今日5月31日は、アメリカ文学において最も影響力の大きい人物のひとりで「自由詩の父」ともいわれるホイットマンが、1819年に生まれた日です。

ウォルト・ホットマンは、ニューヨーク州ロングアイランドに、貧しい大工の子として生まれました。短期間学校へ通っただけで、12歳ごろから印刷工、学校の見習い教師などさまざまな仕事についたのち、19歳で新聞を創刊、記者、印刷工、販売、配達まですべて自分で行いました。そのうち、政治に対する関心が高まり、1841年ニューヨークに出て新聞記者になり、熱心な民主党員となりましたが、かれの進歩的な考えは受け入れられず、父のもとに帰って大工の仕事を手伝うかたわら、本格的に詩を書きはじめました。教師、公務員として働きながら、アメリカ各地を回ったりもしました。

そして1855年、代表作となる『草の葉』の初版を自費で出版しました。地元の印刷所に商売の合間に印刷してもらった12編の詩を収めた、わずか95ページの小冊子でした。この詩が注目されたのは、人々がふだん使うありふれた言葉でつづられていることでした。それは、従来の詩の形式を全く無視したものだったため、一部の人たちを除くと評判はあまりよくありません。しかし、著名な思想家エマーソンは、ホイットマンに称賛の長い手紙を書いて、友人たちにも絶賛しました。新大陸アメリカの民衆の希望と夢が、平凡で素朴な言葉で語られていること、自然の美しさが素直に語られていること、独自のリズムと感覚で自我と民衆の融合、魂と肉体、民主主義の理想をうたいあげていることへの高い評価でした。自信を得たホイットマンは、1856年に新たに追加した20編の詩を加えて『草の葉』第2版を刊行、さらに1860年、次いで1867年と改訂を重ね、亡くなる直前には第9版を著し、それぞれの版に時代の風潮や自身の考え方を記しています。

南北戦争開戦の頃にホイットマンは、北軍を鼓舞する愛国的な詩「叩け!叩け!太鼓を!」を発表しました。まもなく、南北戦争に志願看護師として従事、傷病兵の介護に当たった体験を基にした詩集『軍鼓のひびき』を1865年に出版。さらに リンカーン 大統領が暗殺されると、その死を悼み『遅咲きのライラックが前庭に咲いたとき』を出版して、人々を感銘させました。

1892年に亡くなった年、夏目漱石 は「文壇における平等主義者の代表者『ウォルト・ホイットマン』の詩について」という文章を書き、アメリカ国民詩人の偉大な存在を、初めて日本に紹介しています。


「5月31日にあった主なできごと」

1596年 デカルト誕生…西洋の近代思想のもとを築き、「コギト・エルゴ・スム」(われ思う、ゆえにわれあり)という独自の哲学で「哲学の父」とよばれた デカルト が生れました。

1809年 ハイドン死去…ソナタ形式の確立者として、モーツァルトやベートーベンに大きな影響力を与え、104もの交響曲を作ったことで知られる古典派初期の作曲家 ハイドン が亡くなりました。

1902年 南アフリカ(ボーア)戦争終了…ダイヤモンドや金の豊富な、オランダ人の子孫ボーア人が植民地としていた南アフリカをめぐり、10数年も小競り合いをつづけてきたイギリスは、この地を奪い取ることに成功。8年後の1910年「南アフリカ連邦」を成立させました。