児童英語・図書出版社 創業者のこだわりブログ

30歳で独立、31歳で出版社(いずみ書房)を創業。 取次店⇒書店という既成の流通に頼ることなく独自の販売手法を確立。 ユニークな編集ノウハウと教育理念を、そして今を綴る。

● 今日(9月13日)の主なできごと

1587年 秀吉が聚楽第に移る……九州征伐を終えた豊臣秀吉はこの日、大坂城から京都の平安京大内裏跡に建設した聚楽第に移り住んだ。政庁を兼ねた武家の城郭と貴族の邸宅をあわせもつ造りで、東西440mもある壮大な敷地には堀がめぐらされ、周囲には、各大名の屋敷が配置されていた。しかし、1591年12月に秀吉は、家督および関白職を甥の豊臣秀次に譲ったあと聚楽第は秀次の邸宅となり、1595年7月には、秀次を高野山に追放して切腹させ、翌8月以降、徹底的に破壊したため、不明な点が多い。

1912年 乃木希典夫妻が明治天皇に殉死……明治天皇御大葬のこの日、日露戦争の勝利に貢献した乃木希典大将と静子夫人が自宅で殉死した。自宅のあった場所には、乃木神社が建てられている。


● 今日の主な記念日・恒例日

世界の法の日……1965年、9月13日から20日までワシントンで開催された「法による世界平和第2回世界会議」で、9月13日を「世界の法の日」とすることが宣言された。この日とは別に、日本では1960年から10月1日も「法の日」としている。


● 今日生まれた人

1733年 杉田玄白……江戸時代中・後期の蘭方医。人体解剖書のオランダ語訳『ターヘル・アナトミア』という医学書を、苦労の末に『解体新書』に著す。

1900年 大宅壮一……昭和期のジャーナリスト・評論家。「一億総白痴化」「駅弁大学」「男の顔は履歴書」「恐妻」など、造語名人。

1931年 山田洋次……昭和・平成期の映画監督・脚本家。代表作『男はつらいよ』シリーズ、『幸福の黄色いハンカチ』など。


● 今日亡くなった人

1592年 モンテーニュ……フランスの思想家。代表作『随想録』。

1912年 乃木希典……明治期の陸軍軍人。陸軍大将。

1971年 林彪……中国の軍人・政治家。ソ連へ逃亡中に墜落死。

1975年 棟方志功……昭和期の版画家。

1984年 ちばあきお……昭和期の漫画家。代表作『キャプテン』『プレイボール』『ふしぎトーボくん』など。

1998年 渡久地政信……昭和期の作曲家。代表作『上海帰りのリル』『お富さん』『島のブルース』などがヒット。


● 過去のマイブログ「9月13日」のテーマ

2013年  [おもしろ民話集 99] 手まね問答
むかし、ローマ法皇の命令で、えらい司教がいろいろな国の修道院を視察にまわっていました。あるいなかの修道院に、司教がもうすぐ到着するという知らせがとどくと、年老いた院長は、顔色を変えました。この司教は大変な賢者である上に議論にすぐれ、しかも手まねで議論するといううわさでした。その手まねにうまく対応できない修道院は、日ごろの精進が疑われるといわれていたからです。「神父のみなさん、どうじゃろう。どなたでもよろしいので、司教さまの問答のお相手を引き受けてくれる人は、名乗り出てくれませんかな……。

2012年 「おもしろ古典落語」85回目 『もう半分(はんぶん)』
江戸の隅田川の永代橋のたもとに、夫婦二人きりの小さな居酒屋がありました。「こんばんは」「やぁ、おいでなさい八百屋さん。こん夜は、ずいぶんと遅うございますな」「へぇ、ちょっと用足しに手間取りましてな。こちらの前を通ると、もうがまんができなくて入ってきたんですよ。すみませんけど、いつもの通り、半分いただかせてもらいたいんで」「ええ、よろしゅうがす、どうぞ」「へへぇ、ありがとうござい…、うまいですね、こちらのお酒は、うまくって安いときてる。ほんとは飲まないつもりだったんですがね……、へぇ、もう半分……。

2011年  悲劇の中国指導者・林彪
中国共産党の軍事指導者だった林彪(りん ぴょう)が、毛沢東の後継とされながらも、毛との路線の違いからクーデターをおこして失敗、1971年にモンゴル国境付近で墜落死した日です。1907年に湖北省の工場主の子として生まれた林彪は、広州の軍人を養成する学校を優秀な成績で卒業後、1923年に中国社会主義青年団に参加し、中国共産党に入党しました。1932年には、第一軍団司令となって、井崗山で毛沢東に合流、1万2千kmにおよぶ長征にも参加……。

2010年  乃木希典の殉死
陸軍大将乃木希典(のぎ まれすけ)が、静子夫人とともに、1912年に自殺した日です。遺体のそばに、崩御してまもない 明治天皇 の写真がおかれ、遺書の内容から「殉死」であることが判明し、当時の国民に大きな衝撃を与えました。乃木希典は、1879年長州藩(山口県)の武士の子として生まれました。16歳のときに伯父の玉木文之進の教えを受け、玉木が吉田松陰の門下であったため、間接的に松陰の影響を受けました……。

2007年  随想録を著わしたモンテーニュ
世界的な名著 「随想録」の著者として、400年以上たった今も高く評価されているフランスの思想家モンテーニュが、1592年に亡くなった日です。フランスの思想家、モンテーニュの『随想録』(エセー)は、哲学としても文学としてもすぐれた作品です。豊富な知識と、モンテーニュ自身の生活体験によって書かれたもので、人間の心をするどくみつめています。人間性と人間の生き方を探求したモラリストの文学として、近代の文芸や思想に……。

2006年 「シートン」 のこども時代
父が仕事に失敗して、シートンは5歳のとき、家族といっしょにイギリスから大西洋をこえて、カナダへやってきました。そして、森で、開拓者の生活をはじめました。でも、森をきりひらく仕事は、父と母にはきびしすぎて、わずか4年で、家族はトロント市へ引っ越しました。ところが、まいにち、友だちとけんかをするわんぱくなシートンには、たくさんのいろいろな動物といっしょでたのしかった、森の生活がわすれられません……。

2005年 「かがくしつもんばこ」 の内容
「こども科学図書館」の「かがくしつもんばこ」は、どんな質問が入っているのかという問い合わせに回答します。[1巻目] なぜ日にやけると黒くなるの?/しゃっくりはどうしてでるの?/お母さんはどうしてお風呂へいれたがるの?/タマネギを切るどうして涙がでるの?/どうして左ききの人がいるの?/人によって皮膚や髪の毛や目の色がちがうのはなぜ?/お母さんから生まれたのにどうしてお父さんに似ているの?/くしゃみや鼻水はどうしてでるの?/ウソをつくとどうしてウソ発見器でわかるの?/耳や目が2つあるのはなぜ?/おならやゲップがでるのはなぜ?/おなかがすくとグーグーなるのはなぜ? 等々…。

● 今日(9月12日)の主なできごと

1571年 延暦寺の焼き討ち……織田信長は、比叡山延暦寺を攻め、堂塔を焼き払い、僧徒らを皆殺しにした。領地をめぐる確執から、近江の浅井氏、越前の朝倉氏の軍勢を延暦寺が受け入れたこと、延暦寺が広大な寺領を誇り、大勢の僧兵をかかえて信長に反抗的だったのが原因だった。

1872年 新橋─横浜間に鉄道開通……新橋と横浜をむすぶ約29kmでわが国初の鉄道が開通、この日明治天皇を乗せた祝賀列車が走った。翌日から旅客や貨物の輸送がはじまり、これまで1日かかったところを53分に短縮した。上り下り共毎日8往復、料金は1円42銭5厘、75銭、37銭5厘の3階級だった。

1940年 ラスコーの壁画発見……フランスの子ども4人が遊んでいるうち偶然に発見。洞窟の側面と天井面には、たくさんの馬や山羊、野牛、鹿などの絵があり、旧石器時代後期(1万5000年ほど前)のクロマニョン人によって描かれたものと推定されている。


● 今日の主な記念日・恒例日

宇宙の日……1992年、毛利衛がアメリカのスペースシャトル「エンデバー」で宇宙へ飛び立ったことから、科学技術庁(今の文部科学省)と文部省宇宙科学研究所が、一般公募により制定した。

マラソンの日……紀元前(BC)450年のこの日、ペルシャの大軍がアテネを襲いマラトンに上陸したのを、アテネの名将ミルティアデスの奇策でこれを撃退。このことをフェイディピデスという兵士が伝令となってアテネの城門まで走り、アテネの勝利を告げたまま絶命したといわれる故事にちなむ記念日。1896年、アテネで第1回オリンピックが開かれた際、この故事をしのび、マラトンからアテネ競技場まで、初のマラソン競争が行われた。


● 今日生まれた人

1494年 フランソワ1世……フランス・ルネサンス期を代表する国王で、レオナルド・ダ・ヴィンチらの芸術家を保護したことで知られる。

1876年 相馬黒光……明治・大正・昭和期の随筆家・実業家。荻原碌山、中村彝、高村光太郎らに「中村屋サロン」を提供、インド独立運動の志士ボースらを保護。

1894年 徳田球一……大正・昭和期の政治家。非合法時代の日本共産党活動家で投獄18年、戦後初代書記長。

1913年 豊田英二……昭和・平成期の実業家。トヨタ自動車初代社長。


● 今日亡くなった人

1821年 塙保己一……江戸時代中・後期の国学者。盲目でありながら、古い文献を集大成した『群書類従』を著す。

1874年 ギゾー……フランスの歴史家・政治家。

1921年 大江卓……幕末の土佐藩士、明治・大正期の政治家・実業家・社会運動家。

1985年 源氏鶏太……昭和期の小説家。代表作『英語屋さん』『三等重役』など。

1992年 是川銀蔵……昭和期の事業家・投資家・慈善家。『波乱を生きる 相場に賭けた六十年』の著書、「最後の相場師」。

2001年 菊原初子……昭和・平成期の地歌箏曲演奏家。最古の三味線音楽「組歌」を楽譜化した人間国宝。


● 過去のマイブログ「9月12日」のテーマ

2014年 「被差別民解放」 に努めた大江卓
「マリア・ルス号」の摘発と清国人奴隷232人の解放など、政治家・実業家・社会運動家として活躍した大江卓(おおえ たく)が、1921年に亡くなった日です。1847年、土佐国(今の高知県)宿毛に代官の子として生まれた大江卓は、長崎で洋式兵銃の修行したのち京に出て、1867年土佐陸援隊に入り倒幕運動に加わったことで、坂本龍馬、中岡慎太郎、陸奥宗光らと知り合いました。翌1868年1月の鳥羽・伏見の戦いの際には天皇の側に仕える侍従として……。

2013年 「おもしろ科学質問箱 28」 星座(せいざ)ってなーに?
大むかしから、世界じゅうの人々が、さまざまに並ぶ夜空の星をながめながら、いくつかの星のグループに名前をつけたのが星座のはじまりです。いま私たちが呼んでいる星座の名は、古代バビロニア人が、動物や神話に出てくる女王や英雄の名にして呼んでいたのを、古代ギリシャ人が多くを受けつぎ、150年ごろにアフリカ北部アレキサンドリアの天文学者プトレマイオス(トレミー)が、48個にまとめあげました。でも、それだけでは……。

2012年  歴史家で政治家のギゾー
歴史家として『ヨーロッパ文明史』などを著わし、フランス「七月王政」期には主導的政治家として活躍したギゾーが、1874年に亡くなった日です。1787年、フランス南部の都市ニームに生れたフランソワ・ギゾーでしたが、8歳のときに、弁護士だった父親が「フランス革命」に巻きこまれてギロチンで死刑に処されてしまいました。父親との連座をおそれた母親は、ギゾーを連れてスイスのジュネーブに逃れました。やがてフランスがナポレオン時代に……。

2011年 「獄中18年」 の徳田球一
戦前に共産党が非合法の時代に18年も投獄され、戦後に初代日本共産党書記長を務めた徳田球一(とくだ きゅういち)が、1894年に生まれた日です。徳田は、沖縄県名護市に生まれ、苦学して日本大学の夜間部を卒業し、弁護士になりました。1920年、日本社会主義同盟に加わり、ソ連から帰国後の1922年、非合法の日本共産党(第一次共産党)結成に参加して中央委員として活躍。逮捕されるものの、堺俊彦や山川均らが党を解党することに反対し……。

2008年  盲目の国学者・塙保己一
江戸時代の後期に国史や国文学を研究する「和学講談所」を開いて門人を育て、「群書類従」という、わが国有史以来の文献のうち価値ある研究資料3373点を25部門に分類した叢書を著した、盲目の国学者塙保己一(はなわ ほきいち)が、1821年に亡くなった日です。わが国の盲人は、世の中ではあまり活躍する場が開かれていません。幼少の頃から視力が弱く、5歳のころに失明した塙保己一もまた、琵琶を弾く腕をみがいて音曲のわざで身を立てるか……。

2007年  「ミス・ポター」 ロードショー公開
世界中で愛されているコンパクト判絵本「ピーターラビット」シリーズ23点の生みの親ビアトリクス・ポターの自伝映画「ミス・ポター」が、9月15日から、日劇3ほか全国東宝洋画系約300館でロードショー公開されます。あらすじは、次の通りです。1902年のロンドン。上流社会の女性が仕事を持つことなどあり得なかったビクトリア朝の時代に、絵本作家をめざした32歳の上流階級育ちの独身女性ビアトリクス・ポターは、ピーターラビットを描いたスケッチブックを片手にさまざまな出版社に売りこみをしますが、断られ続けます……。

2006年  「日蓮」 のこども時代
幼いころの日蓮は、農業のかたわら漁師をしていた父から、いろいろなことを教わりながら成長しました。とくに、仏教の話をたくさん聞いて育ちました。そして、12歳のころになると、2つの大きな疑問をいだくようになっていました。「源氏と平氏の壇ノ浦の合戦では、天皇が海に身を投げられた。それから36年後の承久の乱では、3人の上皇が島流しにあわれた。日本は仏教がさかんなのに、だれもが仏教を信仰するのに、どうして、こんなことがおこるのだろう……。

2005年  4冊の「かがくしつもんばこ」
さまざま研究結果によると、[学習意欲にかげりのある子どもは、幼児期にある質問期を、うまく乗りきれなかったことによって生まれる] という。またある心理学者は、子どもの伸びようとする知能の芽を刈りとってしまうと、一生知能の低いボンヤリした人間になってしまうと指摘している。わかったという満足感、知ったという喜びこそ、学ぶことへの前向きの心を育てるのだ。子どもの質問は、知能がどんどん発達して、ものごとに強い興味をひかれている証拠なのだから……。

● 今日(9月11日)の主なできごと

1900年 初の公衆電話設置……それまでは電話局にのみおかれた公衆電話が、この日東京の新橋駅と上野駅の通路に設置された。当時は交換手を呼びだしてからお金を払って、相手を呼びだしてもらうしくみだった。

1947年 教科書の検定制度……1886年の「小学校法令」で国定教科書(政府が定めた教科書)が使用されてきたが、この日教科書検定制度を発表、文部省が認めたものだけを教科書に採用することになった。この検定制度は憲法違反に当たると、家永三郎は国を相手に裁判をおこしたが、32年間にもわたる審議の結果、1997年に敗訴が確定した。

2001年 同時多発テロ事件……アメリカでハイジャックされた旅客機3機が、ニューヨークの世界貿易センタービル(ツインビルに各1機)とワシントンの国防総省(ペンタゴン)に突入、数千人の死者を出す大惨事となった。ブッシュアメリカ大統領は、この犯人をウサマ・ビンラディンを首謀者とするイスラムのテロ組織アルカイダと断定し、潜伏するアフガニスタン政府に引渡しを要求。しかし、彼らを保護するタリバン側が拒否したことから、アメリカはアフガニスタンを攻撃した。


● 今日の主な記念日・恒例日

警察相談の日……警察への電話相談番号「#9110」から、警察庁が1999年に制定。#9110に電話すると警視庁と各道府県警察本部に設置されている総合相談室につながり、この日に限らず1年中、各種事件の困りごとの相談に応じる。


● 今日生まれた人

1127年 後白河天皇……平安時代後期の第77代天皇。二条天皇に譲位後、5代34年にわたり院政を行う。源平の争いを中心とする政争・戦乱の陰の演出者。

1544年 竹中半兵衞……戦国時代から安土桃山期の武将・軍師。羽柴秀吉の参謀。

1854年 ナウマン……ドイツの地質学者。お雇い外国人で、日本の「近代地質学」の基礎を築く。フォッサマグナ発見。ナウマン象の名の由来。

1862年 オー.ヘンリー……アメリカの小説家。代表作『最後の一葉』『賢者の贈り物』『都会の敗北』『よみがえった改心』など。

1885年 D.H.ローレンス……イギリスの小説家・詩人。代表作『チャタレイ夫人の恋人』『息子と恋人』『虹』など。

1917年 マルコス……フィリピンの政治家。第10代大統領。20年間にわたる独裁後、1986年の「人民革命」に敗れ、ハワイに亡命。


● 今日亡くなった人

972年 空也……平安時代中期の僧。「浄土教」の先駆者。「踊念仏」の開祖。

1823年 リカード……イギリスの経済学者。「自由貿易を擁護する理論」提唱。

1843年 平田篤胤……江戸時代後期の国学者。荷田春満・賀茂真淵・本居宣長とともに国学四大人の一人。

1844年 近江屋甚兵衛……江戸時代後期の商人。江戸湾各地で「のり養殖」に成功。

1971年 フルシチョフ……ソ連の政治家。ソ連の第4代最高指導者。「スターリンの独裁と恐怖政治」を世界に暴露。

1973年 アジェンデ……チリの政治家。世界初の議会制民主主義に基づく「社会主義政権」大統領となるも、3年後のクーデターで殺害。

1976年 石橋正二郎……大正・昭和期の実業家。「ブリヂストンタイヤ」創業。

1979年 遠山啓……昭和期の数学者・教育家。「水道方式」という数学の学び方を開発。

1985年 夏目雅子……昭和期の女優。『鬼龍院花子の生涯』『おんな太閤記』など、映画やテレビドラマで活躍するも、「急性骨髄性白血病」で死去(27歳)。

1985年  赤尾好夫……昭和期の出版人・放送人。「旺文社」「文化放送」「日本教育テレビ(今のテレビ朝日」)創業。『赤尾の豆単』発行。

2009年 臼井儀人……昭和・平成期の漫画家。代表作『クレヨンしんちゃん』『だらくやストア物語』など。

2010年 谷啓……昭和・平成期の俳優・タレント・ミュージシャン。「ガチョーン」「谷だァ!」など、クレージーキャッツ時代にギャグやコントで活躍。


● 過去のマイブログ「9月11日」のテーマ

2015年 「海苔の養殖」と近江屋甚兵衛
江戸時代後期に、江戸湾各地での海苔(のり)養殖に成功した近江屋甚兵衛(おうみや じんべえ)が、1844年に亡くなった日です。1766年、江戸四谷に生まれた甚兵衛は、海苔商人の店に奉公し、その経験を生かして海苔の仲買人となりました。当時、海苔の養殖所は江戸の大森近辺しかなく、そのため海苔の売買は大森付近の問屋が独占していました……。

2014年 「ブリヂストン」 の石橋正二郎
「ブリヂストンタイヤ」を創業し、日本を代表する企業へと発展させた実業家の石橋正二郎(いしばし しょうじろう)が、1976年に亡くなった日です。1889年、今の福岡県久留米市に仕立屋の子として生まれた石橋正二郎は、1906年に久留米商業を卒業後、兄の重太郎とともに家業を継ぎました。しかし、兄が徴兵されたことで、職人的な技能に頼る仕立物の将来に……。

2013年  クーデターに倒れたアジェンデ
チリの政治家で、世界で初めて議会制民主主義に基づき社会主義政権をうちたてたアジェンデが、政権樹立3年後の1973年、クーデターにより死去した日です。1908年、チリの首都サンチャゴに近い港町バルパライソに生まれたサルバドール・アジェンデは、チリ国立大学医学部在学中から積極的に学生運動に参加、反政府活動をしたことで、一時停学処分を受けて投獄……。

2012年 「阿弥陀聖(ひじり)」 空也
平安時代中期の僧で、浄土教の先駆者とされる空也(くうや/こうや)が、972年に亡くなった日です。空也は、当時の仏教のほとんどが貴族のためのものだったのを、一般庶民に「南無(なむ)阿弥陀仏」の名をとなえて祈る「念仏」を広めたことから「阿弥陀聖(あみだひじり)」と讃えられています。空也は、903年ころ醍醐天皇の皇子、仁明天皇の孫として生れた……。

2008年 資本主義国との共存をめざしたフルシチョフ
ソ連の政治家で、資本主義国と平和共存を図ったことで知られているフルシチョフが、1971年に亡くなった日です。フルシチョフは、スターリンの死後、ソ連の最高指導者となり、スターリン批判によって、その独裁と恐怖政治を世界に暴露して世界に衝撃を与えたことも特筆されます。1894年に、ウクライナの炭鉱労働者の家に生まれ、初等教育を終えると……。

2007年  [おもしろ民話集 13] やさしくなった大男
むかし、あるところに、意地の悪い大男がすんでいました。でも、その大男の家の庭には、春になると美しい花がいっぱいに咲きました。あるときのこと、大男は遠くの町へでかけて、家をるすにしました。するとそのあいだに、おおぜいの子どもたちがやってきて、美しい庭で、楽しくあそびました。ところが、町からかえってきた大男は、これを見ると、たいへんおこりました……。

2006年 「キュリー夫人」 のこども時代
キュリー夫人 (27歳でピエール・キュリーと結婚) は、子どものころの名をマーニャといいました。理科の教師を父に、5人きょうだいの末っ子として生まれたマーニャは、小さいときから、兄や姉たちのあたたかい愛情につつまれて成長しました。なかでも、なによりも好きだったのは、いちばん上の姉のソーシャから、お話をしてもらうこと。感受性が強く記憶力に……。

● 今日(9月10日)の主なできごと

1561年 川中島の戦い……戦国時代の武将たちは、京都にせめのぼり、天下に号令することをめざして競いあっていた。甲斐(山梨)の武田信玄と、越後(新潟)の上杉謙信の両武将も、千曲川と犀川の合流地点にある川中島を中心に、いがみあっていた。川中島は穀倉地帯にあり、軍事的にも重要な地点だったため、1553年以来5度にわたって両軍の争奪戦の場となった。4回目のこの日の戦いがもっとも激しいもので、信玄と謙信両雄の一騎打ちなど、さまざまなエピソードが残されている。結局双方とも、決定的な勝利をおさめることなく終わり、戦国時代は織田信長らの次の展開をむかえることになった。

1951年 「羅生門」グランプリ……黒沢明監督、三船敏郎・京マチ子主演による映画 「羅生門」 が、第12回ベネチア(ベニス)国際映画祭で、金獅子賞グランプリを受賞した。

1960年 カラーテレビ本放送開始……NHK東京および大阪中央放送局、日本テレビ、東京放送、朝日放送、読売テレビが、この日、日本ではじめてカラーによる本放送(一部の番組のみ)を開始したが、当時のカラーテレビ受像機は全国でも1000台たらず、多くの人たちはデパートや駅前広場などで見る程度だった。


● 今日の主な記念日・恒例日

下水道の日……台風のよく来襲するこの時期に下水道を広くアピールするため、建設省(今の国土交通省)が1961年、「全国下水道促進デー」として制定。2001年に「下水道の日」と名称変更した。

屋外広告の日……1973年のこの日、「屋外広告物法」改正法案が可決成立したことで、全日本屋外広告業団体連合会が1974年に制定。屋外広告物とは、屋外に出してある広告物のことで、広告看板や電柱広告・ポスターのほかに、アドバルーンやチンドン屋も含まれる。

その他の記念日……車点検の日・牛タンの日・寝具の日などがある。


● 今日生まれた人

1870年 木村栄……明治・大正・昭和期の天文学者。緯度変化の「Z項」発見。

1905年 武内俊子……昭和期の童謡詩人。『かもめの水兵さん』『赤い帽子・白い帽子』『りんごのひとりごと』『船頭さん』など。

1910年 平井康三郎……昭和・平成期の作曲家。代表作『幻想曲・さくらさくら』『とんぼのめがね』『スキー』など。

1911年 家城巳代治……昭和期の映画監督。代表作『激流』『雲ながるる果てに』『悲しき口笛』『路傍の石』など。


● 今日亡くなった人

紀元前210年 始皇帝……古代中国・戦国時代の秦王。史上初の中国統一をとげた皇帝。「万里の長城」、「兵馬俑」で知られる陵建設など。

1441年 赤松満祐……室町時代中期の武将。「嘉吉の乱」で、6代将軍足利義教暗殺。

1704年 向井去来……江戸時代前・中期の俳人。「蕉門十哲」の一人。京都嵯峨野の「落柿舎」に住み、芭蕉はここで『嵯峨日記』を執筆。

1714年 竹本義太夫(初代)……江戸時代前・中期の浄瑠璃語り。「義太夫節」創始。

1800年 伊藤若冲……江戸時代中・後期の画家。代表作『仙人掌(さぼてん)群鶏図』『鹿苑寺大書院障壁画』『釈迦三尊図』など。

1986年 島耕二……昭和期の映画監督。代表作『次郎物語』『細雪』『有楽町で逢いましょう』など。

1993年 ハナ肇……昭和・平成期の俳優・タレント・ミュージシャン。「クレージー・キャッツ」リーダー。

2006年 犬丸りん……昭和・平成期の漫画家・エッセイスト。代表作『なんでもツルカメ』『おじゃる丸』など。


● 過去のマイブログ「9月10日」のテーマ

2015年 「嘉吉の乱」 と赤松満祐
室町時代中期の武将で、6代将軍足利義教を暗殺した守護大名の赤松満祐(あかまつ みつすけ)が、1441年に亡くなった日です。1381年、播磨・備前・美作の守護大名で、室町幕府の軍事指揮と京都市中の警察・徴税等を一色・京極・山名氏とともに交代で司る四職の一つだった赤松義則の子として生まれた赤松満祐は、早くから父に代わって政治の表舞台に……。

2014年 「芭蕉の精神」 を伝えた去来
「俳聖」といわれる松尾芭蕉の一門(蕉門)一番弟子で、関西俳壇の中心として活躍した俳人の向井去来(むかい きょらい)が、 1704年に亡くなった日です。1651年、肥前国(今の長崎県)に儒学者で医師の向井元升(げんしょう)の次男に生まれた向井去来(本名・兼時)は、少年時代に父に伴って京都聖護院に住み、文武両道に通じた人物だったといわれています……。

2013年 「義太夫浄瑠璃」 の竹本義太夫
江戸時代の中期の浄瑠璃(じゅうるり)語りで、「義太夫節」を創始した初代・竹本義太夫(たけもとぎだゆう)が、1714年に亡くなった日です。1651年、大坂天王寺村の農家に生まれた竹本義太夫(幼名・五郎兵衛)は、幼いころから、近所に住む浄瑠璃語りに入門して、本格的にその芸風を学びました。やがて京都に出て、当時人気の宇治・加賀掾……。

2012年 「万里の長城」 を築いた始皇帝
紀元前3世紀の終わりころ、中国で初めての統一国家をきずいた始皇帝(しこうてい)が、紀元前210年に亡くなったとされる日です。紀元前247年に秦の襄(じょう)王が亡くなり、13歳の王子政(せい)が王位をうけつぎました。政王がじっさいに政治を手がけるようになったのは、23歳のときからです。それから38歳までに、韓、趙、魏,楚、燕、斉の国ぐにを……。

2010年  世界の天文学者・木村栄
日本の天文観察技術の高さを世界に知らせた天文学者・木村栄(きむら ひさし)が、1870年に生まれた日です。地球は、北極と南極をむすぶ軸を中心にして、自転しています。しかし、その地軸は、永久不変のものではありません。長い歳月のあいだには、少しずつ動いています。木村栄は、この地軸のずれを正確に調べるために緯度を観測し……。

2008年  世界のクロサワ
黒沢明監督、三船敏郎・京マチ子主演による映画 「羅生門」 が1951年に、第12回ベネチア(ベニス)国際映画祭で、金獅子賞グランプリを受賞した日です。以来海外では、黒沢明を 「世界のクロサワ」 と呼ぶようになりました。黒沢明監督の 『羅生門』 が、国際的な映画祭でグランプリ(大賞)を受賞したことで、ヨーロッパの人びとは、日本映画の水準におどろき……。

2007年 席をゆずってくれた人への礼儀
乳のみ児を背負い、もう一人3才くらいの子を連れた母親が電車に乗りこんできました。車内の席はすっかり埋まり、すいているところはありません。すると、若い男の人が 「どうぞ」 と声をかけて席を立ちました。ところが、その母親はうなずく程度に頭を下げたと思うと 「あら、よかったね、おじさんが代わってあげるって」 と言いながら、3才くらいの子どもを……。

● 今日(9月9日)の主なできごと

1886年 「ベルヌ条約」締結……この日スイスのベルン(「ベルヌ」はフランス語)で、国際的な著作権に関する基本条約「文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約」が作成された。日本は、1899年に加盟。

1948年 「朝鮮民主主義人民共和国」成立……同年8月に成立した「大韓民国」(韓国)に対抗して、「朝鮮民主主義人民共和国」(北朝鮮)が成立し、金日成を首相に選んだ。


● 今日の主な記念日・恒例日

救急の日……「きゅう(9)きゅう(9)」の語呂合せから、厚生省(今の厚生労働省)が1982年に制定。


● 今日生まれた人

1585年  リシュリュー……フランスの政治家・枢機卿。ルイ13世に仕え絶対王政の確立に貢献。

1763年 谷文晁……江戸時代中・後期の文人(学者・文人らを描く)画家。代表作『木村蒹葭堂像』『自画像』など。

1828年 副島種臣……幕末から明治期の佐賀藩士・政治家。外務卿・内相・宮中顧問官歴任。

1828年 トルストイ……ロシアの文豪。代表作『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』『復活』など。

1890年 カーネル・サンダース……アメリカの実業家。ケンタッキー・フライドチキン創業。

1900年 ジェームズ・ヒルトン……イギリス・アメリカの小説家・脚本家。代表作『失われた地平線』『チップス先生さようなら』など。

1911年 吉村公三郎……昭和期の映画監督。代表作『安城家の舞踏会』『暖流』『夜の河』など。

1918年 高橋圭三……昭和・平成期の司会者・アナウンサー。


● 今日亡くなった人

686年 天武天皇……飛鳥時代の第40代天皇。白鳳文化を生みだす。

1569年 ブリューゲル……フランドル(ベルギー・オランダ)の画家。代表作『バベルの塔』『農民の踊り』『子供の遊戯』『雪中の狩人』など。

1901年  ロートレック……フランスの画家。代表作『ムーラン・ルージュの舞踏会』『ムーラン通りのサロン』など。

1909年 ハリマン……アメリカの実業家。世界一周鉄道を構想。

1969年 安藤鶴夫……昭和期の評論家・作家。代表作『巷談本牧亭』『落語鑑賞』『文楽-芸と人』など。

1976年 毛沢東……中国の政治家。中華人民共和国建国。中国共産党最高権力者。

1995年 高木彬光……昭和・平成期の推理作家。代表作『能面殺人事件』『人形はなぜ殺される』『白昼の死角』『破戒裁判』など。

2001年 相米慎二……昭和・平成期の映画監督。代表作『セーラー服と機関銃』『台風クラブ』『お引越し』『あ、春』など。

2008年 日野てる子……昭和期の歌手。ハワイアン歌手として、1965年発表の「夏の日の想い出」が大ヒット。


● 過去のマイブログ「9月9日」のテーマ

2015年  「世界一周鉄道を構想した」 ハリマン
アメリカ人実業家で、世界一周鉄道を構想し、日本と満鉄の共同経営をめざすものの失敗したハリマンが、1909年に亡くなった日です。1848年、聖公会牧師の子としてニューヨーク州ロングアイランドに生まれたエドワード・ハリマンは、中学を卒業後、14歳でニューヨークのウォール街で事務員として働き始め、22歳の時にニューヨーク証券取引所の会員となり、1872年に株式投機業ハリマン社を設立しました……。

2014年 「フライドチキン」 のサンダース
「フランチャイズ方式」で、世界じゅうに「ケンタッキー・フライドチキン」の店を広めたアメリカのカーネル・サンダースが、1890年に生まれた日です。インディアナ州ルイビルで生まれたサンダースは、父親が6歳のときに亡くなったため、家計を助けるために10歳で農場に働きに出ました。その後、軍隊に入り除隊後は、鉄道の機関車修理工、ボイラー係、機関助手、保険外交員、フェリーボートやタイヤのセールスなど40種類以上の職を転々としました……。

2011年 「おもしろ古典落語」38回目 『夏(なつ)どろ』
泥棒というのは、季節にかかわりないようですが、「こそ泥」というのは夏に多いようです。夏は暑いので、戸締りをしていない家もけっこうあります。「おやおや、しょうがねぇな。この家は留守かな。ぶっそうじゃねぇか、開けっぱなしにして。ありゃ、割れたすり鉢に、古木を入れやがって…ああ、蚊いぶしをしたんだな、こんな家だって、板の間にでも燃えつけば火事になっちまうじゃないか。うす汚ねぇ家だな。でもこんな家でも……。

2010年  モンマルトルの人気画家・ロートレック
「ムーランルージュ」のポスターなど、パリのモンマルトルを中心に活躍したロートレックが、1901年に亡くなった日です。トゥルーズ・ロートレックは、1864年、名門の伯爵家夫妻の長男として、フランス南西部のアルビに生まれました。幼少の頃のロートレックは、愛くるしさから「小さな宝石」と呼ばれて、母はもちろんまわりの人たちに可愛がられて育ちました。両親が上流社会にありがちな近親婚だったためか、遺伝性の骨が弱いという体質を……。

2008年 「教育」 の本来の意味は 「引き出す」 こと
日本で「教育」というと、教室で黒板を前にした先生が、一段高い教壇に立ってさまざまなことがらを生徒に教え、生徒は先生から教わるという上下関係にあるようです。幼児への家庭教育も同じで、多くの母親は、先生役になって子どもにしつけをする──教える母親、教わる子どもという上下関係にあると思っています。そのためか、知らず知らずのうちに独善的になり、子どもに対して圧制者のようになってしまっている母親をよくみかけます……。

2005年  質問する子どもたち
当時の私は、2人の子どもたちから質問ぜめの毎日だった。これまでは5歳の子からの質問が大半だったのが、下の子も負けずにはじめるようになり「あれは何なの?」「どうして?」「なぜなの?」絵本を読んであげても、テレビを見ていても、道を歩いていても、よくもこんなに質問することがあるかと思うばかりの集中攻撃だ。心理学では、子どもがこのように質問を連発する時期を、質問期と名づけている。知能の芽、探究心の芽がぐんぐん伸びはじめて……。

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