「おもしろ古典落語」の16回目は、『花見酒』というお笑いの一席をお楽しみください。

幼なじみの熊さんと辰っつぁん、向島の桜の花が見頃という評判を聞いて「ひとつ、花見にくりだそうじゃねぇか」と、話がまとまりました。ところがあいにく二人とも金がまったくありません。そこで兄貴分の熊が、いいことを思いつきました。酒樽をかついでいって、茶碗1杯を5銭で売ろうというのです。そこで、近所の面倒見のいい酒屋へ頼んで、酒三升、樽、ひしゃく、茶碗、天秤(てんびん)と縄、おまけにつり銭まで、そっくり借りました。

「どうだ、この酒を残らず売ってしまえば、原価(もと)が半分だから、半分もうかる」「兄いは、うめぇこと思いついたもんだなぁ」「いいか、10銭の銀貨を持ってきて、5銭のつりをくれっていう客に、『小銭は出払いました』なんていえねぇから、5銭のつり銭まで借りてきたんだ」「そりゃ何から何まで兄ぃはいきとどいてるね」「花に嵐ってたとえもあるぜ、今はいい天気だが、いつ何どきポツリとこねぇともかぎらねぇから、これからすぐに出かけよう。うまく儲けて、あとでうんと飲もうぜ」

ということで、酒樽を縄でゆわえ、辰が先棒、熊が後棒になって天秤をかついで向島へむかいます。ところが、花見どきですから、春風がそよそよ吹いていまして、それが酒樽の上をなぜてプーンと、後棒の熊のところに流れてきます。「なぁ辰、おまえは風上だから気がつくめぇが、おれんとこにゃ、鼻っ先に酒樽があるんだ。酒の匂いがまともに鼻にぶつかる…ああ、飲みてぇ!」「そうか、そりゃ悪かった」「なぁ、商売もんだから、ただ飲んじゃ悪いけど、買う分にゃいいだろう」「そりゃ、そうだな。他の酒屋に儲けられるよりゃ、おれとおまえが儲かるんだからな。じゃ、ここで酒樽を降ろすよ」

「じゃ、この茶碗に、そのひしゃくで1杯くんでくれ…で、5銭おめぇに渡すよ」「へぇ、どうもお客さん、ありがとうございます」「じゃ、まぁ飲むよ、ああ、おいしいね」「おいしいだろうよ、飲んでるやつはうめぇだろうが、見てるもんはちっともうまくねぇ…おい、のどがビクビクいってるよ。どうだ、少し残して、おれにくれるって気持ちはねぇか」「なにいってるんでぇ、おまえは商人(あきんど)じゃねぇか。商人が『酒、残しておれにくれ』なんて、ぐずぐすいうやつがあるか? おめぇだって、そこに5銭もってるじゃねぇか」「5銭? ああ、そうか、これで買やぁいいのか。じゃ、ひとつ売ってもらおうか」「いいとも、いいとも…へい、お待ちどうさま」「ああ、ありがてぇ…なるほどうまい、なんともいえねぇ、いい酒だ」

しばらく歩いて、また飲みたくなった熊は、おれにもう1杯、辰もおれにも1杯と何度もくりかえしているうちに、やっと向島へ着きました。二人とも酔っぱらってへべれけです。「さぁ、店開きだ」「さぁ、さぁ、いらっしゃい。1杯5銭だよ! 飲んで酔わなきゃお代はいらないよ、ってやつだ」「おいっ、あそこで酔っ払いが酒売ってるよ。1杯5銭だとよ、おもしろいじゃないか、こんなに酔いますってとこを見せてやがんだ…おい、一杯おくれ」

ところが樽の中は、空っぽです。「ははーん、ははは…売り切れちゃった、またいらしゃい」あきれて客は帰っていきます。売り上げの勘定をしようと、熊は腹掛けを探しましたが、5銭銀貨が1枚あるだけです。「おめぇ、三升の酒が売れて、売り上げが5銭しかねえというのはおかしいぞ」「どこにもねぇよ」「ああ…それでいいんだ。よく考えてみねぇ、はじめにおれが1杯買って、てめえも一杯買った。また少ししておれが1杯、てめぇも1杯……5銭の銭が行ったり来たりしているうちに、三升の酒をみんな二人で飲んじまったってわけだ」

「あ、そうか…勘定は合ってる。してみるとムダがねえや」


「3月28日にあった主なできごと」

1868年 ゴーリキー…「どん底」 「母」 などの作品を通し、貧しい人々の生活の中にある不安や、社会や政治の不正をあばくなど 「社会主義リアリズム」 という新しい道を切り開いたロシアの作家ゴーリキーが生まれました。

1876年 廃刀令…軍人・警察官・大礼服着用者以外、刀を身につけることを禁止する「廃刀令」が公布されました。これを特権としていた士族の不満が高まり、士族反乱につながっていきました。

1930年 内村鑑三死去…足尾鉱毒事件を非難したり日露戦争に反対するなど、キリスト教精神に基づき正義と平和のために生きた思想家内村鑑三が亡くなりました。

1979年 スリーマイル島原発事故…アメリカ東北部ペンシルベニア州のスリーマイル島原子力発電所で、重大な原子力事故が発生しました。国際原子力事象評価尺度 (INES) ではレベル5となっています。