児童英語・図書出版社 創業者のこだわりブログ

30歳で独立、31歳で出版社(いずみ書房)を創業。 取次店⇒書店という既成の流通に頼ることなく独自の販売手法を確立。 ユニークな編集ノウハウと教育理念を、そして今を綴る。

2011年03月

「おもしろ古典落語」の17回目は、『長屋の花見』というお笑いの一席をお楽しみください。

四季を通じて人の心持ちが浮きうきするのが春です。春は花なんてことを申しまして、まことに陽気です。「おい、花見に行ったってじゃないか」「おう、きのう飛鳥山へ行ったが、たいへんな人だぜ、仮装なんか出ておもしろかった」「そうかい、花はどうだった?」「花? さぁ、どうだったかな」花見というのは名ばかりで、たいていは人を見に行くか、騒ぎに行くらしいようで……。

「大家さん、おはようございます。長屋の者がそろってやってきましたが、なにかご用でしょうか」「ああ、みんな来たかい。そこじゃ話が遠いから、みんなこっちへ入んな」「いえ、もう結構です。あのー、店賃(たなちん)でしたら、もう少し待ってもらいたいんですがねぇ」「何だ、店賃だと? おれが呼びにやると、すぐ店賃と思ってくれるのはうれしいけど、今日は店賃の催促じゃないよ」「ああ、そうですかい、じゃ、店賃はあきらめましたか」「ばかいってもらっちゃ困る。あたしもな、あんな長屋貸しておくんだから、店賃を満足に取ろうなんて考えちゃいないが、雨露をしのいでいるんだから、精だして、入れておくれよ」「雨露といいますがね、こないだの大雨の時なんぞは、家ん中にいられねぇで、表へかけだしたもんなんですよ」「大げさなことをいうな」「えへへ、何しろ寝ながらにして月見ができるんですから、風流な家ですよ。あっしら、重しのかわりにいるようなもんで、いなけりゃ、大風で吹き飛んでしまいますからね」

「ばかなことはそのへんにしておけ。うちの長屋のことを、『貧乏長屋』なんぞといってるやつがいることは知っている。ひとつ貧乏を追っ払うために、景気をつけて、上野の山へ花見にでも出かけようと思うんだがどうだ」 酒も一升瓶を3本用意したと聞いて、一同大喜び。ところが、酒といっても、番茶を煮だして薄めたもので、お茶けでお茶か盛りをしようというのです。玉子焼きとかまぼこの重箱も用意したといっても、中味はたくあんと大根のおこうこ。下に敷くという毛氈(もうせん)も、むしろの代用品です。

まあ、向こうへ行けばがま口ぐらいは落ちているかもしれないと、さもしい料簡で出発しました。はじめから意気があがらないことはなはだしく、ようやく着いた上野の山は今満開で、大変な人だかり。毛氈のむしろを思いおもいに敷いて、みんなで丸くなって座ると、一升瓶と重箱をまん中におきました。「さぁ、湯のみ茶碗をくばって…さぁ、遠慮なく飲んだのんだ」「誰がこんな酒飲むのに遠慮なんかするもんか、ばかばかしい」みんなしぶしぶ飲みながら文句をいっています。

「おい、酒なんだから、ついでもらったら喜ぶもんだ。えっ、どうだい口当たりは? あま口か、から口か?」「しぶ口!」「しぶ口なんて酒があるか。いい味だろ?」「いい酒ですね、宇治ですかい?」「宇治はお茶だ。おい、おまえはさっきから何も飲んでねぇな」「酒は飲めねぇんで」「だったら、食べものがあるだろ。卵焼きをお食べ」「このごろすっかり歯が悪くなっちまって、卵焼きは刻まないと食えねぇんで」「卵焼きを刻むやつがあるか」「大家さん、あっしは、かまぼこをいただきます」「おーい、かまぼこだそうだ、とってやれ」「あっしは、このかまぼこが好きでしてね」「そうかい、そいつはよかった」「ええ、毎朝、刻んでおつけの実に使います。このごろは、練馬へ行きましても、かまぼこ畑が少なくなりました。あっしはどっちかっていうと、かまぼこの葉っぱが好きで…」「かまぼこに葉っぱがあるか、もういいよ、だまっておあがり」

「すみません、卵焼きをひとつもらおうかな」「うまいな、向こうの人がこっちをひょいと見たよ。おーい、卵焼きだそうだ、とってやれ」「うん、しっぽじゃないとこ」「なんだ、何にもならねぇじゃないか。どうだ、みんなはさっきから飲んだり食ったりしてるが、誰も酔わねぇなぁ、酔っ払いの一人も出て、けんかの一つもなけりゃ花見らしくないじゃないか。向こうじゃ、『甘茶でかっぽれ』を踊ってるぞ」「こっちは『番茶でさっぱり』だ」

「おい、今月の月番、景気よく酔っぱらっとくれ」「いえね、大家さん、酔わねぇふりをしろってえならあっしもできますが、お茶飲んで酔ったことはないんで、誰かほかに…」「無理は承知の上だ、あたしゃ恩にきせるわけじゃないよ、だけどおまえにゃずいぶんめんどうをみてるはずだよ…」「じゃ、つきましては…『酔いました、えー、べらんめぇ』」

「そんな酔っぱらいがあるか、もうおまえはいい、来月の月番、ひとつうまく酔ってくれ」「はっはっ、来たな。しゃねぇや『さぁ、酔った、酔ったぞー』」「おう、ずいぶん早いなぁ」「ほんとにおれ酒飲んで酔ったんだぞー、ほんとだぞう」「ことわらなくていい」「ことわらなくちゃ、気が違ったと間違わられちゃうからなぁ…『貧乏びんぼうっだってばかにすんな、借りたもんなんざ、どんどん利息つけて返してやらぁ』」「こいつは威勢がいい、その調子だ。どうだ酔った気分は?」「うーん、去年の夏、井戸へ落っこちたときとそっくりだ」「変な心地だな、でもおまえだけだ、酔ってくれたのは。どんどんお酌してやれ」「さぁ、ついでくれぇ、あっ、こぼしゃがったな…おやっ、大家さん!」「どうした?」「近ぢか長屋にいいことがありますぜ」「どうしてそんなことがわかる?」

「この湯のみに、『酒柱』が立ちました」


「3月31日にあった主なできごと」

1727年 ニュートン死去…万有引力を発見したことで有名なイギリスの物理学者・数学者ニュートンが亡くなりました。

1732年 ハイドン誕生…ソナタ形式の確立者として、モーツァルト や ベートーベン に大きな影響力を与え、104もの交響曲を作ったことで知られる古典派初期の作曲家ハイドンが生まれました。

1889年 エッフェル塔完成…フランス革命100周年を記念したパリ万博のシンボルとして、この日エッフェル塔が完成しました。当時300mという世界一の高さを誇り観光客にはたいへん人気となりましたが、鉄骨むきだしの姿はパリの美しい景観をそこねると賛否両論の声があがりました。

1906年 朝永振一郎誕生…量子力学の研究の中から「超多時間理論」をまとめ、それを発展させた「くりこみ理論」を発明した功績によって、ノーベル物理学賞を受賞した朝永振一郎が生まれました。

1970年 よど号ハイジャック事件…100余名を乗せた日本航空旅客機「よど号」が、富士山上空を飛行中に、赤軍派学生9名にのっとられました。わが国初のハイジャック事件。犯人たちは北朝鮮へ亡命したいと要求、よど号は福岡と韓国のソウル金浦空港を経由して北朝鮮の美林飛行場に到着しました。乗員と乗客は福岡とソウルで解放されたものの、身がわりとなった山村新治郎運輸政務次官と犯人グループは北朝鮮に向かい、山村氏はその後帰国、犯人グループは亡命をはたしました。

今日3月30日は、黒い牝馬の一生を愛情こめて描いた名作『黒馬物語』を描いたイギリスの女流作家シュウエルが、1820年に生まれた日です。

アンナ・シュウエルはイングランドのヤーマスで生まれました。父は実業家でしたが事業に失敗し続けたため、家庭はあまり豊かではありませんでした。母のメアリは、宗教心のあつい人で、童話などで多少知られた作家でした。

14歳の時、シュウエルに不幸が訪れました。雨の中を学校から帰る途中に転んで両足首を痛め、歩くことができなくなってしまったのです。これが原因で、一生病身ですごすことになりました。馬車を利用することが多くなったために、子馬とふれあうことが多く、馬に対する愛情は人一倍大きなものになりました。

シュウエルには2歳年下の弟フィリップがいて、ヨーロッパの鉄道敷設に携わっていましたが、何人かの子どもを残して亡くなってしまいました。シュウエルは、母といっしょに弟の子どもたちを引取って育てながら、母の童話づくりの手伝いをしたり、ヨーロッパ各地の温泉で湯治をしながら、多くの作家たちに出会い、知識を深めていったようです。

シュウエル唯一の作品といってよい『黒馬物語』は、50歳を過ぎた1871年から1877年にかけて執筆されました。健康の衰えは著しく、ベッドから起き上がるのがやっとというほどでした。自分で執筆できなくなると、口述で母メアリが書き留めて完成、出版されるやベストセラーになりました。

作品は、19世紀後半のイギリスの牧場で生まれた美しい黒馬「ブラック・ビューティ」が語る、一生の思い出という形で書かれています。

母馬や牧夫の愛情を受けて育てられたゴードン家のブラック・ビューティは、気むずかしくても美しい栗毛の牝馬ジンジャー、小さいけれど利口なメリーレッグス、見習いの少年ジョーといった仲間に囲まれ、広大で緑豊かな放牧地で仲間たちと楽しい時間を過ごしていました。

やがてゴードン一家が移住することになると、馬も人も散りぢりになり、ブラック・ビューティもさまざまな人の手に渡っていきます。買われた伯爵夫人に手厳しく扱われ、やがて傷ついた末に貸し馬屋に売られ、次いでロンドンの辻馬車屋に売られます。ある時街角ですっかりやせ細り、精根尽きはてながらも馬車を曳いていたジンジャーに出会いますが、しばらくしてジンジャーの遺体をひいた馬車がビューティの前を通り過ぎていくのでした。

次の雇い主は穀物商人。ブラック・ビューティは、重荷をひかかされた末に、過労で倒れこんでしまって馬市に売られることになります。わずかな価格で農場主に買われますが、そこの厩係は、老馬に見覚えがありました。あのゴードン家の少年・ジョーでした。老馬がビューティだと気づいたジョーにいたわられながら、静かな老後を送るのでした。ビューティは時おり、ジンジャーやメリーレッグスと楽しく過ごしていた昔を思い出すのでした……。


『黒馬物語』は、馬車が盛んに使われていた19世紀のイギリスが舞台になっていますが、発売されるや、馬が虐待されていた当時の社会に大きな問題を投げかけました。この作品ほど、馬という動物に深い愛情がそそがれ、親しみを感じさせるものはなかったからです。アメリカの黒人奴隷問題を投げかけたストー夫人の『アンクルトムの部屋』に対し、「馬のアンクルトムの部屋」といわれるほど、動物愛護のために大きな役割を果たしました。シュウエルは、出版の5か月後に亡くなりました。

なお、『黒馬物語』のやや詳しい内容は、いずみ書房のホームページで公開している「オンラインブック・レディバードブックス100点セット」71巻目『黒馬物語』(抄訳版)、日本語参考訳で読むことができます。


「3月30日にあった主なできごと」

1746年 ゴヤ誕生…ベラスケスと並びスペイン最大の画家のひとりである ゴヤ が誕生しました。

1853年 ゴッホ誕生…明るく力強い『ひまわり』など、わずか10年の間に850点以上の油絵の佳作を描いた後期印象派の代表的画家 ゴッホ が生まれました。

1867年 アメリカがアラスカを購入…デンマーク生まれでロシア帝国の探検家であるベーリングは、ユーラシア大陸とアメリカ大陸が陸続きではないことを18世紀半ばに確認して以来、ロシアは毛皮の貿易に力をそそぎ、1821年に領有を宣言していました。その後財政難に陥ったロシアは、この日アメリカに720万ドルで売り渡す条約に調印しました。1959年、アラスカはアメリカ合衆国の49番目の州になっています。

1987年 ゴッホ『ひまわり』落札…在命中には、わずか1枚しか売れなかったゴッホの作品でしたが、この日に行なわれたロンドンのオークションで『ひまわり』(7点あるうちの1点)が史上最高価格53億円で落札されました。落札したのは安田火災海上保険(いまの損保ジャパン) で、現在は「東郷青児美術館」で公開されています。

今日3月29日は、南極点に到達するものの、アムンゼンに先をこされたイギリスの探検家スコットが、1912年に遭難死した日です。

ロバート・ファルコン・スコットは、1868年に、イギリスのデポンポートという小さな町で生まれました。スコット家は、軍人のおおい家がらでした。そこで少年スコットも13歳で海軍兵学校へ入り、19歳のときには、もう、りっぱな海軍士官になって、軍艦に乗りこんでいました。

19世紀から20世紀の初めにかけては、いろいろな国が、地球の果てへの探検に夢中になっていました。探検に成功すれば、自分の国の力を、世界に示すことができたからです。

1901年、スコットは、国が派遣する探検隊の隊長に任命されて、南極探検へでかけました。そして、見渡すかぎりの氷のなかで、2度冬をすごし、さまざまな科学調査をみやげに、1904年に帰ってきました。探検隊の役割は十分果たしましたが、南極点までいけなかったことが、心残りでした。

1910年、スコットは、テラ・ノバ号に乗って、ふたたび南極大陸へ向かいました。こんどは、科学調査よりも、人類最初の南極到達が大きな目的でした。南極点への夢は、まだ、だれも果たしていません。しかし、ちょうど同じころ、ノルウェーの探検家 アムンゼン が、南極点1番のりをめざしていました。

イギリスの名誉のために、アムンゼンに負けてはならないと心に決め、南極大陸へ上陸したスコットは、基地でひと冬すごして準備を整え、1911年11月1日、いよいよ基地を出発しました。ところが、1200キロメートルの氷原を死にものぐるいで越えて、南極点まであと1歩のところまできたとき、スコット隊員たちは、うちのめされてしまいました。犬ぞりのあとやテントが残っていたのです。そして、南極点にかけつけてみると、すでに、ノルウェーの国旗がひるがえっていました。

「負けた。アムンゼンに負けた。ノルウェーに負けた」スコットは、心のなかで叫ぶだけで、声もでません。

隊員をはげまして観測を終え、一夜を極点で明かしたスコットは、重い足を基地へ向けました。しかし、スコットも、4人の隊員も、基地へはたどりつけませんでした。はげしい雪あらしにおそわれ、手も足も凍傷にかかって動けなくなり、眠るように息が絶えてしまったのでした。

「祖国の名誉のために死にます。神よ、家族をお願いします。残念ながらこれ以上書けそうにありません……」これが、手帳に書き残された、最期の言葉でした。でも、スコットの勇気は、今もイギリス国民の誇りになっています。


「3月29日にあった主なできごと」

1683年 八百屋お七の刑死…江戸本郷の 八百屋太郎兵衛の娘お七 (八百屋お七) が、放火の罪で、鈴ヶ森刑場で火あぶりの刑に処せられました。

1925年 普通選挙法成立…従来までは一定の税金を納めた者しか選挙権がなかったのに対し、25歳以上の男子に選挙権を与えるという「普通選挙法案」が議会を通りました。

「おもしろ古典落語」の16回目は、『花見酒』というお笑いの一席をお楽しみください。

幼なじみの熊さんと辰っつぁん、向島の桜の花が見頃という評判を聞いて「ひとつ、花見にくりだそうじゃねぇか」と、話がまとまりました。ところがあいにく二人とも金がまったくありません。そこで兄貴分の熊が、いいことを思いつきました。酒樽をかついでいって、茶碗1杯を5銭で売ろうというのです。そこで、近所の面倒見のいい酒屋へ頼んで、酒三升、樽、ひしゃく、茶碗、天秤(てんびん)と縄、おまけにつり銭まで、そっくり借りました。

「どうだ、この酒を残らず売ってしまえば、原価(もと)が半分だから、半分もうかる」「兄いは、うめぇこと思いついたもんだなぁ」「いいか、10銭の銀貨を持ってきて、5銭のつりをくれっていう客に、『小銭は出払いました』なんていえねぇから、5銭のつり銭まで借りてきたんだ」「そりゃ何から何まで兄ぃはいきとどいてるね」「花に嵐ってたとえもあるぜ、今はいい天気だが、いつ何どきポツリとこねぇともかぎらねぇから、これからすぐに出かけよう。うまく儲けて、あとでうんと飲もうぜ」

ということで、酒樽を縄でゆわえ、辰が先棒、熊が後棒になって天秤をかついで向島へむかいます。ところが、花見どきですから、春風がそよそよ吹いていまして、それが酒樽の上をなぜてプーンと、後棒の熊のところに流れてきます。「なぁ辰、おまえは風上だから気がつくめぇが、おれんとこにゃ、鼻っ先に酒樽があるんだ。酒の匂いがまともに鼻にぶつかる…ああ、飲みてぇ!」「そうか、そりゃ悪かった」「なぁ、商売もんだから、ただ飲んじゃ悪いけど、買う分にゃいいだろう」「そりゃ、そうだな。他の酒屋に儲けられるよりゃ、おれとおまえが儲かるんだからな。じゃ、ここで酒樽を降ろすよ」

「じゃ、この茶碗に、そのひしゃくで1杯くんでくれ…で、5銭おめぇに渡すよ」「へぇ、どうもお客さん、ありがとうございます」「じゃ、まぁ飲むよ、ああ、おいしいね」「おいしいだろうよ、飲んでるやつはうめぇだろうが、見てるもんはちっともうまくねぇ…おい、のどがビクビクいってるよ。どうだ、少し残して、おれにくれるって気持ちはねぇか」「なにいってるんでぇ、おまえは商人(あきんど)じゃねぇか。商人が『酒、残しておれにくれ』なんて、ぐずぐすいうやつがあるか? おめぇだって、そこに5銭もってるじゃねぇか」「5銭? ああ、そうか、これで買やぁいいのか。じゃ、ひとつ売ってもらおうか」「いいとも、いいとも…へい、お待ちどうさま」「ああ、ありがてぇ…なるほどうまい、なんともいえねぇ、いい酒だ」

しばらく歩いて、また飲みたくなった熊は、おれにもう1杯、辰もおれにも1杯と何度もくりかえしているうちに、やっと向島へ着きました。二人とも酔っぱらってへべれけです。「さぁ、店開きだ」「さぁ、さぁ、いらっしゃい。1杯5銭だよ! 飲んで酔わなきゃお代はいらないよ、ってやつだ」「おいっ、あそこで酔っ払いが酒売ってるよ。1杯5銭だとよ、おもしろいじゃないか、こんなに酔いますってとこを見せてやがんだ…おい、一杯おくれ」

ところが樽の中は、空っぽです。「ははーん、ははは…売り切れちゃった、またいらしゃい」あきれて客は帰っていきます。売り上げの勘定をしようと、熊は腹掛けを探しましたが、5銭銀貨が1枚あるだけです。「おめぇ、三升の酒が売れて、売り上げが5銭しかねえというのはおかしいぞ」「どこにもねぇよ」「ああ…それでいいんだ。よく考えてみねぇ、はじめにおれが1杯買って、てめえも一杯買った。また少ししておれが1杯、てめぇも1杯……5銭の銭が行ったり来たりしているうちに、三升の酒をみんな二人で飲んじまったってわけだ」

「あ、そうか…勘定は合ってる。してみるとムダがねえや」


「3月28日にあった主なできごと」

1868年 ゴーリキー…「どん底」 「母」 などの作品を通し、貧しい人々の生活の中にある不安や、社会や政治の不正をあばくなど 「社会主義リアリズム」 という新しい道を切り開いたロシアの作家ゴーリキーが生まれました。

1876年 廃刀令…軍人・警察官・大礼服着用者以外、刀を身につけることを禁止する「廃刀令」が公布されました。これを特権としていた士族の不満が高まり、士族反乱につながっていきました。

1930年 内村鑑三死去…足尾鉱毒事件を非難したり日露戦争に反対するなど、キリスト教精神に基づき正義と平和のために生きた思想家内村鑑三が亡くなりました。

1979年 スリーマイル島原発事故…アメリカ東北部ペンシルベニア州のスリーマイル島原子力発電所で、重大な原子力事故が発生しました。国際原子力事象評価尺度 (INES) ではレベル5となっています。

「おもしろ古典落語」の15回目は、『死神(しにがみ)』というお笑いの一席をお楽しみください。

借金でどうにも首が回らなくなった男、3両の金策にかけまわるものの、誰も貸してくれません。かみさんには、金ができないうちは家には入れないと追い出され、ほとほと生きるのが嫌になりました。

「貧乏神よりも、おれは死神に取りつかれたんだな。ひと思いに首をくくろう」とつぶやくと、「おーい、呼んだか」という声がします。びっくりして振り返ると、すっーと出てきたのが、薄い毛が頭へぼゃっと生えて、ねずみ色の着物の前がはだけて、あばら骨が透き通るようにやせこけ、汚い竹の杖を突いた老人です。「へっへっへ、死神だよ。いま、わしを呼んだろ?」「呼ぶもんかっ、どうも変だと思った。急に死のうなんて気になるなんて、てめぇのせいだな、あっちへ行け!」「まぁ、そうじゃけんにいうなよ。おまえが今、死神にとりつかれたなんていうもんだから、てっきり呼ばれたもんだと思って、うっかり出てきちまった。まぁ、これも何かの縁だ。仲良くしよう」

「ごめんこうむらぁ」と逃げようとすると、死神は手招きして、「恐がらなくてもいい。人間ていうのは、いくら死にてぇといったって寿命というのがあって、時期がこなければ死ねるもんじゃねぇ。おまえはまだ寿命があるから安心しろ。それより儲かる商売をやってみねえか。おまえさん、医者になれ」「医者? おれは、脈の取りかただって知らないよ」「脈なんてとらなくたっていい。病人が治れば、おまえはお医者さんで立派に世間に通用するんだ……今おれがな、他の者には見えねぇで、おまえにだけ見えるまじないをしてやったから、長患いをしている病人の部屋へ入って、頭か足のほうを見ろ。必ず死神が一人ついてるもんだ」「へぇ?!」「枕元に座ってるのはいけねぇよ。死神が足元にいる時はこうするんだ、『あじゃらかもくれん、あるじぇりあ、てけれっつーのぱぁ』と呪文をとなえて、手を二つたたいてみな、死神は消えなくちゃならないことになってるんだ。するてぇと、病人はウソのようにけろっと治っちゃう。そうなりゃ、おまえは立派に医者でやっていける」

半信半疑で家に帰った男は、医者の看板を出したところ、まもなく日本橋の豪商から使いが来て「娘が大病で明日をも知れないので、ぜひ先生にご診断を」と頼まれました。行ってみると果たして、病人の足元に死神がいます。「しめた」と、教えられた通り呪文をとなえると、あーら不思議、病人はけろりと全快したではありませんか。これが評判を呼び、たいへんな名医というのであっちからもこっちからもひっぱりだこ。たまに死神が枕元にいると、「これは寿命がつきているから助かりません、おあきらめを…」というと、表に出るか出ないかのうちに息をひきとります。そんなわけで、生き神様とまであがめられ、大邸宅を構えてぜいたく三昧、女房子どもを引き連れて上方見物にでかけました。しかし、しょせん身につかない金、江戸にもどったころには、また以前の一文無しになっていました。

困り果てているある日、江戸でも指よりの「伊勢屋」という大家から、ご主人の容態が思わしくないので、見立ててほしいという使いがきました。出かけてみると、死神が枕元にいます。「残念ながら助かりません」と因果を含めましたが、先方はあきらめきれず、「助けていただければ1千両、いや3千両差し上げる」といいます。これを聞いて目がくらんだ男は、一計を案じました。

若い衆を4人、四隅に座らせ、死神がちょっと居眠りしている隙に、合図と同時に寝床をぐるっと回してしまおうというのです。作戦は大成功、死神がはっと目を覚ますと病人は、足元にいます。『あじゃらかもくれん、あるじぇりあ、てけれっつーのぱぁ』の呪文と手拍子。わっと驚いた死神は、そのまま姿を消してしまいました。いっぽう病人は、元気に起き上がったので、男は約束どおり3千両もらってごきげんです。

ところがその帰り道、あの死神に出合いました。「あっ、死神さん」「『~さん』だと、ばか野郎。何だってあんなことをしたんだ」「どうもすいません。ここんとこ、ひどい暮らしでして…そこへあんた、3千両と聞いたもんですから…つい、悪く思わないでください」「ひどい目にあわせるじゃねぇか、恩を仇で返しやがった。これから、おれの後をついてこい」と死神は、うす気味悪い地下室に男を連れこみました。そこには無数のローソクがあって、すべて人の寿命だといいます。男のローソクは、もう燃え尽きる寸前。「てめえは生と死の秩序を乱したから、寿命が伊勢屋の主人の方へ行っちまったんだ。もうこの世とおさらばだぞ」

男が泣いて頼むと死神は、「それじゃ、もう一度だけチャンスをやる。てめえのローソクが消える前に、別の消えかけにうまくつなげれば寿命は延びる」男は懸命につなごうとしますが、手が震えてなかなかつなげません。

「ほら、早くしろ」「へ、へぇ…あぁ、消える……」


「3月25日にあった主なできごと」

1499年 蓮如死去…親鸞 が開いた浄土真宗の教えを、わかりやすい言葉で民衆の心をとらえ、真宗を再興させて「中興の祖」といわれる 蓮如 が、亡くなりました。

1872年 樋口一葉誕生…「たけくらべ」「十三夜」「にごりえ」などの名作を残し、わずか24歳で亡くなった作家 樋口一葉 が生まれました。

1878年 初の電灯…この日中央電信局が開設され、その祝賀会でわが国初の電灯としてアーク灯が15分ほど灯りました。ただし、一般の人が電灯を見たのは4年半後に銀座通りにアーク灯がついてからでした。一般家庭で電灯がつくようになったのは1887年11月のことです。

1957年 EECの結成…EEC(ヨーロッパ経済共同体)は、この日、フランス、西ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク6か国の代表がローマに集まって、結成のための「ローマ条約」を結びました。1958年1月からEECは正式発足しましたが、その経済面での発展はめざましいもので、ヨーロッパ経済の中心となるばかりでなく、EC(ヨーロッパ共同体)、さらにEU(ヨーロッパ連合)となっていきました。EUの加盟国は、2007年1月にブルガリアとルーマニアが加盟したことにより現在27か国。EUを単一国家とすると、GDPはアメリカ合衆国を上回って世界第1位となっています。

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