10年以上にわたり刊行をし続けた「月刊 日本読書クラブ」の人気コーナー「本を読むことは、なぜ素晴しいのでしょうか」からの採録、第36回目。

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● 1冊の本から人間の差別を考える
『アンネの日記』(文春文庫他)……これは、戦後、少年少女たちに、もっとも長く読みつがれてきた本の一つです。
第2次世界大戦中、ユダヤ人というだけでナチス・ドイツの迫害を受け、2年間をかくれ家ですごし、平和を願いながら15歳で死んでいった少女アンネ・フランク。
小学校5、6年の子どもでも、一つの物語をとおして人種差別問題を深く考えることができるということを、アンネの物語を読んでの感想文は教えてくれます。
子どもたちは、まず怒っています。
「ユダヤ人が何をしたというのだ。どうして、こんなにも差別しなければならないのだ。私は、あまりのことにいかりにふるえ、思わず、なんどもこぶしをにぎった」 「ユダヤ人であるというだけで罪のない何百万人もの命を奪ったナチスのユダヤ人狩り、わたしは気がつくと、何度もひどいひどいと、はきだすように叫んでいた」 「ナチス・ドイツは、差別される人間の苦しみに、なぜ心がいたまなかったのか。私は、ヒトラーの名をけっして忘れない」
この子どもたちは、親や教師の話などをとおして、人間の差別のおろかさについては知ってはいたでしょう。しかし、多くの場合それは観念的であったのに対して、このアンネの日記や伝記からは、自分とほぼ同じ年齢の一少女の悲しみと苦しみをとおして実感的に差別の悪を知り、怒りの気持をもっているのです。
「アンネは、どんな迫害にも負けずに自分はユダヤ人であることに誇りをもって生きた。まわりの人たちのために勇気をもって明るく生きた。それなのにナチス・ドイツはユダヤ人をにくむことしか知らなかった。ドイツ人としての誇りをなぜもたなかったのだろう。戦争に勝つことが誇りだったのなら、こんなばかなことはなかったのに……」
「差別は、人間が人間の心を忘れてしまったときに起るのだろう。人間の心を忘れていたナチス・ドイツは、けっして強くはなかったのだ」
「人を思いやる心を失ったとき、考えが自分中心になってしまったとき差別は起るのだ。人間はみんな平等なのに、人はみんな助けあっていかなければいけないのに……」
「いちばんたいせつなものは愛だと思う。1人1人に愛があれば、戦争だって差別だって起らないのだと思う」
子どもたちは、なんの罪もないユダヤ人を迫害する差別がなぜ生れたのか、いっしょうけんめいに考えています。そして、問題を自分自身や自分のまわりにひきこんで、さらに深く考えています。
「えらそうなことを言っても、わたし自身に人を差別する心がほんとうにないといえるだろうか」
「わたしにも、人の心はわかりもしないのに、すききらいだけで、つい、けいべつしたようなことがあった。自分も気がつかないうちに差別していたのだ」
「勉強のできる子ができない子を見るとき、金持の家の子がまずしい家の子を見るとき、なにかつめたいものを感じるときがある。あれもきっと差別だ」
「いじめは、けっきょくは差別だ。ナチス・ドイツと同じように人を思いやる心がないから、いじめが起るのだ」
このような子どもの意見を並べようとすると、きりがないほどです。いつか横浜で起った浮浪者殺人事件も 「あれは人間差別からでたのだ」 と、はっきり言っています。
アンネの日記や伝記から子どもたちが学んでいるもっとも大きなものは、もちろん、アンネの勇気と心のやさしさです。しかしそれとともに、以上のような差別の問題をも学んでいるのです。
「テストの成績にはみんな差がある。でも、それは成績に差があるというだけで、人間に差があるのとはちがうのだ。このことを、だれもがはっきり知っておかなければいけないと思う。アンネの伝記は、わたしに、すばらしいことをおしえてくれた」 と語っている子もいます。
1冊の本から子どもたちが得るものは、想像する以上に大きいものです。