1983年の年末頃のことだったろうか、ある雑誌を読んでいたところ、J・ライフという会社が「マルチ訪問販売」という手法で、羽毛ふとんを中心に大躍進しているという。同年2月期に400億円を売り上げ、1984年には1000億を越えそうな勢いという。私はこの記事に釘づけになった。というのも、その社長が何と、あの倒産したJ・チェーン社長のY氏なのだ。私と同年齢ながら、1000店を越えるJ・チェーンを短期間にこしらえあげたが、マスコミや世間の「マルチ商法」の烙印をおされてもろくも崩れてしまった偶像……そんな印象だったが、7年後に不死鳥のようによみがえっていたのだ。以前の轍は踏むまいと、マルチの糾弾を受けないようにたくみに仕組みを変えて、これもわずかの期間にJ・チェーンの数倍規模の会社に盛り上げたようだった。

当社がJ・チェーンから2400万円ほどの不渡手形をつかまされるはめになったことは、以前つづった。ただし、当初不渡りを受けたのはJ・総業という系列会社で、その後J・チェーンに肩代わりしてもらったわけだが、その際、経理担当者に何度も交渉し、毎月100万円ずつ24回(24枚)の手形に差し替え、それぞれにY社長の個人保証を求めた。ノーの一点張りだったが、先方も根負けしたのか、ついに受け入れてくれた。株式会社というのは会社が倒産した場合、社長の責任はなくなるが、個人保証をした場合は、個人に支払い能力がある限り支払いに応じなくてはならない。

手形が不渡りになると、手形交換所から支払い不能の印が押されてもどってくる。そのつど銀行へ手数料を支払わなくてはならないが、当社はダメモトのつもりで24枚の不渡手形を保管していた。J・ライフの大躍進で、Y社長のふところは潤っているはずだ。そこで当社は、弁護士と相談し、正式に裁判所へ手形訴訟をおこしたのである。