今日4月9日は、「経験や実験」を重視した哲学を創始し、デカルトとともに「近世ヨーロッパ哲学」をはじめたとされるイギリスの哲学・神学・法学者のベーコンが、1626年に亡くなった日です。

1561年、エリザベス1世の国璽尚書(印鑑保管する高官)の8男としてロンドンに生まれたフランシス・ベーコンは、12歳でケンブリッジ大学トリニティ・カレッジに入学しましたが、当時の同大学がスコラ哲学しか教えないことに不満をもち、ロンドンのグレイ法曹院で法律を学びました。1576年に駐仏大使に随行してフランスに渡りましたが、3年後に父の死のため帰国すると、1584年23歳で下院議員となり、当時エリザベス女王の寵臣といわれたエセックス伯の腹心となって、がむしゃらに出世街道をめざしますが、なかなか栄達には恵まれませんでした。

ジェームズ1世の法務長官のときの1601年、王位をめぐるエセックス伯の陰謀に対し法律家として告発、結果的に処刑となる起訴状を作成して事件の全貌を公開しました。1605年に『学問の進歩』を出版すると、1607年法務次長、1617年に国璽尚書、翌18年には大法官に昇りつめました。このころベーコンは『新機関』を著し、子どものようなかたよりのない眼で個々の現象をみつめ、実験や観察によって一般的な原理に導いていくという「帰納法」を主張し、ものごとを科学的に考えていく基本を示しました。

ところが1621年、職務を利用してわいろをとったことが発覚して、4日間ロンドン塔に閉じこめられて失脚しますが、これがベーコンにとって幸いでした。亡くなるまでの5年の隠退生活の中で、「学問の尊厳と進歩」「自然研究の方法論(ノウム・オルガヌム)」「宇宙の諸現象」の3部からなる『大革新』を著し、未完ながら経験をはじめ実験・観察を重視する哲学体系を発表したことで、「理性と合理」を重視するデカルトと並び、「知識は力なり」という言葉とともに近世ヨーロッパ哲学の2大流の一つといわれるようになりました。日本では明治以来、『随想録』がよく知られています。


「4月9日にあった主なできごと」

752年 奈良大仏開眼…聖武天皇の発案により完成した奈良の大仏の開眼供養会(魂入れの儀式)が行なわれました。1万人の僧がお経読む、盛大な儀式でした。

1865年 南北戦争終結…アメリカ合衆国の南北戦争は、1861年に北部23州と、南部11州の意見の食い違いからはじまりました。黒人のどれいを使うかどうかが主な対立点で、工業の発達していた北部はどれい制廃止、大きな農場主の多い南部はどれい制維持です。1860年にどれい制廃止を叫んだリンカーンが大統領に当選すると、南部は、北部と分れて「アメリカ連邦」を設立して、戦争がはじまりました。当初は南部が優勢でした。1862年リンカーンは「どれい解放令」を出すと形勢逆転、1863年7月のゲッティスバークの戦いで決定的な勝利をした北部が主導権をにぎり、この日南部は北部に降伏し、5年にわたる南北戦争が終結しました。

1976年 武者小路実篤死去…『友情』『愛と死』『真理先生』などの小説、人生賛美あふれる人生論を著した武者小路実篤が亡くなりました。

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