児童英語・図書出版社 創業者のこだわりブログ

30歳で独立、31歳で出版社(いずみ書房)を創業。 取次店⇒書店という既成の流通に頼ることなく独自の販売手法を確立。 ユニークな編集ノウハウと教育理念を、そして今を綴る。

2005年10月


前回に引き続き、「せかい伝記図書館」の執筆の中心となっていただいた有吉忠行氏の講演記録の第3回目を紹介する。





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日本のシートンとしてたたえられている動物文学の作家椋鳩十さんは、「せかい伝記図書館」 に対し、直筆で次のような賛辞を寄せてくれています。




椋推薦文
椋鳩十さんの書かれた「片耳の大シカ」「大造じいさんとガン」「月の輪ぐま」など多くの作品は、小学校の国語教科書に採用されています。椋さんはかつて 「母と子の二十分間読書運動」 というものを提唱されたことでも有名です。この運動は、子どもがテレビばかりを見ていてはいけない、なんとかして本を読むようにしむけなければいけないと考えられたからです。また、テレビを見ることによって親と子の対話がなくなっていることもなげかれ、1日に20分でもよいから、本を仲立ちにして親子の心が通いあうことを願われたのです。



その後、この親子読書運動は全国に火がつき、いまも各地でつづいています。しかし、この親子読書は、一時期にくらべると、たいへん下火になっています。それは、読書運動というものが、たいへん根気を必要とするものだからです。



人間が生きていくうえには、食べなくてはいけません。衣類も身につけなければいけません。ところが、本はたとえ1冊も読まなくても、現実的には何も困りません。めしを食わなければ死にますが、本を読まなくても死にはしません。だから、とくにこのごろのように家計が苦しくなれば、いちばん先にけずられるのは本代です。ほんとうは、いくらおいしいものを食べても、いくらぜいたくな衣類を身につけていても、心の泉がかれてしまっては植物人間にも等しくなってしまうのですが、それが、なかなか理解してもらえません。だから、読書運動がつづかないのです。



前回に引き続き、「せかい伝記図書館」の執筆の中心となっていただいた有吉忠行氏の講演記録・第2回目を紹介する。

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たとえば、テレビと比較してみるだけでも、考える読書がいかに大切かよくわかります。もちろん、テレビがすべて悪いというのではありません。テレビにはテレビの価値があります。しかし、人間の思考という立場から考えると、問題が少なくありません。

第1に、テレビは、まず映像がとびこんできます。それに音もとびこんできます。つまり、人間は、本来、自分の頭で自分の心にイメージをつくりあげることが大切なのに、テレビは、その必要をなくしてしまっています。

次に、テレビの映像は、瞬間的に消え去っていきます。したがって、つぎつぎに流れる映像を見ている限り、ひとところに立ちどまって考えることを許しません。さらに問題として大きなことは、テレビの映像は一方的に送られてくるということです。チャンネルをまわして番組を選べばよいではないかといわれても、根本的には、テレビを見るということは、つねに受身です。主体的な行為ではありません。これでは、人間にとってもっとも大切な主体性が失われていくのは、あまりにも当然です。

テレビが普及しはじめてしばらくしてから、テレビによる日本人の総白痴化が予言されたことがあります。テレビに毒されて、いまに日本人がみんなバカになってしまうことを恐れたのです。でも私は、この予言は決してまちがってはいなかったと思います。まちがっていないどころか、いままさに、その極点にきつつあると思います。

このテレビにくらべると、本を読むということは、主体的な行為です。文字の奥にあるものを読みとって、自分でイメージをつくりださなければなりません。それに、感動的な場面にであったら、いつまででも立ちどまって考えることができるし、さらに何度でも読み返すことができます。そのうえ、本をとおして、過去のいかなる偉人とも語りあうことができます。「せかい伝記図書館」 におさめられているソクラテスや孔子などとも話ができるのは、本の世界だけです。だから読書が大切なんです。

せかい伝記図書館」の執筆の中心にお願いしたのは、「全国学校図書館協議会」編集部長を歴任し、その後フリーライター、作家として活躍しておられた有吉忠行氏であった。このシリーズの完成後の1982年、「いずみ書房」の営業幹部を前に「厳しい出版理念に基づいた伝記シリーズの完成を喜ぶ」と題した講演をお願いした。その記録を、何回かに分けてここに紹介する。

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まずはじめに、いまの子どもたちの読書状況について、かんたんに申しあげてみます。私が4、5年前までつとめておりました全国学校図書館協議会では、20数年来、毎日新聞社といっしょに読書調査を行ってきておりますが、この調査結果によりますと、マンガや週刊誌をのぞいた1ヵ月の平均の読書量は、小学生が5冊、中学生になるとわずかに2冊です。最近の子どもたちは、ますます本を読まなくなってきているといわれるのも当然です。でも、小学生の1人平均が5冊なら、読んでる子はひと月に何10冊も読んでいることになり、読書量の減をそれほど悲観することはないという見方もあります。

ところが問題は、読書の量よりも内容です。つまり、やや専門的な言葉でいいますと、考える「重読書」よりも、ただ楽しむだけの「軽読書」が多くなってきているということです。これは、昭和30年以降、テレビの普及とほとんど平行しています。具体的に申しあげますと、昭和30年から40年ころまでの読書調査の結果では、子どもたちが多く読んでいる本の上位に、必ず内外の名作が半分以上あがっていました。宮沢賢治や夏目漱石などの作品です。ところが、最近はこれらの多くが姿を消し、かわりに、つりの本をはじめとして趣味の本などの軽読書材がたいへんふえてきています。これは、子どもに限らず、おとなの世界でも、全く同じで、文学全集のようなものが現実に売れなくなっています。

これらのことは、やや極端にいいますと、ほんとうの読書というものが、だんだん消えているということです。つまり、遊びの読書になってしまっているということです。このことは、子どもにもおとなにも、マンガがたいへんよく読まれている事実を見れば、すぐわかります。

ただし、遊びの読書がすべて悪いとは申しません。しかし、全国学校図書館協議会などが、20年も30年も読書運動をつづけていることには、大きな理由があります。それは、本を読むことを通して 「自分の頭で考える」 子どもを、多く育てたいからです。

● 手軽に楽しめるコンパクト版の魅力

本シリーズの魅力は、なんといっても、コンパクト版で廉価であること。「読書をしよう」 と身がまえる必要もなく、ひょいと手軽に、寝ころびながらでも手にとることができる。しかもオールカラー、見開きページに必ず格調高いイラストを入れている。時代考証に裏づけられ、人物とその背景を容易にイメージ化できるよう配慮されたイラストは総枚数1000枚にもおよぶ。また、漢学にはすべてふりがなをふったから、低学年でも読めるばかりでなく、読みかたも、正確に自分のものにすることができる。

● 「世界人名事典」 「日本人名事典」「人名索引」を特別編集

人名事典は、世界と日本それぞれ1000名収録し、小・中・高で学ぶほとんどの人物、また常識的人物を、1名約200字で簡潔に紹介した。総ルビのため、読みも正確に知ることができる。一家に必備の人名百科としての役割をはたせるよう工夫した。

さらに、「人名索引」では、「せかい伝記図書館」に登場する2000名が、何巻の何ページに登場するかがわかるように編集。さらに、有名な呼び名が2つ以上ある場合、どの名前で調べればよいかを示した。たとえば、「桂小五郎」は「木戸孝允」として調べるようにというふうに。その他、中学・高校時代にとまどいがちな外国人の名前については、英語読みをあげ、他の国ではどう呼ぶか、その呼び名を掲げた。

たとえば、ジョン(英語)→ヨハン(ドイツ語)、ジャン(フランス語)、ジョバンニ(イタリア語)、ファン(スペイン語)、イワン(ロシア語)/ヘンリー(英語)→ハインリヒ(ドイツ語)、アンリ(フランス語)、エンリコ(イタリア語)/チャールズ(英語)→カール(ドイツ語)、シャルル(フランス語)、カルロス(スペイン語)、カルル(ロシア語)など、30名ほど記載した。

● 小・中学時代に身につく読書習慣

少年時代 「子ども世界史」 という本で読んだ伝説だというトロヤ戦争が、ほんとうにあったことだと信じ、40年後ついにトロヤの遺跡を掘りおこしたシュリーマン。ガリレオの著書に身ぶるいするような感動を覚え、物理学への道へ進もうと心にきめたアインシュタイン。「兵書」というオランダ語の本を、持ち主が寝ている夜中だけ借りうけ、数ヵ月かけて写しとって西洋の兵術を学んでいった勝海舟。アンデルセンは幼い時、まずしいくつ直しの職人だった父が読んでくれる「アラビアンナイト」を、眼を輝かせて聞いて詩才を養った。マルコポーロの 「東方見聞録」 に書かれた黄金の国ジパング(日本)を求めて、アメリカを発見したコロンブス。持ち主のために三日間働いて、やっと譲りうけた「ワシントン伝」を、暗唱するまでくりかえし読んで、正義とは何かを学んだリンカーン。

少年・少女時代における本との出合いの大切さは、こうした偉人の例をあげるまでもない。読書は知識を増し、情緒を養うと共に、自分をみつめ、ものを深く考える力をつちかってくれる。

このように大切な読書習慣であるが、この習慣をつけるには、きっかけと環境を必要とする。おとなのさまざまな工夫が必要だ。いつもかたわらに本をおき、本にふれるチャンスと時間を与えたいもの。そして何よりの環境づくりは、両親が日々読書に挑戦している姿を、子どもたちに見せることではないだろうか。

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