児童英語・図書出版社 創業者のこだわりブログ

30歳で独立、31歳で出版社(いずみ書房)を創業。 取次店⇒書店という既成の流通に頼ることなく独自の販売手法を確立。 ユニークな編集ノウハウと教育理念を、そして今を綴る。

● 今日(9月8日)の主なできごと

1868年 元号が「明治」に……年号をこれまでの「慶応」(4年)から「明治」(元年)と改めた。同時に、今後は一天皇は一年号とする「一世一元の制」を定めた。

1951年 サンフランシスコ講和条約締結……第2次世界大戦で、無条件降伏をして連合国の占領下におかれていた日本国民は、1日も早い独立を願っていた。1950年に朝鮮戦争がはじまると、アメリカは日本を独立させて資本主義の仲間入りをさせようと、対日講和の早期実現を決意した。そしてこの日、日本の全権大使吉田茂首相は、サンフランシスコで戦争に関連した48か国と講和条約に調印した。同条約は翌1952年4月28日に発効し、日本は6年8か月にわたる占領を終えて、独立を回復した。しかしこの時、アメリカとの間に「安全保障条約」を結んだことで、日本国内に700か所以上もの米軍基地がおかれるなど、本当の意味での独立国にはなりきれず、さまざまな波紋を残すことになった。


● 今日の主な記念日・恒例日

国際識字デー……1965年のこの日、イランのテヘランで開かれた世界文相会議でイランのパーレビ国王が軍事費の一部を識字教育に回すことを提案したことを記念し、ユネスコが制定した国際デーのひとつ。「識字」とは、「文字の読み書きができる」という意味で、世界中では、今も5人に1人は読み書きができないといわれている。


● 今日生まれた人

1841年 ドボルザーク……チェコの作曲家。代表作『スラブ舞曲』交響曲第9番『新世界より』など。

1864年 池田菊苗……明治・大正・昭和期の化学者。グルタミン酸発見。

1869年 木下尚江……明治・大正・昭和期の小説家・社会運動家・評論家。代表作『良人の自白』『懺悔』『火の柱』など。

1873年 羽仁もと子……明治・大正・昭和期のジャーナリスト・教育家。「自由学園」創立。


● 今日亡くなった人

1775年 加賀の千代女……江戸時代中期の俳人。「朝顔につるべ取られてもらい水」など。

1894年 ヘルムホルツ……ドイツの物理学者・生理学者。「エネルギー保存則」確立者の一人。

1949年 リヒャルト・シュトラウス……ドイツの作曲家。代表作『ばらの騎士』『ツァラトゥストラはかく語りき』など。

1981年 湯川秀樹……昭和期の理論物理学者。中間子の存在を予言。日本人初のノーベル賞(物理学賞)受賞。

1987年 八木保太郎……昭和期の脚本家。代表作『この母を見よ』『小島の春』『山びこ学校』など。

1994年 東野英治郎……昭和・平成期の俳優。『東京物語』など、個性的な名脇役として330本以上の映画で活躍。テレビドラマ『水戸黄門』の初代黄門役でも知られる。

2003年 リーフェンシュタール……ドイツの女優・映画監督・写真家。

2004年 水上勉……昭和・平成期の小説家。代表作『雁の寺』『越前竹人形』『五番町夕霧楼』など。


● 過去のマイブログ「9月8日」のテーマ

2015年  『オリンピア』 のリーフェンシュタール
ベルリンオリンピックの記録映画『オリンピア』が絶賛されたものの「ナチスの協力者」として逮捕されるなど、生涯にわたり非難を浴びせられ続けたドイツの女流監督・写真家のリーフェンシュタールが、 2003年に亡くなった日です。1902年、ベルリンの裕福な家庭に生まれたレニ・リーフェンシュタールは、1923年、表現ダンスのダンサーとしてデビューをはたすと、ドイツ舞踏界を代表するスターとして注目されました……。

2014年 「庶民派作家」 水上勉
『雁の寺』『飢餓海峡』『越前竹人形』『五番町夕霧楼』など、世間の下積みに生きる人々をたくさんの作品に著した作家の水上勉(みなかみ つとむ)が、2004年に亡くなった日です。1919年、今の福井県おおい町の貧しい大工の家に生まれた水上勉は、9歳の時、京都の臨済宗相国寺の子院、瑞春院に小僧として修行に出されました。しかし、あまりの厳しさに逃げ出し、連れ戻されて等持院に移されましたが、17歳のとき再びこの寺も出ました。その後さまざまな職業を転々としながら小説を書きますが、なかなか認められません……。

2011年 「味の素」 と池田菊苗
明治・大正・昭和初期に活躍した化学者の池田菊苗(いけだ きくなえ)が、1936年に亡くなった日です。菊苗は1864年、薩摩藩士の子として京都屋敷で生まれました。明治維新後に父は、滋賀県の役人となって、旧薩摩屋敷を所有するなど裕福でしたが、琵琶湖に汽船を浮かべて観光業をしたり、牧畜業にたずさわったりしましたが、しょせんは武士の商法で、どれも失敗に終わってしまいます。そんな中で菊苗は、東京、京都、大阪などで学ぶうち、大阪衛生試験所長と知り合う機会に恵まれ……。

2010年  日本人初のノーベル賞・湯川秀樹
「中間子」という電子のほぼ300倍もの質量をもつ素粒子のあることを、理論をもって証明したことで、1949年日本人で初めてノーベル賞(物理学賞)を受賞した 湯川秀樹が、1981年に亡くなった日です。湯川秀樹は、1907年、有名な地理学者小川琢治(たくじ)の3男として、東京麻布に生まれました。のちに大阪の医師である湯川家に婿入りしたため、湯川姓となりました。幼いころから優秀で、特に数学が得意だったようです……。

2008年 「新世界より」 のドボルザーク
「スラブ舞曲」や「新世界より」などの作曲で名高いチェコ・ボヘミヤ音楽の巨匠ドボルザークが、1841年に生まれた日です。日本人によく親しまれている「家路」(♪ 遠き山に日は落ちて……)は、交響曲第9番「新世界より」に出てくるフレーズです。チェコ西部に生まれ、町から町へさまよい歩くジプシーたちの音楽を耳にしながら育ったアントニン・ドボルザークは、幼いころから、心に音楽の火をともして成長しました。ところが、12歳になったとき……。

2006年 「豊臣秀吉」 のこども時代
顔はやせて、目ばかりぎょろぎょろしていた少年時代の秀吉は、みんなから、小ざる、小ざると呼ばれました。[小ざる] は農民の子でしたが、いくさごっこは好きでした。体は小さくともすばしこく、いくさごっこで負けたことはありませんでした。[小ざる] が8歳になったころ父が死に、やがて母は、新しい男と結婚しました。ところがこの2人目の父は、はじめはやさしかったのに、弟や妹が生まれると、母や [小ざる] につらくあたるようになりました……。

2005年  さまざまな体験から言葉の概念を形成
昔から、ヨチヨチ歩きをはじめた子どもに危険なものを教える時、熱いアイロンやヤカンをさわらせてきた。そういう、アツイという体験が子どもにしっかり覚えこまれるため、アツイといえばストーブにも近づかなくなるし、アイロンをかけているじゃまもしなくなる。そして、おふろのお湯が熱い、ミソ汁が熱い、カゼをひいて熱が出た、日差しが暑いというように、日常的な体験をつみ重ねてアツイという言葉と、自分の感覚が結びついてアツイという概念を形成する。さらに大きくなると、物事に熱中するとか、勉強に熱が入らない……。

● 今日(9月7日)の主なできごと

1180年 源義仲が挙兵……この日、源(木曽)義仲が、以仁王の平氏追討の命を受け、信濃(長野県)の木曽で平家討伐の兵を挙げた。その後義仲は、平氏勢力を次々に破って北陸を制覇し、1183年には京都から平氏一門を西国に追いやった。

1858年 「安政の大獄」本格化……この年の4月、江戸幕府大老の井伊直弼は、反対派で一橋慶喜の将軍擁立に動いた者と、幕府の開国政策に反対する勤王攘夷派の弾圧に乗り出す「安政の大獄」をはじめたが、この日尊攘派の梅田雲浜を京都で捕縛した。この弾圧は、年末までに吉田松陰・橋本左内・頼三樹三郎・梅田雲浜ら10名以上を斬首・切腹・獄死させた。


● 今日の主な記念日・恒例日

クリーナーの日……「ク(9)リーナ(7)ー」の語呂合せから、メガネクリーナーの製造会社が制定。

CMソングの日……1951年のこの日、初めてCMソングを使ったラジオCMがオンエアされたことにちなんで制定。


● 今日生まれた人

786年 嵯峨天皇……平安時代前期の第52代天皇。空海・橘逸勢とともに「三筆」の一人。

1533年 エリザベス一世……イギリス(チューダー朝5代)国王。絶対王政の全盛期を築く。

1903年 島木健作……昭和期の小説家。代表作『生活の探求』『赤蛙』など。

1909年 エリア・カザン……アメリカの映画監督・演出家。代表作『エデンの東』『波止場』『欲望という名の電車』など。


● 今日亡くなった人

1816年 山東京伝……江戸時代中・後期の戯作家。代表作『江戸生艶気樺焼』『吉原楊枝』など。

1939年 泉鏡花……明治・大正・昭和期の小説家。代表作『高野聖』『婦系図』『歌行灯』など。

1962年 吉川英治……大正・昭和期の小説家。代表作『宮本武蔵』『新・平家物語』『新書太閤記』など。

1995年 中谷孝雄……昭和期の作家。代表作『招魂の賦』『同人 青空・日本浪曼派』『わが陶淵明』など。

2014年 山口淑子(李香蘭)……昭和・平成期の女優・歌手・司会者・政治家。


● 過去のマイブログ「9月7日」のテーマ

2015年  「李香蘭」 の山口淑子
戦前の中国・満州・日本において、中国人歌手・女優の李香蘭(り こうらん)として知られ、戦後は日本人として、歌手・女優・司会者・政治家で活躍した山口淑子(やまぐち よしこ)が、2014年に亡くなった日です。1920年、今の中国東北部の奉天(今の瀋陽)に、満鉄(南満州鉄道)に勤務しながら中国語を教えていた佐賀県出身の父のもとで生まれた山口淑子は、生まれてまもなく父の友人瀋陽銀行総裁李際春と養子縁組を結び、1933年に李香蘭の名で「満州新歌曲」を歌いました……。

2012年 「おもしろ古典落語」84回目 『蚊戦(かいくさ)』
「ごめんください、剣道の先生」「これはこれは八百屋の久六さん。最前、稽古を終えて帰られたばかりなのに、また出張ってまいったか?」「じつは先生、しばらくの間、稽古を休ませてもらいたいんです」「稽古は毎日続けるからこそ、実になる。一日休むと身体はなまってしまうぞ」「あっしもつづけたいんですが、夜な夜な蚊がでますもんで」「おかしなことを申すのう。なんで『蚊が出るから稽古を休む』のじゃ」「じつは蚊帳(かや)を質屋に……。

2011年  職業作家の元祖・山東京伝
江戸時代後期を代表する戯作(げさく)者の山東京伝(さんとう きょうでん)が、1816年に亡くなった日です。「戯作」とは、18世紀後半から江戸でおこった洒落(しゃれ)や風刺を織りまぜながらユーモラスに語る読物の総称で、洒落本、滑稽本、談義本、人情本、読本、草双紙(赤本、黒本、青本、黄表紙、合巻)などがあります。京伝は、浮世絵師・北尾政演(きたおまさのぶ)としても活躍しました……。

2010年  幻想文学の泉鏡花
明治後期から昭和初期にかけて活躍した作家で、幻想と怪奇とロマンを綾なす『高野聖』『眉かくしの霊』などの作品や、新派の舞台でおなじみの『婦系図』『滝の白糸』などを著し、谷崎潤一郎、川端康成、三島由紀夫らたくさんの作家に影響を与えた泉鏡花が、1939年に亡くなった日です。1873年に鏡花は、彫金細工師の名工を父に、能楽の鼓の名流の娘を母に、金沢市に生まれました。両親から芸と神仏にたいする信仰をうけて育ちました……。

2007年  国民的小説家・吉川英治
「宮本武蔵」「新・平家物語」など人生を深く見つめる大衆文芸作品を数多く生み出して、国民的作家として高く評価されている吉川英治が、1962年に亡くなった日です。『鳴門秘帖』や『宮本武蔵』は、今も若い人から老人まで、はば広い人気があります。その作者吉川英治は、1892年神奈川県に生まれました。父は会社を経営していたので、小さいときには家も豊かでしたが、英治が11歳のとき、父は事業に失敗しました……。

2006年 「ニュートン」 のこども時代
ニュートンは、孤独でした。ニュートンがうまれる前に父が亡くなり、まもなく母も、2歳のニュートンを置いて再婚してしまったのです。祖母に育てられたニュートンは、いつも家にばかりいる、ひよわな子どもでした。6歳で村の小学校へあがってからも、少しいじめられると、すぐ涙をながし、みんなに 「泣きむしニュートン」 と、からかわれました。学校の成績も、クラスでおしまいのほうでした。でも、工作だけは、だれよりもじょうずでした。友だちとはあまり遊ばず、毎日、日時計や水車や風車などのもけいを作って、すごしました……。

2005年  親子の対話を深めるために
「こども科学図書館」の基本方針を、具体例をあげて説明してみよう。先にふれたように、子どもたちは自分の身近なものには何でも新鮮な関心をもち、わかろうとする知的好奇心を持っている。そして、未熟な体験ながらも、さまざまなイメージをつくりあげている。たとえば「いぬ」という言葉を聞いたとき、近所にいるよくほえる犬、公園でじゃれついてきた可愛い犬、テレビで見たかしこい犬というふうに、体験から知り得た情報をもとに、犬のイメージを頭にえがくことになる。ところが情報量が少ないと、それ以上犬に対するイメージは広がらないし、深まらない……。

● 今日(9月6日)の主なできごと

1522年 初の世界周航……スペイン王と西回りでアジアの香辛料を入手する契約を結んだマゼラン隊の一せきが、人類初の世界一周をはたした。

1954年 ベネチア国際映画祭で銀獅子賞……この日、黒澤明監督の『七人の侍』と溝口健二監督の『山椒大夫』がベネチア国際映画祭で銀獅子賞(金獅子賞に次ぐ2~6位)を受賞した。なお、1958年には稲垣浩監督の『無法松の一生』、1997年には北野武監督の『HANA-BI』がそれぞれ金獅子賞を受賞。


● 今日の主な記念日・恒例日

妹の日……妹の可憐さを象徴する乙女座(8月23日~9月23日)の中間の日の前日を、漫画家の畑田国男が1991年に制定。毎年、その年に活躍した「妹」に「日本妹大賞」を授与している。

黒の日……「く(9)ろ(6)」の語呂合せから、京都黒染工業協同組合が1988年に制定。


● 今日生まれた人

1766年 ドルトン……イギリスの化学者・物理学者・気象学者。原子論を提唱。

1860年 ジェーン・アダムズ……アメリカの女流社会改革運動家。ソーシャルワークの先駆。
 
1869年 ザルテン……オーストリアのジャーナリスト・小説家。代表作『バンビ』など。

1926年 星新一……昭和・平成期のSF作家。ショートショートの名手。

1930年 西村京太郎……昭和・平成期の推理小説家。トラベルミステリーの第一人者。


● 今日亡くなった人

1683年 コルベール……フランスの財政家。重商主義政策を推進。

1858年 安藤(歌川)広重……江戸時代後期の浮世絵師。代表作『東海道五十三次』『名所江戸百景』など。ゴッホやモネらに影響を与えた世界的に著名な画家。

1966年 サンガー夫人……アメリカの産児調節運動家。

1992年 干刈あがた……昭和・平成期の作家。代表作『ウホッホ探険隊』『樹下の家族』『ゆっくり東京女子マラソン』など。

1998年 黒沢明……昭和・平成期の映画監督。代表作『羅生門』『生きる』『七人の侍』『赤ひげ』 など。「世界のクロサワ」

2008年 寺内大吉……昭和・平成期の作家。代表作『黒い旅路』『はぐれ念仏』『念仏ひじり三国志』など。

2014年 山口洋子……昭和・平成期の作詞家。代表作「よこはま・たそがれ」「夜空」「ブランデーグラス」など。


● 過去のマイブログ「9月6日」のテーマ

2013年 「産児制限運動」 のサンガー夫人
アメリカの産児制限(受胎調節)運動の指導者として、生涯活動しつづけたサンガー夫人が、1966年に亡くなった日です。1879年、ニューヨークに生まれたマーガレット・サンガーは、看護婦学校を出たのち、結婚して3児の母になり、1910年ころから労働運動にたずさわりながら、マンハッタン東部の貧民街で看護婦として働くようになりました。貧しい女性が多産や中絶で命を縮めるのをまのあたりにするうち、そんな女性を救うのは労働運動ではなく、的確な避妊情報を提供することだと確信し、産児制限運動をはじめることを決意しました……。

2012年 「重商主義」 のコルベール
フランスの絶対君主ルイ14世の財務総監を長く務めたコルベールが、1683年に亡くなった日です。1619年、フランス北部の町ランスの毛織物商人の家に生れたジャン・バティスト・コルベールは、20歳のころから政府関係で働きはじめ、1651年からルイ14世の宰相マザランの財政管理を任され、その手腕が認められようになりました。1661年にマザランが死去するとルイ14世の財務担当となって実権を握り……。

2011年  現代の民話作家・星新一
「ショート・ショート(掌編小説)1001編」などを著わしたSF作家の星新一(ほし しんいち)が、1926年に生れた日です。東京文京区に、星薬科大学の創立者で星製薬創業者の長男として生まれ、めぐまれた家庭に育った星は、中学在学中に太平洋戦争が開戦しました。敵性語になることをみこして英語をまったく勉強せず、他教科に力を入れて、要領よく飛び級で東大に入学しました。このため秀才と呼ばれましたが、戦後になって英語力の不足を補うため……。

2010年  初の世界周航
スペイン王と西回りでアジアの香辛料を入手する契約を結んだマゼラン隊の一せきが、1522年に人類初の世界一周をはたした日です。ポルトガルの下級貴族の家に生まれたマゼランは、25歳のころ、ポルトガル軍の艦隊に入って初の航海に出ました。その後、インド洋やマラッカの海を8年間も航海したことで、海や地理についてはだれにも負けない知識を得ました。さらにマゼランは、いざというときの判断がするどく、人をまとめる力がすぐれていました……。

2007年  世界的浮世絵師・安藤広重
『東海道五十三次』などの風景版画の傑作を生み、フランス印象派の画家やゴッホ(広重の作品を3点以上模写)、ホイッスラーらに大きな影響を与えた、安藤(歌川)広重が1858年に亡くなった日です。安藤広重は、江戸時代の末期に活躍した浮世絵師です。四季おりおりの風景を心から愛し、ここに住む農民や町人のくらしぶりをありのままに表現しました。数かずのすぐれた風景版画はたくさんの人びとに親しまれ、世界にも広く知られています……。

2005年  絵本は「間接体験」の宝庫
山にとりかこまれた地方に育つ子どもたちは、海を知らない。海をゆく大きな船も、海べの生き物のことも知らない。また、ライオンやぞう、新幹線や高速道路、飛行機がどういうものかも知らない。こういうものを知るためには、じっさいに海岸につれていったり、動物園へでかけたり、新幹線にのったり、自動車で高速道路を走ったり、飛行場を訪れたりする体験をしなくてはならない。ところが、海や船や魚、ライオンやぞう、新幹線、高速道路、飛行機などをテーマにした絵本を与えれば、容易に体験させることかできる。ただしこれは直接の体験ではなく「間接体験」だ……。

● 今日(9月5日)の主なできごと

1905年 日露講和条約(ポーツマス条約)調印……この日、アメリカ・ポーツマスで「日露講和条約」が調印され、日露戦争が終結した。樺太の南半分の支配は認められたものの、賠償請求は全面的に撤回された。これに反発した各地の市民会議は条約破棄や戦争継続が決議され、とくに東京日比谷公園で開かれた全国会議では暴徒化した市民が新聞社、大臣官邸、交番を襲ったり民家や教会、電車などを焼打ちにした(日比谷焼打ち事件)。東京市は戒厳令を布告。

1972年 ミュンヘン五輪でゲリラ……旧西ドイツで行われたミュンヘンオリンピック開催中のこの日、パレスチナ武装組織「黒い九月」がイスラエル選手団宿舎を襲撃し、選手11名を人質に立てこもった。翌日、救出に失敗し人質全員と犯人5名、警官1名が死亡。


● 今日の主な記念日・恒例日

クリーンコールデー(石炭の日)……「ク(9)リーンコ(5)ール」の語呂合せから、通商産業省(今の経済産業省)の呼びかけにより、日本鉄鋼連盟・電気事業連合会・日本石炭協会等8団体が1992年に制定。


● 今日生まれた人

1638年 ルイ14世……フランスブルボン王朝の第3代国王。「太陽王」

1889年 南原繁……大正・昭和期の政治学者・評論家。東大総長歴任。

1903年 棟方志功……昭和期の版画家。仏教を題材に生命力あふれる独自の板画。


● 今日亡くなった人

1566年 スレイマン……オスマン帝国第10代スルタン。地中海の制海権をにぎり「世界の帝王」と呼ばれた。

1836年 最上徳内……江戸時代中・後期の探検家。

1857年 コント……フランスの哲学者・数学者・社会学者。「実証主義」の始祖。
 
1933年 巖谷小波……明治・大正期の小説家・童話作家。

1977年 吉田竜夫……昭和期の漫画家。「竜の子プロ」創設。代表作『ハクション大魔王』『昆虫物語みなしごハッチ』『科学忍者隊ガッチャマン』など。

1989年 入江徳郎……昭和期のジャーナリスト・キャスター・評論家。

1996年 山村美紗……昭和・平成期の推理作家。代表作『死の立体交差』『ゆらぐ海溝』『消えた相続人』など。

1997年 マザー・テレサ……カトリック修道女・聖人。「神の愛の宣教者会」創立者。

1998年 堀田善衛……昭和・平成期の作家。代表作『祖国喪失』『広場の孤独』『方丈記私記』など。

2003年 青木雄二……昭和・平成期の漫画家。代表作『ナニワ金融道』の売上は1000万部を突破。

2015年 原節子……昭和期の映画女優。代表作『わが青春に悔なし』『青い山脈』『めし』『東京物語』など。


● 過去のマイブログ「9月5日」のテーマ

2014年 「全面講和」 を主張した南原繁
戦後に東大総長を務め、教育改革を指導したことで知られる政治学者の南原繁(なんばら しげる)が、1889年に生まれた日です。現在の香川県東かがわ市に製糖業を営む家に生まれた南原繁は、2歳のときに両親が離婚したため、幼年期から母親の手ひとつで厳しく育てられました。香川県立旧制大川中学を卒業後に上京、第一高校で校長の新渡戸稲造から大きな影響を受け、西洋文明との出会いにより、これまでの儒教によって育まれた人生観を変える……。

2013年  [おもしろ民話集 98] なら梨とり
むかし、太郎、次郎、三郎という親孝行の三人兄弟がありました。父親は早く亡くなったため母親だけになりましたが、その母親も病気でずっと寝たきりになってしまい、日一日とやせていくばかりです。兄弟たちは母親の枕元で「おっかぁ、なにか食べたいものはないか?」とたずねました。「そうだな、死ぬ前に、奥山のなら梨が食べたいものだ」といいました。奥山のなら梨というのは、昔からとてもおいしいだけでなく、元気がでることで知られていました。でも、いつのころからか魔物が住みついて……。
 
2012年  世界に知られた最上徳内
江戸時代中・後期に、農民の出でありながら武士となり、江戸幕府の探検家となって活躍した最上徳内(もがみ とくない)が、1836年に亡くなった日です。1754年、出羽国(現在の山形県村山市)の貧しい農家に生れた徳内は、幼いころから算術や測量が好きで、学問を志し、家を弟たちに任せて、たばこの行商をするなど各地をめぐりました。青森で蝦夷地(北海道)の話を聞くうち興味をおぼえ、地元の漁師にたのんで蝦夷地へ渡ったといわれています……。

2011年  社会学の祖・コント
フランスの社会学者、哲学者で、「社会学」を提唱したコントが、1857年に亡くなった日です。1798年、南フランスのモンペリエに生まれたオーギュスト・コントは、幼い頃からすばらしい能力を発揮し、ラテン語と数学は特に優れていたといわれています。理工科大学に進学したコントでしたが、大学騒動の首謀者とみなされて退学。19歳のとき、社会主義思想家サン・シモンの弟子になって、その思想から大きな影響を受けました……。

2008年  板画の世界的巨匠・棟方志功
仏教を題材に生命力あふれる独自の板画の作風を確立し、いくつもの世界的な賞を受賞した版画家棟方志功(むなかた しこう)が、1903年に生まれた日です。棟方志功は、1903年青森市に生まれました。青森には、東北三大祭りのひとつであるねぶたがあります。赤や青、黄など原色でえがいた勇壮な武者人形のなかに明かりを入れて、町じゅうをひっぱりまわす豪快な夏の祭りです。また、冬になると空にうなりをひびかせて大きなたこがあがります……。

2007年  ラファエロ 「アテネの学堂」
この絵はローマの 「バチカン美術館」 にあります。600年以上の歳月をかけ、質、量ともに世界最大の美術品に埋めつくされ、24の美術館とミケランジェロの天井画で名高いシスチナの礼拝堂からなる美術館の総称が 「バチカン美術館」 です。部屋の数1400、美術館というより 「バチカン宮殿」 といったほうがふさわしいかもしれません。「アテネの学堂」 は、この宮殿の3つの大きな部屋のひとつ 「署名の間」 という、法王が公式の署名や捺印する重要な部屋の壁面に、横幅だけで7m70cmの堂々たるフレスコ画で描かれています……。

2006年 「福沢諭吉」 のこども時代
諭吉が12、3歳のころのことです。ある日、近くのお稲荷さんに行った諭吉は、こっそり御神体の入った箱をあけました。その箱に入っていたのはただの木の札でした。諭吉は札を取り出して、かわりに道ばたから拾ってきた石を入れました。やがていく日かして、このお稲荷さんのお祭がはじまり、町の人たちはお稲荷さんにおみきを上げておがみました。これを見て、ひとりでおもしろがったのは諭吉です。「バカめ、おれの入れておいた石におみきを上げておがんでいる」──諭吉は、神様のばちがあたるかどうか、ためしてみたかったのです……。

● 今日(9月4日)の主なできごと

1943年 猛獣薬殺慰霊祭……太平洋戦争中、上野動物園の猛獣が空襲で檻から逃げ出すのを防ぐため、27頭の猛獣すべてを薬殺する命令が下され、この日慰霊祭が行われた。

1994年 関西国際空港開港……最初の計画から20年目のこの日、大阪・泉州沖の人工島に、関西国際空港が開港した。世界初となる本格的な海上空港で、わが国初の24時間運用空港となった。


● 今日の主な記念日・恒例日

くしの日……「く(9)し(4)」の語呂合せから、美容関係者の団体などが1978年に制定。

その他の記念日……串の日・クラシック音楽の日・オークションの日などがある。


● 今日生まれた人

1824年 ブルックナー……オーストリアの作曲家。交響曲(0~9番)や『テ・デウム』など宗教音楽の大家。

1913年 丹下健三……昭和・平成期の建築家・都市計画家。代表作『広島平和記念公園』『新東京都庁』など。

1914年 坪内寿夫……昭和・平成期の実業家。「来島どっく」「佐世保重工業」など「再建王」

1936年 梶原一騎……昭和期の漫画原作者。『巨人の星』『あしたのジョー』『タイガーマスク』など。


● 今日亡くなった人

1820年 浦上玉堂……江戸時代後期の文人画家。代表作『凍雲篩雪図』『山中結廬図』『酔雲醒月図』など。

1913年 田中正造……明治・大正期の政治家・社会運動家。「足尾銅山鉱毒事件」を明治天皇に直訴。

1946年 白瀬矗……明治期の陸軍軍人・探検家。日本人初の南極探検。

1965年 シュバイツァー……ドイツ出身の神学者・医師・音楽家。アフリカ赤道直下の国ガボンの原住民への医療などに生涯を捧げた。「密林の聖者」

1976年 宮沢俊義……昭和期の憲法学者。代表作『あたらしい憲法のはなし』『憲法略説』『憲法講話』など。

1990年 大石真……昭和・平成期の児童文学作家。代表作『チョコレート戦争』『たたかいの人田中正造』など。

2001年 萩元晴彦……昭和・平成期のテレビ・音楽プロデューサー。「テレビマンユニオン」設立。代表作『お前はただの現在にすぎない―テレビになにが可能か』(共著)など。


● 過去のマイブログ「9月4日」のテーマ

2015年 「個性的山水画」 の浦上玉堂
江戸時代後期に活躍した文人画家で、池大雅と並び南画を代表する浦上玉堂(うらかみ ぎょくどう)が、1820年に亡くなった日です。1745年、岡山藩の支藩鴨方藩(今の岡山県浅口市にあった小藩)の藩邸に生まれた浦上玉堂(通称・兵右衛門)は、兄が早世し父が7歳のときに亡くなったため、幼くして家の跡目を継ぎました。10歳で藩校に入って熱心に学び……。

2014年 「世界的建築家」 丹下健三
戦後から高度経済成長期にかけて多くの国家プロジェクトを手がけ、「世界のタンゲ」といわれた建築家の丹下健三(たんげ けんぞう)が、1913年に生まれた日です。大阪府堺市に生まれた丹下健三は、銀行に勤める父の転勤で生後まもなく中国の漢口に移り、やがて上海の小学校で学ぶうち、数学や天体観測に夢中になりました。1926年に愛媛県今治市に……。

2013年  元素(げんそ)ってなーに?
身のまわりにあるすべてのもの、動物や植物などの生きもの、家などの建物、水や空気など、数千万種類という世の中のすべての物質は、ひとつ以上の元素が、小さな部品となって化合(化学的に組み合わされる)したり、まじりあったりしてできています。でも、これまでに知られている元素はわずか118種類で、自然界にあるのは90種類ほど……。

2012年  不屈の闘士・田中正造
日本初の公害事件といわれる「足尾銅山鉱毒事件」を告発した田中正造(たなか しょうぞう)が、1913年に亡くなった日です。1841年下野国(現・栃木県)の村役人の頭である名主の家に生れた田中は、若いころから正義感が強く、父のあとをついで名主となったものの、幕末には領内の悪政改革運動にのりだしたことから、明治維新直前の1868年に投獄され……。

2008年  [おもしろ民話集 49] 王妃になった羊飼いの娘
ある国の王様が、「石をうち殺して、血を流させることができれば、この国第一の若者とする」 というおふれを出しました。国じゅうから若者がやってきましたが、だれもできませんでした。ある村に、とても賢いと評判の羊飼いの娘がいました。娘はおふれの話を聞くと、若者の姿に変装して、王様に 「挑戦します」 と申し出たのです。このうわさは、たちまち……。

2007年  [おもしろ民話集 12] 「うわはめ」 と 「たのきゅー」
むかしあるところに、「たのきゅー」 という、へんな名前の男がいました。いつも、村から町へまわってあるく芝居の役者です。あるとき、遠くの町へ手紙がきました。母が病気だというのです。たのきゅーは、すぐ、家へかえることにしました。ところが、山のふもとで日がくれてしまいました。昼でも、こわいような山です。そのうえ、山のふもとの店のばあさんが……。

2006年 「ナポレオン」のこども時代
貴族の家で、13人きょうだいの2番目の子として生まれたナポレオンは、いたずらっこのうえに、たいへんがんこな少年でしたが、あるとき、家の畑のイチジクの木にのぼって、おいしそうな実を、ひとつのこらず食べてしまいました。そして、これが見つかって、きびしくしかられました。さて、それからしばらくして、おじさんが家へやってきたときのこと……。

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