児童英語・図書出版社 創業者のこだわりブログ

30歳で独立、31歳で出版社(いずみ書房)を創業。 取次店⇒書店という既成の流通に頼ることなく独自の販売手法を確立。 ユニークな編集ノウハウと教育理念を、そして今を綴る。

2005年12月


1985年に刊行した「レディバード図書館」のタイトル、および、監修者ウィングフィールド夫妻のそれぞれのジャンルに対するコメントを掲げてみよう。



● 生活絵本 3点



(1)ぼくと わたしの いちにち

(2)こいぬと こねこ

(3)のりもの えほん
レディバード生活絵本


(コメント) 幼児の日常生活の中で、特に身近なものをテーマにした絵本たち。ひとつひとつの絵がシンプルで、やさしく語りかけるように、また話したくなるように工夫をこらしています。幼児に与える絵本で大切なことは、何といっても絵の輪郭がはっきりしていることです。



● 知識の絵本 6点



(4)かずの えほん

(5)いろの えほん

(6)じかんの えほん

(7)かたちの えほん

(8)おおきさくらべ

(9)ABCの えほん
レディバード知識絵本


(コメント) 子どもの学習に適した時期というのは、年齢ではなく子どもが関心を持ち新鮮に感じたそのときです。親がほんの少し、関心を促すだけで、子どもは興味を示し、ぐんぐん覚えていきます。その興味をいだかせ、疑問に応える手助けとなるのが、以上の6冊です。それぞれが、子どもの読書というより、知りたがりの心を理解にむすびつけるための工夫をしています。



● 文字遊びの絵本 6点



(10)どうぶつえんの えほん

(11)こいぬの もじえほん

(12)こねこの もじえほん

(13)ろばの もじえほん

(14)こひつじの もじえほん

(15)こがもの もじえほん
レディバード文字遊び絵本


(コメント) 物語絵本、観察絵本などストーリー性のある読書に導くための、子どもが最初に出会う絵本です。子どもが初めて手にする絵本は、その後に出会うさまざまな本の中で最も大事な意味を持っています。なぜなら、その本が幼児に喜びを与え、満足させるものであったら、読書への興味の基盤が築かれることになるからです。



レディバード図書館」の監修者であるウィングフィールド夫妻は、監修に当たって、「家庭でおこなう幼児教育」と題し、次のような文をよせてくれた。

☆~~~~~~~~★~☆~★~~~~~~~~☆
大脳生理学や発達心理学の最近の研究成果によると、人間形成の基礎は、小学校へあがるまでの幼児期に家庭でどのような育児、しつけを受けてきたかによって決定されるということが、立証されています。

お母さんお父さんが家庭で行なう教育が、子どもへの教育の出発点にあります。正常な赤ちゃんは、生まれたときから、冒険心と探求心を備えており、心も身体もめざましく成長する幼児期の子どもの生活は、目覚めている限り、たえず何かを求めて活動するといっても過言ではありません。身のまわりの見るもの、聞くもの、触るもの、五感に感じるあらゆるものが新鮮であり、見たり聞いたり触ったり、具体的な行動で、身近な世界を確認し認識していくのです。

安定した幸せな家庭があれば、人間形成の基礎づくりは、自然にできあがっていくものだとお考えの方も多いようですが、必ずしもそうではありません。子どもの行動範囲が制限されていたり、回りをあまりに大人の基準に添って整理整頓してしまうと、かけがえのない冒険心や探求心の芽までも摘んでしまい、2歳にして、すでに無気力な子どもにしてしまうということにもなりかねません。

お母さんお父さんは、毎日意識的に、今までよりもたくさんの刺激と興味を子どもに与えるようにしましょう。人間の一生を通じて、もっとも成長が著しいのは、誕生から2歳まで、それに続いて3歳から6歳までです。私たちは、この時期の子どもの成長を促すこともできるし、同時に遅らせてしまう可能性もあるのです。

家には、たくさんのおもちゃがあると思いますが、果してそのおもちゃは、子どもの成長に役立っているでしょうか。子どもがしゃぶったり、なめたりしそうな有害な塗料をおとしてあれば、普通の家庭用品でも、絶好の遊び道具になるものがたくさんあります。ガラクタも、子どもにとって大切な遊び道具なのです。

ダンボール箱や木の箱は、積木のように積み重ねて遊べます。プラスチックのびんは、切ったり形を整えて、水遊びや砂遊びに使ったり、形合わせのおもちゃとしても使えます。こんな身近な素材をたくさん与えることが、子どもの旺盛な知識欲、冒険心を刺激するということを忘れないで下さい。

このシリーズは、私どもの尊敬する提携先である日本の「いずみ書房」の要請に応じて、たくさんある「レディバード・ブックス」の中から、未就学児にふさわしい絵本を厳選したものです。きっと、毎日の子育てに役立たせることができることでしょう。

特に、別巻の「お母さんとお父さんの育児・しつけ教室」 の5冊は、子どもの潜在能力を引きだすことの大切さ、さまざまな状況をフルに活用することの大切さに気づいたご両親のお手伝いをし、刺激をあたえることをめざしています。まずこの本を通読し、子どもへの育児・しつけをどのように行なうべきかを理解し、わが子の年齢にあった教育をしてください。なお、ここに示した年齢は、あくまで参考です。子どもには、非常に個人差がありますので、愛情と忍耐をもって、お子さまの知的成長を暖かくみまもってください。

いずみ書房が1985年に刊行した、6番目のシリーズ「レディバード図書館」の特色を掲げてみよう。

(1) 世界で最も読まれている絵本の日本語版

英国レディバード社は当時、首都ロンドンの北西150kmにあるラフボロウという小都市にあった。出版社でありながら、6000坪ほどの敷地内に印刷工場、製本工場を持ち、すべて自社で一貫生産する体制を敷いていた。1日の生産可能冊数は20万冊以上、年間4000万冊を製造し、世界最大の児童出版社といわれていた。出版物のほとんどが「レディバード・ブックス」という12×18cmのコンパクト判の上製本で、当時、幼児・児童向けに600点ほどを刊行していた。

「レディバード・ブックス」シリーズのうち当社では、特に就学前の子ども向けのジャンルにしぼり、「生活絵本」3点、「知識の絵本」6点、「文字遊びの絵本」6点、「言葉の数を増やす本」5点、「やさしい昔ばなし」7点、年齢別「育児・しつけ教室」5点、計32点を厳選した。さらに、ホワイトブック、プレイブック、ガイドブックを加え、「レディバード図書館」(全27巻・別巻8)とした。

(2) ヨーロッパの幼児教育の原点

本シリーズの総合プロデューサーに、ウィングフィールド夫妻にお願いした。夫人のエセルさんは、著名な教育評論家。7年間の小学校教師を経て、5歳以下の保育学校(ナーサリースクール)に15年勤務後、3つの保育学校の校長を歴任した実践家。ご主人のハリー氏は、写実的な絵を描く英国を代表する画家。

特に、別巻の年齢別「育児・しつけ教室」の5点は、イギリスの幼児教育の原点といわれるほど定評ある教育書で、ウィングフィールド夫妻の代表作。教育とは「教え導く」ものでなく、子どもが生来そなえている潜在能力を「引き出す」ことがその本質である。未就学期こそ親は子どもをしっかりみつめ、社会的に自立できるよう導くことが大切。小学生になったら、一人前のジェントルマン、レディとして、親は子に接するようにせよ、と明快に語る。子どもの年齢に応じ、さまざまな状況にどのように対処すべきか、どのように演出していけばよいか、子どもの知りたい欲求をどう刺激すればよいか、わが子の教育にたずさわる両親へさまざまなヒントをわかりやすく提言する。

(3) 英国一流の画家によるユーモアあふれる1000点をこえる絵

ハリー・ウィングフィールド氏は、本シリーズ32点のうちの17点の絵を担当。そのほかロバート・ラムレイ、マーチン・アイチソン、ベトラ・ストーンら英国を代表する画家によるはっきりとした色使いによる作品が目白押しで、どのページを開いても何かしらの感銘を呼ぶのはさすがだ。さらに、あちこちに英国特有のユーモアがちりばめられ、こだわりと子どもたちへの暖かいまなざしが感じられる。

間もなく裁判所から、公判の案内があった。この件に関しては、当時の樫村社長にすべて担当してもらった。争いごとに関しては、あまり情実にとらわれず、冷静沈着であるべきと考えたためである。第1回目の公判にJ・ライフのY社長は弁護士を伴って出廷し、手形に個人保証をした覚えがないこと、J・チェーンの経理担当がY社長に無断で印鑑を押したと主張したという。

裁判は長期戦となり、第2回目以降Y社長は出廷することはなく、代理人が最初の主張を繰り返すのみだった。公判はその後4、5回行われたが決着がつかず、最終的に示談を示唆されて、お互いの弁護士の話し合いのもとで、1千万円近くの賠償額が決められた。

その後、J・ライフのY社長の脱税や違法な政治資金がマスコミに大きく報道されるようになったばかりか、「マルチまがい商法」と決め付けられ、糾弾されるようになった。まもなく、元中部管区の警察局長だった人に社長が変わり、Y氏は表舞台から消えていったようだ。

いま思い起こせば、当社にとってY氏との出会いは、良くも悪くも大きな転機になった。創業後はじめて出版した「ポケット絵本」(せかい童話図書館)を、J・チェーンが取り扱ってくれなかったなら、全40巻が完成したとしても、それより2、3年後のことだったろう。J・チェーンの加盟店だった人たちの出会いや、以後10年以上も当社の販売を支えてくれたフランチャイズ・システムによる組織づくりを思いつくこともなかったはずだ。当時の2千4百万円は、今のお金でいえば、5~6千万円以上にも匹敵する大負債をこうむることになりはしたが、今回の示談により、その負債のうち1千万円近くを取り戻すことができたのだ。そして、思いがけないこの資金により、念願の英国レディバード社「レディバード・ブックス」の日本語版「レディバード図書館」の刊行につなげることができたのである。

1983年の年末頃のことだったろうか、ある雑誌を読んでいたところ、J・ライフという会社が「マルチ訪問販売」という手法で、羽毛ふとんを中心に大躍進しているという。同年2月期に400億円を売り上げ、1984年には1000億を越えそうな勢いという。私はこの記事に釘づけになった。というのも、その社長が何と、あの倒産したJ・チェーン社長のY氏なのだ。私と同年齢ながら、1000店を越えるJ・チェーンを短期間にこしらえあげたが、マスコミや世間の「マルチ商法」の烙印をおされてもろくも崩れてしまった偶像……そんな印象だったが、7年後に不死鳥のようによみがえっていたのだ。以前の轍は踏むまいと、マルチの糾弾を受けないようにたくみに仕組みを変えて、これもわずかの期間にJ・チェーンの数倍規模の会社に盛り上げたようだった。

当社がJ・チェーンから2400万円ほどの不渡手形をつかまされるはめになったことは、以前つづった。ただし、当初不渡りを受けたのはJ・総業という系列会社で、その後J・チェーンに肩代わりしてもらったわけだが、その際、経理担当者に何度も交渉し、毎月100万円ずつ24回(24枚)の手形に差し替え、それぞれにY社長の個人保証を求めた。ノーの一点張りだったが、先方も根負けしたのか、ついに受け入れてくれた。株式会社というのは会社が倒産した場合、社長の責任はなくなるが、個人保証をした場合は、個人に支払い能力がある限り支払いに応じなくてはならない。

手形が不渡りになると、手形交換所から支払い不能の印が押されてもどってくる。そのつど銀行へ手数料を支払わなくてはならないが、当社はダメモトのつもりで24枚の不渡手形を保管していた。J・ライフの大躍進で、Y社長のふところは潤っているはずだ。そこで当社は、弁護士と相談し、正式に裁判所へ手形訴訟をおこしたのである。

↑このページのトップヘ