たまには子どもと添い寝をしながら、こんなお話を聞かせてあげましょう。 [おもしろ民話集 67]

昔、ある山里の村に貧しい若夫婦と、おばあさんの3人が住んでいました。ある年のおおみそかに、おばあさんは若いお嫁さんに「明日から、新しい年になる。これからは、あんたが囲炉裏(いろり)の火を絶やさないように、気をつけておくれ。もしその火が消えれば、あんたはこの家にいられなくなるからね」と、いいました。そのころは、家の囲炉裏の火を絶やさないようにするのは、その家の主婦の大切な仕事のひとつで、おばあさんはその仕事をお嫁さんにゆずろうとしたのでした。

お嫁さんはその夜、囲炉裏の火が消えてしまわないかと心配で寝つかれません。それで夜中に布団をぬけ出して、囲炉裏の灰をかきわけてみると、なんと火が消えているではありませんか。こまったお嫁さんは、どこか近所で火種(ひだね)をもらおうと外に出てみましたが、どこも寝静まっています。お嫁さんは、とても寒い夜でしたが、むちゅうで真っ暗闇の道を歩き出していました。

しばらく歩いていくと、遠くのほうで、チロチロ赤く光るものがあります。勇んで走っていくと、誰かがたき火をしているのがみえました。近づいてみると、鬼のお面をつけた数人の男たちが、大きなたき火のまわりで踊っているのです。お嫁さんは恐ろしくて足がすくみそうでしたが、思い切って、声をかけました。「すみませんが、火種を分けていただけないでしょうか」 男たちが、いっせいにお嫁さんを見ました。炎にてらされて、いっそう怖そうみえます。

「火種をきらしてしまったら、家を追い出されてしまうのです。どうか、お願いします」 男たちは、なにやら話し合っていましたが、その中の頭らしい人がいいました。「火種はわけてやろう。そのかわり、一つ聞いてもらいたいことがある。実は仲間の一人が亡くなったので、その死体を3日間だけ預かって貰いたいのだ」 お嫁さんは、火種がもらえるならと、気味の悪い死体を預かることにしました。こもにくるまった死体をせおって家に帰ったものの、死体を隠すような場所はありません。しかたなく、土間にある焚きもの置き場のワラの中に死体を隠したのでした。そして、もらった火種を囲炉裏に移すと、ほっと胸をなでおろして布団の中に入りました。

さて、年が明けた翌朝のこと。3人は新年のあいさつをすませ、雑煮を食べて皆で正月を祝いました。でもお嫁さんは、土間にあるワラの中の死体が気になって、雑煮ものどを通りません。ちらり、ちらりと見るものですから、旦那に、不審に思われてしまいました。「どうも、あそこになにかあるようだな?」 旦那は立ちあがって、ワラの山をのぞいたのです。お嫁さんは思わず目を伏せてしまいました。「こりゃぁ、なんだ?」 「すいません、それは私が昨夜……」 とわけを話そうと旦那の方を見てびっくりぎょうてん。旦那が抱えていたのは、子どもの背丈ほどもある大きな金塊でした。

「なにか、わけがあるようだね。話してごらん」と、おばあさんにいわれて、お嫁さんは真夜中に火種を絶やしたこと、たき火をしていた鬼の面の男たちのこと、死体をその男たちから預かったことまで正直に話しました。それを聞いたおばあさんは、にっこり笑って「その方たちは、鬼のお面をかむって年越しの宴をしていた『七福神』だったのじゃよ。そこへあんたがいったので、福をさずけてくれたにちがいない」

それからというもの、一家は見違えるほど豊かになりました。


「12月26日にあった主なできごと」

1542年 徳川家康誕生…応仁の乱以降100年以上も続いた戦乱に終止符を打ち、織田信長、豊臣秀吉により統一された天下を、さらに磐石なものとする江戸幕府を開いた徳川家康が生まれました。

1758年 松平定信誕生…江戸時代中期、田沼意次一族の放漫財政を批判して「寛政の改革」を行った松平定信が生まれました。

1888年 菊池寛誕生…『屋上の狂人』『父帰る』『恩讐の彼方に』などを著した作家で、文芸春秋社を創業し、芥川賞・直木賞をを創設した菊池寛が誕生しました。

1890年 シュリーマン死去…ホメロスが紀元前800年ころに書いたといわれる 「イリアス」 「オデュッセイア」 に出てくる伝説の都市トロヤが、実在することを発掘によって証明したドイツの考古学者で実業家のシュリーマンが亡くなりました。