中也は雪が好きでした。雪が地上のあらゆる醜いものを隠してくれるばかりか、自分の汚れた心まで隠してくれるように思えたからでしょう。代表曲「汚れっちまった悲しみに…」をはじめ多くの詩に登場します。この詩には、自身の履歴を、雪の降りかたに結びつけというユニークな発想、鮮明なイメージがあふれた佳作です。

「生い立ちの歌1」では、「私の上に降る雪」は、幼児期には真綿のようにやさしくあたたかく降り(両親の深い愛情に包まれている)、少年時にはよりきびしい霙(みぞれ)のように降ります(父や家族と対立し、家への反発を強める)。そして、17~19歳では霰(あられ)、20~22歳では雹(ひょう)、23歳では吹雪(ふぶき)のように激しく降って痛めつけられたと表現したのに対し、24歳になると、「いとしめやかに」(心の平安が訪れた)と老成したかのような表現に変わります。

この詩にある年齢は数え年なので、17~23歳という時代は、郷里の中学を落第して京都へ転校、やがて長谷川泰子と同棲、上京、泰子が去って小林の許へ、また泰子から逃れて小林が奈良に去り、ふたたび泰子への愛を求めるものの思うようにいかない日々、その間に親友富永太郎や父謙助の死というように、いうなれば中也にとって疾風怒濤の時代でした。

このあたりのことを、中村稔は『中也のうた』に次のように記しています。「24歳で青春の波乱が終った、とは確かに奇異なことにちがいないのだが、いわば中也の30年の生涯は、通常人の一生をその半分で駆けぬけていったかの如きもので、それだけ青春の苦悩も充実も年若くしてはじまっていたわけである」……と。

「生い立ちの歌 2」は、24歳以降の雪の降るようすで、1連では「花びらのように」、2連では「いとなよびかになつかしく」、3連では「熱い額に落ちもくる 涙のよう」、5連では「いと貞潔に」なのに対し、4連だけは「中也の雪に対する感謝の気持ちが表現され、『神様に長生きしたいと祈りました』」となっています。このあたりの、メロディの違いに注目していただければ幸いです。