10年以上にわたり刊行をし続けた「月刊 日本読書クラブ」の人気コーナー「本を読むことは、なぜ素晴しいのでしょうか」からの採録、第61回目。

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● 本の中の主人公と友だちになる

これは、児童文学者・灰谷健次郎さんの書かれた「いっちゃんはね、おしゃべりがしたいのにね」(理論社刊)という本を読んでの、ごとうひろこちゃんという小学校1年生の感想文です。

いっちゃんは、わたしと、よくにているね。おしゃべりしたいのに、しようとすると、むねが、どきどきするところ、わたしと、そっくりだもの。あせがでて、のどがからからになって、どうしてもおしゃべりができなくて、かなしくなり、ちょっぴり、なみだがでてくるところで、わたしは、「いっちゃんがんばれ」 って、こころのなかで、いったよ。
わたしも、1ねんせいになって、がっこうで、てをあげて、はっぴょうするときや、じゅんばんで、ほんをよむときにも、むねが、どっきんどっきんして、ものすごく、ゆうきがいるもんね。
日ようさんかんの日、おとうさんがきていたとき、せんせいが、「3たす4は、ごとうさん」といわれて、たったけど、すぐわからなくてじっとしていたら、せんせいが、「おはじきつかってもいいのよ」 って、いわれたので、つかったらわかったので 「はい、7です」 と、こたえたら、「むずかしいのが、よくわかりましたね」 と、ほめてもらったよ。
このとき、いっちゃんのことをおもいだしたら、ゆうきがでたんだよ。
いっちゃん、わたしのおかあさんがいってたけど、ようちえんのせんせいも、ちいさいころは、はずかしくて、ちいさいこえでしか、しゃべれなかったんだって。
「だから、ひろこも、だんだんどきどきしなくなって、しゃべれるようになるよ」 って、それをきいて、わたしもあんしんしたから、いっちゃんも、あんしんしてね。
いくこせんせいが、こうじくんにきゅうしょくたべさせても、口をぎゅっとむすんで、なんべんスプーンをもっていっても、口をあけないので、せんせい、ないてしまいそうになったよね。
そのとき、いっちゃんは、すごくゆうきをだして、せんせいをまどのそばにひっぱっていって、とうとう、おしゃべりしたね。いっちゃんのむねが、どきどきして、たいこ50こいれたみたいで、だんだん大きくなって、はれつしそうになったとき、わたしも、どきどきして、からだじゅうが、あつくなってきたんだよ。
そして、わたしだって、いっちゃんにまけないように 「がんばるぞ」 って、こころのなかで、おもったよ。
ちっちゃいこえでもいいから、いえたらいいなあ。なみだがでるまえに、いえたらいいなあ。なみだがでそうになったとき、いっちゃん、わたしのてを、ぎゅっと、にぎってね。
おねがい、いっちゃん。

この読書感想文は、物語のすじなどにはほとんどふれず、自分の心に感じたこと思ったことを、そのまま書いている点で、たいへん、優れています。
しかし、感想文のよしあしよりも、ひろこちゃんが、物語の主人公である 「いっちゃん」 のことを、いっしょうけんめいに思いやり、そして、「わたしとよくにている、いっちゃん」 をとおして、自分自身に語りかけていることが、まず、なによりも、すばらしいことです。
この作品を読んだほかの子どもたちも 「いっちゃん、おともだちになってね」 「いっちゃん、いっしょに、がんばろうね」 「せんせいを、まどのそばにひっぱっていったときの、ゆうき、いつまでも、わすれないでね。わたしも、ぜったい、わすれないから」 ──などと語りながら、いつもどきどきする自分を見つめなおしています。そして、自分で自分をはげましています。
この作品を読んだ子どもたちは、人前でしゃべれなくなったとき、きっと、いつも 「いっちゃん」 のことを思いだすでしょう。
本の中の主人公と心の友だちになる──すばらしいことですね。