児童英語・図書出版社 創業者のこだわりブログ

30歳で独立、31歳で出版社(いずみ書房)を創業。 取次店⇒書店という既成の流通に頼ることなく独自の販売手法を確立。 ユニークな編集ノウハウと教育理念を、そして今を綴る。

2008年02月

今日2月7日は、明治の初期に海運業をおこし、船の運送にともない海上保険、造船、鉱山、製鉄、銀行、製紙など、さまざまな産業に進出し、三井財閥と並んで近代日本の産業界に勢力をほこった三菱財閥の基礎をつくった実業家 岩崎弥太郎(いわさき やたろう)が、1885年に51歳で亡くなった日です。

1834年、土佐国(高知県)に生まれた弥太郎は、下級武士の父と教育熱心な母に育てられました。負けずぎらいなうえに、わんぱくながき大将でしたが、10歳ころから、しだいに学問に熱中するようになりました。21歳のとき、江戸に出て幕府の塾に学び、土佐に帰ってから藩の実力者である吉田東洋の弟子になりました。東洋から学んだことは、もっと外国と貿易をおこない、産業をさかんにすることの重要性でした。

1867年、弥太郎は藩が軍備の充実をはかるためにつくった開成館の役人にとりたてられ、長崎出張所に勤務しました。時代は、江戸から明治へと移り変わる混乱のときでした。貿易の大切さを身をもって知るようになった弥太郎は、開成館大阪出張所(大阪商会)へ転勤後、経営をまかされるようになりました。

やがて大阪商会は、九十九商会となり、1873年には弥太郎個人の経営する三菱商会として、海運界にのり出しました。そして翌年、三菱商会は、政府の台湾出兵に協力して、武器と兵士の輸送を一手に引きうけました。そして、大久保利通や大隈重信らに信頼され、政府の汽船13隻を無料で払い下げてもらいました。こうして発展の基礎がためをして、三菱商会は、1875年、郵便汽船三菱会社と改称しました。

横浜・上海間航路で、アメリカの船会社と運賃引下げ競争に勝って、その会社を買収したり、イギリスの汽船会社を日本の沿海から締め出して、日本の沿岸航路を独占していきました。

さらに、1877年の西南戦争の時も、政府軍の輸送に協力した三菱会社は莫大な利益をあげ、日本の汽船の約8割を占めるほど巨大な会社になりました。そのご、保険業をはじめ、さまざまな産業に手を広げていったのです。

「だれの人生にも幸運はある。しかし、それをつかまえるためには、いつもこころざしを立てていなければだめだ」

幸運を努力と執念でつかまえた弥太郎でしたが、晩年は心おだやかなものではありませんでした。1881年、三菱と関係の深かった大隈重信が政府を追われると、政府は三井などに三菱に対抗する共同運輸会社をおこさせて、猛烈な競争をさせたからです。しかし、弥太郎の死後弟の弥之助は一歩もしりぞかず、この競争にうちかち、兄の遺志をうけつぎました。

なおこの文は、いずみ書房「せかい伝記図書館」(オンラインブックで「伝記」を公開中)31巻「福沢諭吉・坂本龍馬・板垣退助」の後半に収録されている7名の「小伝」から引用しました。近日中に、300余名の「小伝」を公開する予定です。ご期待ください。

「氷はどうして浮くの ?」 おもしろ科学質問箱 7

水に浮くものは、同じかさ(体積)の水よりも軽いものです。水は、たくさん冷やしていくと氷になります。氷になるとき、水が10の体積だったのが11くらいに増えて、大きくなります。重さは変わらないので、同じ体積での重さは、氷のほうが軽いため、水に浮くのです。

冬に水道管が凍って破裂するのも、岩の小さな割れ目に入った水が凍って岩を割ってしまうのも、霜柱が土を持ち上げるのも、みんな水が凍って体積が大きくなるためです。

水はよく知られているように、1気圧(1013ヘクトパスカル)の時に、摂氏0度で凍りはじめ、100度で沸騰します。そして、体積が一番小さいのは、摂氏4度の時で、温度が4度よりあがっても下がっても、体積がだんだんふえて大きくなります。お風呂に入っていて、上のほうが暖かくなるのはそのためです。

なお、水はふつう液体ですが、氷の時は固体、蒸発すると気体になります。やかんを沸かすと蒸発して水蒸気になりますが、水蒸気になると、体積は1650倍にもふえます。沸騰したやかんがふたを持ち上げてしまうのは、そのためです。むかし、蒸気機関車という汽車が走っていましたが、石炭を燃やして水を沸騰させ、その体積が増えた力で車輪をまわしていました。

たまには子どもと添い寝をしながら、こんなお話を聞かせてあげましょう。 [おもしろ民話集 32]

昔、あるところに男の子が生まれたばかりの夫婦がいました。何しろはじめての子なので、縁起のよい、長生きしそうな名前をつけようといろいろ考えましたが、これはという名が思いつきません。そこで、お寺の和尚さんに相談しようということになり、亭主がお寺に出向きました。

「和尚さん、男の子が生まれたんで、名前をつけてもらいたくて」 「なに? わしに名づけ親になってくれというのかい。どんな名前がよいのかな」 「とにかく、とびっきり長生きしそうなやつを、どーんとたのみます」

「昔から、鶴は千年というから、鶴太郎、鶴之助というのはどうかな」 「千年で死んじゃうんじゃ、もっと長いのはないですか」 「では、亀はどうじゃ、亀は万年といってツルの10倍も生きる。亀太郎、亀之助というのは……」 「冗談いっちゃいけねぇ、こないだ夜店で小さい亀を買ってきたら、よく日もう死んじまった。いつまでも生きられるっていうのはないですか」

「寿限無(じゅげむ)というのがある」 「じゅげむって、毛虫ですか」 「そうではない。寿(ことぶき)限り無しといって、死ぬときがないということだ」 「そりゃ、ありがてぇ。他には何かありませんか」

「そうだな、五劫(ごこう)のすりきれというのがある」 「何ですか、ゴボウのスリキレたのって」 「ゴボウではない五劫じゃ、3000年に一度天人が天からおりてきて、はごろもで下界の岩をこする。その岩がすりきれてなくなるのが一劫、それが五劫だから何千何億年、とても数えつくせない。限りないのと同じじゃよ」 「ふぅー、すごいもんですね」

「海砂利水魚(かいじゃりすいぎょ)というのはどうじゃ。海の砂利、水に住む魚というのは限りない。水行末(すいぎょうまつ)、雲来末、風来末というのもある」 「そいつは、胃ぐすりですか」 「そうではない、水のゆく末、雲のゆく末、風のゆく末というのは、はてしがないじゃろ」 「なーるほど、まだ他にありますか」

「食う寝るところに住むところ、どれが欠けても人間は生きていけない、だいじなものじゃな」 「ほかにもありますか」 「ヤブコウジのブラコウジ……というのもある」 「何です、それは」 「藪柑子(やぶこうじ)というなんともじょうぶな木があって、春は若葉、夏に花が咲き、秋に実を結び、冬は赤い色をそえて霜をしのぐというめでたい木じゃ」 「どんどん出てきますね。まだ他にもありますか」

「ついでだから話をするとな、むかし唐土(もろこし、今の中国)にパイポという国があって、そこの王様のシューリンガンと妃のグーリンダイに、ポンポコピーとポンポコナーというお姫様がいて、この二人がたいそう長生きだったそうじゃ」 「ポンポコピーとかポンポコナーって、おもしろそうですね」

「長く久しい命と書いて、長久命という名もいいな。もし、わしの孫につけるとしたら、長助、長く助かるというのだからすばらしいだろう。もうこれくらいでよかろう」 「ありがとうございます。でも、いろいろ出てきたんで、とても覚えられません。すみませんが、はじめからしまいまで、紙に書いてくれませんか。そん中から選びますんで」

帰り道、亭主は和尚さんの書いてくれた紙を見ながらぶつぶつひとり言をいっています。「まず、最初が寿限無(じゅげむ)てんだな、寿限無寿限無、五劫(ごこう)のすりきれときた。海砂利水魚(かいじゃりすいぎょ)に水行末、雲来末、風来末か。えーと、食う寝るところに住むところ、ヤブラコウジのブラコウジ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの、えーと長久命の長助……か、なーるほどね。このうちどれをつけても、もし具合が悪くなったとき、あっちにしておけばよかったなんて、グチがでるといけねーな。めんどくせー、この名前を全部つけちゃえ」 と、家へ帰っておかみさんに話して、この長い長い名前を、男の子につけました。

名前がこの子の性にあったのか、すくすく育ちまして、学校へ通うようになりますと、近所の友だちが朝、むかえにきます。「おーい、寿限無寿限無、五劫のすりきれ、海砂利水魚の水行末、雲来末、風来末、食う寝るところに住むところ、ヤブラコウジのブラコウジ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助ちゃーん、学校へ行こう」

「あーら、おはよう。よくさそっておくれだね。うちの寿限無寿限無、五劫のすりきれ、海砂利水魚の水行末、雲来末、風来末、食う寝るところに住むところ、ヤブラコウジのブラコウジ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助は、まだ寝ているの。いま起こしてくるから、ちょっと待っててね。これ、寿限無寿限無、五劫のすりきれ、海砂利水魚の水行末、雲来末、風来末……」

「おばさーん、学校に遅れるからぼく先に行くね」

こうすれば子どもはしっかり育つ 「良い子の育てかた」 69

子どもが 「ねえお母さん、いっしょに遊ぼうよ」 というと、「お母さんはいま忙しいの。一人で遊びなさい」 と答える。「ねえ、お母さん、本読んで」 と言うと 「後で」 と答えてしまう。「ねえお母さん、今日、学校でね……」 と話しかけようとすると、「なーに、忙しいから早くおっしゃい」 という。

このごろ、こんな母親が多くなっているといいます。母親が家庭以外のことで、なにかと忙しくなっているからかもしれません。しかし、その時はなんでもないようでも、母親のこの冷たい態度は、子どもの心の中に、おそろしいものを生み出していきます。

それは、母親への不信です。「お母さんは、きっと私のことをあんまり好きじゃないんだ」 「私は、お母さんから愛されていないんだ」 という思いが少しずつつのり、それが、母親のいいつけには忠実であっても、心のどこかで母親を拒否する子どもをつくりだしてしまうのです。

そのうえ、一番あたたかく結ばれていいはずの母親とさえうまくいかないことによって、他人ともうまくいかない子ども、他人を心から愛せない子ども、他人を心から信頼しない子どもをつくりだしてしまいます。

脅かすわけではありません。後になって、(この子は親に反発ばかりする。どうしてこんな子になったのだろう) と思ったときは、もう遅いのです。

「お風呂に入るとどうして軽くなるの ?」 おもしろ科学質問箱 6

水の中の物体は、空気中より軽くなる性質があります。それは、水の中の物体に浮力という浮く力が働くからです。浮力はかさ(体積)の大きいものほど、大きな力がはたらきます。

このことをはじめて発見したのは、今から2300年もむかし、ギリシアにいたアルキメデスという科学者です。あるとき、アルキメデスはお風呂に入り、湯船に身をしずめました。そのとき、あふれる湯を見てひらめくものがありました。そのひらめきというのは、[水中にある物体は、それと同じ体積の水の分だけ軽くなるのではないか] ということでした。

たとえば、縦、横、高さが60cm、つまり60立方cmで100gの石があったとします。それを水の中で重さを計ると、40gしかありません。水1立方cmの重さは1g、水60立方cmの重さは60g。(100g-60g=40g) 石と同じ体積の水の重さ分が軽くなります。

これが 「アルキメデスの原理」 とよばれている法則で、「液体の中に物体を沈めると、その物体がおしのけた液体の重さに等しい力が上向きにはたらく」 というものです。

船が鉄でできているのに浮いていられるのは、船の中には空気がいっぱい入っているために、船の重さ以上の浮力が働くためです。洗面器が浮くのや、ボールを水の中に押しこもうととすると、水はそれにさからってボールを押しあげるのもおなじです。みんな 「アルキメデスの原理」 がそのわけを教えてくれます。

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