今日6月25日は、風刺辞書『悪魔の辞典』を著したことで知られるアメリカのジャーナリストで作家のビアスが、1842年に生まれた日です。

オハイオ州ホースケイブ・クリークの貧しい農家の12番目の子として生まれたアンブローズ・ビアスは、両親が文学的素養があったことから、読書と作文が好きな少年に育ちました。しかし宗教上のしつけの厳しい家庭になじめず、15歳のときに家を出て『ノーザン・インディアナン』という小さな新聞の植字工見習いとなって自活しました。

南北戦争が勃発すると、1861年にビアスは北軍に志願し、数々の戦果をあげたことで、翌1862年2月には少尉となり、4月の「シャイローの戦」での凄惨な体験が、後の回想記『私がシャイローで見たもの』の下地となりました。

1866年に除隊すると、西海岸のサンフランシスコにわたり、『サンフランシスコ・ニューズレター』など数々の地方紙の寄稿者・編集者として活動。1872年にはイギリスで執筆活動を行い、初の著書『魔物の愉悦』は、これまでの評論をまとめたもので、1873年にロンドンで出版されて評判となりました。1875年に帰国すると、ふたたびサンフランシスコに居を構え、冷笑的な視点で世の中をとらえるユニークな視点は健在で、1887年に開始した「サンフランシスコ・エグザミナー」紙の連載コラム『プラットル』は、当時の西海岸でもっとも影響力の強いライターに数えられるほど、華々しいジャーナリスト活動を展開し続けました。

ピアスの代表作は、なんといっても1906年に刊行した『冷笑家用語集』で、これは1911年に増補して『悪魔の辞典』として刊行すると、人間の本質を冷笑的にみすえ、毒舌をふるった用語の数々は大評判となり、全米はもちろんのこと世界じゅうに知れ渡り、今もたくさんの人たちに愛読されています。芥川龍之介は早くからビアスに注目し、日本へ紹介したのも、自らの資質に似たものを感じ取ったのだろうといわれています。

ビアスは1913年10月、かつて関わった南北戦争の旧戦場をめぐる旅に出ると、当時メキシコ革命のために混乱状態にあったメキシコに入国しました。ところが、友人にあてた12月の手紙を最後に消息を絶ってしまいました。ビアスの失踪は、アメリカ文学史上もっとも有名な失踪事件のひとつとなっています。

なお、オンライン図書館「青空文庫」では、ビアス『世界怪談名作集』「妖物」(岡本綺堂訳) を読むことができます。


「6月25日にあった主なできごと」

845年 菅原道真誕生…幼少の頃から学問の誉れが高く、学者から右大臣にまでのぼりつめたものの、政敵に陥れられて九州の大宰府へ左遷された「学問の神」として信仰されるようになった菅原道真が生まれました。

1734年 上田秋成誕生…わが国怪奇文学の最高傑作といわれる『雨月物語』を著した江戸時代後期の小説家・国学者・歌人の上田秋成が生まれました。

1956年 宮城道雄死去…琴を主楽器とする日本特有の楽曲「箏曲(そうきょく)」の作曲者、演奏家として世界に名を知られた宮城道雄が亡くなりました。