第3回「川崎宿~神奈川宿」、第4回「神奈川宿~戸塚宿」、第5回「戸塚宿~藤沢宿」、第6回「藤沢宿~平塚宿」、第7回「平塚宿~二宮」、第8回「二宮~小田原宿」、第9回「小田原宿~畑宿」、第10回「畑宿~箱根関所」、第11回「箱根関所~三島塚原」、第12回「三島塚原~三島宿~沼津宿」、第13回「沼津宿~田子の浦」まで、日帰り徒歩旅行(徒歩距離毎回10~13キロ)を、無事に制覇してきました。

しかし、この「東海道徒歩旅行」を中止する決断をしました。その理由の一つが、昨年5月に甲州道中にある江戸から9番目の宿「小原宿本陣」(中央線「相模湖駅」徒歩18分) を訪ねたことがきっかけでした。 「本陣」とは、江戸時代、参勤交代のときに大名や側近が宿泊するための建物のことで、東海道の旅では、「ここに本陣がありました」とガイドされたり、本陣跡の碑がある程度で、1度も本物に出会うことはありませんでした。ところが、「小原宿本陣」は、江戸時代のまま、そっくり残されているのです。相模原市が大切に管理・保存してきたことで、神奈川県下に26軒あった本陣のうち、現存する唯一の貴重な建物なのだそうです。

しかも、入母屋造りの豪壮な建物の中の畳の上をくまなく歩くことができ、床の間付の殿様の部屋から、家来たちの部屋、いろり部屋、台所、はばかり(トイレ)、衣類、囲碁などの娯楽類などが残され、どんな過ごし方をしてきたかが容易に想像できるものの数々に、すっかり感銘してしまいました。常時担当者がおられ、当方の疑問に的確に応えてくれるのもうれしいものでした。

1か月に3~4回、自宅と会社のある吉祥寺から、会社の山荘・倉庫のある八ヶ岳南麓(北杜市高根町)まで車で往復しているため、その中間に位置する相模湖周辺のこの地がすっかり気にいってしまいました。「小原宿本陣」のすぐ近くには「小原の郷」という「道の駅」があり、小原宿の歴史・生活に関する展示をはじめ、朝市では、地元でとれた季節の野菜や花、特産品のおやきなどを販売したりしています。本陣前の「夢屋」では、カレーライス、チャーハン、ラーメン、日本そば+コーヒー、生姜焼・焼肉・コロッケ定食などがワンコイン(500円)で食べられるため、よく利用するようになりました。

また、相模湖観光協会の発行する相模湖駅から相模湖公園までの徒歩10分圏内にある「駅からマップ(食べる)」というパンフレットには、11か所のお勧めの店・レストランが紹介されていて、そのほとんどを訪ねてみましたが、どこもレベル以上の味でした。さらに同観光協会は、周辺の手ごろなハイキングコースのパンフレットを用意していて「石老山コース」「嵐山コース」「内郷コース」「底沢・弁天橋コース」「小原宿を楽しむコースガイド」「小原郷の草花マップ」など、いかに相模原市が、相模湖地区の観光に力を入れているかがわかります。

昨年の後半は、いくつかのハイキングコースを歩いてみたり、8月1日の「第66回 さがみこ花火大会(湖上祭)」には、1坪ほどのシート席(4人席・2000円)を購入して友人を誘い、眼前というより、真上から火花が落ちてきそうな花火の迫力や美しさを堪能しました。また、11月3日の「第22回 小原宿本陣祭」には、江戸時代の参勤交代の再現風景を観賞し、出陣太鼓や鉄砲隊の演武、野外ミニライブも興味深いものでした。

そこで今年は、甲州道(江戸日本橋から信州下諏訪までの220km)47宿のうち、小原宿のように、江戸の面影の残る宿場を訪ねることを目標にかかげてみました。

なお、2005年6月からスタートしたこのブログも、11年目に入り、投稿数2405回となりました。これもひとえに、ご愛読くださる皆さまのおかげで、深く感謝を申し上げます。新年は、1月5日からスタートし、これまで通りウィークデイは毎日アップする予定です。引き続きご愛読のほど、よろしくお願い申し上げます。

↑このページのトップヘ