児童英語・図書出版社 創業者のこだわりブログ

30歳で独立、31歳で出版社(いずみ書房)を創業。 取次店⇒書店という既成の流通に頼ることなく独自の販売手法を確立。 ユニークな編集ノウハウと教育理念を、そして今を綴る。

2005年11月

香港は、香港島と、対岸の九竜半島、およびその外側の新界と周辺の島々に大きく分けられる。イギリスはそのすべてを1997年に、中国に返還した。

香港がイギリスの植民地になったのは、1840年に始まったアヘン戦争がきっかけだった。当時イギリスは、中国(清)との貿易赤字を解消しようと、ケシから取れる麻薬であるアヘンをインドで栽培させ、大量に中国へ密輸出した。清がこれを本格的に取り締まりはじめたため、イギリスは清に戦争をしかけ、1842年に南京条約を結び、まず香港島をイギリス領とした。ついで、1860年に同じような第2次アヘン戦争(アロー戦争)をおこし、北京条約で九竜半島もイギリス領とした。さらに、1898年に新界と周辺の島々を99年間の期限付で中国から租借することになった。こうして香港は、ヨーロッパ諸国のアジア侵略という時代の流れの中で、イギリスの植民地となったわけである。

新界の租借期限である1997年が近づくと、中国は香港全体の一括返還をイギリスに要求するようになり、1984年の中英共同宣言でイギリスは、1997年に香港全体の主権を一括して中国へ返還するかわりに、香港を「特別行政区として自治権をみとめ、返還後50年間は資本主義を維持する」ことを条件にした。

こうして中国というひとつの国家に、社会主義と資本主義の2つの制度が並存することになったわけである。

広州でのもう1日は、ホテル周辺を歩きまわり、中国の一般の人たちの暮らしぶりを探訪してみることにした。まず、気がついたことは、交通マナーの悪さだ。メインとなる幅15mほどの道路の多くは、道路を横断させないために中央に金網が張ってあるが、幅10mほどの一般道路では、歩行者は車の合間を練るように横断していく。近くに信号があっても、ほとんど信号まで行こうとしない。赤信号でも平気で歩いて行くし、バイクも赤信号でも突っ込んできて左折するのは当たりまえ。交通ルールを守って赤信号で待っていたら、リヤカーをひっぱっている自転車に乗った親父がドスンとぶつかってきた。謝るかと思ったら、何で渡らないのだというような顔をしている。ひどいものだ。

それから、物が安いのはよいがすぐにお金をごまかす。前回つづった2元のエビの例でいえば、2.5元でレジを打ってきた。この時はレシートをもらったためにすぐに気づき訂正させたが、レストランでも、スーパーみたいな店でもわざと間違う。タクシーでも、意識的に遠回りしたり、メーターをごまかしたり、まったくうかうかできない。

地元の人たち相手のアメ横のようなショッピングセンターに入ってみたら、真昼間から店員同士が何人か集まってトランプや将棋などに興じている。裏通りを歩いていたら、突然水が落ちてきた。4、5階の住人が窓から捨てたと思われる。バクチに興ずる若者、ところかまわずツバを吐き散らす、路地で小便をする、道端にハダカで寝そべる…。夜はとても歩けない雰囲気だ。

見本市会場ではどのブースも英語が通用するが、レストランなどちょっと一般のお店に入ったら、英語はまったくといってよいほど通じない。英語が話せるのは一部のエリートだけなのかも知れない。私の印象でいえば、中国が文明国の仲間入りができるのは、30年以上も先のことだろうと思う。

成長著しいという中国だが、労働賃金の安さは驚くほどだ。同行したこの旅行の主催者のK社長が、フット・マッサージは試す価値ありという勧めもあり、宿泊したホテル近くのホテル内にあるフット・マッサージ店に出かけてみた。20歳前後の美人女性によるたっぷり1時間のマッサージ。朝鮮人参入りのお湯桶に足を入れたまま、まず肩もみを10分ほど。次に片足をお湯に入れ、一方の足裏を15分ほどかけて丁寧にマッサージ。足を替えてもう15分。さらに仕上げは新しい桶に替えたあと脛のマッサージを交互に10分ほど。歩き疲れた足がみちがえるほど回復、とても気持ちのよい1時間だった。何とこの料金がわずか60元(約840円)なのである。

物価の安さの一例をあげれば、これもホテル近くにあったコンビニのようなお店で、ビールとつまみを買った。ビールは355ccで3.5元(50円)だから驚くほどではないが、安いのはおつまみである。エビと、さきイカをためしに買ってみた。さきイカの味はちょっと甘すぎで私の口に合わなかったが、エビの味は実にビールに合う。日本で買ったら300円前後するはずだ。これが、何と2元(28円)なのである。思わず、おみやげに10袋買ってしまった。

いずみ書房で取扱う玩具類は、おもに知育玩具である。「広州交易会」では、そういうブースを中心に回りカタログを入手したが、「何と似通った商品が多いのだろう」というのが率直な印象。ある会社の商品で評判がよいと聞くと、すぐに他の会社が真似をするということで、金太郎飴的な現象がおきているに違いない。

たとえば、香港の見本市会場で出会った、パチンコ玉のような鉄球に、強力な磁石が両端についた3~5cmほどのプラスチック棒をつなげていく新ブロックmagnestix という名称の商品がある。日本のおもちゃショーでも見かけた商品で、子どもたちの評判もよく、注目していた商品のひとつだった。それが、この「広州交易会」では、magnestix と考え方が全く同じといってよい商品に3種類も出合った。ひとつは名称も似通った magnastix。もうひとつは、hotmag。そしてもうひとつは bornimago で、この商品もすでに日本で発売されている。

この傾向は、あらゆる業種につながっているようだ。中国で生産することは、低コストで入手できるというメリットはあるが、すぐに模倣されてしまうデメリットがあるため、中枢部の生産拠点を日本に戻したという話もよく聞く。そのため、製品そのものを中国から輸入するのでなく、日本で企画、デザイン、設計に基づいた商品の生産を中国でおこない、丸秘部分を日本でこしらえるといった工夫を必要とする段階に入ったと見るのがよいのだろう。

中国の「広州交易会」は、毎年4月と10月に開催され、今回は98回目。欧米では「広東フェア」の通称で呼ばれている。中国全土から数千社の、輸出を目的としたあらゆる製品、商品が出品される。展示面積は27万�u以上(東京ドームの約6倍)、年2回の会期中の成約額は中国全体の輸出額の1割を越え、3兆円以上といわれる。そのため、世界200ヶ国15万人以上のバイヤーが訪れ、そのうちの約4%が日本人だという。

事前に、以上のような案内はされていたが、実際の会場を見てみるとその規模に唖然としてしまった。新・旧と2会場、どちらの会場も日本最大といわれるお台場にあるビックサイトで年2回行われる「ギフトショー」の2倍以上、どこをどのように回っていいのか見当がつかないほどだ。まず、当社の取扱商品とはほど遠い商品をメインにした新会場をパス、旧会場にある玩具だけにしぼりこんだが、すべてを見るのに何と5時間以上もかかった。

たいていのブースには立派なカタログが用意されていて、名刺と交換にカタログをもらうのだが、20社ともなると用意したバッグはずっしりと重くなる。日本の「おもちゃショー」のようにハイテクを使った手のこんだものより、手作りに近い小物が大半だ。やはり、世界が中国に求めるのは、人件費の安さによる廉価品なのだろう。ホテルに戻って、もらってきたカタログにざっと目を通したが、当社の通販で取扱っている商品で、国内の販売会社から仕入れている商品がたくさんある。ということは、めぼしい会社の大半はもうすでに日本のどこかの商社とつながりができているということであり、そのたくましさを感じると同時に、数年前にこういう見本市を積極的に利用せねばならなかったことを思い知らされた。

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