「おもしろ古典落語」の82回目は、『かぼちゃ屋(や)』というお笑いの一席をお楽しみください。

二十歳になっても、ボーっとしている与太郎を心配して、八百屋のおじさんが商売を覚えさせようと、かぼちゃを売らせることにしました。元値は大きいのが十三銭、小さいのが十二銭。勘定のしやすいように大小十個ずつかごに振りわけてやり、上を見て売るんだと、よくいい聞かせて送りだしました。

「かぼちゃ! かぼちゃ!」「なんでぇ、この野郎。なにがかぼちゃだ」「かぼちゃ、買ってくれ」「かぼちゃ売りか、いきなりかぼちゃなんていうから、おれをかぼちゃ呼ばわりしたのかと思ったぞ。かぼちゃを売る時は、『唐茄子(とうなす)屋でごさい』っていいな」「そうか、じゃいうぞ、『とうなす屋でござい』…、売れねぇじゃねぇか。あーあ、暑くって重くって、目がまわってきたな。ありゃ、行き止まりだ」

路地裏に入りこんだ与太郎、動きがとれなくなってしまいました。「おい、だれだ、人んちの格子に、なにかぶつけてんのは?」「まわれなくなっちゃったんだ、路地広げてくれぇ」「あんなこといってやがる。路地が広がるか」「じゃ、前の蔵どけろ」「てめぇ、天びんかついだまま回ってんじゃねぇか、天びんおろして、身体だけまわってみろ」「ふふふ…、まわれた」「あたりめぇだ、この野郎、おれんとこの格子を傷だらけにしやがって、張り倒すぞ」「張り倒してもいいから、とうなす買ってくれ」「なんだ、おめぇ、殴られてもいいから商いしようってのか、いい度胸だ、気にいった。とうなす買ってやろう、いくらだ」「大きいのが十三銭、小さいのが十二銭」「安いな、よし、売ってやろう…、おぅい、お園さんにお光っちゃん、このとうなすは安いぜ。えっ、買うかい、十三銭と十二銭。大きいのがいい? おいおい、お客さんがこんできたよ。とうなす屋、おまえ、なにやってんだ」「うん? 売るときゃ、上見てなくちゃいけねぇんだ」

親切な人があるもんで、与太郎のかわりにみんな売ってくれました。「おじさん、行ってきたぞ」「早ぇな、えっ、みんな売れた? そいつはすげえな、売り上げは…二円五十銭、こりゃ元値だな。おまえが上を見たやつがあるだろ。それをここに出してみろ」「そらぁ、出せねぇ」「どうしてだ。おじさんだっていくらもうけたか知りてぇ、ちゃんと上を見たんだろ?」「上見たよ、かんかん照りで、のどの奥のほうまで陽がへえってきやがった」「売るときに、空を見てるやつがあるか、上を見るってのは、かけ値だよ。十三銭を十五銭、十二銭を十四銭で売るから、もうけが出る。かけ値ができなけりゃ女房子どもが養えねぇだろ」「そんなものいねぇや」「ばかったれ、ありゃってことだ。もう一度行ってこい」と追い出しました。

与太郎、またかぼちゃを持たされて、さっきの路地裏へやってくると…。「おう、とうなす屋じゃねぇか、忘れもんか?」「とうなす買っとくれよ」「よせよ、さっき買ったばかりじゃねぇか。とうなすばっか食っちゃいられねぇが、まあ安いから、十三銭のをもうひとつもらうか」「こんどは十五銭だ」「えっ、なんだってきゅうに値があがっちまうんだ」「おじさんにおこられた。十三銭と十二銭は、元なんだって。おじさんが上見ろっての、おれ知らねぇから空見てたけど、ほんとはかけ値をすることなんだってさ」「ぼんやりだな。おめぇ、いくつだ?」「六十だ」「おい、ばかなこというな、見たとこ二十歳(はたち)ぐれえだな」「二十歳は元値で、四十は掛け値だ」「年にかけ値をするやつがあるか」

「だって、かけ値をしなきゃ、女房子どもが養えねぇ」


「8月24日にあった主なできごと」

79年 ポンペイ最後の日…イタリアのナポリ近郊にあった都市ポンペイが、ベスビオ火山の噴火による火山灰で地中に埋もれました。

1594年 石川五右衛門刑死…豊臣秀吉が愛用する「千鳥の香炉」を盗もうとして、捕えられた盗賊の石川五右衛門とその親族は、京都の三条河原で、当時の極刑である[釜ゆでの刑]に処せられました。これ以降、釜型の風呂のことを「五右衛門風呂」と呼ぶようになりました。

1897年 陸奥宗光死去…イギリスとの治外法権を撤廃、日清戦争後の下関条約締結の全権大使をつとめるなど、近代日本の外交を支えた陸奥宗光が亡くなりました。