今日5月27日は、フランスの革命家で、平等社会の実現をめざしたバブーフが、1797年に処刑された日です。

1760年、フランス北部にあるピカルディの貧しい農家の子として生まれたフランソワ・バブーフは、学校へ通うことができないため父に読み書きを教わると、さまざまな分野の本を読みあさるほど向学心の旺盛な少年でした。家計を支えるため、14歳で家に近いロアの土地台帳管理の職について自立しました。

この仕事を通じて、領主の不正をまのあたりにしたことで、土地私有制の弊害を痛感し、封建制度のまちがいを実感するようになりました。同時にルソーやディドロ、マブリー、モレリーらの啓蒙家の思想にふれて、社会を見る広い眼を育てると、1785年にアラスのアカデミー通信会員となり、しだいに急進的な改革思想をいだくようになります。そして2年間かけて、農地の再分配による富の平等化と租税制度の改革をめざす『永久土地台帳』を、1789年にパリで出版しました。

同年7月14日、パリ市民らがバスティーユ監獄を襲撃して「フランス革命」が勃発すると、時代の激動を直感したバブーフは、ロアにもどると農民運動を指導して、1792年には地区の行政官に選出されました。しかし、政敵と対立したことから職を投げすて、1793年に再びパリに出て、食糧委員会の書記官となりました。信奉者であったものの恐怖政治と化したロベスピエールに反対し、エベール派に加担する過激分子として活躍しました。

1794年には『出版自由新聞』(のちに『護民官』に改題)を発刊し、「平民派宣言」と題する一文を掲載、土地は万人のものであり、個人が必要以上の土地を私有する行為を「社会的窃盗」と指弾。これに代わる制度として物品の共同管理に基づく配給行政にあると主張しました。

また、秘密結社「パンテオン・クラブ」に加わってインフレと食糧不足に悩むパリ民衆の蜂起を計画したことから、1796年に反逆罪で総裁政府に逮捕されてしまいました。獄中でブオナロッテと知り合って、平等社会を作り出す計画を練り上げ、釈放後に同志とともに、政府を倒して権力を握る準備をすすめました。ところが、決起する直前に仲間のひとりに密告されて計画はつぶされ、長い裁判の末、1797年5月に死刑を宣告され、短剣で自殺をはかるものの果たせず、この日処刑されました。

バブーフの思想や行動は、のちにマルクス、ブランキ、レーニンらに大きな影響を与えたといわれています。


「5月27日にあった主なできごと」

743年 墾田永年私財法…奈良時代中ごろ、聖武天皇 は、墾田(自分で新しく開墾した耕地)永年私財法を発布しました。それまでは、3代まで私有地を認める「三世一身の法」を実施していましたが、開墾がなかなか進まないため、永久に所有を認めるものでした。これにより、貴族や寺社、神社などが積極的に開墾をすすめ、「荘園」といわれる私有地が増えていきました。

1564年 カルバン死去…ルターと並び評されるキリスト教宗教改革・新教(プロテスタント)の指導者カルバンが亡くなりました。

1910年 コッホ死去…炭疽(たんそ)菌、結核菌、コレラ菌などを発見し、細菌培養法の基礎を確立したドイツの細菌学者コッホが亡くなりました。

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