今日2月16日は、「京大事件」に抗議して「大学の自治・学問の自由」を守るために京大を辞任、戦後は立命館大学総長として護憲・平和運動を指揮した民法学者の末川博(すえかわ ひろし)が、1977年に亡くなった日です。

1892年、今の山口県岩国市に生まれた末川博は、旧制岩国中学、第三高校を経て、1917年に京都帝国大学(京大)法科を卒業すると、同大学院法科修了後に同大講師、助教授となります。1922年には1年間ハーバード大学・プリンストン大学などで法律の研究を深めて帰国後、同大法学部教授に就任しました。やがて、1930年に『権利侵害論-不法行為に関する研究の一部として』を著すなど、不法行為法の研究で「権利濫用の原理」を確立させ、民法学の第一人者といわれるようになります。
 
しかし1933年、当時の文部大臣鳩山一郎が、滝川幸辰(ゆきとき)京大教授の刑法学説を問題にし、一方的に休職処分を強行する事件(滝川事件または京大事件)が起きると、末川は、他の京大法学部教授、助教授、講師、助手、副手とともに、抗議の辞表を提出して辞任しました。末川は「この事件は滝川教授個人に加えられた弾圧ではなく、日本の学問の自由と大学自治に加えられた弾圧だったから『京大事件』と呼ぶべき」と主張し、京大を退官してからは、1940年に大阪商科大学教授となっています。
 
敗戦後の1945年11月、「真の大学の自由は私学にある」という信念のもとに立命館大学総長に就任すると、総長選挙の選挙権を学生に与えるなど、大学運営に学生の意見を反映させる「立命館民主主義」と呼ばれる学園運営を行います。いっぽう末川は、戦後の民主化運動の代表として、世界平和委員会評議員や民主主義科学者会議の会長となり、護憲や平和運動に積極的な発言をし、カリスマ的存在となりました。
 
末川の業績としては、専門の民法分野では、「民商法雑誌」を主宰するとともに、日本で最初の参照条文がついた『六法全書』を刊行したのをはじめ、『法学辞典』『民事判例総覧』などの編集を手がけたほか、上記以外に『所有権・契約その他の研究』『契約法』『物権法』などの著書があります。また、エッセイにも優れ、9巻からなる『末川博随想全集』などを著しました。
 
なお、末川が総長在職中から寄贈していた法律関係の著作集や論文・随筆・講演録ほか12000冊は、立命館大学内の『末川記念会館』に納められています。


「2月16日にあった主なできごと」

1190年 西行死去…平安時代の末期の僧侶で歌人の西行が亡くなりました。西行は、旅のなかにある人間として、また歌と仏道という二つの道を歩んだ人間として、宗祇や芭蕉らに影響を与えました。

1222年 日蓮誕生…鎌倉時代中期の僧侶で、法華経に基づく教えこそが唯一の仏教の真髄と説く日蓮宗(法華宗)を開いた日蓮が生まれました。

1883年 天気図…東京中央気象台が、全国11か所の測候所の観測記録を電報で取りよせ、この日わが国で初めて天気図を作成。3月1日からは毎日(太平洋戦争時を除く)印刷して発行されるようになりました。

1922年 大隈重信死去…明治時代に参議・外相・首相などを歴任した政治家で、東京専門学校(のちの早稲田大学)を創設させた大隈重信が亡くなりました。