児童英語・図書出版社 創業者のこだわりブログ

30歳で独立、31歳で出版社(いずみ書房)を創業。 取次店⇒書店という既成の流通に頼ることなく独自の販売手法を確立。 ユニークな編集ノウハウと教育理念を、そして今を綴る。

2007年01月

こうすれば子どもはしっかり育つ「良い子の育てかた」 8

● 説教よりも根気よく語ってやること

子どもが言うことを聞いてくれない、親の期待するように行動してくれない、親の困るようなことばかりする。こんなとき、大きなためいきをついて「お母さん、こんなに心配しているのに、どうしてわかってくれないの」「お母さん、こんなに苦労しているのに、あなたはそんなことばかりしていいの?」など、グチをこぼしていませんか。そして、子どもがまた同じことをしたら、「まだわからないの?」「このまえ言ったこと、もう忘れたの?」「あなたは何度おなじこと言わせるの」……と。
でも、子どもになぜそうしてはいけないのかを、話して聞かせたことがあったでしょうか。やってはいけないことについて子どもの身になって語りかけてあげる、根気強く習慣づけてやる、子どものしたことを子どもといっしょになって考えてやる、こうしたことがたいせつなのだと思います。
小学校低学年くらいの子ども、まして4、5歳の子どもには親の説教は通じないと思ったほうがよいでしょう。子どもは、説教されたり泣きごとを言われると、また言われるのはいやなので、しばらくはよい子になったようにしてくれます。でも、なぜしてはいけないのか心の底でわかっていないので、またすぐ同じことをやることが多いからです。

こうすれば子どもはしっかり育つ「良い子の育てかた」 7

● 子どもの考えや意見を尊重する

放任主義という言葉があります。そして、一般的には、親が育児や子どもの教育に熱心でないことに、また、子どもにまったく手出し口出ししないことに使われます。でも、こんな解釈は、まちがいです。手出し口出ししない、まるで野放し状態には、主義などというものはありません。たんなるほったらかしです。
ほんとうの放任主義というのは、各自の自由にまかせて干渉しない方針ではあっても、けっしてほったらかしではないのです。親みずからが、わが子への過干渉、過保護をいましめ、子どもを信頼して、子ども自身の判断と行動をたいせつにしてやりながら子どもを見守るのが、いつわりのない放任主義です。つまり、放任主義は、子どもの考えや意見を尊重するのが基本ですから、親が信頼してやれるような「子どもの考え」が存在しなければなりません。そういう子どもの存在するところに、はじめて放任主義が成立するのです。
したがって、非行少年のいる家をさして、単純に「あの家は放任主義だから」というのはまちがいなのです。もし子ども野放しの家庭なら「あの家の親は、子どもをまるで、ほったらかしだから」というべきでしょう。
「主義」とは「つねに守る考えや方針」のことです。だから、ほんとうの放任主義は、たいへんむずかしいことです。まやかしでない放任主義は、ぜひ実践したいものです。成功すれば、子どもは必ず主体的に生きる人間になってくれます。とにかく良い子に育てるには、放任主義をはきちがえないことがたいせつでしょう。

こうすれば子どもはしっかり育つ「良い子の育てかた」 6

● 子どもといっしょに空想を楽しむ

子どもは4、5歳になると、人間には、目に見える顔かたちのほかに 「心」 というものがあるのだなということを、なんとなく感じるようになってきます。そして、人間にだけではなく、動物や植物、物にも 「心」 があるように思うようになり、やがて、その心の世界をひろげて、空想を楽しむようになります。
おとなが考えると、すこしバカバカしいようなことを考えたり、話しかけてきたりしたとき、あたまから 「バカなことを考えるもんじゃないの」 「そんなことがあるもんですか」 などと、つめたくあしらう親をよく見かけます。「でたらめいうんじゃありません」 と、しかるのはもってのほか、空想と 「うそ」 をごっちゃにして 「うそはいけません」 と言うなど最悪です。
「そう、そんなことを考えたの?」「まぁ、ステキなことを考えたのね」 「それからどうなるの」 などと、話をあわせてみてはいかがでしょうか。子どもが空想しながら遊んでいるときは 「お母さんも、なかまにいれてもらおうかな」 などと、いっしょに楽しんでみるのもよいでしょう。
空想は人間の可能性を生みだすうえにたいせつなものなのに、空想をバカにすると、子どもは夢をふくらませることはやめて、目先のことばかりを考えるようになってしまいます。そのうえ、話したいことを話さないでいるうちに、無口なだまりん坊になったりします。道にアリがはっていたら、アリに話しかけてアリと遊ぶのではなく、アリを足でふみつぶして喜ぶようになったりするのは、とても悲しいことです。

こうすれば子どもはしっかり育つ「良い子の育てかた」 5

● 子どもへの感謝の気持ちは言葉だけで十分

子どもは5、6歳児にもなると、かんたんなことだったら、お使いをしてくれるようになります。また、母親の仕事を助けるのを、喜ぶようになってくれますが、お使いをたのむときなど 「ごほうびをあげるから。行ってきてね」 「あなたも、お菓子を買っていいから行ってきてね」 と言って、おだちんをやることは慎まなくてはいけません。また、お使いに行くときに渡さなくても、帰ってきてもごほうびと言って、おだちんをやるくせをつけないことです。
「お使いしてきてくれると、お母さん助かるのだけどなあ」 「お使いしてくれるの、えらいわねえ」 「ちゃんと、お使いができて、えらいわねえ」 「あなたは、もう、こんなことがちゃんとできるのね、お母さん、びっくりしちゃった」 などと、あたたかい言葉をかけることで十分です。
お使いをすれば、おだちんをもらえる子どもは、そのことから、たとえ喜んでお使いをするようになっても、人のためになにかをするときには、ひそかに報酬を期待したり、求めるようになります。そして、自分を犠牲にして人のためにつくすことなど、考えつきもしない子になってしまいます。それだけではありません。みだりに買い食いすることや、平気でむだづかいすることや、お金をそまつにすることを、いつのまにか覚えてしまいます。
とにかく、お金にかぎらず、子どもへの感謝のしるしには物でむくいるようなことをしないようにしましょう。心で感謝し感謝されることの美しさを、すっかり忘れてしまうからです。

こうすれば子どもはしっかり育つ「良い子の育てかた」 4

● 子どもの意思や主体性を尊重すること

「小学生になる前後」 (岡本夏木著・岩波書店刊) のなかに、5、6歳に対するしつけについての、すばらしい例がおさめられています。
ある家が遠くへ引っこしするとき、家で飼っていたイヌをどうするかが問題になりました。5歳になる男の子は、イヌもつれていくといいます。イヌと別れるくらいなら、ぼくはここに残ってひとりでくらすといいはります。でも、引っこし先は団地のアパートですから、イヌをつれていくことは、どうしてもできません。
さて、このとき、お母さんは、イヌをもらってくれる家へ、男の子にイヌを抱かせてつれていき、イヌを、男の子自身の手でむこうの人に手渡させました。もちろん、男の子は泣きどおしでした──というのです。
こんなとき、多くの親は、泣きわめく子どもからイヌをもぎとったり、子どものいないときに、こっそりイヌを他家へ渡してしまったりするのでしょうが、このお母さんは、子ども自身に、イヌに別れをつけさせたのです。
著者が、この例をあげたのは、「しつけにさいしては、親への服従をただ強いるのではなく、ひとりの人間としての子ども自身の誇りと自身を尊重してやる愛情こそ欠かせないものだ。強制的に、ひとつの行動を子どもに迫らねばならないときも、最後の一線では、子どもの最小限の意思とか主体性とかを尊重してやることがたいせつ」 という考えにもとづくものですが、ここには、しつけの基本が、きびしく語られています。
してはいけないこと・しなければいけないこと・たえなければいけないこと──などを、子ども自身に主体的に理解させていくことのたいせつさを、忘れてはならないようです。

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