児童英語・図書出版社 創業者のこだわりブログ

30歳で独立、31歳で出版社(いずみ書房)を創業。 取次店⇒書店という既成の流通に頼ることなく独自の販売手法を確立。 ユニークな編集ノウハウと教育理念を、そして今を綴る。

2006年08月

● 兄弟で物をつくったりこわしたり

弟のオービルと、4歳うえのウィルバーは、1日じゅうでも、物を作ったり、こわしてみたりして遊ぶのがすきでした。台所を実験室にしてさわいでも、母は 「あとは、きちんと、かたずけるのよ」 と、やさしくいうだけで、なにもしかりませんでした。また、父も、ふたりの機械好きをよろこんで、家のだいじな大工道具を使うのを許してくれるほど、やさしい人でした。
ある日、ふたりは、旅行から帰ってきた父から、めずらしいおみやげをもらいました。ゴムで小さなプロペラをまわして飛ばすヘリコプターのおもちゃです。ふたりは、このヘリコプターにむちゅうになりました。飛ばして遊んだだけではありません。どうして飛ぶのかを考えると、すぐ同じものを作って、みんなをびっくりさせました。そして、このおもちゃのヘリコプターが空へ舞いあがるのを見ては 「あれが、ほんものだったら、乗って空を飛べるのになあ」 「空を飛んでみたいなあ」 と、語りあいました。これは、オービルが7歳、ウィルバーが11歳のときのことです。ふたりは、こうして空への夢をふくらませるようになり、やがて大学へ行くのをやめて自転車屋を開くと、もうかったお金をつぎこんで、飛行機の研究にとりくむようになっていきました。

ライト兄弟 = 兄・ウィルバー(1867~1912) 弟・オービル(1871~1948)──子どものころからの夢を育て、世界で初めてエンジン飛行機で空を飛ぶのに成功した兄弟。
詳しくは、いずみ書房のホームページにあるオンラインブック「せかい伝記図書館」をご覧ください。
http://www.izumishobo.co.jp/onlinebook/c02_denki/wright/index.html

● 「てんぼう」とばかにされ、母にかくれて学校をずるやすみ

1歳をすぎてまもなくのやけどで、左手の5本の指がくっついたまま棒のようになってしまっていた清作 (英世の子どものころの名) は、小学校へあがると、みんなに 「てんぼう、てんぼう」 「左手で石を投げてみろ」 とバカにされました。そして、くやしさと悲しさに涙を流すうちに、こっそり学校をずる休みするようになっていきました。
でも、ずる休みは、まもなく、母にみつかって 「人に笑われたくらいで、くじけてはダメです。しっかり勉強して、いまはバカにしている人たちを、学問の力で、みかえしてやったらいいではありませんか」 と、しかられてからは、心をいれかえて、勉強にはげむようになりました。朝から晩まで、村の男たち以上にはたらく母に 「母さんもがんばるから、あなたも、がんばるのよ」 といわれると、母に心配をかけてはいけないと思ったのです。
4年生のときには、とうとう、学年の代表にえらばれました。そして、ときには先生のかわりに教壇に立って、1年生、2年生の子どもたちに教えるほどになりました。もう「てんぼう」などと言って笑うものは、ひとりもいません。そればかりか、清作の努力は先生たちをすっかり感心させ、やがて12歳になると、小林栄という先生がお金をだしてくれたおかけで、高等小学校へ進むこともできました。そのうえ、高等小学校へ入ったつぎの年には、先生や友だちみんなの力で、左手の手術を受けることもできて、医学への道がひらけていきました。

野口英世(1876~1928)──左手のやけどの悲しみに打ち勝って努力を続け、アメリカに渡って世界に名を残した細菌学者。
詳しくは、いずみ書房のホームページにあるオンラインブック「せかい伝記図書館」をご覧ください。
http://www.izumishobo.co.jp/onlinebook/c02_denki/noguchihideyo/index.html

● おとなを困らせた「なぜ? どうして?」 火をたしかめようと大失敗

エジソンは、幼いころから、好奇心のつよい子どもでした。だれにでも 「なぜ、そうなるの?」 「それは、どうなっているの?」 と聞くから、たまりません。おとなたちは、エジソンを見ると、みんな逃げだしました。
ある日、かじやのおじさんに 「火は、どうして、もえるの?」 と聞きました。おじさんは、そんなことは、わかりません。しかたなく 「もえるから、火なんだよ」 と、答えてくれただけでした。
そこで、 エジソンは家へ帰ると、物置小屋のワラに火をつけてみました。火のもえはじめるところを、自分の目で、たしかめてみようと思ったのです。ところが、火がもえひろがるのを感心して見ているうちに、とうとう、小屋を焼いてしまいました。
しかし、それからも、やっぱり「なぜ」 「どうして」 を、やめません。ガチョウが卵をあたためているのを見て、自分も、鳥小屋で卵をだいて、いっしょうけんめいにヒナにかえそうとしたこともありました。そして、小学校へあがると、こんどは 「1たす1は、なぜ2になるのですか」 などと聞いて、ついに先生をおこらせ、わずか3か月で、学校をやめることになってしまいました。しかし、それからのちは、やさしい母から、国語や算数や歴史や文学のほか 「人間は、人類のために努力して生きていかなければいけない」 ことを、おそわり、世界の発明王へと成長していきました。

エジソン(1847~1931)──生涯「なぜ」「どうして」という好奇心をいだきつづけて人類のためにつくした発明王。
詳しくは、いずみ書房のホームページにあるオンラインブック「せかい伝記図書館」をご覧ください。
http://www.izumishobo.co.jp/onlinebook/c02_denki/edison/index.html

● 寝しょんべんたれの泣きべそ

子どものころの龍馬は、たいへん、いくじがなく、みんなにバカにされました。
小さいときは、いつも鼻水をたらしていました。また、いくつになっても、寝しょんべんのくせがなおらず、近所の子どもたちに、口をそろえて、からかわれました。
12歳のころから、塾にかよいはじめましたが、さっぱりものおぼえが悪く、先生から 「君には、もう教えようがない。明日からこなくてもよい」 と、きらわれました。そして、塾の帰りに、まちぶせした子どもたちにいじめられては、大声で泣きながら、家へもどりました。友だちがまちぶせしているのがこわくて、走りながら、まわり道をして帰ってくることもありました。
そんなとき、母が亡くなりました。龍馬は悲しくてしかたがありませんでしたが、この龍馬を、母のかわりに、きびしく、やさしくみちびいてくれたのは、三つ年上の姉でした。
「泣くのは、やめなさい。男は、もっと強くならなければいけません」──姉にはげまされて、龍馬は、すこしずつ、たくましい子になりました。そして、14歳のころから剣術や馬術や水泳を習いはじめると、もうけっして泣かない青年へ、成長していきました。

坂本龍馬(1835~1867) は、新しい時代を夢見て生き、薩長同盟を成立させて大政奉還を実現に結びつけた幕末の志士。
詳しくは、いずみ書房のホームページにあるオンラインブックせかい伝記図書館」をご覧ください。
http://www.izumishobo.co.jp/onlinebook/c02_denki/ryouma/index.html

10年以上にわたり刊行をし続けた「月刊 日本読書クラブ」の人気コーナー「本を読むことは、なぜ素晴しいのでしょうか」からの採録、第63回目。

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● 心にしみじみ何かが伝わる作品

「あなたが、これまでに自分で読んだり、だれかに読み聞かせてもらった本のなかでいちばん心に残っているのは、何という本ですか。本の題名と心に残っていることを書いてください」
──東京のある子ども文庫に集まってくる小学生53人を対象に、こんな調査をしました。その結果、「かわいそうなぞう」 「ごんぎつね」 などは、5人以上の子どもがあげ、結局53人の子どもが1冊ずつあげた本は全部で33冊になりました。その33冊のうち、小学校2年生以下の子どもがあげた本を紹介してみましょう。「心に残ったこと」 に耳を傾けると、子ビもにとっての読書のすばらしさがよくわかります。

★ 「かわいそうなぞう」──食べものがほしくて、ぞうがげいとうをしたとき、なみだがでてとまりませんでした。このときほど、せんそうがにくいと思ったことはありません。

★ 「ごんぎつね」 ──ひとりぼっちでしんでいったごんのことを思うと、いまでもなみだがでてきます。

★ 「かたあしだちょうのエルフ」──もりのみんなのためにしんだエルフの強さとやさしさが、いつまでもわすれられません。

★ 「花さき山」──だれかがやさしいことをしたら、ひとつさく花。わたしも花をさかせようと思いました。

★ 「ひさの星」──小さな子どもをたすけて、じぶんはしんでいったひさ。今も星を見ると、ひさのことが心にうかんできます。

★ 「ないた赤おに」──赤おにはむらの人となかよしになってよかったけど、青おにのことがかわいそうでしかたがありませんでした。

★ 「てぶくろをかいに」──子ぎつねのやさしいおかあさんのことが、いまもこころにのこっています。

★ 「おしゃべりなたまごやき」 ──いたずらずきだけど、あんなに心のやさしい王さまが、せかいのどこかにいたらいいなあと思います。いまでもたまごを見ると、王さまのことを思いだして、わらってしまいます。

★ 「チロンヌップのきつね」──おとうさんに読んでもらったとき、妹といっしょにボロボロなみだがでてきて、「にんげんってかってなことをするんだなあ。ぼくは、このへいたいのようになりたくない」 と思ったのをおぼえています。

★ 「たぬき学校」──おとしあなを作ってポン先生がおちたり、たぬきのいたずらがとてもおもしろかった。こんな学校があったらいいなあと思いました。

★ 「マッチ売りの少女」──少女がおばあさんといっしょに天にのぼっていったところはよかったけれど、さいごに雪の中でしんでいるところは、なみだがでて、とまりませんでした。

★ 「みにくいあひるの子」──小さいとき、お母さんによんでもらって、あひるの子が白鳥になるところにくると、いつも 「みにくいあひるの子の白鳥さん、よかったね、おやすみなさい」 といってねました。

★ 「ヘレンケラー」── 2回よみました。どんな人でも努力すれば、どんなことでもできるのだということがわかりました。たいせつなのは心だということが、わかったような気がします。このあと、すぐ 「ナイチンゲール」 のでんきをよんで、やっぱりたいせつなのは心だと思いました。

以上、自分が読んだ本の1冊、読み聞かせてもらった本の1冊が、どれほど深く心に残っているかがわかります。ほかにもいろいろな本を読んだり、読み聞かせてもらったりしたはずです。でも、子どもたちには、ただおもしろかった本よりも、やはり、心にしみじみと何かが伝わった本が、いつまでも心に残っているようです。
すぐれた作品の世界にすっぽり入り込んで“生きる”──このことが、子どもの心に大切な何かを残していくのではないでしょうか。

なお、次回からは、世界の偉人・日本の偉人といわれる人たちの、子ども時代の紹介をします。必ずしも、子どもの頃から立派な人物ではない人も多く、とても興味深いものがあります。

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