みんなのおんがくかい」には、48曲のセミクラシックの名曲を収録しており、このすべてに、これまで例のないような、母親がわが子に話して聞かせられるやさしい解説を付けた。子どものピアノ発表会でもっとも人気のある曲としても有名な、ベートーベン作曲の「エリーゼのために」は、次のように紹介している。

エリーゼというのは、女の人の名まえです。どのような女性だったのか、それは、わかりません。でも、楽譜に「エリーゼの思い出のために、ベートーベン作曲」と記されていたというのですから、ベートーベンの恋人だったのでしょう。ピアノの前で、かわいいエリーゼを思いだしているうちに、指が自然に流れるように動いて、この美しい曲が生まれたのではないでしょうか。
曲の形は、主題の部分が、まるで、まわっているようにくり返される、ロンド形式といわれるものです。なるほどこの「エリーゼのために」は、甘くもの悲しいせんりつが、なんどもくり返されています。それは、エリーゼがベートーベンの恋人だったとしたら、断ちきれない愛の深さが、曲のくり返しになってしまったのかもしれません。自分の心にだけ、そっとしまっておきたい、清らかな愛……。
ベートーベンは、「英雄」「運命」「田園」などの交響曲のほかに、「月光」「ワルトシュタイン」など多くのピアノ曲の傑作をも残しています。そのピアノ曲のうち、この「エリーゼのために」は40歳のころの作品だといわれています。ベートーベンは、28歳のころからしだいに両耳が不自由になり、31歳のときには、自殺さえ考えています。40歳近くでは、鳥のさえずりも、人の話も、楽器の音も、ほとんど聞きとれないほどになってしまいました。
ベートーベンは、ピアノから流れる音を、心の耳でとらえながら、この「エリーゼのために」を作曲したのでしょう。だからこそ、曲の美しさが、こんなにも心にしみ入ってくるのかもしれません。目をとじると、ベートーベンのやさしさが、あたたかく伝わってきます。