この詩は、1933年(昭和8年・
中也26歳)1月に作られ、当時親しくしていた安原喜弘に送られた作品です。安原によれば、当時の中也は「魂の最大の惑乱の時期」で、毎晩のように京橋にある酒場に行き、中也の毒舌は散乱し、最後にはいつも乱酔と乱闘に終わる日々が続いた」とあります。こうして、親しくしていた小林秀雄、大岡昇平を含む多くの友人たちはほとんど中也と距離をおくようになっていったようです。この詩は、そんな中也の魂の惑乱期の終わるころの作品で、ようやく魂は平静をとりもどし、「骨」(④に収録) など新たな詩境に入っていきます。

ここでも中也は、「女を夢見ている」あるいは「年増女」として泰子を空想していますが、もはや苦悶する姿はありません。おだやかに「冬の夜の室内の空気」のような静かな愛がつぶやかれています。