「おもしろ古典落語」の50回目は、『火事息子(かじむすこ)』というお笑いの一席をお楽しみください。

江戸・神田三河町に、伊勢屋という大きな質屋がありました。ある夜、ジャンジャンジャンジャン…。火の見やぐらで、けたたましい半鐘の音がします。近所で出火したようで、火の粉が降りだしました。「番頭さん、かたづけものなんて小僧にでもまかせておきなさい、それより蔵の目ぬりはどうしたね? うちは風上だからって、左官が来てくれないそうじゃないか」「へぇ、旦那」「へぇじゃありませんよ。いいかい、うちは他人さまの大切な品物をおあずかりするのが商売だよ。それが、蔵の目ぬりができてないようじゃ、申しわけないじゃないか。こうなったらお前が上にあがって目ぬりをしなさい」

番頭がはしごをのぼり、旦那と小僧が土をこねて放り投げますが、へっぴり腰で片手でつかもうとしますが、一つもつかめません。その時、屋根から屋根を、まるで猿のようにすばしこく伝ってきたのが一人の火消し人足です。身体中みごとなイレズミで、ざんばら髪を後ろ鉢巻、腰にはっぴという粋な出で立ち。ポンとひさしの間に飛び下りると、「おい、番頭」声をかけられた番頭は、びっくり仰天しました。男は火事好きが高じて、火消しになりたいと家を飛び出し、勘当になったまま行方知れずだったこの家の一人息子の徳三郎です。「大きな声をだすんじゃねぇ、この火事はすぐに消えちまうよ。目ぬりなんてどうでもいいが、まぁ、家業柄、目ぬりはしといたほうがいいだろう。オレが手伝えば造作もねぇが、それじゃぁおめえの忠義になるめぇ」と、あわてる番頭を折釘へぶら下げて、両手が使えるようにしてやりました。おかげで目ぬりも無事に済み、火も消えて一安心です。

見舞い客でごった返す中、おやじの名代でやってきた近所の若旦那を見て、伊勢屋の主人はつくづくため息をつきます。あれは伜と同い年だが、親孝行なことだ、それに引き換えウチの馬鹿野郎は今ごろどうしていることやら……、父親らしくしんみりしているところへ、番頭がさっきの火消しを連れてきます。顔を見ると、なんと「ウチの馬鹿野郎」です。「徳か」と思わず声を上げそうになりましたが、そこは一徹な旦那。勘当した伜に声などかけては、世間に申しわけが立たないとやせ我慢。わざと素っ気なく礼を言おうとしますが、こらえきれずに涙声で、「こっちぃ来い、この馬鹿め。……親ってえものは馬鹿なもんで、よもやよもやと思っていたが、やっぱりこんな姿に……しばらく見ないうちに、たいそういい絵が書けなすった……親にもらった身体に傷つけるのは、親不孝の極みだ。この大馬鹿野郎」

そこへ知らせを聞いた母親。伜が帰ったので大喜び。鳥が鳴かぬ日はあっても、おまえを思い出さない日はなかった、どうか大火事がありますようにと、ご先祖に毎日手を合わせていたと言い出しましたから、おやじは目をむきます。母親がはっぴ一つじゃ寒いから、着物をやってくれと言うと、旦那は、勘当したヤツに着物をやってどうすると、まだ意地を張っています。そのぐらいなら捨てちまえ。捨てたものなら拾うのは勝手……。

意味を察して母親は大張り切り。「よく言ってくれなすった、箪笥ごと捨てましょう、お小遣いは50両も捨てて……」しまいに、この子は小さいころから色白で黒が似合うから、黒羽二重の紋付きを捨てて、小僧をお供に……と言いだすから、「おい、勘当した伜に、そんな身装(なり)ぃさせて、どうするつもりだ」

「だって、火事のおかげで会えたんですから、火元へ礼にやりましょう」


「11月25日にあった主なできごと」

1890年 第一回帝国議会の開催…明治憲法発布翌年のこの日、帝国議会が開かれました。議会は、貴族院と衆議院の2院からなり、貴族院議員は皇族・華族、多額納税者などから選ばれ、衆議院議員は、25歳以上の男子で国税15円以上を納める人に限定されていました。
 
1892年 オリンピック復活の提唱…クーベルタン 男爵は、アテネで古代競技場が発掘されたことに刺激され、スポーツによる世界平和を築こうとオリンピック復活の提言を発表、オリンピック委員会が作られました。

1970年 三島由紀夫割腹自殺…『仮面の告白』『金閣寺』『潮騒』などちみつな構成と華麗な文体で人気のあった作家 三島由紀夫 が、アメリカに従属する日本を憂えて自衛隊の決起をうながすも受け入れられず、割腹自殺をとげました。